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続編  十和子「人として」

 昭和四十一年十一月三十日(1966.11.30WED)水曜日

十和子十六歳の誕生日は、約束通りお寿司屋さんの上寿司を出前でお願いし十和子の造るデラックス茶わん蒸しとデザートには、ショートケーキで夕食を楽しんだ。

静義は、誕生日プレゼントに「鍵付き日記帳」と赤い万年筆を贈った。十和子は、顔いっぱいの笑顔で「ありがとうございます」と言い鍵付きの日記帳を手に「大切な心の秘密を書けばいいの?」と尋ね、

「鍵付きだからお父さんの悪口だって大丈夫でしょう」と一人ほくそ笑んだ。


 昭和四一年十二月四日(1966.12.04.SUN)日曜日

午前九時十和子は、予約したニシワキ美容院に髪をカットに出掛けると言うので同行し、店の前で一時間程したら迎えに来ると告げ近くの喫茶店に入った。久しぶりのコーヒー専門店のモーニングコーヒーは、豊かな香りが店内に漂っていた。お店は、空いていた。窓辺の二人席に腰を下ろし、隣を見ると先日の小早川さんの奥さんが娘さんと座っていた。目が合いお互いが会釈を交わした。

 小声で、「先日は、お世話になりました」「大変でしたね」と言葉を交わし、喫茶店に来た理由をお互いが語ると百貨店の十時開店の時間調整だった。

静義は、「智子ちゃん」でしたね、と声を掛けると「はい」「高校生?」「来年受験です」と答えた。

小早川さんが「よろしければ、こちらの広い席に」と勧められ注文が届くと同時に席を移った。暫くお互いの家の雑談で過ごし静義は、十和子の友達の事を思い出し、もしよければ十和子の友達になっていただけませんかとお願いした。十和子の十六年間の人生を嘘隠しなく話し学校に行けなかった事、自宅で勉強した事、今は、料理が得意で有る事をも話すと、智子ちゃんは、「是非、お会いしたいです」と言ってくれた。静義は、喜びで十時過ぎにヤナゲン百貨店のエレベーター近くで待ち合わせを約束しコーヒーを飲み終えると小早川さんのレシートを掴み「大丈夫です」と席を立った。

 十和子は、カットシャンプーブローを終え西脇さんと何か楽しそうな話をしていた。頭を下げ支払いを済ませ、ヤナゲンに向かった。

歩きながら十和子にお友達を紹介しますと言い名前は、「智子、きっと智ちゃんと呼んで良いはず」等と言い、お父さんは、先日お亡くなりになった小早川さんだと話し、ヤナゲンに着くと二人は、EV前で待っていた。

EV脇で十和子を紹介し二つ年上の十和子は、遠慮がちに「智ちゃんでいい?十和ちゃんでいいです」と言い「Just call me Towachan!」と言ったので小早川母子は、驚き「十和ちゃんは、英語話すのね」と褒めた。十和子は、挨拶ぐらいですと笑いながら話し、「十和子、体が悪かったので学校行ってなかったの、だから家でお父さんがいつも先生なの」と話し三階の目的売り場に移動した。

 十和子と智ちゃんは、直ぐ気が合ったらしくレディース洋品コーナーを二人で楽しそうに指を差し商品をお互いにかざしたり、会話を楽しみながら物色していた。

二人は、ライナー付きモッズコートの色違いを購入した。静義は、十和子にお友達になっていただくお礼にと智ちゃんに女子学生人気の猫イニシャル刺繍のハンカチをプレゼントするように伝えた。

小早川母子は、喜び来週の日曜日自宅に十和子を食事に招待したいと申し入れがあり十和子は、笑顔で約束を受けヤナゲンで分かれ自宅に戻った。

 自宅に戻ると十和子は、「智ちゃんは、優しい女の子だよ」と言い「でも、何か悩みが有る様で学校の友達にも話したくないような事らしい」と意味深な事も言った。静義は、誰にだって人に言いたくない事はあるよ、聞かれたくない事は、聞いては駄目だよと言い添えた。十和子は、同世代の女子との初めての対面に楽しみな反面、集団生活の経験が無い事から途惑いが有った様だが、美しいもの、綺麗な物、美味しいそうなもの等、同年代女子の感性は、共通の言葉に昇華する事で友達・仲間としての認知意識がお互いに芽生えたようだった。

 十二月十一日(日曜日)十和子は、少しおめかしをして午前十時十五分、一人で外出した。近鉄市内循環バスで三区の距離で分かりやすい住所地だった。十和子は、松野さんのCV店で手土産を買うように言われていたのでロールケーキを買い求めてから出掛けた。

乗車して十五分程で到着しバス停から見える場所だった。玄関先では、智ちゃんが既に待っていてくれた。智ちゃんは、えくぼの笑顔で「いらっしゃい」と言い十和子は、「有難うございます」と言いリビングに通された。

 台所からお母さんが「良くいらっしゃいました」と顔を覗かせ「寛いでね」と言い台所に戻った。

十和子は、智ちゃんにお土産を渡すと「お母さん」と智子が声を掛けると、レモンティを盆に母親が「十和子ちゃんに気を遣わせてごめんなさい」と言い今後は無しにしましょう、気楽に来てねと告げ「智ちゃん、お父さんにお供えしてから頂きましょう」と仏壇にお供えを促した。

暫くリビングで二人は、それぞれの趣味とか特技とかを話し智子は、苦手な教科についても十和子に話した。「十和ちゃんはどう?」と尋ねられ少し戸惑った。「私は、学校に行ってないから難しい試験は、無理です、お父さんは生活のために困らない為の勉強を教えてくれます。だから高等数学は勉強していません。算数までです、御免なさい」と言うと智ちゃんは、首を横に振り「とんでもない、十和ちゃんは、英語だって話せるし頭がすごーくいい」と褒めた。話題は、旅行の話になり今年、伊勢、京都、奈良に行った話で二人の話は、大いに盛り上がり十和子の来年は、北海道に行きたいと言った話で智子は、一緒に行きたいねと言い二人で計画を立てる話になった。

 二人は、リビングから智ちゃんの勉強部屋に移動した。部屋は、整理整頓がされ机の前のピンクの兎が愛らしかった。

十和子は、智ちゃんの勉強が気になり学校の教科書を一通り見せてもらった。数学は、難しくチンプンカンプンだった。智ちゃんが、三平方の定理を教えてくれた。少し考えたら斜辺の長さの求め方が理解できた。智ちゃんは、「十和ちゃんは、やっぱり凄いね」と褒めた。英語は、文法はよく分からなかったが、読めば少しは、意味が分かった。


 台所から「食事の用意が出来ました、来てくださーい」と呼ぶ声に智ちゃんは、「はーぃ今、行きます」と応え食堂に移動した。テーブルには所狭し、と和洋中の料理がいっぱい並んでいた。

十和子は、「ワァ、凄いご馳走でーす」と大声で言うと智子の母・宏子は、にっこり笑い「十和ちゃんの好物を聞き忘れたから、色々作りました」と言い好き嫌いは無いことを確認し「召し上がれ」と取皿を揃えた。

料理は、どれも美しく美味しかった。十和子は、「お料理屋さん出来そうですね」と言い更に「"This is amazing"」と言うと智ちゃんが「Amazing"って?」と質問した。十和子は、金閣寺での出来事を説明し、また盛り上がった。手毬寿司、エビフライ、牡蠣フライ、ローストビーフ、青椒肉絲等は、お土産にパックに詰めて持ち帰る事にした。食事中は、食べる事に夢中で食べ物の話題中心だったが、食事後は、リビングで寛ぎ雑談で過ごしたが、将来の話に移ると十和子は、黙る事が多くなり宏子がそれとなく気づき話題を変えた。

 智子が、北海道の旅行の事を切り出し、母・宏子に来年の受験合格が条件と釘をさされ、「シュン」となった。十和子は、「智ちゃん、大丈夫だよ、三月に行けるよ、約束」と指切りを求め、笑顔で約束を交わし午後二時、宏子母さんにお礼を述べ、バス停まで智子と歩いた。

智子は、十和子ともっと二人だけで話がしたかったらしく何度もまた来てねと繰り返した。やがてバスは到着し大垣駅まで乗車しまた徒歩で自宅に帰った。


「I just got home」と元気に玄関を入ると「welcome back 」と静義が居間から顔を覗かせた。「どうだった?」「うん、とっても楽しかった、ご馳走いっぱいで美味しかったです」と言いお父さんにお裾分けとパック詰め料理を手渡し台所に入った。十和子は、お茶を淹れると料理を小分けし、手毬寿司とエビフライ、青椒肉絲を皿に載せ「おとうさん、どうぞ」と差し出した。

「これは美味しいな」と食べながら智ちゃんとお話はどうだったかを尋ね、

来年一緒に旅行に行こうと約束した話、一緒に計画を立てる話をした事、受験の事、勉強の事、数学の公式の事等を話し将来の事に話題が変わった時、話題に入れなかった事を少し辛そうに話した。静義は、気づかない素振りで「数学か、ピタゴラスの定理、智ちゃんから教わったんだ」と言い数学と理科は、何かいい参考書を買おうと伝えた。静義は、十和子の将来についてもっと真剣に話し合う必要を考え心に留めた。


 十二月十五日、今日は冬の賞与支給日だった。会社の業績は、計画を上回り事業所も予想以上の成果を出した事で、従業員は笑顔で賞与を頂いた。静義の評価も高く十和子にプレゼントを考えていた。定時に退社すると、ヤナゲン百貨店に立ち寄りケーキ店でショートケーキを買い自宅に帰った。

すると玄関先で十和子が待ち構えていた。「ただいま。どうしたの十和子?」

「はい、何かいい予感がしたの、だってボーナス日って聞いてたから」と笑った。

「するどいねぇ、ハイ」とお土産を手渡すと

「リプトン淹れます」と台所に入った。二人で紅茶とケーキを楽しみながら静義が、冬の賞与の事を話しフォークでケーキを運びながら「ケーキが良かったからケーキ」と言ったら大うけで十和子は、「一枚でも煎餅」と返し話が弾んだ。

静義は、「十和子、ずーっと先の事だけど将来十和子は、十和子に好きな人が現れたらその人がいい人だったら結婚しなさい、その日の為に常識的な知識は、勉強して身に着けておこうね」と言うと十和子は、「結婚しません、お父さんとずっと一緒です、勉強はします」と言い切った。

静義は、十和子の断言に苦笑いを浮かべ、「智ちゃんのお父さんの様に亡くなったらどうする?」「……」「一人で生きていきます」と言われこれ以上尋ねるときっと「一緒に死にます」と言われそうで怖かった。この子ならあり得ると直感的に思った。

静義は、「十和子、お父さんは十和子が花嫁さんに成る姿が見たいのだよ」と言うと「それは、無理です、結婚しないのだから」とまた駄目出しを貰った。

 話を変えた。「十和子、もう直ぐお正月だ、今年のお節料理に提案です。智ちゃん家の分も作ろうよ、十和子の腕に縒りを掛けて」と言うと大きく頷き「任せて下さい、今から勉強すれば間に合います、作戦があります」と自信あり気に笑みを浮かべた。

静義は、最近の十和子の言動の変化を見逃さなかった。それは、自信と意志の固さから来る確信の表現だと考えた。


 昭和四一年十二月十八日(1968.12.18.SUN)

日曜日午前九時、十和子は小川書店に出かけると雑誌を買って戻った。

料理本・お節料理アレンジだった。居間でレシピを書き出している様子だった。休日の静義は、「お節の勉強ですか?」「はい。あれこれ考えています、お父さん食材の予算は?」と尋ねた。

「うむっ、そうだねbudget for ingredients、今年は去年の倍は必要だね、大丈夫」と言うと ingredientsイングリデンツて何?と質問し食材の事だよと言うと直ぐ手帳にメモをした。

どうやらメニューにもとづく食材の書き出しの様だ。するとメニュー作りは、固まった様だと考えた。

「期待できそうかな?」

「智ちゃん家の宏子母さんに負けない美しく美味しいものを考え中です」と笑いながら応えた。昼過ぎに「なんでも屋」店に二人で向かい、十和子の手に合った高級包丁二本とまな板、五寸サイズの三段重箱を購入した。十和子の手帳には、食材が四名分として五頁に渡ってぎっしり書き込まれていた。横目でそれを覗いた静義は、「十和子、食材の購入品種が多く運ぶのが大変になるから、買い物は、仕込み日順に買い出ししよう」と言い、買い物計画も立てる様にアドバイスした。

いよいよ、十和子のお節メニューは、基本案を説明しますと二十一日夕食後、料理雑誌図を基に説明を受けた。

一の重には、祝いの定番で見た目の美しさを味あわせる重にします、ひと手間と蒲鉾の飾り切がポイントです。(カマボコ、数の子、田作り、伊達巻、昆布巻き、黒豆、金とん)

