十和子「人として」2026/10/02 14:59
十和子「人として」2026/10/02 14:59
南波生三
その日は、十和子六歳の誕生日だった。
洗い物が放置された台所には、一匹の蠅が弱々しく飛び交いすりガラスの窓枠に固まっている様子を十和子は、瞬きもせずじっと見つめていた。時折吹き付ける伊吹おろしの突風が、窓ガラスを揺らすガタコト音に驚きながら居間の掘りコタツに潜り込み、父の帰るのを待つ事しか出来ない少女、泣く事も人の持つ喜怒哀楽の感情さえ失った少女、十和子の非常な日常を誰一人として知る者はいなかった。
唯一の肉親静義は、己の人生すら危うい日々を送っていた。学生時代の出会いの間違いさえなければ、こんなお粗末な人生に嵌る事は無かった。己の愚かさと妙子との出会いを悔いていた。生まれた十和子に罪は無く、生後二年で育児放棄の末、蒸発。行方不明者の妙子こそ親にあらず人にあらずと、恨み辛みはつのり大切なものは全て失おうとしていた。
辛うじて義母の手を借り十和子を育てる矢先、義父の他界義母の急逝と相次ぐ不幸がつづき、考えに考えた末静義は、勤務先に日中の育児を理由に夜間勤務へのシフトを志願し、今自分に出来る必要最低限の役割を果たそうとしていた。大学で電子工学を学び描いた夢は、己の愚かさから泡沫夢幻と消え去り、現実社会の厳しさの中でエリートでもなく、ホワイトカラーでもない市井の一労働者として、なる様にしかならない、行き場のない悔恨と怒り悲しみを、心の片隅に押しやり、閉じこもるかの小さな社会で生きているに過ぎなかった。
言いようのない静義の人生に、やがて転機が訪れようとしていた。
昭和三十一年(1956.11.30FRI)
「只今……」口こもる様な呟きに、相変わらず人の気配は無くお帰りの声もいつも同様無かった。静義は、自宅帰りの途中、駄菓子屋で買い求めたキャラメルとビスコをジャンパーのポケットから取り出し、台所の食卓の上に置いた。
二人しかいない家に誕生日のお祝いのしるしらしきものがあろうはずは無かった。
静義は、一人残された十和子を不憫に思うもテーブルの上の、キャラメルを手渡す事しかできなかった。そんな毎日が来る日も来る日も続いた。十和子の閉ざした心に笑みが戻る事は無かった。この日も居間の掘りコタツに隠れるように眠っていた。
十二月になり来春は、十和子も小学校に入学を考える時期なのに、市の教育委員会からは、就学通知書は届かなかった。静義は、疑問に思ったが敢えて問い合わせをしなかった。
「この子は、おかしい、知能の発達が止まっている言葉が喋れない、表情が無表情で感情が表わせない、どうしたらいいのだろう」と脳の異変の事しか考え及ばなかった。
昭和三二年(1957.02.01.FRI)
年が変わり行政から事務手続きの遅延による、お願いと対応について連絡書類が届いた。
静義は、開封することなく無視を決め込んだ。
世間に迷惑を掛けている訳でもなく、十和子は、言葉をしゃべる事は無いものの、静義の言っている事は、分かっている。
「食事、トイレ、お風呂、寝る、外はダメダメ」と、単語で事足りた。言いつけには、従順だった。泣く事も喚く事もしなかった。
「分った?」にも肯くそぶりで小首を縦振りで応える事はできていた。
静義は、職場の限られた数人と、しかも限られた挨拶程度の言葉を交わす程度ぐらいしか必要としない、製造機械のコントロールパネルを見つめ操作を繰り返す、単純作業の繰り返しといった極めて限られた職場環境の中で、次第に人としての心の有り様を失いつつあった。
それは心を病んでいたと言っても強ち間違いではなかった。
生きている事の意味すら考える余地は無かった。夢や希望は、とっくに忘れ己の心の中に誰もが持つ、「楽しいとか、嬉しいとか、辛いとか」の気持ちさえ消えていた。有るとすれば、満たされる事のない「空虚感」だけが生気の無い無表情金子を形成していた。
娘の十和子を「不憫」と思う気持ちさえも、飼い犬や飼い猫と違わない、子供の姿をしたペットにしか見えなくなっていた。従順でさえあれば、怒る事も虐待する事も無かった。
昭和三七年(1962.9.10.MON)
就学年齢から既に五年が経過していた。行政の就学督促もあったが、訪問面談調査により虐待、教育ネグレクトではなく統合失調症と確認され、自宅待機が認められた。
静義は、定職に就いている事と夜勤専任で有ることから食事に事欠くことはなく十和子も飢える事はなかった。夜間勤務も何時しか十二年の時が過ぎ、虫の音が変わる九月半ばだった。十和子の成長は、思春期の第二次成長期を迎え、十和子の体に変調が訪れた。驚いた十和子が「あーっ」と叫び異変を知らせた。昼間の事で居間にいた静義は、慌てることなく冷静に対応した。初潮だと理解し、近くの薬局で事情を話し、生理用品等の必要品の買い物を済ませ商品について使い方の説明を受けた。一人親だと言った事から恥ずかしくも無く店員の女性吉川さんは、丁寧に教えてくれた。
自宅に戻り、十和子に処置を済ませその方法を教えると十和子は、頷き初めて微笑んだ。
静義は、その微笑みに違和感を感じつつ首を傾げた。十和子の状態は、四日で戻りそれなりに気に掛ける事も無くなった。薬局の店員が説明した生理周期を思い出し翌月の準備として教えなければとも考えていた。薬局には、定期的に必要品の購入を考え再訪の必要から、次回の買い物を忘れぬようにカレンダーに印を付けた。
月が変わり薬局の女性担当者の吉川さんを訪ねた。先月の買い物説明のお礼を述べ、また同じ買い物ですと伝えた。
他の客がいないのを確認し、今後の買い物時 黙って品物を受け取りたい事をお願いすると「構いません、お困りでしたら何でもご遠慮なく」と言われた。
静義は、一つ教えて下さいと言い「娘は、貴女より背丈を十㎝ぐらい低くした程ですが、衣服の買い替えはどうしたら?」と尋ねると「知り合いの洋品店を紹介しましょう、正札堂洋品店担当児玉さんを尋ねて下さい、伝えておきます」と笑顔で応えてくれた。静義は、その足で自転車に乗り正札堂迄八分程の距離を急いだ。
児玉さんを尋ね用件を伝えると「先程、吉川さんから
お聞きしています、吉川さんより少し上背が低いと言う事なのでお子さんにお似合いなのは、これからの季節では、とか言いながら二点用意してくれた、下着も三点選びお取替えOKですと言い添えた。合計六千円で支払いを済ませ自宅へ戻った。
十和子に洋服を見せると初めて見る笑顔が輝いた。静義は、その笑顔に驚いた。満面の微笑みとはこれか!思わず良かった、嬉しかった。こんな気持ちは初めてだった。
親として味わったことのない感動の喜びが溢れた。ペット代わり程度にしか考えた事のなかった十和子の、初めて見た真の笑顔に父親である事を初めて自覚したのだ。
洋服のサイズは、全て体にあっており問題なかった。下着についても店の担当者児玉さんは、女子中学生の好みそうなワンポイント刺繍が入った商品を選び、十和子は本当に嬉しかったようだった。静義は、男親ではできない選択だったと考えると、他人に助けてもらうとは、こういう事か、「有難いなぁ」と呟いた。
十和子の買い物を考えて一つ忘れたものは、靴下と靴だった。「明日、また買って上げるよ」と言い足のサイズは、22と計測した。
深夜勤務の静義は、午後二時から午後八時は、睡眠時間としているため、通常買い物は、午前中、遅くとも午後一時までとしていたが、 明日は、休日であるため買い物は、午後に予定し十和子の靴と靴下を必ず買う事を考えていた。他に必要な買い物はないだろうか「そうだ、可愛いショルダーバッグとハンカチとベルトも新しく買い換えよう」と思い手帳に書き加えた。
十和子の外出を許さない、一緒に出掛けることのない十和子に、静義の購買行動は不可思議だった。
静義は、十和子の心からの笑顔で救われようとしていた。
翌日静義は、午前中は久しぶりに家中の掃除を丁寧に行い、おざなりだった台所、風呂、トイレも徹底的に磨き上げた。妙子の置き去りの荷物は、考える迄も無く廃棄物としてダンボール箱に詰め込んだ。正月前に会社の車でクリーンセンターに運び、廃棄する事を予定し一先ず納戸奥に積み上げた。午前中の余った時間には、裏庭の狭い花壇の草引きまで完了させた。
気づけば十和子は、南の縁側にしゃがみ込んでいる。そっと近寄り覗き込むと赤鉛筆で広告の裏に何かを書いていた。
静義は、驚いた。十和子は、平仮名で字が書けるのだ。広告には、「きれいうれしい」と幼児のような文字が書かれていた。
後ろから見ている静義の瞳は熱くなり、おもわず涙が書かれた文字の上に「ポタポタッ」と落ちた。それに気づいた十和子は、静義の覗き込んだ顔を見上げた。
静義は、思わず背後から十和子を抱きしめた。
泣きながら抱きしめる父に十和子は、身動きすることなく「じぃっと」していた。
自分の予想だにしない行動に気づいた静義は、十和子の脇に座り
「十和子は、字が書けるんだ、えらいぞ」と褒め頭を撫ぜた。すると十和子は、突然小声で泣きじゃくり始めた。静義は、優しく肩を抱き寄せ自分の首に掛けていたタオルで十和子の顔を拭った。
時刻は、正午を少し回っていた。静義は、手早く焼き飯を作り十和子が食べ終えるのを見て、「父さんは、十和子の靴を買ってきます、玄関は、開けたらダメ」と言い自転車で商店街の靴屋に向かい女子生徒用として、サイズ22のズック靴と黒の皮靴を買い、昨日買った正札堂児玉さんを訪ね、買い忘れしましたと言い流行りのショルダーバッグとベルトと靴下三足、ハンカチ三枚を、昨日の様なオシャレポイント付きでお願いし買い物を終えた。自宅に戻る途中ふと思い出し、「そうだ、雑誌と文房具も買おう」と商店街を引き返し「少女雑誌リボン、色鉛筆、ノート」を買い足した。静義にとって買い物といえば食品日用品が全てであったがこの処の買い物は「初めてのお使い」だった。支出五千八百円程は、余裕であり買い物に楽しさを覚えたのも新鮮だった。
玄関先に自転車を置き玄関戸を開け「ただいま」と思わず大きな声が出た。ここ何年も出掛ける時も、帰宅の時も忘れていた挨拶が自然に出た。