二の重には、海の幸を中心に、ぶりの焼き物、エビ甘辛煮、蛸柔らか煮、鮭西京焼き、三色なます、酢ごぼう、豚角煮です。

三の重には、山の幸です。筑前煮、牛蒡肉巻き、煎りこんにゃく、小松菜辛子和え、煮玉子、煮しめ椎茸です。筑前煮は、下準備にひと手間、レンコンと人参の飾り切りでお花を咲かせますと、十和子の説明は終わった。最後に「智ちゃんの宏子母さんを驚かせたいです」と言い添えた。

静義は、十和子のお節料理への真剣な取り組みと意気込みが頼もしく嬉しかった。


 一方、小早川智子の家では、母・宏子が気をもんでいた。智子の模擬試験の結果が、C判定と思わしくなかった。

智子は、学校の三者面談で決めた、進学志願高校をどうするかの事で悩んでいた。経済的な理由もあり、私学受験は避け公立高校一本を決めていたが成績が伸び悩んでいた。

十二月二十三日、智子は終業式を終えると帰宅途中で商店街の小川書店に立ち寄った。すると雑誌売り場に十和子がやって来た。二人は偶然の出会いに手を取り合って喜ぶと近くの水門川公園のベンチで話し込んだ。

智子の話が大半で聞き役の十和子は、模試の判定と受験の事で悩む智子に何も言えず、ただ黙って頷く事しか出来ない自分にもどかしさを覚えていた。ただ一言「智ちゃん、今できる事をやるだけだよ、十和子は学校に行かなかったけど智ちゃんと友達に成れました、いつでも智ちゃんの味方です」と笑って伝えた。ベンチから立ち上がると「智ちゃん、大晦日の午前中、智ちゃん家に行きます、十和子の作ったお節料理お持ちしますと宏子母さんに伝えて下さい」と言い別れを告げた。

智子は、十和子に聞いて欲しい悩みを話した事で心が少し軽くなっていた。

十和ちゃんは、一人で勉強し色んな知識を吸収している。必要な裁縫だって料理だって自分に出来ない技術を既に身に付けている。努力を惜しまずやり続けていると考えた。「今できる事をやるだけだよ」と十和子の言った言葉を思いなぞりながら帰宅した。


 二十五日(日曜日)は、静義は休日出勤で翌二十六日は、振替休日を取り十和子と午前中に、正月用品の買い物に同行した。全ての買い物は、十和子の書き出したメモ帳中心で、しめ飾りから消耗品、酒、みりん、料理用赤ワインを始め調味料関連、食材の干物関連と細かく支持され、買い物を済ませ最後に餅惣に丸餅、伸し餅を予約注文し戻った自転車の荷物は、前後満載で嵩張る買い物は、一通り終えた。


 二十八日午前中で仕事納めを終え帰宅した

静義は、十和子には無理な残りの清掃を徹底して行い、十和子の苦手な軒下の蜘蛛の巣も取り除いた。年末の掃除を終えると商店街の餅惣へ注文の丸餅、伸し餅を受け取りに行き戻ると直ぐに正月飾りの準備を始めた。

十和子は、一人黙々と忙し気に台所を立ち振舞っている。お節の下処理の様だった。

静義は、傍からそっとその様子を伺い、手際の良さに思わず「凄い」と呟き、一人で何役もの違う仕事を、次々とこなしていく姿に感嘆した。包丁さばきは、見とれる程早く美しかった。十和子が気に入った包丁を買って良かった、飾り切りの試作は見事だった。花蓮根、人参、圧巻は、蒲鉾の飾り切りだった。十和子お気に入りの専用ナイフを使いこなしていた。

十和子は、二十九日午前中から調理の下処理に取り掛かっていた。数の子、身欠き鰊、昆布等の塩出し、戻し作業を始めていた。

 三十日には、肉、卵、魚介類、青菜、きぬさや、はんぺん、蒲鉾等の食材の他、飾り付け用の裏白、南天、笹の葉を買う事を頼まれ静義は、十和子の本格的なお節料理を思い浮かべ心が踊っていた。

「智ちゃんと宏子さんを驚かす様なお節になるに違いない」と考えていた。

台所から煮物の美味しそうな香りが広がっている。

「十和子、何か手伝う事は?」

「お父さん、少し味見をお願いします」と黒豆の赤ワイン煮と筑前煮を小皿に取り手渡された。思わず「美味しい、お見事」と言った。

和の黒豆の風味が洋の赤ワインの香りと合体し味に一層な深みが生まれていた。筑前煮は、鶏肉と根菜の素朴な味が十和子の身に付けた、お出汁・味醂・醤油の10:1:1黄金比は、健在でひと手間の炒る作業も組み込んだとかで、プロの職人の技かと思う程、食材本来の味を引き出していた。間もなく海老の旨煮も出来上がるようだ。

「用が出来たら呼んでください」と声を掛け居間に入った。

 やがて十和子は、最後の焼き物と練り物の調理に進んでいた。ぶりの照り焼き、鮭西京焼き、ローストビーフ、伊達巻、栗きんとんを作る予定を説明済だった。

十和子は、既に牛塊肉400gに塩、コショウ、ニンニク、赤ワイン漬けを冷蔵庫で一時間寝かせている間に伊達巻と栗きんとんを作り上げていた。冷蔵庫で寝かせば伊達巻は完成ですと言いながらローストビーフを取り出し常温でしばらく置きフライパンで四面を焼き二重ラップで包みビニール袋に入れゆで上がった状態で放置された。十和子は、粗熱が取れる間に、オニオンソース作りに移っていた。間もなくソースは、完成し携帯容器二個と自宅用に取り分け冷蔵庫に入れられた。

冷蔵庫の中は、数々のお節で満杯の状態だった。十和子は、満面の笑顔で「おせち料理は、全て完成しました」と言い「明日の朝、お重に飾り入れ智ちゃん家に届けます」と約束をした。


 静義は、ようやく台所が空いた処で「それでは、お父さんがお雑煮を用意します」と言うと十和子は、「お出汁は、既に完成しています、小松菜、椎茸、紅白蒲鉾人参、花麩も用意済です、十分もあれば完成ですから」と出る幕は無かった。苦笑いをしながら煎茶を淹れ十和子に「お疲れ様、料理長」とお茶を勧めて、二人で大笑いをした。

静義は、一日早いお雑煮を夕食に頂こうと考え十和子にお願いをした。

 大晦日は、早朝八時から智ちゃん家にお届けするお節料理の三段重箱への詰め合わせ飾り盛り付け作業を開始した。一の重、二の重、三の重と裏白を料理の下に敷き料理の仕切りには、笹の葉を使い南天を料理のアクセントにところどころに散りばめた。十和子は、作る当人で在りながら、絵に描いたような美しさに見とれた程だった。「お父さん、お願いします」と声を掛け、盛り付けを確認して貰うと

静義は、「beautiful wonderful」と大声で叫んだ。十和子は、両手を握り締めガッツポーズをした。


 九時二十分、二人でバスに乗り智ちゃん家に向かい十時に玄関チャイムを鳴らした。直ぐに宏子さんと智ちゃんは、揃って玄関ドアを開け現れた。

「お早うございます」と挨拶を交わし直ぐ中に招かれリビングに上がった。

十和子から、「お約束の十和子のお節をお持ちしました」と言いテーブルに置くと宏子は、

「有難うございます、開かせていただきます」と言い風呂敷を広げ、一の重の蓋を開けた。「凄い、美しい、貴女が一人で?」「はい、十和子が作りました」二の重、三の重と横に並べ宏子と智子は、感嘆の驚きで十和子の才能の高さに驚きを隠せなかった。

「十和ちゃんは、天才かも」と智子が言い、宏子も頷いた。静義と十和子は、笑顔で否定し「智ちゃんと宏子お母さんに是非食べていただきたい一心で造りました」と応えた。

宏子さんは、筑前煮をお一つ頂きますと台所に立ち小皿と箸を用意し智子と試食し、「とつても美味しい、素晴らしい味付けです」と褒め、今迄で一番のお正月お節料理ですと言い添え頭を下げた。

また先日の事、十和子が智子に言った「今できる事をやるだけだよ、いつでも味方だよ」の言葉に智子は、気持ちを切り替え頑張り出した事を話し「いい友達に巡り合えた」と感謝の言葉を伝えると智子も目頭を押さえていた。リビングで紅茶を頂き立ち上がると智子は、数学と理科の参考書を宏子母さんは、高級洋菓子の包みを渡しながら「お互いがいい年を迎えられます様にと」挨拶をされ小早川家を出た。十和子は、とっても幸せな気持ちで自宅に戻った。


 静義と十和子の大晦日は、昼食に年越し蕎麦に海老天、蒲鉾を入れ薬味は、葱、ダイコンおろしと少し豪華に頂くことにした。

「十和子、今年も色んな事が有ったけど本当にいい一年だった、十和子はどう?」「初めての旅行で楽しかったし、勉強にもなった、友達も出来たし、最後に満足の出来るお料理が完成したし、お父さん有難う」と破顔一笑で静義の顔を見て手を合わせると、「いただきます」とお蕎麦に向かった。

 静義は、コタツでテレビを映し、十和子の顔を間近で見ながら、二人で年越し蕎麦を頂く姿が「幸せである証」と感じ喜びで目頭が熱くなる自分にまた、新年も頑張れる気がして来た。「十和子、来年春に智ちゃんが合格したら、一緒に北海道行こう、十和子二泊三日で計画してごらん」と言うと

「はい、三日に本屋さんで北海道の旅雑誌を買い計画をします」と言い

「そうだ、一年で貯まった貯金箱、明日数えます」と言い何か考えている様子だった。

テレビは、紅白歌合戦で盛り上がっていた。紅白歌合戦は、紅組の勝利で幕を閉じると、ゆく年くる年が始まった。知恩院の除夜の鐘は、午後十時四十分から始まっている。静義は、幼少の頃から何度も見た風景に思いを馳せていた。コタツの十和子が眠たそうにしていたので「十和子、そろそろ休もうか?」と声を掛け寝室に入るのを確認して自分は、もう少しテレビに見入った。

静義にとって京都東山界隈は、庭の様なものだった。訳あって忘れようとした街が十和子の初めての旅行先といった宿縁とも言うべき出来事から、いまテレビに流れる知恩院の除夜の鐘、「えーぃひとーつ」「そーれ」の掛け声を合図に突かれる梵鐘の音に手を合わせ

目を閉じ心を無にして聞いたのは、いつの事だったかと追憶の念が心を満たしていた。

                      ◆

 昭和四十二年一月元旦、穏やかな新年の始まりは、十和子が台所で口遊む

「〽遠い遠い はるかな道は、冬の嵐が吹いている、谷間の春は花が咲いてる、ひとりひとり今日もひとり、銀色のはるかな道…」昨夜のダークダックス、銀色の道だった。

静義が台所に入ると、「お父さん、明けましておめでとう御座います」「おめでとう」と言うと

十和子は、「神棚とご仏壇へお水とお茶をお願します、お食事は、用意出来ています」と言い食卓にお雑煮椀の用意が始まりお節料理がお重で並べられた。取皿の脇には、祝い箸が用意されこんな処にも十和子の勉強の成果が読み取れた。

 お節料理は、誰が見ても十六、七歳の少女が作ったとは考えられない職人の仕事だった。

飾り細工の蒲鉾一つ見ても、田作りの炒り胡麻風味や、鰊昆布巻にしても職人の隠し技が見て取れた。 智ちゃんが天才かもと褒め、宏子さんが、今迄のお節で一番と褒めたのも頷けると本心で静義は、思った。お雑煮も筑前煮も全て満点の料理で食べるのが勿体ないと思える程だった。

「You have such a talent for cooking!」と言うと「Not so much」と返され静義は笑いながら「I'm not just saying that.」と言うと「That's it.」と返され二人で大笑いした。日常英会話も結構上達していると感じまた、嬉しくなった。楽しい新年最初の食事を終え静義は、十和子に大垣八幡神社に初詣に行く事を約束し午前十時には、参拝し、「十和子、参拝作法は?」

「二拝二拍手一拝」と覚えていますと応え、

二人並んで参拝を済ませると十和子は、境内の屋台の鯛焼き屋さんを指さし「おめで鯛焼き」買いますと三個買って帰った。

 自宅に戻り居間で煎茶と鯛焼きを頂きながら十和子は、貯金箱の話をした。今朝、一番に数えた様で「一万二千五百八十二円貯金出来ました、今年は、目標二万五千円です」と言った。静義は、頑張って貯金したんだね、と言いながら用意していた熨斗袋を「お年賀です」と言い渡すと十和子は、怪訝な顔をして「これは、何ですか?」と尋ねた。

 静義は、今迄一度もお年玉を渡した事が無かったのだ。

十和子に日本の家庭に残るお正月の風習について話し、お年玉・お年賀を説明した。熨斗袋の中を覗き五千円に驚き歓声を上げて喜んだ。

十和子は、思いがけないお小遣いに「貯金します」と嬉しそうに言った。さらに十和子は、「北海道旅行を目標に節約と貯金です」

「十和子は、月二千円のお小遣いはどうなの?」と尋ねると「五百円賃上げして下さい」とすかさず言った。静義は、苦笑いをしながら「分かりました、無駄使いしていないようだから三千円にしましょう」と言うと

「Thank you for your understanding.」

「You're welcome It's no good to waste money」と言い笑った。

十和子は、智ちゃんの合格祝いの事を思い準備しておこうと考えていたのだった。

静義は、思い出した様に「十和子、智ちゃんから頂いた参考書無駄にしないで」と言うと「大丈夫、毎日数頁ずつ読んでいます。理科は今、太陽の動き、数学は二次方程式をやっています」と言い解らない箇所は、書き留めていますからまた教えて下さいと微笑んだ。

 静義は、十和子が智ちゃんの勉強の教科書の多さから自分が学んでいるのは、智ちゃんの三分の一位かなと話したのを聞き留めていた。それ故、社会で必要な必須事項を学ばせていた事を理解していて欲しいと願っていた。今更、十和子に学歴は不要だと考える自分の考えが誤りだと考える余地は無かった。冷静に考えて、十和子の一番大切な幼少期を歪めたのは、自分の責任だ。十和子に許しを請う以外無い。それ故、今自分に出来る事・十和子にして上げられる事は、読み書き算盤社会常識、料理、裁縫、人とのコミュニケーション能力、日常の英会話を考えたのだった。十和子は、それらをことごとくクリアし、静義の考える遙か上のレベルに到達していた。

                      ◆

 昭和四十二年一月十五日(日曜日)

西風の強い日だった。街のあちらこちらで振袖姿の女性の笑顔が弾けている。

十和子は、成人式を済ませた女性の美しい姿に少し羨ましく思った。幼い頃母親の妙子と一緒に美しい着物を着て撮った写真が一枚だけ残っていた記憶があった。きっとタンスの引き出しの何処かにあるはずだった。十和子は、家に帰ると思い出した写真を探すと写真は、すぐ見つかった。写真の女性が、母親だろう事は想像できた。しかしこの女性から母親としての受けた愛情の記憶は、何も持っていなかった。知らぬ間にいなくなった女性であり十和子の記憶に面影すら残っていなかった。この写真で想像を膨らませる事も無かった。

十和子は、写真をまたそっと和ダンスの着物を包んだ、たとう紙の下に戻した。


 昭和四十二年三月十五日(水曜日)

今日は、電話工事が完了し自宅に黒電話が設置された。

午後一時、半日休暇で戻った静義は、早速職場の総務部に連絡通話を済ませた。

電話番号案内で何件かの番号を確認し記録した。小早川宏子家の番号も確認した。

「十和子、ちょっと来て下さい」と二階に向かって十和子を呼び、智ちゃん家の番号メモを見せ智ちゃんに電話しなさいと言うと、「かけ方を教えて下さい」と言うので「もしもし、小早川さんですか?金子十和子です、智ちゃんお見えでしょうか?」と初めての電話を教えた。十和子は、言われた通りダイヤルを回した。

「はい、小早川です」と智ちゃんが出た。二人は、すぐ意気投合で盛り上がった。高校受験発表で戻ったばかり、受験は合格しましたと喜びの報告があった。

十和子の「おめでとう」の言葉で静義は、笑顔で囁いた。「北海道旅行の打ち合わせを急がなきゃあ」二人は、早速明日打ち合わせを約束して電話を切った。

十和子は、電話を切ると手帳を取り出し直ぐ自宅の電話番号と智ちゃんの電話番号をメモし、旅マガジンを取りに部屋に戻った。

三月二十七日から二十九日のスケジュールだと国内旅行大手の格安キャンペーンで申し込める事を雑誌で確認済だった。十和子は、雑誌を手に静義に説明を始めた。静義は、二十六日(日曜日)は、休日出勤のため代休と有休の取得が可能だからスケジュールの都合は大丈夫、予算も大丈夫と話し、後は、智ちゃん次第と言う事に成り、善は急げと十和子は、夕食後智ちゃんに電話をする事にした。

夕食時、十和子は

「お父さん、貯金の中からいいですか?智ちゃんに合格のお祝いをプレゼントしても」「何かいいものが見つかりましたか?」「十和子とお揃いのポシェットです」

「十和子の好きにしてください」と言うと「明日ヤナゲンで選びます、智ちゃんと二人で」と言い微笑んだ。

 食事が終わり十和子は、食器を洗いだした処に電話が鳴った。小早川宏子さんからだった。

電話に出た静義は、合格の報告におめでとうございますと述べ旅行の件は、十和子に任せています。

私は、同行するだけです、と笑い十和子に電話を替わった。十和子は、おめでとうございますと言い約束の北海道旅行について詳しく説明しスケジュールさえ合えば明日にでも旅行社に申し込みたいと言うと宏子母さんは、「十和ちゃんとお父さんの旅行に智子をお願いしていいですか?」と尋ねられ

「大丈夫です、父と一緒ですから三人で行きます」と応え明日十時ヤナゲンでおち合う約束を智ちゃんと交わした。十和子の計画は、旅行社の格安キャンペーンの内容が最も充実しており、土日を避けた平日がベストと考えこのプランを智ちゃんと検討しようと考えていた。


 三月十六日午前十時、ヤナゲン前で智ちゃんが待っていた。十和子は、二十メートル程手前で手を高く振り「智ちゃーん」と声を上げ駆け寄った。二人は、久しい友の如く両手を取り合い喜びを表わし、やがて店内のエスカレーターで三階レディース用品売り場を目指した。エスカレーターに並んで立ち「智ちゃん、今日は、十和子からプレゼントをします」と言い、驚く智子に更に「大丈夫、お父さんと相談済でーす。好きな色を選んで下さい」と話し予定していたポシェット売り場に立った。

「十和ちゃん高価だから駄目だよ」「十和子は、キャメルを買ったから智ちゃんは、ライトグレーでどうかなぁ?合格のお祝いだから」と尋ねると喜びの笑顔で「十和ちゃん、有難うございます」とデザインも色も気に入り「本当に有難う、大切にします」と渡された手提げ袋を手に、今度は「十和ちゃんにクリームソーダーをご馳走します、お母さんとたまに休憩するこの階の喫茶店で打ち合わせしましょう」と連れ立って窓際の明るい席に着いた。

 開店間もない時間のため、お店は一組の年配の女性客がいたが離れているため旅行の計画は、声を気にする事も無く持参した雑誌の詳しい内容を見せながら説明できた。二人でクリームソーダーを楽しみながら函館山から見る夜景を想像し、金森赤レンガ倉庫、五稜郭と想像を膨らませ、でっかいどう北海道の北の大地に思いを馳せた。ツアーは、名古屋から函館空港、函館観光・函館泊、翌日「特急・おおぞら」で札幌観光・札幌泊、二十九日午前中、北海道大学、札幌近郊を観光し千歳空港を午後三時半帰途出発、大垣午後六時半着と予定していた。二人はそれぞれ手帳にスケジュールを記入し打ち合わせを終えた。正午前に解散し夕方、静義が旅行社への申し込み支払いを完了し十和子が旅費を智子に電話し後日精算を約束した。


 市内の老舗料理店の厨房で働き始めた宏子は、仕事を終えて午後七時自宅に帰ると、智子より合格のお祝いポシェットを頂いた事を聞き商品を見て高級品である事を知り直ぐ十和子に電話が入った。

「十和ちゃん、今日は智子に素敵な贈り物を有難うございました大変喜んでいます」とお礼を丁寧に述べられた。父は、旅行社に申し込みに行っていますと伝えるとまた、後ほど電話をしますと言って十和子への用件は終わった。程なく静義は自宅に戻り十和子に旅行の申し込みと支払い手続きは完了した事を話した。

十和子は、台所で夕食の支度をする手を休めると「お父さん先程、宏子さんから電話で智ちゃんのお礼の電話があり、後でまた電話しますと言われました」と伝えた。「食事の用意出来ました」の声で台所に入り「十和子の好きなビーフカレーですか?美味しそうだね~」「吉田ハムのカレー用角切りビーフ入り、十和子スペシャルカレーです」と自信あり気に微笑んだ。

「うん、Super delicious」「Thank you for your compliment」と十和子は返し笑った。十和子のカレーは、肉と玉ねぎの炒め方に秘密が有りそうだった。

「十和子、美味しい秘訣は?」と尋ねると「隠し味です、愛情です」と笑いながら返され大笑いで食事を終えた。

 電話が鳴った、きっと宏子さんだと静義が受話器を取ると宏子さんだった。話の内容は、「ツアーの費用を智子から聞いていますが、二万八千円でいいのでしょうか、それ以外の費用は、発生するでしょうからそれは、後日精算させて頂いてよろしいでしょうか?」「大丈夫です」と静義が応え宏子は、水曜日仕事は休みの為二十二日に智子と一緒に十和ちゃんとランチをヤナゲンでと約束して終わった。

翌週二十日(祝日水曜日)午前十一時十和子は、ヤナゲン一階で待ち合わせの智ちゃん母子と会い

「Sorry to keep you waiting.」と笑顔で挨拶しEVで七階レストランに進んだ。春休みで賑わっていたが隅の窓辺の席に着き宏子お母さんに「十和ちゃんの好きな物をどうぞ」と言われ「オムライスをお願いします」と言い智ちゃんも賛同し結局オムライス三つを注文し雑談しながら楽しく頂いた。


 三十分程で人が混みあってきたため喫茶コーナーでゆっくりしましょうと言われいつもの三階に場所を変えクリームソーダーを頂き旅行の話で楽しいひと時を過ごした。宏子さんは、旅費と書かれた封筒を取り出し十和子に「お世話になります、お父さんにお渡し願います」と差し出した。

十和子は、笑顔で受け取り「お預かりします」と受け取りお揃いのポシェットに仕舞った。智子は、旅行用の買い物が有る様で十和子は、此処で宏子母さんにお礼を言い二人と別れ自宅に戻った。

                      ◆


 十和子は、玄関引き戸の鍵の掛かり具合が良くない事で手間取り少し難儀をした。台所と居間の掃除が気になっており直ぐに掃除をし始めた。十和子は、静義譲りの綺麗好きで掃除は、徹底しており瞬く間に居間と台所の掃除は、終わった。智ちゃん家と比べて家の中に花や植物が無い事に気づき近所の西田花店で植物の鉢植えを買う事を思いついた。

「お父さんが喜ぶかな?無駄使いじゃないからいいかも」と考え財布を確認し花屋さんに向かった。「いらっしゃいませ、お花ですか?」「こんにちわ、小鉢植えは何が?」と尋ねると「ミニ観葉植物のお薦めはガジュマルとポトスです」と勧められた。十和子は、お小遣いでプレゼントですと言うと店主は、

「セットで千二百円にしましょう」と四百円の値引きをしてもらい水のやり方置き場所を教わり購入した。得した気分で思わず「Thank you for the low price」と言葉に出すと店主は、一瞬驚き「ドンマイドンマイ」で大笑いし自宅に戻った。植物は、玄関下駄箱の上と居間の南廊下の小テーブルの上に飾った。

十和子は、心が豊かになった様な気がした。

 十和子は、旅行の用意は明日すればと考え、一先ず函館の見どころをチェックし自由時間の夕食は、海鮮グルメと決めた。二日目の夜は、すすきのラーメン横丁と雑誌の情報を再確認し手帳にメモをした。

次に十和子は、函館から札幌への特急列車での移動が気になっていた。四時間を必要とする函館本線の座席によっては見える景色が異なる、後でお父さんに確認しなければとメモをした。

十和子は、「でっかいどぅ」のフレーズに北海道の広さを想像し広大に広がるであろう、車窓からの景色にロマンを感じていたのだ。

「いけない、夕食の準備をしないと」と立ち上がり冷蔵庫を見ると玉子が切れていた。買い物急がなきゃと買い物かごを用意していると「ただいま!」と静義が帰った。反射的に「Thank you for your hard work」と言い、今日は早いですねと尋ねると「これから職場の送別会があるから直ぐ出かけます」と食事は要らないとの事だった。

 十和子は、近くの玉子屋さんで玉子十個だけ買うことにし自分一人でチャーハンを作って夕食を終えた。今日は、数学の関数を勉強する予定だったが難し過ぎて前に進まなかった。理科は、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する電池について勉強したがほぼ理解できた。やはり問題は、数学だった。