静義は、我ながら驚いていた。十和子の日々の成長の変化を知る事で静義の心は、明るさを取り戻しつつあった。
十和子は、眠っているようだ。普段は、夜勤シフトの静義は眠っている時間帯なのでそれも有りと考え居間に入るとそこには、十和子が座敷机の前に座り、何か広告紙の裏面に今度は、絵を描いていた。買った下着のポイント刺繍の花と子犬だった。静義は、「お絵描き?」と笑みを浮かべながら、先程買った十和子の靴、バッグ他全てを次から次へと取り出し、
「ほら、みんな十和子のだよ」と机に並べ置いた。十和子は、昨日と同じ喜び顔で靴を手に、ショルダーバッグを肩に斜め掛けをし大喜びをしている。
静義は、机上のハンカチを指しバッグにしまいなさいと言うと十和子は、直ぐハンカチを広げ刺繍を確認し、また折りたたんでバッグにしまった。その様子を静義は、冷静に見守る事ができた。決して知能は低くない、親がダメだったのだと自省した。
十和子に漫画雑誌リボンを「よめる?よみたい?」と言って渡すとコクリと頷いた。
「全部読み終えたら、また買おう」と言うと、十和子は、静義を見つめまたコクリと頷いた。静義は、「とわこ、いぃ?おとうさんといえるかな?」と買ったノートに一文字ずつ丁寧に書き指で示した。
十和子は、声を発しなかった。「わかる?」と尋ねるとまた、コクリと頷いた。
静義は、急いてはいけないと考え「十和子が話したくなったら、お父さんと呼んで」と言い、先程ついでに買った自分の雑誌に目を移した。
◆
十和子の買い物から、ひと月半程過ぎた。十和子は、義母の残した鏡台の前で買い与えた洋服を着ては、鏡に映る自分を楽しそうに覗いている。
長く伸びた髪を雑誌の少女を真似て髪型をいじっている。静義は、「十和子も年頃なのだ」と、微笑みながら見ていた。二十八日周期のアレも自分で対応できておりその後の心配はなかった。
静義は、喋らない、言葉を発しない事が気になっていた。何かの拍子に喋りだすのではとの思いは強く持っていた。きっかけを掴みさえすればと、それとなく知り合いに聞く事も試していた。糸口は、無かった。
また、家の中での仕事も掃除を中心に少しずつ教えだしていた。できるだけ一緒にいる時間に一緒に作業することを実行していた。またその際、できるだけ話しかけるように意識して行う事も忘れなかった。
静義は、冬の賞与で白黒テレビを購入した。分割払いで会社の多くの社員が申し込んだ。テレビが届きテレビを見る時間が静義にも十和子にも増え楽しい番組もシリアスなドラマも楽しめた。
静義の休日の或る日の夕方、テレビからひょうたん島のテーマミュージックが流れた時、「♫ひょうたん島はどっこへゆく僕らを乗せてどっこへゆく」と十和子が歌い出したのだ。静義は、十和子を見ながら放心状態になった。気を取り戻して、知らぬふりして一緒になって歌った。
(^^♪苦しいこともあるだろさ
悲しいこともあるだろさ
だけど僕らはくじけない
と歌うと静義はこの場面で思わず嗚咽を漏らした。驚いた十和子は、
「おとうさん」「だいじょうぶ?」と静義の背中を撫ぜた。ついに十和子は、喋った。歌った。言葉を話したのだ。静義の涙腺は、崩壊し拭わない涙は、座敷机の上に幾つもの跡を残した。
静義は、十和子が確実に成長している、父親を労わる優しい心を間違いなく持っているのだ。静義は、自分の人生でこんなに心を震わせた事は初めてだと考えた。くだらない生き方しか出来なかった自分に悔やみ、生きる目的すら考えもしなかった己に、今やっと希望が見えて来たのだ。
平静に戻った静義は、夕食の時刻を悟り、食事の支度に台所に立った。
「十和子、今晩の食事は、秋刀魚の塩焼きとお味噌汁、目玉焼きだけどいいかな?」と思い切って声を掛けた。初めての事だった。すると居間から十和子は、「はーい」少し間をおいて「いただきます」と返って来た。静義は、また目頭が熱くなった。こぼれそうな涙をこらえ夕食支度に集中した。
やがて夕食の支度ができ台所のテーブルで食事が始まった。十和子はいつものように、手を合わせると無言で少し頭を下げるはずだった。ところが「いただきます」と声を発した。静義は、それにつられる様に「いただきます」と声を合わせた。笑みがこぼれた。秋刀魚を裏返しながら
「十和子、明日のお昼は、外の食事処で美味しいものをたべようか、何がいいかな?」と言うと十和子は、「何でもいい、でもお肉がいい」と言い
「じゃぁ、トンカツは?」「トンカツって?」「それでいいです」と明日のお昼は、二人にとって、初めての外食、とっても楽しみになって来た。静義は、かれこれ十年そんな記憶は無かった。想像以上に色んな言葉、知識を示す事で驚きの日々だった。テレビと漫画本から学んでいた。外界から何かを知ろうとする時の、十和子の集中力は尋常ではなく異様だった。静義は、尋ねる事なくただ見守っていた。
静義は、十和子の言葉がタメ口であったり、敬語であったりと教えていない事を少し悔やんだ。「これからだ、少しずつ」と考えた。
漢字、カタカナ、ローマ字、算数、日常生活の常識を意識して教えて行こうと自分の生活を十和子中心に考えるようになって来た。
言葉は、テレビの影響が大きくテレビの入り切りは、既に覚えていた。
火を使うガス器具は、ダメとしか教えていないが、そろそろいいかなとも考えていた。明日のお昼は外食だから、ついでに十和子の教科書を探そうとも考え手帳に覚えを書き込んだ。
◆
静義は、十和子の食べたいトンカツなら高屋町の「お食事・宝亭」が良いと考えていた。和子とのんびり歩いても行ける距離だし、老舗で美味しく、しかも他の買い物にも都合うが良かった。
「十和子、十一時過ぎに出かけるよ、きちんと着替えて準備しなさい」と声を掛けた。「はぃ、これでいぃ?」と言うので声の方を覗くと縁側の鏡台の前で買ったばかりのジーパン、トレーナー姿を映していた。
「それでいいのでは」と言い、長く伸びた髪を見て静義は、「髪を短くしたら?」と言うと「嫌だ、切りません」と否定された。
少し驚き「じゃぁ、好きにしなさい」と言い十和子に任せた。十和子は、髪をブラシで梳き髪バンドで美しくまとめ上げていた。見様見真似で覚えたのだろうと感心した。
「そろそろ行こうか?」バッグを肩に掛け、少しハニカミながら十和子は、玄関を出た。車の少ない裏通りから水門川沿いの歩道に出るとさすがに人通りは多く、前を見て無言でいつしか速足になっていた。
「待って、速いっ」と言う十和子の声に気づき、後ろを振り向くと五m程遅れた
十和子が手を上げ「待って」の素振りだった。立ち止まり待つと泣き出しそうな顔で小走りで追いついた。「置いてかないで」「ごめん、ごめん」と謝り、確かに
十年振りの外出では無理も無い出来事だった、気に留めるべきだったと思った。
静義は、宝亭の場所は、近くだが 十和子に分かりやすく前方を指さし説明をし直した。十和子の頷く様子を確認し、ゆっくり歩きだした。目的の宝亭までの歩道は、広く並んで歩いた。一本筋を入り店の前で立ち止まった。
正午には、少し間が有り店の客は少なかった。
十和子を先に店内に入れると
「いらっしゃいませ」の声に十和子は、一瞬驚くも女店員の丁寧な応対に笑顔で会釈した。十和子の様子に静義は、安心した。十和子は、店員の勧める奥の四人掛けテーブル席に、着席し少し遅れる静義を待った。二人が揃うと、お茶とおしぼりが出され「お待たせしました、ご注文は、お決まりですか?」と女性店員は、十和子に向かって尋ねた。十和子は、少し途惑い「おっ、おとうさん」と言い、それを受けて静義は、「上カツ重を二つ」お願いしますと注文した。十和子を見ると机の壁側のメニュー立てを眺め上から順に読んでいる風だった。静義は、また驚いていた。数字とカタカナは、理解しているようだった。亡くなった妙子の親が四、五歳の頃に教えたのだろうか、教える様子は、見た事がなかった……。
「上カツ重お待たせしました」長方形の立派な重箱が届いた。ふたを開けると見事なまでの美しいふわふわとろとろの卵と、熱々カリカリ重厚なカツの切り口と美しい緑の三つ葉が添えられたカツ重が現れた。
十和子は「わぁ、美味しそう」と声に出した。脇に立つ女性の店員が十和子の声に振り向き笑顔で見つめているのが分かった。
「いただきます」感謝の言葉を言うと十和子は、箸を持ち直した。十和子の箸の使い方に違和感を、感じたのだろう店員は直ぐ様フォークを届けてくれた。
静義は、礼を言い「食べにくかったら、これを使いなさい」と言うと「大丈夫です」と応えた。静義は、十和子にそんな基本的な躾さえ十分な育て方をしなかった自分を恥じていた。
二人にとって満足できる食事に元気と笑顔を取り戻しいつしか満員状態の宝亭を出た。
静義は、次は文房具と教科書取り扱い書店と考え坂井書店、興文堂を訪れた。小学生の覚える漢字、ローマ字、算数、地図、辞典、ノート、と必要と考える本を次ぎから次ぎへと購入した。文房具も定規、コンパス、分度器に至るまでほぼ全て購入し、四つ玉算盤も追加した。荷物が大変だったが十和子が文具を持ってくれた。十和子は、楽しそうだった。
帰る途中、近所の人二人に会い会釈をして通り過ごした。
静義は、きっと初めて見る十和子を噂しているのだろうと、内心思ったが十和子は、普通の子に見えているだろう、引け目を感ずる事は無いと考えながら玄関に入った。
茶の間に入り座敷机の上に今買った書籍を積み上げた。辞書を三冊、国語・漢和・英和辞典と教科書準拠の算数・国語・地図、と同ドリルと、よくもまあ買ったものだと思いながら、「十和子、今日からお父さんと一緒に勉強しよう」十和子は、「はい、楽しそう」と言い微笑んだ。
「十和子、勉強の時間割を作ろう」
「時間割って?」
「勉強の計画、スケジュールだよ」
「何すれば?」
「父さんが作るからそばで見ていて」と言い新しいノートの表紙裏に定規でマス目を書き込んだ。すると十和子は、「このノートにあるよ」と言いノートを裏返した。そこには、書き込み用の時間割が印刷されていた。
静義は、「そうか、父さんの失敗、失敗」と取り繕い、このマス目は勉強できた日の確認を○×で書き込もうと約束した。
こうして二人の時間割は、完成した。