一度、智ちゃんに教えてもらおうと考えた。きっと基礎が不充分なのだろうと思った。あれこれと考えていると午後八時過ぎ静義が戻った。お酒が苦手なので早々に退席したのだった。十和子は、今日の出来事を話し宏子さんから預かった旅費を渡し「何か気づきませんか?」と尋ね「そう言えば玄関に何か有ったね」とミニ観葉植物を言い当て縁側のガジュマルも発見した。

「智ちゃん家との違いを見つけ植物の鉢植えをお小遣いで買いました」と言うと

「Good job!. Well done!」と返され「いくらで?」

「千六百円を千二百円にしてくれました」と答えると「Good job!」と返され笑いながら二千円手渡された。十和子は、喜びながら今日の利益として八百円を貯金箱に入れた。

 十和子は、続いて旅行について函館から札幌への特急電車で移動する座席について尋ねると静義は、「車窓の景色を考えてお願いして有ります」と言われ「Good job!」で返し笑い合った。


 三月二十六日(日曜日)午前十時、十和子は、智ちゃんに電話を入れ明日の朝六時半大垣駅集合を確認し服装は、ダウンジャケットにマフラー、手袋は必要だよね、とお互い忘れ物は無いか注意を呼び掛けた。十和子は、智ちゃんがコンパクトカメラを持っているためお願いした。

駅集合には、添乗員の青木さんが同行の為一安心ですと伝え電話を終えた。

二十七日大垣駅改札前へのツアー客は、総勢十五組三十五人で熟年のお友達夫婦が多く、十和子世代は意外にも智ちゃんだけだった。

智子は、改札口前でスリーウエイバッグを肩に掛け到着していた。「十和ちゃん此処だよ」と手を振り笑顔で呼びかけた。

静義は、お揃いのポシェットの二人を見て、「ほんと、姉妹の様だね」と二人に言うと智ちゃんは、嬉しそうに「はい、姉妹です」と応え静義と十和子に向かって、「金子さんの事何て呼べば?」と尋ねると十和子は、「シズさん」でいいんじゃないと言い「シズさん」と決まった。シズさんは、笑いながら頷いた。

 智子は、早速「シズさん、よろしくお願いします」と頭を下げ十和子に続いて団体改札をくぐった。二人は、名鉄バスターミナルから小牧空港へのバスの座席も、函館までの機内の座席も一緒でよくもまぁ沢山話す事が有るのかと思う程の仲良しぶりだった。

飛行機は、二人とも初めての体験だった。さすがに、テイクオフのアナウンスには緊張で固まっていた様だった。YS11の窓から見える、プロペラが気になっている様子で、後部座席の静義に尋ねた。静義は、小声でプロペラの役割を空気を後ろに加速させ前に推進力を増す働きを話し、高度六千m、時速五百㎞位で空を飛んでいると伝えた。前の二人は、何やら計算している、きっと秒速を計算しているのだろうと考え目を閉じた。二十分程眠った様だ。機内サービスでコーヒーをお願いし前の二人はジュースとお菓子で楽しんでいる。

機内アナウンスが流れ、「間もなく右側に富士山がご覧いただけます」とコールされた。乱気流の発生は無かった。搭乗して一時間半程経過した。

「Cabin crew, prepare for landing.」客室乗務員へのアナウンスが流れるとすかさず「皆様、まもなく函館空港に着陸いたします。シートベルトをもう一度ご確認ください。」CAのコールがなされた。

ランディングは、静義も少し緊張する。前の二人も緊張している。YS11は、見事にランディングを決めると座席後方から拍手が為された。みんな笑顔で立ち上がり頭上の荷物棚から手荷物を取り出し始めた。


ツアーの一行三十五名は、空港到着出口に近いバス乗り場で待機する観光バスに乗り、いよいよ函館巡りだ。四十分余りで到着し五稜郭公園を散策中、智子がカメラを構えていると二人の外人女性から「Do you mind taking a picture of us?」と言われ、傍にいた十和子が「OK, I would be happy to take it.」と応え智ちゃんにお願いし「Do you mind taking a picture of us?」とそれぞれのカメラで撮り合い「Have a nice day!」と別れた。

「十和ちゃんって英語すごいね、普通に話せるもの」と褒めると来る前に覚えたのと言い微笑んだ。

五稜郭タワーから望む五稜郭公園、函館山、市街の街並みを堪能し五稜郭近くの老舗食堂で、昼食は海鮮ランチを頂き新鮮で美味なお刺身のオンパレードに、三人の胃袋は満たされていた。

次は、金森レンガ倉庫で異国情緒の建物の中には、いろんなお店がいっぱいあり買い物を楽しむことが出来た。十和子と智子は、アクセサリー、小物雑貨に興味があり熱心に買い物を楽しみ、旧函館区公会堂では、建物外壁のブルーグレーとイエローに目を奪われ、ここでもカメラマン智ちゃんが活躍した。十和子は、あちらこちらでポーズを決めていた。

 八幡坂の函館湾を望む石畳の景観の美しさは絶景のひと言に尽きた。高低差三十m長さ三百m程の湾に向かって一直線に美しく敷かれた石畳と両脇に続く緑の街路樹、青い空、青い湾の水面、更にその先に残された青函連絡船摩周丸を望み初めて見る「八幡坂の景観美」に、二人の歓声が上がった。

十和子と智子の驚きと喜びの笑顔が弾けていた。二人の専属カメラマンは、何時しか静義が担っていた。

 旅行初日の最後は、函館山展望台から見る夕暮れの絶景・市街地、函館湾、津軽海峡が一望できる「百万ドルの夜景」は、本当に見事としか表現できなかった。

静義は、十和子と智子に「凄いね」と言いながら「この夜景は、香港、イタリアに並ぶ世界三大夜景と言われている様だ」と話し「ここで質問です、今見ている景色は、このパンフレットの北海道地図で言うと何処でしょうか?」「え、えっ?」二人は、静義のカウントダウンに「待って、待って」「ブー、失格です」と笑いながらパンフレットの上にペンでこの場所です、見ている方向はこうですと→を書き入れた。津軽海峡を背に市街方向だった。二人は、静義の説明を聞き頷いた。

智子は、「シズさん、記念に一枚」と夜景を背景にシャッターを押した。三人の笑顔が夕暮れに浮かんだ。

 宿泊ホテルは、函館駅に近く。チェックインを済ませると自由時間を楽しむためにサービスカウンターで静義は、地元で人気のラーメン店を尋ね十和子の情報と照らし合わせ函館と言えば「塩ラーメン」と三人は、目当てのあじさいに向かった。このお店の人気ラーメンを頼み餃子も頂いた。あっさり味が三人の好みに合い三人全員がスープを飲み干し完食した。近くのスイーツ店でデザートを考え三人三様のケーキとアイスティを頂き楽しい雑談と明日の札幌観光の十和子のスケジュール説明で盛り上がり宿泊ホテルに戻った。

ホテルのロビーで添乗員の青木さんと出会い静義は、お疲れ様と挨拶をすると暇だからラウンジでコーヒーでもいかがと誘われた。

静義は、二人を部屋に送り直ぐに一階ラウンジに戻り青木さんとコーヒーを飲みながら四方山話をした。

「添乗員さんの仕事は大変でしょうね、スケジュールがタイトだと」と言うと

「旅のアクシデントは付き物ですからね」と話し出した。

「自然災害ならいざ知らず、人的な事故は、大変です」と語り昨年九州にいった時、自殺者が出た事、ホテルの七階ベランダから中庭に飛び降り、集合時間過ぎ後に(ツアー参加者は、遅刻者と誤認識の為事実を知らない)発見された。考え様によっては不幸中の幸いだったのでしょうがと語り、事故処理対応が大変だったことをリアルに語った。

静義は、時間も過ぎたので、明日も宜しくと伝えて部屋に戻った。

 部屋では、入浴を済ませ寛ぐ二人に「反省会ですか?」と声を掛けバスルームに向かった。

入浴を済ませ眠るには少し早いので部屋のテレビを点けチャンネルを回すと襟裳岬が映っている。ボリュームを絞り暫く映像を眺めた。十和子と智子は、既に夢の中、ちゃっかりシングルベットで眠っている。静義は、照明を落としエキストラベッドに横になった。

静義は、この旅行も十和子にとって貴重な体験になり、智ちゃんという友人と二人で過ごす経験がこれからの生活に間違いなくプラスになるだろうと考えると満足な旅の疲れが来たのか深い眠りに落ちた。


 三月二十八日(火曜日)二日目は、午前八時函館本線札幌行特急大空は、午前八時出発十三時着と五時間の電車の旅だった。出発して間もなく噴火湾の大パノラマを望み十和子と智子の歓声が上がった。

やはり、海の無い県民にとって、ましてやハイティーンの女性にとってこの景色は、さすがにテンションが上がる様だ。北海道ならではの壮大な青空と海の景色、雄大な自然が飽きる事なく車窓に流れる。智子は、幾つもシャッターを切っている。

「智ちゃん、借りていいかな」と席を立ち二人の車内の姿を一枚撮ると十和子が「good job」と言い三人で笑った。十和子は、車内のワゴンサービス販売でお菓子と飲み物を買うとホットコーヒーが後部座席の静義にも届いた。

静義は、右手拳に親指を立て笑顔で振り向いた十和子に「good job」のポーズを決めた。

電車内では、十一時過ぎお弁当とお茶が配られ各自が食事を取り始め、寝ている客には、そっと稼働式テーブルに配られていった。青木添乗員さんが忙しく動く姿があった。十三時電車は、札幌に到着した。バスに乗り換え大通公園をメインに時計台、札幌テレビ塔、藻岩山展望台を巡り市内中心部のホテルに午後五時半チェックインした。静義は、少し休憩をした後、食事に出掛けようと言い二人に何が食べたいかを尋ねた。二人とも「お肉がいいです」と言いジンギスカンを夕食に決めた。静義は、サービスカウンターでお薦めのお店を尋ね狸小路商店街の五条店に入った。炭火とジンギスカン鍋で焼くラム肉と野菜の焼肉は、十和子と智子にとって初めての体験だ。独特な鍋の形状に感心し、肉野菜の食材が運ばれ静義が焼き始めるとラム肉から溢れ流れ落ちる肉汁が下部の野菜と絡み、野菜の美味しさと絶妙なバランスで味が整う様子と炭火の安定した温度管理が可能な鍋形状に、

「成る程!」と納得したのは十和子だった。

五条の、ジンギスカンの特徴は、ラム肉の下味つけが絶妙だった。下味は、ケチャップ、オイスターソース、大蒜醤油をベースにしたたれに、林檎の摺りおろしに蜂蜜を加えコクと深みを付けるとした手の込んだ調理を謳い文句としていた。説明書きを読むと十和子は「美味しいはずだ!」とまた頷いた。

静義は、わかめスープと烏龍茶を頼み二人にご飯の追加を聞くと「上がりラーメンをお願いします」と応えた。札幌ジンギスカン店のオリジナルでジンギスカン鍋のタレを中華そば風にアレンジした一品は、締めのラーメンとして最適だった。

ホテルに戻りラウンジで一休みをし三人揃って部屋に戻った。

 静義は、智ちゃんに自宅に電話するように言い添え受付に繋いだ。智子と電話を代わり、十和子に「青木さんとお茶して来る」と言い部屋を出た。

ラウンジには、青木添乗員の姿が有った。「お疲れ様、昨日はご馳走様今日は私が」と言い青木の前に座りコーヒーを注文した。

青木は、関西出身者らしく関西弁で話すので「青木さんは、大阪出身ですか?」

「兵庫県です」と答え静義は、「私は、京都です」と言うと大垣へは、転勤かと尋ねられ仕事の都合だが離婚と重なりもう十年来、娘と二人暮らしと話すと

青木さんは、「大変でしたね、私は、結婚もできずもう直ぐ三十五歳になります」と笑いながら話した。

転勤は、多いようでそろそろまた、転勤の目安三年が経ちますとも言い大手旅行社でもローカル都市の勤務である事が幸いと考えていたが、最近はノルマも厳しく問われ業界の競争も厳しくなって来たと景気に左右される業界を嘆いた。

青木さんは、顧客に代わって旅行のプランニング企画を得意としている様で顧客の希望にそった感動、感激の演出をツアーに織り込みたいと考えているのだが現場の事情に疎い本社企画のマーケティングに問題があるとも語った。静義は、人を対象とするビジネスの難しさは、自分には出来ない仕事と考えた。

「いいお話を有難うございました」と言いレシートを持ち立ち上がった。


 三月二十九日(水曜日)最終日は、午前中札幌市内近郊を巡り北海道大学キャンパスを散策した。広大なキャンパスに一人で来たら「絶対、行方不明になりそう」と十和子と智子は、笑顔で話した。静義は、さすが札幌農学校を前身とする北大の広大なキャンパスにある豊かな自然、銀杏、ポプラ並木の大木と歴史ある建造物群が醸し出すアカデミックな雰囲気を感じた。自分が十代の頃ここに来ていたら、間違いなく北大を目指しただろうと考え「残念!」と呟いた。そばで静義の呟きを聞き留めた十和子が、「お父さん、何か言いました?」と問い「いや、独り言だよ」と笑ってごまかした。