曜日別に国語(漢字・カタカナ・ローマ字・作文)算数(足し算・ひき算・掛け算・割り算・そろばん)社会(歴史・地理)家庭科(料理・裁縫)その他(物の名前・挨拶・図工美術)体操を組み合わせ二時間を一コマ三十分四コマで作成した。
今日は、夜勤休日の水曜日だから国語(カタカナとローマ字・漢字・作文)だねと、時間割を示し「さぁ、始めます」時間は、丁度三時です、と確認させた。
十和子は、カタカナでア・イ・ウ・エ・オを書かせると全て書けた。ただ濁音のジヅカガが苦手だった。静義は、笑いながら赤エンピツで訂正し90点と評価した。十和子は、少しふくれっ面をし「わかった」と言い、「わかりました」と目上の人には言います。今日は、父さんは、目上で、先生です。と言うと「はぃ」と言い「わかりました」と言い直した。
ローマ字は、ABCDEFGと見本書きをして教え始めた。十和子は、興味を持った様でもっと知りたいと言ったが、少しずつ確実にと考え小文字も書き添えた。
TOWAKO・KANEKOを教えた。
漢字は、山川上下右左東西南北から始め読み方音読み、訓読みも教えた。山・やま、さんざんと言った具合に教えた。静義は、黒板があればなぁと考え、思いついた。会社の物置に使わない小型の黒板がある事を、明日借りて来ようと考えた。
最後の作文は、十和子に今日、一日の出来事と何を感じたか、考えたか等を書いてください。長くても短くても読みやすい正しい字で漢字も出来るだけ書き入れてくださいと言った。
十和子は、集中して書き始めている。覗き見るとトンカツの話のようだった。
題名の、たからていと書いた箇所を書き直し、漢字で「宝亭」と書いてあった。
静義は、難しい漢字をよく書けたと感心し尋ねるとバックを取り出し、中から割箸の包み紙を取り出した。謎は、解けた。それにしても、短時間でよくも覚えたものだと、また感心しながら辞書の引き方を教えた。「尋ねる前に自分で考える事も大切だよ。辞書を引いて自分で調べる事も出来ます」と言い「あい(愛)を引いて下さい」と言い、いつくしみ・かわいがる、の意から始めた。
作文は、お父さんと初めて行った、お店の食事は、お店に入ると「いらっしゃいませ」の大声にびっくりしたが、うれしかった。せきにつくとお茶といっしょに「ご注文は?」と顔をのぞきこまれて聞かれ、きんちょうした。カツジュウは、本当においしかった。ふわふわでとろとろの玉子とカツのおいしさにびっくりしました。ほっぺが、おちました。うそでーす、ごめんなさい。と書かれ最後にまた、つれていってください。で終わっていた。静義は、「うそでーす」は、テレビの漫才の台詞と知っていた。笑いながら良く書けましたと言い100点花丸を付けた。
静義は、十和子の事を知らなさ過ぎた自分に反省していた。この子は、知能が低いとか普通じゃないとか間違った認識を悔やんだ。
まともに教えればものすごい吸収力でその能力は、高まると確信した。既に持っている知識も小学生高学年レベルと考えた。できるだけたくさんの情報を与え、充分な会話をしよう、十和子の為になるテレビ番組も見せようと考えた。ただ何がいけないか、何が危険か、その時何をしたらいいかを教えていない。これは急いで教えなければと考えた。
静義は言った、「十和子、これからは勉強の時だけでなく、いつでも『なぜ?何で?』と、気づいたら疑問を父さんに聞いてください」
「約束だよ」と伝えコクリと頷く十和子に安堵した。時間割の勉強は終わり、後は十和子の自由時間、「自習」しなさいと伝え夕食の準備に台所へと席を立った。
夕食は、十和子の大好きなカレーだ。台所からカレーの香りが立ちのぼると十和子は、
「もうすぐ出来上がりますか?」と尋ねた。
「あと、二十分くらい」と言うと
「お手伝いします」と初めて食事の支度に気使かった事をしゃべった。静義は、それじゃぁ食器をテーブルに並べて、その前にテーブルを拭いてくださいとお願いした。「はぃ、まかせてください」
「テーブル拭きを使って、それは、食器用の布巾です」と苦笑いしながら、やり取りを楽しんだ。
此の処、十和子との会話で日常が明るくなった、楽しくなった、笑う事が多くなったと考え仕事にも前向きに取り組む事が出来てきた。来年から仕事の勤務シフトも変わる話もあるが、少しも不安になる事は無かった。
もうすぐ、正月を迎えるが何だか嬉しい、こんな事はここ数年来味わった事のない気持ちだった。幸せってこんな気持ちかな、とも考えた。
翌日午前八時過ぎ、退勤時不用品倉庫から小黒板を取り出し、用度係りに廃棄品である確認を受けた。運よく給湯室の冷蔵庫入れ替えにつき冷蔵庫もよければどうぞと言われいただいた。用度係長の田中は、最近金子は人が変わったように明るくなり、皆に笑顔で挨拶するようにもなり、職場の近い金子に「おーい、ちょっと手を貸して」と言っても喜んで応ずる姿勢を評価していた。
と或る日、田中は総務から届いた業務マニュアルに英文が多く意味理解が出来なかった。近くにいた金子に見せると、難なく意味を説明した。田中は、金子の能力に驚き自分から人に己を語る事も、自慢を誇る事も無い金子を初めて「隠れた人材だ」と確信した。
密かに管理課長に金子静義の適材配置を考えるべきと具申したのだった。
田中の許可を得て、軽トラを借り二十分程で自宅に持ち帰った。軽トラを返却し自転車で自宅に戻る途中、興文堂で赤と白のチョークと黒板消しを買い戻った。
会社の制服のまま、早速玄関口で冷蔵庫と黒板を綺麗に拭き磨き上げ冷蔵庫は、
台所に設置した。
磨き上げた冷蔵庫は、内装の傷みも無く充分だった。黒板は、縁側の東に立てかけ仮置きした。睡魔が襲ったので朝食抜きで居間のコタツで横になり午後一時過ぎまで眠った。コタツの暖かさの所為で爆睡したのか目覚めた時、掛けられた毛布に気づかなかった。
十和子は、二階の寝室に戻った様だった。
洗面を済ませ台所に入り昼食の準備をしようとした時、十和子が現れ電気窯を指さし「お米を炊きました」と言い見ると既にご飯が炊けていた。
「良く炊けたねー、教えていないのに」
「いつも見てるから、カップ二杯のお米を洗い、手首までの水でボタン押すだけ」
と笑いながら説明した。
「スゴイ、えらいぞ十和子は」
「それは、何に?」冷蔵庫を指さした。冷蔵庫を会社からもらった事を話し使い方を教えた。氷が出来ることに喜んでいた。
静義は、今日スーパーマーケットに買い物に行き飲み物を冷やしておこうと思い、「十和子、夕方食料品のお買い物に行こうか?」と言うと
「ウン、行きたい」「ハィ、行きます」でしょう「ハィ、そうします」と言い直し、二人は笑いあった。夜勤翌日は、休みのため充分余裕があった。十和子に夕食は、「おでん」にするから、買い物の品を考えて置く様に言いつけ朝食兼昼食は、ハムエッグとお味噌汁でサッサと済ませた。
静義は、十和子に六時に起こしてと言い仮眠に就いた。十和子は、本を読み始めた。午後六時静義は、十和子に起こされ買い物の準備にメモ帳を探した。台所のテーブルにメモ帳は見開きの状態で置かれていた。
そこには、十和子の文字でゆっくり丁寧に書いたものと思われる、「かいものおでん」と書かれ、かうもの1、だいこん2、こんにゃく3、玉子4、ちくわ5、半ぺん6、あつあげ7、きんちゃく8、かつおだしこんぶ、と書かれていた。
静義は、頷き納得して「じゃぁ、行こう」と声を掛けメモを手にした。
十和子は、買い物かごを手に嬉しそうに少し後ろに付いて歩いた。スーパーマーケットまで十五分程で着いた。買い物客は、多かったがそれ程の混雑はなく、ゆっくりと食材を選びカートカゴに取り入れた。十和子のメモに加えて、人参、ジャガイモ、つくねと出汁の素を追加した。次にお茶漬け用に塩昆布とふりかけのりたまを買い、最後に飲み物コーナーで「十和子、何がいい?」と尋ねオレンジジュースと牛乳を買いレジに向かい十和子に五千円札を渡し支払いの練習にとお願いした。
十和子は、「これでお願いします」と言い問題なく支払いとお釣りの受け取りをすませた。
静義は、持参した買い物かごに商品を入れ替え以前妙子が使っていた、がま口財布を十和子に渡しお釣りを入れさせた。
「十和子、明日十和子のお財布、可愛いのを買おうよ」と言いがま口財布のお金は、十和子に上げますと言うと笑顔が弾けた。
「ほんと、本当にいいのぅ」とはしゃいだ。帰り道は、十和子の後を追った。
自宅に戻ると十和子は、冷蔵庫に牛乳、ジュース、生玉子、つくね、を入れ野菜は、笊に載せて流し台に置いた。 静義は、十和子に硬い野菜は、下茹でが必要、ダイコンは、アクを取る為、コメの研ぎ汁を使うことを説明し二十分位とし皮むき、切り方を教えると直ぐ覚えた。それを見ていて、そうだ、料理本も何か買おうと考え伝えると「押し入れに写真の付いたのがあるよ」と言ったので直ぐ探すと二冊料理レシピの写真イラスト本があった。これは使えると台所に持ち込んだ。
夕食の下処理もゆで卵を作ればいよいよ完了、出汁は、鰹節と昆布で五~六分で自慢の出汁が出来た。これに薄口醤油、酒、砂糖、塩を静義の感覚で入れ味見をして出来上がった。これを土鍋に敷き並べたおでん具材にいっぱい移し込み、後は弱火で小一時間炊き上げれば完成とレシピ本を読みながら待っている。
「十和子、買い物や料理は楽しいかい」
「はぃ、お父さんと一緒でとっても嬉しいです」「そうか、これからは、できるだけ一緒に買い物や料理をしよう」と約束をした。やがて、おでんは出来上がった。
「十和子、テーブルを拭いて、鍋敷きを用意して」と言い火を止め、鍋を降ろした。魔法瓶にお湯を入れ「急須にお茶の葉をお願い」と言いお湯を注いだ。黙っていても十和子は、湯飲みにお茶を用意してくれた。
「ありがとう」と言って受け取り十和子の顔を見ながら「いただきます」は、同時だった。
「十和子ちょっといい」と言いお箸の持ち方はこうだよと十和子に並んで分かりやすく最初から教え直した。
「少し練習し慣れれば誰でもできます、練習してください」と言い「はぃ」の返事で食事に集中した。
「十和子、おでんは、どうかな?」
「おいしいです」
「やっぱし、十和子と二人で一緒に作るとうまいねぇ」と楽しく話した。
静義は、先程の箸の事である一案を考えていた。食品棚に残っている大豆を思い出したのだ。夕食が終わったら提案しようと考えた。
やがて食事は終わり後片付けを手際よく済ませ居間のコタツに移った。
「十和子、お父さんとゲームをしよう」
「ゲームに勝ったらお正月休みに何処か行きたいところに行こう、どうかな?」
「ゲームって?」
静義は、立ち上がって、大豆を片手の平に載せ新聞の上にザァッと移し小皿と箸を夫々に用意し二分で何個掴めるかのゲームですと言い勝者の賞品は旅行ですと説明した。「わぁ、やります」時間は二分で開始した。
十和子四個、静義二十三個と歯が立たない、「十和子、箸の持ち方を教えた方法にしたらどうかな?」と二回戦開始、十和子9個、静義二十個。三回戦開始、十和子十四個、静義二十個……。七回戦開始十和子十九個、静義二十個……。八回は、ハンディキャップ戦で静義左手使用で開始、十和子十九個、静義九個「十和子『初勝利』このゲーム、大晦日に決戦を行います」と宣言し、ハンディキャップは有りません。それまでしっかり練習しなさいと言うと
「必ず勝ちます」と言いながら、まだ練習を続けていた。何か箸の使い方のコツを掴みつつ有る様だった。さかんに右手人差し指の動きを考えていた。
楽しみなテレビドラマも無いため雑誌を読んでいると、十和子が自習したローマ字で作文を書き見て欲しいとノートをかざした。
作文には、OTOUSAN、ITUMO,ARIGATOU。TAKUSAN、TOWAKONO、OKAIMONOURESIIDESU。と書かれていた。静義は、目頭が熱くなった。気づかれぬよう
「もぉ、ローマ字を覚えたのだ、すごいぞ!」と褒め100点と花丸を記入した。 十和子は、毎日、勉強しているのだ。明日は、休みだからまた、二時間先生をするかと考え微笑んだ。
風呂に入って温まり布団に入ろうと着替えの用意をしていると十和子が居間に来て
「お父さん、お風呂入ります」と言うので「じゃぁ、先に入りなさい」と言うと長い髪の洗い方が上手く出来ない事で教わりたいと言う事だった。
「お父さんも、長い髪はどうするか分からないから明日、理容院へ行こう、聞いてあげる」と言い今日は、洗髪をしない事ときめ先に入浴をさせた。
静義は、女の子はやっかいだな~と考え、明日は、理容院と女子学生用の財布を買う予定を手帳に書き留めた。
十和子が入浴を済ませたので風呂に入り、お湯に浸かっていると、この処の十和子に関する様々な出来事が思い出された。毎日の様に驚くような発見があった。如何に自分が無知、であったか、十和子に何もしてあげなかった、駄目な父親だったかを思い知った。十和子は、親の愛情を知らないで、年を重ねただけだった。手を掛ければ驚くような早さで成長を示した、
あたたかい優しい「こころ」も間違いなく持っている、育っていると考えた。
今までの十和子への、何もしてこなかった、己の愚かさを何が何でも改めようと固く心に誓った。
◆
「お父さん、起きて下さい、朝でーす」と十和子が寝室にやって来た。
「八時でーす、お天気は晴れだよ」
「朝ごはん、作りました」と言いながら台所に戻った。それを聞き静義は、驚き急いで飛び起きた。パジャマ姿で台所に向かうと
「顔洗ってから、食事です」と十和子は笑って立っていた。お茶を淹れようとしていた。
静義は、驚きながら洗顔をすませ着替えて、台所に戻ると食卓には、ごはん、お味噌汁、玉子焼き、お漬物、小皿に塩昆布が用意されていた。
「お味噌汁よく作れたねー」と言うと、
「だって何度も見てたから、簡単」と言い、
「卵焼きもそう、簡単」といった。ガスの元栓の事もマッチで火を点ける方法も理解していた。着火は、危険なはずなのにガスの「ボッ」という着火音にも動じない様子には、驚いた。教えるタイミングと考えていた矢先の事だけに余計に感心した。お味噌汁は、具材に油あげ、ダイコン、ネギが入りダイコンは、短冊にネギは、細かく小口切りにし摘み置いた生の状態で椀の中央に盛られていた。
静義は、葱をいつもハス切りにしていたので「オッ」と思った。美しかった。
味は、いつも味見をするので多分真似たのだろう、いつもの静義の味だった。卵焼きは、塩加減が分からないので味は付いていない、お醤油をどうぞと言った。
十和子の作った初めての朝食は、驚きと感動だった。初めてにしては見事だった。すると十和子は、料理本の写真を見て盛り付けを学んだ事が分かった。また、静義は十和子の知らない一面を知った思いだった。
静義は、「ごちそうさま」と初めて手を合わせ食事を終えると十和子は、にっこり微笑んだ。「十時になったら、ニシワキ美容院に行こうよ、そこで西脇のお姉さんに髪を綺麗に整えてもらおうか」「どぅ?」「行きます、洗い方を聞かなきゃ」と言った。「その後で『銀座街』に行って十和子に似合ったお財布を買おうよ」
「とっても楽しみ」とやり取りを交わし十和子は、一人で外出の支度に入った。
ニシワキ美容院は、空いていた。
「こんにちは」「いらっしゃませ」「初めて娘を連れてきました、よろしく」
「今日は?」「娘の髪をお願いします」といい、娘に相談いただけますかとお願いした。
西脇のお姉さんと十和子の相談で長くなり過ぎた部分のカットと雑誌のモデル写真を見せながら相談は、終わり作業は、どんどん進みシャンプーも終わり乾燥作業に入っていた。
静義は、控えのソファで雑誌を読んでいると十和子が、髪の洗い方を尋ね教えていただいている様だった。程なく作業は終わり、静義は支払いを終えると西脇さんに洗髪の仕方を聞きましたかと十和子に尋ね「ハィ、大丈夫」と確認し挨拶をして外に出た。
「どうだった?」「気持ちよかったです、髪もツヤツヤでスタイルもいい」と満足の声だった。静義は、十和子用のシャンプーも買おうかと思いたった。
足は、銀座街に向かい若者の小物雑貨店に入り店員さんにこの子用に人気のお財布をと尋ね何種類もの商品の中から十和子が選んだ。
一番の売れ筋で入荷したばかりと三つ折りで人気の飾りが付いており色は、ショルダーバッグと合った薄いピンク色だった。次は、隣の化粧品店で十和子のシャンプーリンスとブラシ等を購入し、買い物を終えた。
時刻は、十二時を回った所だった。商店街のお好み焼店に入り豚・エビ・イカミックスを選んだ。十和子に違った食べ方を教えるためコテの食べ方を教えた。
「あら、こんな食べ方もあるの?」と嬉しそうに笑った。
帰り道「どうだった?お好み焼き」と尋ねると「少し甘いソースたれが美味しかった」と感想を述べ店のガラスに映った自分の姿に見とれ、長いストレートの髪がなびく姿に満足の笑顔が浮かんだ。
やがて自宅に戻ると十和子は、居間でお気に入りの財布に、お釣りを入れた、がま口財布のお金を入れ替えた。お札もあるし硬貨もある。
それを見ていた静義は、「十和子のお財布は、今、いくら有りますか?」すかさず十和子は、「三千二百三十円」と答えた。しっかり計算も出来ていると笑顔で頷き、「十和子は、頑張っているからお父さんは、毎月二十日にお小遣いとして、二千円あげます」と言うと「本当、すごい、嬉しい」と飛び上がって喜んだ。静義は、ふと、この子に貯金を教える必要を思い立ち「そうだ、十和子押し入れに有った赤いポストの貯金箱を知ってる?」
「十和子の部屋に有ります、でも何も入ってないよ」
「うん、その貯金箱貸して」と言うと直ぐ持って来た。
「もう直ぐお正月が来ます、新年から買い物のお釣りの小銭は、ここに貯金しましょう、一年間で一体いくら貯まるかな?」と新しいルールを約束した。
午後三時から、十和子との授業を開始した。
国語は、漢字をよく勉強している、書けなくとも読めるようになって来た。漢字ドリルももう直ぐ四年生レベルだ。算数は、足し算・引き算は、終了で掛け算の九九表の暗記に入っているが、所々間違えやり直している。七の位だ、「十和子、逆から言ってごらん」7×66×7と言うと直ぐ出来た。割り算もドリルは、ほぼ出来ている。
黒板を用意し、今日は、分数の基本を教えた。通分と約分を教えると少し難しそうだった。テキストが無かったので次回小数点と併せてテキスト、ドリルを買う事にした。算盤は、四つ玉を使かって基礎を何度も教えた。玉の動かし方と考え方とここでも九九が生きていた。呑み込みが早かった。
社会は、地図を広げ日本地図と世界地図を示し、まず十和子の住んでいる国、
日本国を勉強しようと言った。地図を渡し、十和子の住んでいる場所を開いてくださいと言うと、「分りません」と言った。「十和子の住所は、どこですか?」
「えぇっと、岐阜県」「岐阜を開きましょう」
「日本地図の全体図をもう一度、見てください」「次は、北から北海道、本州の東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州、沖縄地方です。岐阜県は、中部地方、日本の真ん中に有ります、右向きの子犬のような形です。
確認できましたか?」と言うと「有りました」「じゃあ、十和子は、岐阜の何処ですか?」「大垣市」「有りましたか?」「地図の縮図の関係で前の近畿地方にかかっていませんか?」「有りました」「そぅ、この図では、」大垣としか表示されていませんが、こうして見ると滋賀県の琵琶湖に近いですね」等と言い、地図の味方と縮図、距離、そして岐阜県の大きさ、全国・『一道一都二府四十二県』の七番目の広さです、そんな事まで話した。
十和子は、大晦日の大豆ゲームで勝てば、この琵琶湖も旅行できると考え、地図を見ていろいろな夢を描き始めた。十和子は、質問した。世界の国の数を尋ねた。
静義は、二百位と答え、国連加盟国は百二十国と数は年々変わる事も説明した。
静義は、十和子が社会の地理に興味を示し目が輝いたことを感じた。社会の地理、歴史の参考書のレベルを上げて与えようとも考えていた。
十和子は、海に囲まれた日本、海の向こうには、世界の国がある事が分かった。地図を見ていて、疑問が生まれた。
「質問です、何故円の中に地図があるのですか?地図の表紙もそうです」