集合時間になった。バスに乗車し丘珠空港に向かう途中で少し遅めの昼食を取り土産物店で最後の買い物を済ませ空港に到着した。

午後三時発小牧空港五時到着でツアーは、解散となり青木添乗員ともここで別れた。


 静義は、十和子と智子に名古屋駅で夕食する事を確認し名鉄バスに乗車した。

名古屋駅地下食堂街で夕食は、味噌カツを注文し食べ終わると直ぐ東海道線下り快速に乗り午後七時十五分大垣に到着した。智ちゃんを送るため三人は、タクシーに乗り智ちゃん家経由で自宅に帰った。

 時刻は、午後七時五十分と予定通りの進行で十和子も静義もほっとした。十和子は、すぐお茶を淹れると、「お父さん、お疲れ様でした」と言い労いの言葉と煎茶を出した。「ありがとうございました、とっても楽しかったです」と笑った。静義は、十和子の笑顔とこの気配りが出来る事が嬉しかった。十和子に今、してあげられる幸せを感じていた。


 三月三十日(木曜日)智ちゃんから十和子に電話が入った。四月一日土曜日に旅行の写真が出来上がるからとヤナゲンで会う約束をした。当日午後一時半にヤナゲンのいつもの待ち合わせ場所に行くと宏子さんと智ちゃんが待っていた。挨拶を交わしエスカレーターで三階に進み、いつもの喫茶コーナーでドリンクを飲み、写真を見ながら函館の土産話で暫く盛り上がった。写真は、同じものが十和子用にも用意され封筒に入れられていた。

宏子お母さんは、「それじゃ、行きましょうか」とレジに立ち支払いを終えると用品売り場に向かい十和子を手招きした。「お父さんにお世話になったお返しです」と言いジーンズファッションの春コーデを一式用意し試着を勧めた。試着の不具合は無く十和子にとっても似合いのジーンズコーデだった。

智子が「智子とお母さんの考えた十和ちゃんの為のコーデだよ」と言い背の高い十和子に本当にフィットしていた。

十和子は、写真と思いがけないプレゼントに何度もお礼を言い自宅に戻った。


夕方六時過ぎ静義が帰宅し「只今」と玄関を開ける声に台所から「お帰りなさい」と声を掛けた。静義は、洗面所から台所に入ると

「十和子、今日からお父さんは係長になりました」と笑顔で昇進を告げた。

「わぁ、おめでとうございます」と言い「今日は、ご馳走でーす、スキヤキです」と言うと「偶然ですか?お祝いは、別にお願いします」

と苦笑いで言うと十和子は、「いえ、予感がしました」と応え二人で大笑いをした。夕食中に智ちゃんと宏子さんから、素敵な洋服のプレゼントを旅行のお礼に頂いた事を話し食後に居間に戻り写真と洋服を試着して見せた。

静義は、智ちゃんの旅費以外の費用を請求する事等、端から考えていなかったのだ。十和子の洋服が申し訳ないくらい嬉しく有難かったのだ。直ぐ電話を入れ旅行は、智ちゃんがいてくれて楽しさが倍増した事、十和子の想い出が貴重なものになった事を喜び、重ねてお礼を述べて電話を切った。

静義は、「いい事が重なったね」と十和子に告げ二人して頷いた。広い世界を知り多くの人との関わりを知る事で、社会の中で一人の人間としての有り様を考え、少しずつ一歩ずつ成長していく十和子の姿を、見守る事が今は大事、と満たされた心で確認していた。


                       ◆

 静義は、仕事の内容に事務処理業務が増え関連部署を始めとする人と関わりを持つ業務が増えて来た。本音を言えば苦手な分野で、出来ればやりたくない仕事だった。相手や上司の顔色を図りながら言葉を選び話す事は疲れると感じていた。

月次会議の議題で製造電子部品の歩留まり率の改善について問題の指摘がなされた。関連部署の人的要因によりと結論付けされた事による発言から会議は、熱くなった。一個人のボーンヘッドと指摘された職長がエキサイトしたのだ。話は感情論が先行し、現場に疎い管理部のミスリードも重なり、沈黙を保った静義もたまらず「皆さん一先ずクールダウンしましょう」と休憩を提案した。

二十分の休憩の後会議は、再開され人的ミスは、誰にでも起こり得るものであった事を確認し、組織として起こり得る事故をどのようになくすか建設的議論の会議に変わった。

静義は、会議終了後オブザーバーとして出席の本社役員の傍島常務から呼び留められ初めて面識を得た。「金子君、君のタイムリーな発言良かったよ、会議の件どの様に?」と問われ、初めての参加なのでよく分りませんが組織のミスは、キャッチアンドエラーではなくトライアンドエラー、試行錯誤で改善を重ねて創り上げる事が重要と考えますと言うと「そうだね」と満足気に頷き随行者と会議室を後にした。静義は、遅れて部屋を出るとライン事務室で待つ出張帰りの正木課長に会議の内容を報告し傍島常務がオブザーバーとして出席されていたと話すと、課長は本社の「切れ者だ」とだけ言った。

 一か月後業務改善施策の通達が為された。

歩留まり改善目標も具体的数値目標と進捗状況チェックリストが職場内共有義務として提示され職務の実践に付け加えられた。一部の社員の中には、反発の意思を持つ者もいたが静義は、数人ずつのグループミーティングで施策の意図を正しく伝える事で改善共有を推進した。この行動は、正木課長から本社傍島常務にも届き半期経過時に優良事業所表彰として表彰の誉に浴した。

 一方十和子は、料理の腕を上げるとスーパーマーケットのインスタント食品やレトルト食品の様々な食品が発売されている。試しに買った商品に何か物足りなさを感じもうひと手間加える事を考えていた。

一人の昼食は、インスタントラーメンが多かった所為で十和子スペシャルのアレンジにかかれば大垣ベストテンと自画自賛、いや手前味噌か、「一人ぶつぶつ独り言」と幾つものアレンジレシピを作り上げていた。

静義は、出勤前の台所でテーブルの上の置かれたタイトルのない大学ノートを何気なく手にした。十和子の料理ノートだった。大学ノートに書き込んだ料理ノートには、新聞・雑誌の切り貼り記事と、手書き丸文字で几帳面に書き込まれ頁の余白には、色鉛筆でイラスト図も書き込まれていた。所々に、食材の難しい言葉も見られた。英語・フランス語の単語も書き込まれ、十和子の学習の成果も垣間見られた。ざっと目を通した静義は、「Towako's original recipe」とノートタイトルを書き加えた。また、メモ紙に「レシピ作成日を書き込むといいのでは?」とアドバイスを書き込み最後の頁に挟みノートを閉じた。

自転車のペダルを漕ぎながら静義は、一人自宅で十和子が、充実した時間を過ごしている様子を思い浮かべ、細かいことを言う必要は無い、一人でよく考えて家事も勉強も頑張っていると考えると自然に嬉しさが込み上げてきた。朝の職場の駐輪場で同僚の吉村から、「係長、何か嬉しそうだね、いいことあった?」と声を掛けられ「いやいや」とほほ笑んだ。

 静義は、十和子の近頃の様子を考え一つだけ気になっていた、それは智ちゃんが高校に行くようになってから少し疎遠になっている事だった。友達との会話が無い事で淋しく感じていた様だった。

智子は、新しいクラスメイトと吹奏楽の部活動で忙しく女子高校生活を過ごしていた。五月のゴールデンウィークが待ち遠しく勉強と吹奏楽部の練習が苦痛になりそうだった。

 五月一日(月曜日)午後六時十和子は、静義より、たまには智ちゃんに電話をしてあげたらと言われた事が気になり電話を掛けた。電話は、誰も出なかった。

一時間後、再度電話をすると宏子さんが「智子は、部活動で忙しくもう直ぐ帰るはずですが毎日遅い」と話し少し心配の様子だった。

十和子は、智ちゃんの都合のいい時に電話をお願いし話終えた。

午後八時過ぎ、智子から電話が入った。

「何度も電話を有難う」と言い智子は急に涙声で「クラリネットが上達しないから、みんなに迷惑をかけているの」と、全ての原因を自分の未熟さにかまけ、もがく智子に掛ける言葉の見つからない十和子は、「智ちゃん、辛いね、辛い事は誰にもあるよ、十和子は辛い時、思いっきり泣きます」と言い、続けて「泣く事で気持ちを切り変えます、どうして泣いたのか、どうしたらいいか、今何が出来るかを静かに考えます。智ちゃんもっと泣けば次に進めるよ」と話しいつでも話せるし、いつでも会える事を確認して電話を切った。

聞き耳を立てていた静義は、十和子の会話から智子の悩みにアドバイスを送る十和子の成長を感じ安堵していた。

居間に戻った十和子に素知らぬふりで「智ちゃん遅いようだけどどうした?」

「部活が大変だって」とだけ話した。

「そうそう十和子、三日から五日までゴールデンウィークだから、仕事は休みです」「お父さん、何か予定は?」「全く有りません」「十和子は?」と尋ねると

「智ちゃんに会いに行きます」と言い電話で約束が取れ次第、日を決めその日静義は、見たい映画「黒部の太陽」を見に行く予定日と決めた。

 電話は、翌日二日(木曜日)午後七時に智子から掛かり五日午前十時にヤナゲンで待ち合わせを約束した。いっぱい話があるのでお昼も一緒にと決めた様だった。

静義は、五日「黒部の太陽」を見る予定を告げ上映は、三時間半と長いので昼の食事は、外食ですとも伝え、十和子には、子供の日お小遣いを三千円手渡すと、頭をペコリと下げ「旅行したばかりなのに有難うございます」と言った。静義は、十和子の言葉に嬉しく抱きしめたい程の気持ちだった。


 五月五日(金曜日)十和子は、ヤナゲンの正面入り口付近でショーウインドーを眺めていた。程なく智子がやって来た。すこしハニカミながら「おはよう」と挨拶を交わしいつもの三階の喫茶店に入り、いつものクリームソーダーを注文した。

十和子は、宏子さんプレゼントのジーンズコーデで智子は、開口一番「十和ちゃん、素敵だね」と装いを褒めた。

「智ちゃんと宏子お母さんのおかげだよ」と感謝を述べ話は、智子の悩みになった。クラリネット課題曲のリズムテンポが問題の様だった。十和子は、先生の指導とブラスバンド部の友人の助言を聞くと何か助言や指導の具体的内容が理解出来なかった。

十和子は、思い切って「智ちゃん、一度十和子にその箇所を聴かせてくれない?」と言い聴く側からすればどんな感じなのか、お話できればと、言うと「是非。これから家に来て欲しいの」と言われ直ぐ智子の自宅に二人で向かった。バスは、すぐ来た。

 智子の家に着きリビングで待っていると、智子は楽器と譜面台を持ち譜面を小脇に挟み準備した。

「この部分です」と言いながら吹き始めた。序盤は、優しく綺麗なメロディが流れた。次ぎの旋律に移るフレーズでテンポが狂った、十和子は、「ここか」と思い手を上げて合図をした。「やっぱり変?」「智ちゃん、譜面を指で指して『ルー』で歌って」とお願いした。「智ちゃん、間違っていたらご免なさい、この部分の息継ぎが少し早いため、次のフレーズの入りが早くなるのでは?」と言うと智子は、他のクラリネット奏者と息継ぎの箇所が違う事に気づいた様子だった。

「もう一度やって見るね」とその譜面の箇所に目印を付け吹き直した。十和子は、前よりすごく良くなったと言い「One more time, one more time」と繰り返し智子の演奏は、最初よりもずーっと良くなった。「十和ちゃん、有難う」と涙をこらえて智子は喜び、十和子は「楽譜の読めない十和子だから感覚で言っただけ、でも聞いていて演奏は、問題なく上手いと感じた」と言い智子を褒めた。

 翌週の月曜日、夜七時智子から電話が入り今日の部活で駄目出しの箇所は、OKが出された事を語り喜びとお礼の電話だった。

「これからも時々演奏を聞いて、感想を聞かせて下さい」とお願いされ「嬉しいです」と応えた。「十和子、智ちゃんどうした?」と話を尋ねたので部活の話をすると「そんな事があったのか」と言い静義は、昔やっていたハーモニカを取り出し十和子に良かったらどうぞと言い少し吹いて見せた。唱歌だった。

十和子も吹けそうな気がして基本を教えて下さいとお願いをし、書店で音楽の教本METHODを探して来ようかと約束をした。

 翌日の十四日、静義は仕事帰りにヤナゲンの書店に立ち寄りハーモニカ教本を買い自宅に帰った。十和子もスーパーに行っている様でいなかった。台所の様子は、今迄夕食の準備の様子が覗われていた。お湯も沸かし保温ポットに移されていた。煎茶を急須に淹れ食卓で休んでいると十和子が玄関を開けた。

「お帰り、買い物?」「お疲れ様、調味料を買いに行って来ました」と言い台所に入ると手を洗い「今日は、牛肉ともやしの炊き込みご飯とキャベツスープです」といい準備を開始した。静義は、「大好物だよ」と笑顔で応えハーモニカ教本を取り出し「後で基本教えます。今日から暫くは、毎火曜日は音楽の先生です」と言い笑った。十和子は、手を休めず歌い出した。「ドーはドーナツのド、レはレモンのレ」「そうそう先ずは音階からです」と言い静義は、居間に入った。

静義は、教本をざっと目を通していた。

静義のハーモニカは、少し高級な複音ハーモニカだった。使わなくなって久しいが大切にしていた様で充分いい音が出せた。十和子に上げようと考え、入念に手入れを済ませケースに収めた。

「ごはんでーす」と呼ばれ台所の食卓に向かうと牛肉炊き込みご飯が用意され脇には、キャベツの卵入りコンソメスープ味がスープ皿に盛られていた。オシャレな配膳だなと言いながら「頂きます」とスープを頂くと驚くほどおいしかった。トッピングに粉チーズが加えられたことが秘訣だと思い十和子に秘訣はチーズ?と問うと、ニヤリと「十和子マジック」と嘯き笑った。この子は、日々進化していると感心し嬉しくなった。満足な夕食を終え居間に戻った十和子に、

「十和子、ハーモニカの時は、歯磨きをすることがルーティンだよ」と言い楽器の手入れに大切な基本を話した。

 静義は、教本に沿って基本を教えハーモニカを取り出しハーモニカの仕組み、吹き方吸い方、ポジショニングマークの見方を伝え、音階についてドレニファソラシドを教本の五線譜音階について説明し十和子に吹いてごらんと言うと十和子は、既に習得済みだった。

静義は、驚き「一日でもう吹けるとは……」

教則本の練習曲から赤とんぼを開き先ず音符にルビを打たせた。「ソドドーレ・ミソドラソ・ラドドレミー」と一小節ごと練習を繰り返しさせた。十和子は、数回で完璧に吹けるようになり静義はまた驚きの声を上げた。

「ひょっとすると十和子は、絶対音感の持ち主では⁉」と一瞬頭をよぎった。それはあり得ないと否定しながら相対音感が優れていることは、間違いない。音符にルビをふり初めて聞く歌のメロディを歌えるとは、普通あり得ないことだと考えた。

静義は、十和子の才能の新しい発見に何時しか驚きよりも嬉しさが湧きあがっていた。

料理の才能とならんで音楽にも人と違う何かの才能を持っていると信じて疑わなかった。

 五月十七日(水曜日)静義は、休日出勤の振替休日を取り、午前十一時「十和子、三十分程音楽を勉強しようか?」と言い「赤とんぼ吹いてごらん」と言うと十和子はすぐ準備を終え吹き始めた。演奏は、申し分なく充分な完成度だった。すると十和子は、教本数頁先のアメージンググレースを「ドファファラソファラ、ラソファレド、ドファファラソファラ、ソラド」と吹きだした。静義は、手を叩き十和子の演奏を褒めた。「もう教える事は無いよ、一人で充分勉強できるようだね」

と言い楽譜を読むのもルビを書き込む必要は無いと言い、慣れれば読める様に成るから教本をしっかり勉強するように言いつけた。

「演奏曲・楽譜は、ジャンルごとに沢山あるから、昼から何かいいのを探して上げよう」と楽器店に行く約束をした。

 静義は、十和子が新しい事に取り組む時、必ず驚きの進化を見せる。出来る限りの応援をして上げたい、そうすることが喜びであると感じていた。

ヤナゲン楽器売り場の楽譜雑誌コーナーで十和子と一緒に演奏曲集を探すと「日本の名曲集」を見つけ「見上げてごらん夜の星を作詞永六輔、作曲いずみたく」に目を止めた。十和子が、少しハミングした。

「十和子、これにしようか?」

「はぃ、お願いします」と応え楽器売り場でハーモニカを覗くとトンボ社プレミアム21newが目に留まった。静義は、A#がポピュラー曲には必要とこの新製品ハーモニカも買う事にした。十和子は、喜ぶと「一生懸命練習します、たくさん吹けるように頑張ります」と言い、いつもの喫茶店でクリームソーダーを楽しんで自宅に戻った。


 五月十九日(金曜日)午後七時、智子から電話があった。用件は、日曜日文化センターで演奏会があるから良かったら来てくださいと誘われた。十和子は、快諾し日曜日午前十時文化センターに一人で行った。会場は、広いものの客席は、一般客が少なく多くなかった。十和子は、思い切って前席中央部の席に着き開演を待った。

演奏会は、夏の吹奏楽大会のリハーサルで一般客が少ない理由が分かった。やがて智子の学校のブラスバンドが入場した。曲名「さくらのうた」が始まった。十和子は、素晴らしい演奏だったと感じた。智子のクラリネットパートも低域から広域まで豊かな音を奏で気持ちのいい見事な演奏だったと感じた。四分三十秒を演じ切り十和子は、拍手を贈った。

 十和子は、演奏会が終わり会場の外で待ち合わせる智子を待っていた。やがて智子がやって来た。「来てくれて有難う、十和ちゃん」

「誘って頂いて有難う」と言い隅のベンチで腰を下ろし尋ねられた感想を「とっても美しい演奏でした、クラリネットパートの音域の広さと優しい音に感動しました」と言うと

「本当、嬉しい有難うございます」と応え笑顔を見せた。十和子は、バッグからハーモニカを出し「智ちゃんに感化され、今、練習始めました。楽器も音楽も勉強していないので独学です」と言うと「十和ちゃん吹いてみて」と言われ十和子は恥ずかしそうにアメージンググレースを吹いた。智子は、「本当に初めて?信じられないくらい上手」と言い嬉しくなった十和子は、「上を向いて歩こう」を吹くと智子は、歌い出した。二人で笑い合うと

「十和ちゃんは凄い、何でも出来ちゃうから十和ちゃんは、ほんと天才だよ」と真顔で言った。

上手く演奏できた手応えの智子と、新曲の「上を向いて歩こう」を披露できた十和子の二人は、お互いに満たされた気持ちで「また聴いてね」と挨拶を交わし自宅へと帰った。

十和子が自宅に戻ると、玄関先で静義が自転車のブレーキを直したついでに玄関引き戸の錠前を取り替えていた。

十和子は、智子の演奏会の様子を話し智子にハーモニカを聞かせた話をすると「その、上を向いて歩こう」を聞いていないから聞かせて欲しいと言われ「まだ練習途中です」と断り吹き聞かせた。「いいじゃないか、上手いよ」と言い

「いつ覚えたの?感心したよ」と褒めた。

二週間程で新曲を仕上げるとは、既に静義のレベルを超えていた。

十和子は、テレビから幾度となく流れる歌謡曲から「この広い野原いっぱい」を吹けるまでになっていた。静義は、楽譜が無くても耳コピで演奏できる十和子の才能に驚いていた。


 十月十五日(日曜日)今日は、市民芸術祭・音楽の日開催日だ。市民の生涯学習・芸術文化活動の各種発表会が文化センターを会場に行われるのだ。文化センター音楽堂ホールでは、各種楽器演奏、合唱、舞踊ダンスがスケジュールに掲げられている。

楽器演奏「三味線、尺八・太鼓・ギター・管楽器・アコーディオンそしてハーモニカ」と各人思い思いの楽器で得意な演奏曲を披露するのだ。音楽発表、最後のステージに立ったのは、金子十和子・(友情出演小早川智子)演奏曲名「この広い野原いっぱい」司会者の紹介が行われ演奏がスタートした。Aメロは、ハーモニカソロでBメロは、ハーモニカ+クラリネットでサビに向かうステージ最高の盛り上がりの場面でマイクと全照明が落ちた。アクシデントだった。ホール内の非常灯のみ照明となり演奏は中断した。五分後電気は復旧し元の状態に戻り司会者からお詫びの言葉が述べられ舞台を下がった十和子と智子に「皆さんのアンコールを」と手拍子が起きた。

 ステージ袖で待機中の、十和子と智子の二人は、司会者に促され再びステージ中央に立ち、司会者と打ち合わせをする十和子は、別の曲「上を向いて歩こう」の楽譜を智子に確認するとやがてAメロを吹き始めBメロで十和子と智子は、共にサビへと演奏は進行してゆく。Aメロの途中からステージは、照明演出で星空に変わり奏者には青・と緑のスポットライトも当てられ、さながらスターを彷彿させるかの演出がサービスされた。

二人の演奏は、最高の仕上がりで客席からは、歌声も聞こえた。演奏が終わり会場内は、大きな拍手が沸き起こっていた。司会者もアドリブで、のど自慢並みの司会で「トラブルにもめげないお二人の素晴らしい演奏に大きな拍手を」と盛り上げていた。

静義は、感動で目頭を押さえ客席後方で二人を見つめていた。

 芸術祭・音楽の日が終了し十和子と智子は、静義と一緒に少し早い夕食に、宝亭上カツ重を食べに入った。智ちゃんが「うゎ、ふわとろ」と言い「でしょう」と十和子は相槌で二人は大喜びでカツ重を頂いた。店を出て近くの喫茶店でクリームソーダーを頂きながら二人は、今日の反省会を行った。静義は、照明ダウンのアクシデントを何というか聞いてみると、智子は譜面が見えないのでパニックにと言い十和子は、暗譜しているから大丈夫と言い、二人は、共通して照明トラブルで中断しアンコールの手拍子が嬉しかった事、ステージに照明係員のサービス演出が行われスターになったかのスポット照明とステージでの演奏が満足の出来栄えで終えた事は、最高な思い出になったと逆に喜びの気持ちを語った。

最後に智子は、「十和ちゃんのおかげで本当にいつも良い事がたくさん」と言い感謝を述べ「十和ちゃんってハーモニカ演奏も凄いね、短期間にプロ並み」と言い「智ちゃん褒め過ぎだよ」と返し静義は、十和子の耳コピの話を智子にすると「多分、十和ちゃんは、絶対音感の持ち主では」と言い、一度音楽の広瀬先生にお話し聞いてみますとも言った。

バス停まで智子を送り二人は自宅に帰った。


 週末十月二十一日(土曜日)夜六時、智子より電話が有り、明日の日曜日智子と一緒に午前中九時に智子の高校、音楽室に行けないかの相談だった。用件は、絶対音感について吹奏楽部顧問の広瀬先生に尋ねたところ、十三日の芸術祭・音楽の日の最終ステージの事を他の学生から耳にしており、小早川智子も演奏していた事を知っていた。その当事者の十和子についての質問で有る事から「是非、お会いしたい」と都合を聞かれたと話した。

十和子は、「お父さんと相談します。後で電話するね」と言い電話を切った。

静義は、午後七時に帰り十和子は真っ先に智子の用件を話すと「いいじゃないか、智ちゃんと行っておいでよ、ハーモニカ用意してね」と言い行くように勧めた。

十和子は、何故かワクワクする気持ちが湧いてきた。智子への電話もすぐかけ直し、広瀬先生についても智子に尋ねた。三十九歳の女性の優しい先生だが部活は、厳しい指導ですと聞いた。京都芸大ピアノ専攻出身者で独身とも聞いた。

明日午前八時、駅で待ち合わせ近鉄バスで一緒に行く約束をした。

当日、十和子はワクワクする気持ちを抑えて、智子の待つ駅に向かい「緊張します」と言うと智子に「何言ってるんだか?あのステージに平気で立てるくせに」と笑われた。

「それもそうか、別に試験にいく訳じゃないものね」と納得し笑った。

バスは、すぐ来ると十数分程で到着し思ったより近かった。智子について音楽室に入ると部活学生が結構多く、めいめい好きな事を自由にやっていた。智子は、教壇で「皆さん、お早うございます」と、部員に挨拶をし、十和子を呼び本日のゲスト金子十和子さんです、智子の親友ですと紹介し十和子に一言どうぞと勧められると智子は、英語で

「Good morning everyone! Nice to meet you. I'm Tomoko Kaneko. I'm Tomo-chan's friend. Please be friends with me.」と自己紹介をした。智子が何故英語なのと尋ねると、

「I'm sorry, but when I get nervous I can't speak as I normally do.」すると、廊下でやり取りを見ていた広瀬先生が入室した。