「よく気が付きました、この円は、平面図ではなく球体、まん丸いボールの様な形です」「地球です、この地球に世界も島国日本も海も有ります」「夜、見上げる空の星の一つが別の地球かもしれません」「地球の外に宇宙があり、その宇宙の一つの星が地球です」と説明し「何となく分かったかな?」
「宇宙が有って、地球が有り星が有り地球も星?月は?太陽は?」と次から次と疑問を質問しだした。
静義は、上手く説明ができなかった。
「これらは、天文学と言ってとても神秘的な天体、宇宙を研究する難しい学問です」まだまだ分からない事がいっぱいあります。お父さんも少しずつ勉強してまた、話しますと今日の勉強は、地図で調べた地理の勉強をしましょうと元に戻した。「十和子の住んでいる大垣が日本のどこに有るかを確認した事を忘れないでください」
「地図の位置は、緯度・経度で表わします。
緯度は、赤道を0度とし北緯・南緯、と言い北緯90度は北極、南緯90度は南極となります。経度は、本初子午線を0度とし東経・西経それぞれ180度あります、子午線はロンドングリニッジ天文台を南北に通り北極点南極点を結びます」と地図を見ながら説明をした。
説明をしながら静義は、十和子に地球儀を買い与えようと思い立ち内緒で興文堂に行く事を予定した。
二時間の勉強時間が終了したので「すぐ戻る」と伝え自転車で興文堂に行き地球儀の注文をすると学校へ納品キャンセル分が一個有り、すぐ買う事が出来た。箱入りを大切に荷台に積み直ぐ戻った。
「ただいま」居間に入り十和子に50㎝程のダンボール箱から「ジャーン」と言いながら取り出すと地球儀だ。初めて見る地球儀に十和子は、目をぱちくりさせ見ていた。「地球儀です、十和子日本を探して」と言い十和子に促すと回転する地球儀に両手を添え恐る恐る日本を探し直ぐ見つけた。
「これです、えぇ、でも小さいなぁ」と言った。世界の国が二百ぐらいとすると六十番目位だと説明し地球が丸い事、軸が傾いている事を説明した。緯度経度赤道を確認しなさいと言うとそれは、簡単に見つけ確認した。
十和子は、何かで覚えたのか、ニューヨークと北京、インドを探し見つけては、「あった」を呟いていた。
静義は、火を使う事を覚えた十和子を考え、黒板に「火の用心」と赤で書き残し台所に行き夕食を考えていると、呼ぶ声がするので居間に行くと黒板に
「マッチ一本火事のもと」
と書き足されていた。「どぅ?」驚いた、どこで覚えたか聞くとテレビドラマの部屋の貼り紙を読んでいたのだった。他の知識を尋ねると「足らぬ、たらぬは工夫が足らぬ」と言い、戦時中かよと苦笑いをした。それにしても十和子の知識能力には、驚かされる、侮れないとも考えた。
明日は、仕事納め午前中で新年五日まで休業と、社員はすでに休みムードだった。職場の清掃、整理整頓がそれを現わし和気あいあいとしている。正月の伊勢詣でを誘う者もいたり、故郷帰りの話も聞こえていた。みんなそれぞれ嬉しいのだった。
静義は、そうだ十和子と大豆ゲームの大みそか決戦があったと思い出した。賞品は、旅行だったと行先を思案した。伊勢詣でも楽しいかもと心に留めた。
二十八日仕事納めは、午前中に終わった。
自宅に戻ると迎春の準備だ。大掃除と正月料理の買い出しが待っている。
「十和子、正月を迎える為掃除は、入念にいつも以上にお手伝いだよ」と言い二人で手分けして午後四時迄休みなく掃除を行い縁側のガラス戸も磨き上げた。
十和子にお願いしてお節料理のメニューと具材一覧は、既に台所のテーブルに置かれていた。十和子は、料理本からお節をぬき書きし、頁に印を挟み込み料理作業も繰り返し読み返していた様子だった。
静義は、ざっと目を通し面倒な筑前煮、伊達巻を省こうとしたら、十和子が
「私が作りたい」と言うので「大丈夫?」と念を押しお願いする事にした。メニューは、黒豆、数の子、田作りと十二種類あった。
買い物は、二人で行く事とし五人前を基本に食材を買う事にした。餅は、餅惣商店で飾り餅、切り餅を買いそれ以外は全てスーパーマーケットで買い揃えた。
初めて出来合いの伊達巻や田作りを買う事も無く手作りに挑戦する事となった。調味料、料理酒、みりん、薄口・濃い口醤油も新しく買い揃え静義は、自転車で二往復した。下処理の必要な黒豆、干し椎茸、数の子の塩抜き等を十和子は、手際よく進めていた。レシピ本を熟読暗記していた様だった。静義はニヤリとほくそ笑み、十和子に「何をお手伝いしましょう?」と逆に尋ねた。十和子は、「大丈夫です、呼びます」
と言い間もなく漆器の重箱を用意してくださいと洗い拭くよう指示され、次に包丁研ぎも言い遣った。いつしか立場は逆転していた。
静義は、言い遣った作業を済ませふと思いついた。「直ぐ帰ります」と言い自転車で出かけた。「何でも屋雑貨店」に行き野菜の「型抜き」セットを買って来たのだ。「只今、十和子、これはどうだ」と型抜きを取り出すと「何?」「こうするんだ」と側のニンジンを少し輪切りにし、まな板の上で型を押し当てた。簡単に梅の花の完成だった。
これを見た十和子は、大喜びで「わぁ、お料理が楽しくなる」と笑顔を振りまいた。筑前煮の下処理もどんどん進み既に、紅白ナマスは、完成していた。たたき牛蒡の下処理も終え煎りゴマをすり小鉢で摺り醤油,みりん、酢を加え味付け作業中だった。余りのスムーズな動作に静義は、見入っていた。味見をしながらすり鉢の中で味は、調えられた。
「恐るべし、十和子」と呟いた。まな板で包丁を使う音が静義とは、違い「トントントントン」と素早く猫の手を進化させたかの指使いだった。「負けた」と呟いた。「十和子は、いつ包丁の使い方覚えたの?」
「お父さんのいない朝の八時少し前に少しずつ、屑野菜で練習してたの」と笑いながら言った。
「すごいなぁ、十和子は」
「お味噌汁くらい作れるように早くなりたかったの」とケロッと言った。
静義は、嬉しかった。香ばしいごまめを炒る香りがして来た。田作りを作っている様だ。「味見をしてください」と呼ばれすぐ行くと小皿に一つまみ取り置かれていた。「美味しい上出来だ」と言った。十和子の笑顔が弾けた。十和子は既に四品を作り上げていた。筑前煮も火にかかっていた。
黒豆は、明日の朝。酢蛸と酢さばは、バレットの中で甘酢に漬け込みされていた。伊達巻も明日作りますと言い、筑前煮を気にしている様子だった。間もなく出来上がり火を止め粗熱をとっている。お節料理は、どんどん出来上がっている。静義は、何度も感心した。料理本は大きな字と写真、イラストで確かに分かりやすく親切に書かれている。しかし、十和子には難しい言葉があるはず、
思いたって居間にある辞書を開くと、パラパラと頁を捲ると至る所に色鉛筆で、見た印であろう棒線が引かれていた。ソテー・ブイヨン・フォン・マリネ等の専門用語にまでそれはあった。静義は、辞書を見て唖然と立ち尽くした。
毎日の様に十和子について新しい発見があり、驚きの日々にしかもいろんな事を
一気に教え始めて三か月程の間に、驚くべきスピードで知識を吸収し自分一人で学習し会得するとは…。静義は、夢を見ている様だと呟いた。台所に立ち始めて間もないのに、教えられてもいないお節料理を、一人で作るために料理本を読み暗記までして、しかも父親より上手くできるとは、「十和子は、やっぱり凄い、天才だ」と叫びそうだった。
十和子は、ひと段落したようで夕食は完成したお節を味見と称して皿に取り分け頂きましょうと用意していた。ごはん一膳と出汁の効いたうどんを椀に盛り二人で妙にだまって食べた。「中々美味しいねぇ」「でしょう」と笑顔がそこにあった。
師走二十九日、静義は、正月休みに考える事がいっぱいあった。来年から変わる勤務シフトと自分と十和子の生活の在り方、特に十和子の教育について、何とか充分な環境を用意してあげたいと考え、その最良な対応を考えなければならなかった。考えれば考える程気が滅入り重くなる。コーヒーを飲もうと台所に行くと、
十和子はお節料理の続きに取り掛かっていた。エプロン姿も板につき、動作に自信が見られた。静義は、ふと気づいた。料理の菜箸を持つ手指の使い方が美しく動きが自然だった。
大晦日の大豆ゲーム決戦を思い出した。「負けそうな気がして来た」のだ。同時に勝者への約束した特典を決めておかねばと思い、自分で淹れたインスタントコーヒーを飲みながら「ゲームのご褒美、お伊勢さん詣でにしようか?」と言うと十和子は笑いながら、「伊勢神宮は、地図で確認済みです」と勝者の顔で「行きます」と言い切った。「十和子が、勝ったらだよ」と念を入れると「勝ちます、絶対」と言い切ったので「二分一回勝負」と決めた。決めた直ぐ後、「おゃ」と思った。流しの横には、小皿が二枚、その片方に大豆が二十個程入っていた。
十和子は、練習も怠っていなかった。静義は、苦笑いで居間に戻った。
午前九時、静義は自転車で会社に行った。
休業で警備員二名のみ駐在だが、既に許可済の入舎票を見せ一時間の約束で軽トラを使い会社の廃棄物処理と併せ自宅の不用品可燃物を廃棄目的で出入りを行った。気になっていた妙子のダンボール五個は、全て廃棄しスッキリした。四十分程で車を返し警備室におやつを差し入れし自宅に戻った。
自宅で、掃除のやり残した箇所を徹底して綺麗にすると心のモヤモヤが晴れた。明日、三十日正月飾りをすれば準備は完了と考え、忘れていないか、そうだ十和子へのお年賀を思い出し、磨いたばかりの自転車で商店街の電気店に向かった。
静義は、十和子に新発売のドライヤーを買って上げたのだ。長い髪がいつでも洗える様に美しい十和子であって欲しいと思っていた。
電気店でプレゼント用に包装をお願いし、持ち帰ると自分の寝室に保管した。
知らぬ顔で台所に戻ると十和子の仕事は、完了していた。お重には、料理本を参考に美しく夫々の料理が並べ入れられていた。驚いたのは、紅白の蒲鉾の飾り切りだった。それも市松模様切りと結び切りが目を引いた。板こんにゃくにも結び切りが行われていた。
「美味しそうだ、感動する」と思わず褒めた。十和子は、笑顔で頷いた。
明日、お蕎麦とうどんと具材のてんぷら、お肉が少し必要と聞き手帳に書き足した。二人にとって、とってもいい「年越しとお正月」になりそうで、喜びが湧き上がっていた。