急いで教壇を降りた二人と入れ替わり、広瀬先生は、「お早うございます、今日は、只今、ネイティブな英語で自己紹介の有りましたゲストの金子さんのお話をします」と先週の芸術祭音楽の日で最終演奏者の話、ステージ照明設備のトラブルによるアンコール演奏を話し、友情参加の小早川智子の質問・絶対音感についての話から、その持ち主と考えられる金子十和子さんにお会いする理由を語った。「それでは、十和子さん、十和ちゃんと呼んでいいでしょうか?緊張しなくて大丈夫ですよ」と言い緊張をほぐす意味で十和ちゃん、皆の好きな「見上げてごらんをハーモニカ演奏お願い出来ますか?」と言い十和子は、はいと頷き演奏を開始した。誰もがその演奏のレベルの高さに言葉を失った。教室に大拍手が湧き上がった。

広瀬は、「十和ちゃん、先生がピアノを二フレーズ、二回繰り返し弾きます。

その曲を急がないでハーモニカで吹いて見ましょう」と言いピアノを二フレーズ二回演奏した。どうぞの合図で十和子は、正確な音階で吹き終えた。ピアノ曲は、広瀬オリジナル曲で、十和子にとっては、当然「初見」だった。

 広瀬は、凄いと絶賛し「金子十和子さんは、間違いなく絶対音感の持ち主です」初めて聞く曲を「耳コピ」ができる、十和子の才能を素晴らしいと讃えた。

広瀬は、十和子と智子を職員室に誘いお茶を用意し十和子の生活を尋ね驚くような話をいくつも聞き今日、お会いできて良かったと感謝を述べた。

 やがて教室に戻ると、最後は全員で「この広い野原いっぱい」を演奏と歌唱で締めくくり、十和子は、広瀬先生とブラスバンド部長の林から、是非、またゲスト参加をとお願いされた。

十和子は、深々と頭を下げ「有難うございました。とても楽しい時間を過ごせました」と笑顔で部員の皆に手を振って教室を出た。

智子と十和子は一足先に学校を後にした。


 音楽教室では、広瀬先生が絶対音感、相対音感について話し十和子さんは、幼少期の病気と家庭の事情で学校には全く行く事が出来なかった。父親が家庭で教える勉強と学習で多くの知識を習得し英会話さえ習得した。音楽は、つい最近の事で小早川さんにクラリネットのブレスのアドバイスをした事からハーモニカを始め半月余りで上級者レベルにまでなった事、智子さんの絶対音感の持ち主ではとの話から今日、皆さんとお会いしたのですが、間違いなく素晴らしい才能の持ち主だった。智子さんの話では、料理の腕もプロ並みでおせち料理の飾り切りさえ見事な細工と聞きました。こんな方が私達のすぐ傍にいるのですと話終えていた。

 自宅に戻った十和子は、静義に学校での出来事を話し、先生から「絶対音感の持ち主」であると絶賛された事、ハーモニカとブラスバンド、歌唱で一緒に何曲か演奏した事を喜びの表情で語った。

静義は、自分の考えに確信を持った。十和子の将来についてじっくりと考えなければならないとまた、思った。静義は、相談する人が思いつかなかった。十和子の事を知っている人は、宏子さん、智ちゃん、吉川さん、児玉さんぐらいしか思いつかなかった。静義は、宏子さんと智ちゃんに相談しようと考えた。

同年代の智ちゃんの将来についての考えや、宏子さんの母親としての子供の将来についての考えだった。


 静義が一番気になっている事は、十和子は自分の夢を語る事が殆ど無かった。

静義は、同世代の智ちゃんとお互いの夢を語る機会をと、お願いしてみようと考え、きっと女性同士三人で有れば、十和子も何か夢を語るかも知れないと考えた。静義は、十和子の買い物に出かける留守を狙って宏子さんに電話を掛けた。

宏子さんが電話口に出た。事情を一通り話しお願いを切り出すと宏子は、快諾し、今日の音楽教室の話を智子から詳しく聞いており、特別な才能を素晴らしいと言葉にし「十和ちゃんの夢を聞きます」と約束を頂いた。


 昭和四二年十月二九日(1967.10.29.SUN)日曜日

翌週二十九日(日曜日)十和子は、先日のお昼のカツ重のお返しにと智ちゃん家に招待された。

宏子さん手作りのランチは、きのこの和風餡かけオムライ・コーンスープ・ブロッコリーツナサラダだった。どれも優しい味で美味しかった。デザートは、ロールケーキにレモンティと十和子の好物ばかりでとても楽しい食事会だった。智子も十和子も楽しい会話が続き、広瀬先生が話していた十和子の才能に話が移り十和ちゃんの様な人は、将来音楽家・演奏家、作曲家・編曲家、楽器職人、音楽教師と言った音楽に関係仕事に就く事で才能が開花するとお話されたと語ると、十和子は、笑顔で

「それは無理です。十和子はずーっとお父さんのお手伝い、家事をしなければいけないのです」と断言した。

「えっ、十和ちゃんは、二十歳になったら例えば音楽学校で先生を目指すとか、得意な料理の道を目指し将来料理店を開くとか、本当は夢をもっているのでは?」と宏子は、尋ねた。すると十和子は、

「今のままで十和子は、幸せですから」と返した。宏子は、言葉に詰まったが

「十和ちゃん、それは大切な事ですが、今度は十和ちゃんがお父さんを幸せにして上げたらどうでしょう?」続けて「お父さんが、十和ちゃんに何を望んでいるか、それを叶えて上げる事も二人が幸せになれる事じゃないかな」と言うと暫く言葉を選ぶように口を閉じ「よく考えてみます」と応えた。

 宏子は、話を智子に振り「智子はどうですか?」智子は、「将来小学校の先生になります。沢山の優しい子供達を一緒に教えます」と応えた。十和子は、「さすが智ちゃん、頑張って」と笑顔で讃えた。


 二人は、ヤナゲンに行って来ると外出した為、宏子は早速、静義に電話をした。十和子の話の要点をかいつまんで話し、自分は幸せですから今のままでいいと言う考えは、素敵な事だけど今度は、お父さんを幸せにする為に十和ちゃんに何ができるかじゃないかなと伝えると「よく考えてみます」と応えたと伝え、十和ちゃんなりに、しっかり考え始めていると伝え電話を終えた。

受話器を戻した静義は、少し安心し暫く様子を見ようと考えた。


 午後四時半、十和子が戻った。

「I just got home」「お帰り」と居間から返事を返すと台所に入った十和子は、二人の湯飲みに煎茶を淹れ居間に運び「お茶をどうぞ」と座敷机に置くと正座して改まった。

「どうしたの」と静義が問うと十和子は、

「お父さんは、いま幸せですか、不幸ですか?」と尋ねた。「何だよ、急に」静義は、十和子の質問の意図が分かっていた。少しはぐらかすように「今は幸せです。でもね、その幸せは未来永劫まで保証してくれません。お父さんは、十和子の未来に幸せを保証したいのだよ。だから十和子の将来を気にしています」と言うと「分かりました」とだけ応え足を崩し今日の宏子さん家の食事は、和風餡かけオムライスで大変美味しかったと話し、広瀬先生の語った十和子の持つ絶対音感の話の内容から音楽の仕事が才能を開花させるとも語った。しかし十和子は、音楽家を目指したいとの言葉は出なかった。まだ何かを考えているような素振りを静義は、気に留めた。

 間を保つようにお茶を飲むと十和子は、

「お父さん、将来お父さんと一緒にあの京都の『おばんざい屋』をやれませんか?」と真顔で言った。「十和子は、料理のスキルが高いから可能でしょう、でもお父さんは、本職じゃないから一緒という訳には」と言うと

「大丈夫、料理は、十和子が担当します」と言い更に「考えて」と言い静義は、「お店を経営するためにはしっかりした計画準備が重要だからまずは、今なすべき事を考えて見よう」と基本計画を考えメモを

取った。


 ・人材(料理人・国家資格調理師)調理経験二年で国家試験に合格 専門学校に一年~二年通学し取得

 ・業種(割烹料理店・おばんざい屋)

 ・屋号(おばんざいや十和)

 ・資金(店舗賃貸費用・店舗厨房造作予算)

 ・開店計画月日(三年後昭和四十五年秋と仮定)  開店十年後には、新店をOPENする

 ・店舗場所(大垣市内)

等と次々計画書に書き込み形にして行くと十和子は、将来の自分の姿を真剣に描く素振りが見て取れた。静義は、この基本計画書を十和子に見せ二人で一つひとつ検討しベストチョイスを実行しようと伝えた。

十和子は、調理師資格を取得する事を決意し専門学校に行く事も約束したが、静義は秘策を思い出した。

                      ◆

 静義の勤める事業所が優良モデル事業所と認定されたことに依り従業員の福利厚生の充実により社員食堂が完備されスタッフ募集が予定されていた。週二十時間のパート従業員で採用されれば調理師の受験資格も得られ、実務経験も積むことができ給与も頂けると考えた。早速、十和子に相談すると「是非、お父さんの職場で働きたい」と喜び応募をお願いした。総務の課長は、書類選考面接でその場で採用を決定し厨房チーフの立川に十一月一日より新人一名の採用を伝えた。製造管理課金子係長の長女と言う事で待遇条件も厚遇であった。金子の社内評価は正木部長、傍島常務に認められていた事が大きかった。


 昭和四二年十一月一日(水曜日)十和子の社会人一年生初出勤日だった。

静義は、十和子に新古自転車を買い二人で八時に到着し食堂に入ると既に立川チーフは出勤していた。挨拶を済ませ十和子を紹介し今日からお世話になります。仕事の内容等外部での仕事は初体験ですので宜しくお願いしますと申し添え判らない事はどなたに尋ねたらと聞くと、暫くはパートのベテラン山田さんにと紹介された。静義は、自分の事業所に引き上げた。十時過ぎ気になって厨房を覗くと十和子は、既に煮物を担当し調理仕事に集中していた。正午、食堂は従業員で溢れていた。厨房窓口では、山田さんが忙しそうだった。十和子は、お皿に盛り付けをしていた。気づいていないので注文を受け取り着座し定食Aを食べていると何時しか横に十和子が立っていた。

 笑顔で「楽しいです」と小声で言い厨房に戻った。静義は、ひと安心した。


勤め始めて十日余り経った頃、立川チーフが朝の駐輪場で静義に出会うと十和子の調理技術は、素晴らしい、何処で教わったのかを尋ねた。

 静義は、簡単に事情を話し調理技術や厨房作業における安全・衛生等の基本常識は家庭で教えたものの、大半は全て十和子の料理書籍・雑誌による独学と話すと、立川は包丁裁き、味付け、盛り付け全て一流、恐らくこの職場で右に出るものはいないとまで評価し、この事は既に総務課長に報告済との話をして厨房に戻った。静義の胸は喜びで溢れた。

 社員食堂のメニューは、定食A(魚・野菜・汁物)定食B(カレーorオムライス)定食C(麺類)と決まっていた。調理担当者は、様々だが、十和子が担当すると他者とは何か一つは、違いがあった。例えば煮物の人参の一切れに梅の花が模してあるとか、焼き魚に隠し包丁が入っているとか、余程でなければ気づかない技の違いがあった。社員の中で誰か一人がそれに気づき、何時しか利用者が食堂で十和子の隠し技を探す事が楽しみになった事も有った。十和子は、聞かれても微笑むだけで頷く事も否定もしなかった。いつしか十和子マジックが伝説になろうとしていた。


 昭和四二年十二月二十日(水曜日)

今日は、エリア事業所担当役員傍島常務の年末巡回が予定されていた。例年事業所管理職意見交換会の後、会議室で会食が行われていたが、今年は社員食堂で従業員と一緒に昼食会とすることが決定されていた。厨房の立川チーフは、一週間前からその食事会の事で頭を悩ませていた。総務課長兼務の正木と相談すると、正木は、金子十和子を呼び、厨房の現場スタッフの意見を聞いた。十和子は、「一度に百人の社員それぞれのメニューオーダーは、時間的に無理が生じます。ここは、メニューを一つにして栄養バランスを考え、予算的には通常より百円程上げ但し、社員のチケット価格は、据え置きでどうでしょうか?絶対美味しいと言われるメニューを考えます」と言うと立川は、「具体的に何かあるのかな?」「はぃ、例えばシーフードカレーは、どうでしょうか?カレーは人気定番ですが敢えてシーフードで新しさを提案します」と言い「予算的に可能であればサラダとスープを付ければ年末最後の会食として素敵だと考えます」と応え正木と立川は、十和子の意見を取り入れ厨房サブチーフとして任せる事を確認していた。

  正木は、立川から耳にしている、新人金子十和子の若干十七歳にして驚く様な料理技術と知識、しっかりとした考えと他人に対する思いやりのある人柄を再確認するつもりで、

「若い新人の意見、考えを聞こう」と立川チーフに十和子の同席を依頼したのだった。

 正木は、内心十和子の頭の良さに驚いていた。「この子は、次に相手が何を問うかを察知できる。論理的な思考回路が完成されている。天性のものだろう……」とようやく慣れたであろう職場の問題点・解決案と課題を言い当てる意見に、上長として頷く他無かった。