小晦日は、早朝から気忙しかった。玄関前から正月しめ縄飾りを飾り、床の間、神棚、仏壇へのお飾り準備が大変だった。神棚には、〆縄、鏡餅、榊、お神酒、お米、塩を飾り、仏壇には、シキビ、花、灯明、水、お仏飯をお供えとやるべき事は多かった。これらを済ませると丁度正午だった。
「十和子、父さんの仕事は終了です」と告げ
「昼飯を食べたら、お蕎麦やら食料、お菓子等買い物に行こうよ」と台所に行くと、十和子は、何やら呟きながらメモをとっている。
「どうした?」「うーん、ちょっと」
十和子は、静義の買った雑誌から何かメモをとっていた。近づき見ると、お伊勢さん詣での記事だった。明日の勝負に勝つた心算の用意らしかった。
静義は、「ほぅ、準備がよろしいようで」と笑った。
簡単に食事を済ませ、買い物のメモを確認し忘れていた、二人の歯ブラシ、歯磨き、タオルを新しくと考え書き足した。
大晦日、新年を迎える準備は、買い物、年越し蕎麦を残すのみと整った。
食事後、直ぐ買い物に二人で出掛けた。
静義は、酒は飲まないがお正月とあって日本酒を買い余れば料理酒にと一升瓶で買った。一時間程で戻り居間のコタツで寛いだ。
静義は、コタツで仰向けに寝そべり、この数か月の間に起きた出来事を思い起こしていた。これまでに経験したことのないような、大きな驚きと感動、感激を味わった日々は、己の後悔と懺悔の日々でもあった。
静義の目じりから涙が一筋流れた。最高な年越しが迎えられそうだと目を閉じた。
十和子に起こされるまで気づかなかった。
時計は午後四時を回っていた。十和子は、煎茶を湯飲みに入れ「どうぞ」と差し出した。一緒に出された金蝶饅頭も長い間口にしていなかった。久しぶりの饅頭は、ほんのりと酒の香り漂う何とも上品な甘さを控えた薄皮饅頭で懐かしい味だった。
「菜種咲く 花は黄金の 饅頭に 慕うや蝶の 賑わいの園」と藩主鉄心が詠んだ一首が思い出された。静義は、「幸せだなぁ」と心で思った。
「十和子、ちょっと待って」と言い、寝室から昨日、電気店で買った包装紙に包まれた贈り物を持ち「十和子への贈り物です」と手渡した。「えっ、これは何に?開けていいの」
「いいよ、開けて見て」十和子は、包装紙を丁寧に開くと新発売のヘアードライヤーだ。「美容院で見たドライヤーだ」と大喜びだ。
「天気のいい昼間しか出来なかった洗髪がいつでも出来る」と十和子は、大切な長い髪にドライヤーを当てる真似をして廊下の鏡台に立ち笑顔で振り返った。静義は、注意書きをよく読んでと言い添えテレビをつけた。
大晦日は、朝と夕方神棚と仏壇に決まりのお供え物を済ませお祈りをする習わしだ。一年間の十和子の成長と二人の健康に感謝の言葉を心の中で唱え雑念を交えず祈った。
十和子は、台所で食事の準備を頑張っている。
お節の出汁巻たまごを作っている、玉子料理は、得意の様子だった。既に年越しそばの用意は出来ていた。
「ごはんで~す」呼び声が掛かった。
テーブルに着くと出汁巻玉子は、出来立ての湯気をたて美味そうだ。椀の年越し蕎麦は、蕎麦に海老天、鳴門巻、春菊が入っている。カツオ、昆布出汁が良く効いた美味さだった。
「美味い、十和子腕上げたねー」と褒めると「本当?」と喜んだ。お節料理も小皿に少しずつ取り分けられ、いつもと違う雰囲気が嬉しかった。残さずきれいに平らげ満腹となりお茶を飲みながら「十和子、食事後の片付けは大豆ゲームの敗者が行う事にしよう」と提案し、了承され、午後一時半、最終決戦二分を確認した。あと、十五分だ。
◆
大晦日午後一時三十分
居間のコタツの上には、中央に中皿に盛られた湯飲み茶わん一杯程の大豆と丸箸二組と小皿二枚が一組ずつ向かい合って置かれた。夫々が箸を手に同じくコタツ板の上に置かれた腕時計を見つめ静義の掛け声を待つ。
「用意スタート」殆んど同時に箸が動いた。
忙しく箸は動く。二人の小皿には、大豆の数は、互角に増えていく。残り三十秒、十和子がラストスパートを駆けた。「ストップ」
広告の白い裏を広げ相手の皿と交換し数を数えます。十和子63個静義57個、勝者十和子。静義は、わざと不満げに十和子の豆は、大きいのばかりでつかみ易いと指摘すると十和子は、それは、最初からルールに有りませんとピシャリ。
「解りました」と頭を下げ「それでは、お伊勢さん詣では、三日に行きましょう」と言うと十和子は、調べておいた
道順やら、名物をひとしきり嬉しそうに語り、お土産の赤福餅を薬局の吉川さんと正札堂の児玉さんに、お小遣いで買いたいと言った。
二人の店員さんの優しさと親切が十和子の心に届いているのだった。
静義は、少女雑誌を読みながら料理本も読み、危なげな箸使いかと思えば、しっかりと矯正して来る、喋れなかったはずが大人びたタメ口さえ言える様になった、この娘には、驚かせられっぱなしだと、嬉しい感嘆の吐息をついた。
昭和三八年(1963.01.03.THU)
新年一月三日(木曜日)午前五時に起床し六時に大垣駅から名古屋駅、午前六時五十分近鉄名古屋駅から伊勢駅午前八時二十分到着と、全て十和子の予定で進行していた。
伊勢駅から徒歩で外宮に詣で内宮には、バスで内宮まで移動し、宇治橋を渡り五十鈴川の御手洗場で手と口を清め御正宮を参拝した。
静義は、ここで十和子に教えた。「五十鈴川にお賽銭を投げないでね」と言いお賽銭は、賽銭箱に、そうしないと神様にお願いは通じないよと笑った。
御正宮の石段を上る所で十和子は、静義に小声で囁いた。
「二拝二拍手一拝の作法」を具体的に理解できていなかったのだ。「どうすれば?」「お父さんが先に行います、見ていて」と言い、
その後しっかり参拝を済ませ「お願いごと、聞いていただけますように長くお願いしたの」と言い微笑んだ。
参拝を終え、次はおかげ横丁を楽しもうと宇治橋を少し進み大きな常夜灯を入ると何十ものお店が、江戸時代のおかげ参りの伊勢路の街並みをそのまま再現したかのように賑わいを見せていた。十和子は、目をまるくし驚きの表情で「どのお店に入ったいいのか分からない」と立ち止まった。
「いいよ、急がなくて、ゆっくり見て回り何か食べたいものがあればそれを食べようよ」「お土産は、もっと後でいいから」と言うと
納得し、最寄りのお土産屋の店先から、案内地図を一枚もらい真剣に見つめていた。「ここに行きたい」と指し示した店は、「五十鈴川カフェ」通りの川沿いの店だ。「じゃあ、まずそこで一休みだね」と言い少し戻り店に入った。趣のある古民家カフェは、女性の客で繁盛していた。二回に案内され席に着いた。五十鈴川の景色を眺め落ち着いた雰囲気の中でコーヒーと十和子は、ミルクジャムコーヒーとロールケーキをゆっくり頂いた。十和子に伊勢神宮の感想を尋ねると、
「森の広さと多くのお社にびっくりです」
「全部お参りしたらきっと回り切れない」と言い静義は、大垣の総鎮守・八幡神社と比較したのだろうと考えた。
「十和子、伊勢神宮の広さは、伊勢市の1/4も有り、伊勢と大垣は、ほぼ同じだから1/4は広い事が想像できるよね?」
「お社を全部回ったら、十和子のお小遣いは、お賽銭できっと無くなりま~す」と言い大笑いした。
「どうしてお社がいっぱいあるの?」
「日本中のいろんな神様の中心がお伊勢さんだから、百二十五の神様が祀られているんだ」
「大垣の八幡神社は、安産子育ての神様でお伊勢さんでは、『子安神社』があるよ」と少し詳しく教えた。これは、お伊勢詣でのパンフレットに書かれていましたと受け売りを披露してまた、笑った。そろそろおかげ横丁に戻ろうと席を立った。
おかげ横丁をいくつか散策し参拝客が増えてきた。「十和子、先に昼食にしようよ」
「此処がいい、『すし久』の手こね寿し」と
もう一度最初の場所に戻る事になったが十和子の下調べの事も有り従った。
店の玄関は、広く客室も広く高級料理旅館を思わせた。てこね寿し・松を奮発した。
びっくりする程の豪華さと驚きの味覚で「美味しいね」を連発する十和子に静義は、嬉しかった。時刻は、何時しか午後一時半を回っていた。
「もう一度、お土産店の多い横町へ戻りたい」と言う十和子に従いまたゆっくり歩いた。
十和子は、吉川さんと児玉さんへのお土産を考えているのだ。十和子は、「これをください、二箱ずつ」と言い、エビおかげ煎餅、おみくじ煎餅を買い、お土産ですと言い小手提げ袋を二枚同梱してもらった。支払いも自分で済ませた。静義はそばで見つめ十和子の財布が寂しくなったので直ぐ二千円を笑いながら手渡した。静義は、職場の仲間用に勾玉サブレーをひと箱買い、「十和子、自分用に何かいりますか?」「もう充分です」と確認しバス停に移動した。この分だと午後八時には、自宅に帰れる時刻だった。程なくバスは、到着し伊勢市駅には、十五分で到着し近鉄特急には午後五時二十分の便に余裕で乗車出来た。
窓側の座席の十和子に「十和子、ご褒美のお伊勢さん詣ではどうだったかな?」と尋ねると「今までの中で一番、楽しかったです」
「今度は、琵琶湖に行きたいです」と言うと
すぐ眠り始めた。初めての遠出に疲れたのだろうと考えながら静義も眠ってしまった。車内アナウンスで起こされ間もなく到着を知った。
十和子を起こし、名古屋地下街を十和子に体験させるために地下街で夕食をしますと言い地下街サンロードに入ると人の多さに十和子は、圧倒されていた。十和子の腕を掴み一緒に歩く事で安心出来たようだった。
地下街で十和子の好きなトンカツを食べた。味噌カツの美味しさにまた違った美味しさを知った様だ。
東海道本線下り六番線から大垣駅行き快速電車に乗り自宅には、八時半に帰った。静義も、十和子も自宅の居間に入ると電気コタツのスイッチを入れ「フゥ」とため息をつき「疲れたー」と同時に言い、思わず顔を見合わせ笑った。
十和子は、すぐ立ち上がり上着を脱ぐと台所に行きお湯を沸かし始めた。
「今、お茶を」と言い父親を気づかっているのだった。じきに煎茶が淹れられた。
「十和子、いいお正月だったね」
「今日一日で、知らない事いっぱい知りました、お父さんありがとう」と予想だにしなかった感謝の言葉に静義は、心が震えた。照れを隠すように「お風呂沸かしてくる」と立ち上がった。静義は、浴槽に水を張りながら鏡の自分を見ながらふと思った。