 正木は、立川と顔を見合わせお互いが納得の仕草で「じゃあ、お任せします。よろしくお願いします」と打ち合わせを切り上げた。

 

 十和子は、当日早朝四時から、一人で厨房に立ち百人超の食材の仕込み準備を開始し従業員の出社時刻八時には、完了していた。

 後は、サラダ・オニオンスープを作れば完成だった。原価計算も確認済みで問題は無かった。やがていつもの様に一番出社で現れた立川チーフに挨拶をかわすと、「金子、早いなぁ」「はぃ、仕込み済ませました。三十分休憩頂きます」と言い自転車で自宅に戻った。

 立川は、十和子の仕込みを確認しその手際良さと責任感に驚き、厨房に朝一で確認に来た正木に、金子の凄さを報告し「今日は、ご期待に応えられそうです」と笑顔で報告した。

 やがて戻った十和子は、自宅へ使い慣れた二本の包丁と型抜きを取りに戻ったのだった。

十和子は、ゆとりの出来た時間を使い、厨房と食堂の整理整頓・清掃をいつも以上に徹底して行った。パートのスタッフも全員がそれを見習い動く様子に立川は、頷き十和子のリーダーシップに驚いていた。

十和子が厨房に入り、サラダとオニオンスープ作りに入ると既に下処理を終えている十和子の包丁さばきに、三人のパートさんの目は釘付け状態だった。速い、無駄が無い、美しいと呟いた。人参で型抜きを終えると処分すべき人参の残りは細かくみじん切りにし軽く茹でアクセントに使うため取り置いた。いよいよシーフードカレーの完成が近づいている。厨房にカレーの美味しそうな香りが漂う。

白ワインで蒸し焼き状態に処理されたシーフードミックスを加えて、ひと煮立ちさせれば

十和子スペシャルの出来上がりだった。

 立川チーフの最終確認を用意した。正木部長にも確認をお願いした。

トレイにはシーフードカレー(海老・イカ・アサリ・マッシュルーム)・オニオンスープ(中スープ皿入り、玉葱・パセリ・ブラックペッパー※アクセント人参)・中皿に盛り付けされたサラダ(レタス・きゅうり・卵・ハム・ブロッコリー・トマト・マヨネーズ)の三点セットが立川チーフと正木部長の元に届けられた。

脇に立つ十和子に開口一番「C'est génial !」と叫んだ。十和子は、すかさずMerci ! で返すと立川は、満足そうに頷いた。一発合格だった。

十和子は、正木部長と立川チーフにスープの具材に一つだけ入る赤い人参の一枚にIBIの飾り切を示し「社名ロゴとは⁈」と二人を驚かせた。


 時刻が正午に近づき食堂が活気づいた。

食事時間を一部と二部に分けたものの六十人程が既に入室し次からつぎへとトレイを抱えた列が続く。山田さんが忙しそうにチケットを受け取り配膳の指示をしている。一息ついた処で傍島常務ご一行の登場だった。窓際奥の指定席に着座されスタッフが配膳を終えると正木部長の掛け声で食事が始まった。どの顔も笑っている。「美味しいなぁ」の声も聞こえてくる、立川チーフと十和子は、嬉しそうに厨房の奥から社員の様子を伺っていた。

 やがて幹部の食事も終わり、立川チーフと十和子は、正木部長に呼ばれると傍島常務から「ご馳走様、社員食堂でこんなに美味しい食事ができたのは、久し振りです、有難う」と労いの言葉が述べられた。立川は、常務に「全て金子の力量に依ります」と応えると「君が金子係長の娘さんか、有難う」と握手を求められ十和子は、「有難うございます」と恐る恐る握手する手を差し出した。IBIの社名ロゴも君のアイデアですかと言いながら、「正木部長、後でランチを写真撮りし送付して下さい」と言いつけ食堂を出た。

 総務の担当がすぐ撮影のため厨房にやって来ると何ショットもの撮影とスープの具材の人参IBIもアップで撮影を終えると、しっかり食べて引き上げたのには、皆で大笑いした。写真は、後日傍島常務にも届けられ食堂にも掲示板に大きく引き延ばし掲示された。タイトルには「十和子スペシャル」とあった。

正木と立川は、モデル事業所認定の金看板に相応しい年末食事会を喜び何時しか「十和子スペシャル」とネーミングし社内報新年号にも掲載された。


 昭和四十三年四月一日(月曜日)金子静義は、精密電子機器製造課課長に昇進した。兼任の正木は、管理本部長(管理部長総務部長兼務)となり傍島ファミリーが固められていった。驚くべきは、厨房チーフの立川は、本社厨房部長兼ヘッドチーフとして移動となり大垣事業所厨房は、金子十和子が常勤正社員としてサブチーフに昇格と辞令交付となった。

 上長の正木は、十和子の調理技術は無論の事、彼女の聡明さと、報告レポート文書等の作成能力は静義譲りと高く評価していた。現場の仕事とは言え立川が出来なかった幾つもの職務改革は、十代の十和子の手で進められている事も承知していた。

 十和子の人柄と実力を知る社員、スタッフからは、その評価を疑問視する声は皆無だった。十和子の誰からも好かれるキャラは、料理技術以上に大きな武器となっていた。

                     ◆

 静義と十和子の大きな目標は、益々明確となり一歩一歩と前に進んでいた。

十和子は、秋には調理師国家試験に挑戦する予定で受験資格、二年以上の経験を認定されており知識力量は、A評価とされ正木と立川の承認済みだった。

静義は、十和子と同じ目標・目的・計画の推進が有る事で、かつてない程の働く喜び、生き甲斐を感じていた。

 十和子には、焦らない事、用心する事、謙虚になる事、友人を大切にする事、他人の話に耳を傾ける事、音楽を楽しむ事を掲げ手帳に書き込ませた。

音楽とは、十和子の才能の原点と考えていた事と、もし将来レストランでも構えたら広いフロアに音楽用のステージを創る夢を描いていたのだった。

おばんざい屋は、十和子が大きく夢を繋ぎ発展する足掛かりと考えていたのだ。

十和子は、自分の力で稼げる仕事の魅力が理解出来た。父・静義の近くで見守られながら精一杯働ける不安のない安心と喜びがあり正当な報酬が約束される日々に幸せを感じていた。


 常勤正社員サブチーフの職務範囲は広く、食材の仕入れ予算と物価の変動から起る食材の値上がりが悩みの種だった。事業所の厨房予算は、福利厚生の名目こそあれギリギリでやりくりを余儀なくされる日々だった。会社の補助金、社員の負担金、仕入れ先の条件面と検討事項は多かった。

 十和子は、静義に仕事の問題を話しアドバイスをお願いした。総務課長に相談し、社員の負担金、会社の補助金、仕入れ先についての見直しと交渉は、総務部の業務としてお願いできるかをまず相談すべきだろう。

 その際、仕入れ価格が前期比較で品目別にいくら・何%値上がりしているか、月別予算で検討すると総予算に対して何%不足するかの具体的検討の数字を根拠として提出する必要があること。食材費・調味料費・電気ガス燃料費は、押さえて置く必要があることを話した。また、食堂で人気メニュー例えばAランチを作るのに前期原価○○円今期○◎円と分かりやすく報告するのも必要だろうと話した。

 社員食堂の目的を間違えないことが重要と考え方の基本についても言い添えた。

十和子は、分からない事は、立川さんにも電話してみようと考えていた。まずは総務課と相談のための資料作りを始めていた。


 昭和四三年五月十三日(月曜日)十和子は、食堂予算の見直しに関する参考資料を整え総務課に持参した。担当者から課長に渡され十和子は、課長に説明を求められ「食材、調味料の値上げが影響し月次の予算の日割りを考えてもランチの製造原価が高騰の傾向があります。会社の補助金、社員の負担金、仕入れ先、方法を見直す必要があると考え資料を作成しました」と言うと分りました、検討しますと返事はなされた。十和子は、更に

「このままでは、食材を落とすメニューを変えるしかなく品質に問題が発生します。社員の福利厚生の考えからそれは、避けなくてはなりません。仕入れ先を変える、極端な場合、社員の農家から食材を仕入れるとかの検討もあるのでは?」と現場担当者の提案を伝え検討をお願いし厨房に戻った。

 十和子は、まずは、厨房責任者としての役割を務めたと一息ついたがその後が少し不安だった。不安は、新任課長小林と面識が無かった事が大きかった。正木部長は、職務多忙で中々お話しする機会はなかった。

 五月二十八日(火曜日)総務課長小林から電話で呼ばれ総務課に行くと、先日の厨房予算の件です。検討しましたが会社の負担額は、現行通り、社員の負担を一食五十円上げる、仕入れ先は、複数検討したい、見積もりを手配して欲しいと回答がなされた。止む無く業者見積をお願いしたが三社とも似たり寄ったりで仕入れ先を一社にする事は困難であった。

 当分の間、安い食材をまとめ買いするしか策は無いと考えた。農家直仕入れは、ルートがあれば新規取引を承認するとの事だった。少し光明を感じた。


 六月一日(土曜日)久しぶりに智子と合う予定だった。例のヤナゲンの三階喫茶店で十時に会う約束で開店直後のお店は、一番乗りだった。智子も直ぐやって来た。十和子は、

「"It's been a while!""How have you been?"」と言い智子は、

「I'm fine, I missed you」と返し笑い十和ちゃんには、かなわないよと苦笑いをした。二人は、いつものクリームソーダーを注文しあれこれといっぱい話し込んだ。十和子は、お給料いただいているからご馳走するねとレシートを自分の脇に置き仕事の悩みを語った。智子は、十和子の話の内容が学生の自分とはレベルが違い過ぎ難しかった。十和子に驚くばかりで社会人の凄さを知った。

 ただ農家直仕入れは、理解できた。智子は、広瀬先生の実家が大きな農家で有る事を思い出し十和子に広瀬先生に尋ねてみようか?という話になり、十和子は、会社の担当部署からも広瀬ファームとの面談交渉のアポをお願いする予定を約束した。

 十和子は、IBI-Tec総務課にこの交渉を提案するに当たり、広瀬ファームご家族の広瀬美園先生に面識もあることを伝えた事で、総務課長は、産直ルート開拓商談に前向きに取り組む考えが窺われた。

 この商談は、双方とんとん拍子で進み総務課が仕入れ先契約を結ぶ事となり、米・野菜の産直仕入れルートが新規開拓出来たのだった。

この話は、正木部長から傍島常務へと伝わり、本社役員会に於いても周知され金子十和子の名前は、知れ渡った。


 六月二十三日(日曜日)十和子は、学校で智ちゃんと一緒に広瀬先生にお会いし、ポケットマネーで買ったギフト用モロゾフのクッキーを個人的なお礼ご挨拶にとお渡しすると先生は、「一緒に頂きましょう」とお茶を淹れ三人で頂いた。

 先生は、「十和ちゃんお仕事は忙しいの、音楽は?」と尋ね、十和子が思い出した様にショルダーバッグから会社で頂いたばかりの名刺を取り出し先生と智ちゃんに手渡し、「パートから正社員に任用され調理の技術を認められ今の役職に四月就きました」と話し音楽は、将来の「夢」の為に時間を割いている事も話すと「夢を是非、聞かせてください」と二人に言われ、将来音楽レストランを創り、店内には音楽演奏用のステージも有る夢の計画を語った。最初は、小さなおばんざい屋から始めようと父と計画している事を話した。

 先生は、「おばんざい屋」の言葉に反応した。

「十和ちゃんは、京都と何か関係が?」と尋ねた。十和子は、「京都生まれで父は、京都人で大学も京都の同志社です」と答えると先生は、京都芸大の為何か縁を感じた様で喜びを表わし「十和ちゃん、夏休みになったらまた学校にゲストとして来てくれませんか?」と誘われ新入生にもまたお話してください、新曲も是非と誘われ「はぃ、よろしくお願いします」と約束し智子と一緒に職員室を出た。

「十和ちゃんは、本当に凄いね」

「何が?少しも凄くないよ」

「だって、今回だって食材の値上がり対策を産直仕入れで改善しようと考えるなんて、普通思いつかないよ」と十和子の考えるレベルの違い、問題点の正確な把握から解決策の素早い最善の行動と、またもや驚きの模範となる成功事例で示した事は、IBI-Tec経営会議で金子十和子の名前と共に、紹介され得る事例だった。厨房の新しい取引先、広瀬ファームとの経緯(なりゆき)の詳細を知る者たちは、誰もが口々に十代の厨房サブチーフ・金子十和子の職責の遂行能力を高く評価していた。

                                            (続)

                                        2025.09.20(SAT)


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