「四十二歳か、老けたな~」と呟き額と目尻の皺を右手でなぞり節分までに厄落としに行こうと考えた。風呂釜のガスに火を入れ居間に戻った。
「十和子、今思いついた、父さんは今年厄年だから節分までに、厄落としに何処か神社に行こうと思う」「厄落としって?」
「厄年は、男性は、25・42・61歳、女性は、19・33・37・61歳」数え年で本厄42歳33歳は、人生で体調、仕事、運勢と転換期に当る重要な歳なんだ。悪い厄を神様のお力を借りて祓い落とす必要があるんだ」と説明した。
「何処の神社?」
「そうだな、京都の石清水八幡宮」が良いと思っている。まだ充分時間があるので良く検討しようと言うと、十和子はすかさず「そうだ、京都へいこう」と笑顔で言った。静義は、内心「ドキッ」とした。静義にとって故郷なのだ。妙子と知り合ったのも京都の学生時代であり、それは人生の間違の一歩だった。人に話せない汚点を抱えたのも京都だった。故に誰にも、十和子にも知られたくなかった。
十和子の言葉には、無反応を装ったものの、本心は、修学旅行を知らない十和子を京都に旅行させたい、千二百年の悠久の都の歴史を感じて欲しいとの親心が心の内に有った。「十和子は、京都を勉強したの?」「清水寺と金閣寺は、知っています、雑誌で見た」と言い「平等院、二条城、奈良の大仏さんは?」
「分かりません」
「そうか、じゃあ一度京都・奈良に旅行に行こうか?」「はぃ、行きます」と約束をした。
◆
月日の経つのは早く、暦は大寒と今朝は、晴れ上がった空に伊吹おろしが吹き付けて来る。自転車通勤の静義の耳は、冷たさでちぎれる様に痛かった。
静義の会社の勤務シフトは、新年予定通り大きく改正された。会社の生産主力品目が大手企業との経営の業務提携強化により高精密電子部品へと転換された事が大きかった。勤務シフトは、一部の部門のみ三交代を残し静義の部門は、日勤八時半から十七時に変わった。
静義は、十和子の成長を喜び勤務シフトの日勤への変更は、有難かった。
昼間は十和子一人で大丈夫、任せられる。隣の松野さんにも挨拶程度はできる様だし、文字もかなり読み書き出来ている。不安は無かった。一つ気になっていたのは、町内会への加入だった。順番制の班長やらゴミ当番が回って来るのが苦痛だった。他人の噂話大好きおばさんが本当に多い町内が苦手だった。
十和子は、商店街まで一緒にさえ行けば、一人で薬局の吉川さんや正札堂の児玉さんを訪ね買い物もでき、少しの話に笑顔で応える事も出来る様になっていた。
静義は、来月は町内会の総会があり役員交代が有るだろうからと、最悪班長が当たってもと、心づもりはしていた。
静義は、来月四日から六日は工場の設備機器の入れ替えのため臨時休業で三日の有給休暇を四日に変更した。四日、五日と十和子を連れ石清水八幡宮で厄落としを済ませた後、清水寺、金閣寺、嵐山を巡り京都市内で一泊し翌日、奈良に向かい東大寺、奈良公園、春日大社、興福寺を予定した。
京都は、熟知当たり前の町であり地図は不要と十和子には、何でも要望を叶えて上げたいと考えていた。
日勤を終えて、自宅に午後六時に帰り玄関を入ると台所から美味しそうな出汁の香りが漂って来た。
「たただいま」「お帰りなさい」と十和子が応えた。台所に入ると、料理本に首たけだった。「どうした?」と尋ねると肝心な味の付け方が書かれていない、レシピ本の1頁がちぎれて無いのだった。料理は、ロールキャベツに挑戦していた。キャベツは、既に茹で笊に上がって粗熱がとられている。冷蔵庫のミンチ肉は、玉葱のミジン切りとパン粉がボールに入った状態だった。
「十和子、ボールに卵を入れ塩・胡椒少々で手で捏ね粘りが出たらOK」
「後は、片手で俵に丸めてキャベツで包む、十和子が作った出汁で煮込みお醤油と料理酒、お砂糖を味見しながら入れて煮込めば完成だよ」と簡単に言うと
「時間は?」「四十分位かな、難しく考えないで、経験だから」と言い居間に入った。静義は、どんな仕上がりになるか楽しみだった。
七時になり「出来ました」と元気な呼び声が聞こえた。台所に行くとスープ皿に盛られたロールキャベツは、湯気をたて美味しそうだった。「出来ましたか、楽しみ、たのしみ」と言い席に着いた。
「いただきます」「どうぞ」でまず、スープを少し飲むと和風だしとコンソメのよく効いた美味しさが広がった。ロールキャベツは、初めての挑戦にしては、上手く出来ていた。
「美味しいよ、上出来です90点」
「本当?」と言い「10点は、何?」と聞き返した。静義は、少し間を置き「ひき肉の大きさとキャベツの止め方かな」と言い「例えば、爪楊枝で止める、握りサイズは、合わせる。十和子は、キャベツの葉っぱサイズに合わせているよ」と笑いながらアドバイスをした。「そうでした、この次頑張ります」と笑顔で言った。食事をしながら、静義は、会社の様子を話し、二月四日、五日の二日間京都・奈良に旅行する事を伝えると正月のお伊勢さん詣で以上に喜びを表し、京都で一泊を大喜びした。「十和子、京都と言えば何を思い出す?金閣寺と清水寺以外に」すると十和子は意外にも「舞子さんと祇園」と応えた。知っている理由を問うと「テレビドラマのありがとう」だった。京都を舞台としていた様だ。四条も錦市場も知っていた。
静義は、「百聞は一見に如かず」と呟きこの旅行が俄然楽しみになって来た。
昭和三八年(1963.02.04.MON)
二月四日(月)朝六時に起床し、京都旅行の身支度を済ませ台所に行くと十和子は既に身支度を整え朝食の準備も出来ていた。
「早いね」と言うと「待ち遠しくって早く目が醒めました」と嬉しそうに椀のお味噌汁を静義の前に置き「いただきます」と食事を始めた。早々に朝食を終え、手荷物を確認し玄関先で厄落とし「初穂料」の熨斗袋を忘れている事に気づいた。急いで用意しバッグに仕舞った。十和子は、外出時の身なりは、完璧で正札堂の児玉さんのアドバイスがお気に入りの様だった。
大垣駅から急行比叡に乗り京都で京阪に乗り換え石清水八幡駅からケーブルカーで登り、一通り神社参拝を済ませ、社務所で祈祷受付をお願いし初穂料を納め御祈祷所にて二十分程で厄落としを済ませた。
十和子は、ケーブルカーも朱色のお社も巫女さんの姿もお祓いも全てが初めての経験で驚きの表情で受け止めていた。
「十和子、岩清水八幡宮はどうだった?」
「うん、すごーく美しくお伊勢さんとは、違う神聖を感じた」と言い更に「歩いて登りたかった」と言い「歩いたら四百段、距離にして一㎞は登る事になり大変だよ」と笑った。
「さぁ、次は、清水寺に行こう」と市内に戻り市バスは、東大路で降り清水坂を散策し清水の舞台から京都市街を見渡すと十和子は、右手の市街を一望し「凄い、絶景って、これを言うのだ」と言い「十和子、絶景とはどんな感じ」と問うと「特別な美しい景色?」と答え「100点」と採点し「外人さんが、『アメージング・ビュー』と言っているよね」と言い添えた。
本堂舞台、仁王門、三重塔、音羽の滝を見て
「十和子、この三つの滝の内十和子が選ぶのは?」左から学業成就・恋愛成就・延命長寿のご利益があります。「左です」「はい、それでは一口だけ飲んでください、一口だけです」と言い十和子は飲んだ。「一口がルールです、二口飲むと願いは半減します」と言って微笑んだ。
静義は、戻りは二年坂、三年坂を散策しお食事処・うえ村のお弁当セットを頂いた。さすが京都、上品な味付けに見た目の美しさは、格別だった。
昼食後は、二条城を見学し、タクシーで金閣寺に向かうとそこには、余りにも多くの外国人観光客の自由な姿に、十和子は圧倒されていた。
「お父さん、アメイジングってなに?」
「外人さんがさかんに言っているよね、英語で素晴らしい、凄いって意味だね」
「十和子、池の水面に映った金閣寺舎利殿は、本当に美しいよねぇ」と尋ねると
「アメイジング」と答え微笑んだ。静義は、「グレイト」で応じ二人は笑い合った。
金閣寺をゆっくりと散策し、金閣寺不動釜茶所の畳席でお抹茶と和三盆落雁を頂き書院造りの座敷に飾られた欄間額の書を見据えて居る十和子に「何、考えているの?」と問うと、「不動心ってあんな字で書くの?」と応えた。
「あれは草書の書体、よく読めたね?」
「入口に読みやすい漢字で不動釜とありました、心は読めます」と言い、はにかんだ。
時刻は、午後四時を回っていた。金閣寺前からバスに乗り三十分程で四条河原町に出て錦市場を十和子と散策した。「十和子、京の台所・錦市場はどうかな?」
「お買い物客より観光客がいっぱいで大変」
「そうだね、直ぐ近くに美味しい海鮮食事処があるからそこで食事しようか」と静義は、進むと、タイミング悪く店は満員で断念した。
「駄目だ、こりゃ」と引き換えし宿泊予定の三条の旅館近くで、ゆっくり食事をしようと人通りを避け歩いた。旅館に受付を済ませると直ぐ外出した。
静義は、学生時代友人とよく食事に出かけた、おばんざい屋食堂を思い出していた。
美味しい家庭料理が十和子にいいのではと考え食堂に入ると懐かしい京の町家を改装した厨房から「おいでやす」と聞き覚えのある声がした。おばんざい屋の主、詠子さんだった。「ご無沙汰しています、丸岡です」「……、えーっと、静ちゃん?」「静義です」と昔を思い出して懐かしい挨拶を交わした。
娘の十和子を紹介すると「可愛い、賢そうですね~」と褒められ「おおきに」と言う十和子にみんな笑った。
明日は、奈良に行く予定を話し夕食は、楽しく頂いた。千切り大根とひじきの煮物、おひたし、きんぴら、だし巻き卵、白味噌ベースのお味噌汁と銀だら西京焼き等の薄味仕立てのもてなしの家庭料理に満足し笑顔で宿に戻った。
「十和子、『またお越しやす』っていい言葉、嬉しくなるよね」と言うと「また、いきましょう、お父さん」と笑顔で応えた。
翌朝は、午前八時に宿を出て近鉄京都駅から近鉄奈良線で九時半には到着し、奈良公園を散策すると十和子は、たくさんの鹿の多さに驚き「野生だから、近づいて来ても触ったら駄目だよ」と教えるとすぐに慣れた。
十和子は、園内の博物館について興味があったのか「何の建物?」と尋ねるので「仏教に関する美術品・国宝を常設展示しているよ、千年以上昔の仏像とか」と言うと「寺院じゃなく博物館でバチは当たらないか心配、誰か勤行するのかしら?」と思いもよらない言葉に苦笑いした。
今日の予定は、東大寺、春日大社、興福寺、としその前に気の利いた茶店で一休みを促し、コーヒー、紅茶、チーズケーキを注文した。
「十和子、奈良の感想はどう?」
「京都と違う古い歴史を感じます、でもすぐ飽きちゃうかも」と言いペロリと舌を出した。「じゃあ、東大寺に行こう」と店を出た。
少し歩くと南大門に着いた。十和子は、驚き、「凄いです、こんな大きな警備員さんが居たら泥棒は、近寄れない」と言い静義は、笑いながら「この金剛力士は、何年間立っていますか?」「えっと、……」「八百年ぐらいここで警備しています、さて次は、東大寺金堂、大仏殿だよ」十和子は間近で見る大仏殿の大きさに圧倒され世界最大の木造建築の意味を知った。「この建物に匹敵する大仏様が想像できるかな?」と言い本殿に入った。
「大仏様の意味が分かりました」
「十和子、大仏様は、顔の長さ5m、高さ座って15m、立ったとしたら?」
「倍として30m位?」「きっと、屋根を突き破っちゃうかな?」と一人で驚嘆していた。大仏殿の右後ろの柱の穴くぐりの前に立ち、「十和子、願い事を念じてくぐってごらん、きっと叶うよ」と穴くぐりも体験した。
二時間程かけて東大寺を廻り二月堂に来た。
もう直ぐ「お水取り」春は近いとふと思った。
「あれが、さっき居た大仏殿だよ、遠くに生駒山が見えるね」と景色を一望し、「さぁ、春日大社に行こう」間もなく朱塗りの社殿と数千もの燈籠の前に神鹿が現れた。神鹿像の周りにも多くの鹿が集まっている。
「どうしてこんなに燈籠が多いの」「信仰する人々がたくさんいたということかな、平安の昔から千二百年もの今に至るまでね」と言うと
十和子は、「そうか、京都も奈良も都だったものね、歴史を勉強しなくっちゃぁ」と呟き静義は、少し嬉しかった。
「朱塗りは?美しいのと腐りにくいから?」
「それも有るけど、魔除け・神聖の意味あいかな?」と言い
「十和子は、疑問を声に出して聞ける様になったね、いい事だよ」と褒めた。
「そろそろお昼しょうか、何食べたい?」「少し疲れました、お腹も空いたし洋食は?」と告げられ興福寺界隈で手頃なY亭を見つけた。十和子の注文でオムライスをお願いした。食後のドリンクもお願いし少し長めの休憩をとり「十和子、奈良観光は、飽いちゃったかな?」と尋ねると「でも、初めてだからそれなりに楽しい」と上手くかわされた。「じゃあ、阿修羅像だけはよく観察しようね」と言い店を出ると興福寺に向かった。
国宝館に入り十和子は、合掌しながら阿修羅像を見つめ色んな角度からしげしげと観察していた。「守護神と言われる阿修羅像の三つの顔は、どう見える?」
「正面は・素直、右は・怒り、左の顔は、迷い」と答えた。「十和子と背丈は、同じくらいかな」と言うと小首を傾げ「でも、何だか寂しそう」と言った。静義は、十和子は感情をくみ取ろうとしている繊細な心にうたれた。
十和子は、三面六臂の阿修羅像の美しさが分かり始めていた。
静義は、「最後にシンボルの五重の塔を見ようか」と進んだ。奈良で一番高い建物だと説明し奈良時代なら千二百年の昔からあるのだが、何度も火災で焼失しこの五重塔は、五百年程の昔から存在している様だと付け加えた。
「中には、何が有るのですか?」
「お釈迦様の遺骨を祀り追善供養を行う場所であり、曼陀羅図とか仏像は多数安置されているはず」と応えた。
時刻は、午後三時。お土産を何か買う予定を尋ねると十和子は、「京都奈良の旅行記念にと赤膚焼の豆皿を三枚購入し自分の財布から二千円支払った。
近鉄奈良線は、京都駅で東海道本線への乗り換え時間が少しあった。売店で時間つぶしに買い物をした。十和子は、優しく親切な吉川さんと児玉さんへのお土産に八つ橋を買い自分にも五色豆を買った。ホームのキヨスクで見つけた料理雑誌・京のおばんざいが気になっていた。静義は、十和子に雑誌を欲しいのか尋ねた。どうも自分の財布が空に成りそうで躊躇している様だ。「十和子、お小遣いの先渡しだよ」と二千円を渡すと「ありがとう」と言いにっこりと笑い雑誌を買った。やがて急行電車は大垣行に乗り、午後七時半に到着した。
駅前のラーメン屋で簡単に食事を済ませ店を出ると伊吹おろしの冷たい風が吹き付けて来た。旅行中のポカポカ陽気と違う寒さにコートの襟を立て急ぎ足で自宅に帰った。居間の時計は、午後八時半を回っていた。
冷えた体には、温かいお風呂だと風呂炊きを急ぎ水を張った。台所では十和子がお茶を用意していた。お茶は、すぐさま居間に運ばれた。コタツに入り新聞に目を通すと十和子が言った。
「お父さん、京都奈良旅行は、楽しかったです。ありがとう」「そうか、その内北海道とか九州にも行こうか?」と言うと十和子は、「貯金をしなくっちゃぁ」と言い微笑んだ。この子は、お金の価値と使い方が分かって来たようだと感じた。
「そうだね、これからは目的を決めてその為の貯金をしようか」と言うと十和子は、「それでは、次の目的を決めましょう」
「十和子に任せるよ」と言い風呂の準備を急ぎ、水を止めガスを点火した。
「はい、それでは地図を見て考えてみます」と言い明日、旅行の雑誌を買わなければとも呟いていた。
十和子は、翌六日水曜日朝早く目覚めた。
布団からから出ると着替えを済ませ、部屋の南側壁に面して置かれた机に向かい、静義からもらった会社のメモ帳に今日の予定を記入していた。午前①吉川さん、児玉さんにお土産届ける➁小川書店、雑誌旅を買う。午後③スーパーマーケット買い物に行く相談と書き込み一枚はがし持った。居間のコタツ天板に貼り洗面を済ませると、台所でお湯を沸かし朝食の準備を始めていた。冷蔵庫には、玉子とソーセージ、油揚げが有った。野菜は、葱と大根、ホウレン草も有った。卵にソーセージを薄切りし一緒に焼き上げた。お味噌汁は油揚げとホウレン草で簡単に仕上げた。電気釜が切れた頃、静義が「おはよう、いい匂いだねー」と台所にやって来た。足元のストーブの灯油が切れていたため居間で食事をする事にした。
「今日の予定です」と言うと「休みで暇だから一緒に行くよ」と言い笑った。静義は、十和子が食事の支度やら掃除も自分の役目と進んでやってくれる事に助かり嬉しかった。この数か月の間の成長が目覚ましかった。静義の心に余裕が生まれていた。
午前九時に家を出て薬局と正札堂へは、十和子一人で入店しお土産を手渡し、
吉川さんからリポビタンDを二本いただきその場で飲んだ。児玉さんからは、十和子はもうすぐ始まるセールの二割引き券を頂いた様だった。
すぐ近くの小川書店に向かった。店内に入ると雑誌コーナーですぐに「月刊旅・北海道」を見つけ、十和子は、お小遣いから五百円を支払い買い物は終了したはずだった。
「お父さん、この手帳買ってください」と初めて自分から強請った。少し驚いたが「どうぞ」と言い千円を支払い自宅に戻る途中、「手帳には、何を書くの?」
「予定と重要な調べ事とか、まぁ大切なことをいっぱい書きます、十和子の秘密とかも」と嬉しそうに語った。
時折吹き付ける伊吹おろしに白い雪に混じって細かい霰の様なものが落ちて来た。冷たさで耳が痛かった。二人は、急ぎ足で自宅に戻りコタツで暖まった。
十和子は、雑誌を開くと真っ先に雑誌の口絵を見た。札幌・函館・小樽を一瞥すると、海や港のある風景に興味を示した。琵琶湖がそうだった、海を知らない十和子にとって函館と小樽は想像を膨らませる景色の様だった。そばで新聞を読む静義に、「お父さん、これ見て、函館、」
「函館、小樽、札幌はいいよね、北海道は本当に陸の広さに驚くよ、五稜郭・赤レンガ倉庫・朝市・元町、函館山からの夜景とか素晴らしいよ、飛行機で行くからお金もいるから貯金しよう、来年は北海道に行くぞ!」「オーッ」と二人は、こぶしを突き上げた。
そして大笑いした。十和子の夢は、大きく膨らんだ。十和子は、手帳を取り出し二月六日日曜日来年は、北海道旅行にいくぞと書き込んだ。(貯金するぞ)とも書き込んでいた。
覗き見した静義は、思わず笑みを浮かべた。
午後四時スーパーマーケットに食材を買いに行こうとすると十和子が、メモを取り出した。そこには、茶わん蒸しの具材を買う指示があった。
静義は、「これは?」と尋ねると、「お正月に作れなかったから今晩作ります」
と言った。お正月に間に合う様レシピの勉強が出来なかった、蒸し器の使い方が分からなかった様だった。「で、もう大丈夫なの?」料理本で学びました、大丈夫かも」と言い「かも、ですか?」「大丈夫です!」と言い直し笑った。十和子の指示通り食材を買いに一人で行き、その間十和子は、出汁の準備をすると言った。
買い物から戻り食材を渡しお手伝いを確認すると「呼びます」のひと言で居間に入りテレビの前でお笑いを見る事にした。
やがて夕食の準備が整い「ごはんです」と声が掛かった。「出来ましたか?」
「ばっちりです」と言いながら蒸し器から茶わん蒸しを取り出し食卓に並べた。
アルミ蓋を剥がすとプリンの様な出来栄えの美しい茶わん蒸しだ。スプーンで一口頂くと、とろける美味しさだった「100点」と思わず声に出した。十和子は、嬉しそうに小鯵の味醂干しを炙った。
「十和子、この秘訣は何?」と尋ねると「3:1です、それと玉子を泡立て無いこと」と言い、静義を感心させた。
「十和子は、料理人になれそうだね」と静義は、才能を言葉にした。十和子は、
はにかみながら「普通のお料理だったら大丈夫です」と言い、先日買った雑誌
「京のおばんざい」を手に「これも勉強中です」と自信ありげに言い添えた。
静義は、十和子が日に日に逞しくなってゆく事がたまらなく嬉しかった。
◆
昭和四一年十一月六日(1966.11.06.SUN)日曜日
猛暑で過酷な夏も終わり、過ごし易い季節はあっという間に過ぎた。今朝の冷え込みは厳しく、-2度、小さな庭の植え込みの裾に霜柱が立っている。
明日は、「立冬か」静義は、速すぎる時の流れに一抹の不安を覚えるも、十和子の成長の素早い変化に思い耽っていた。
昨年の今頃は、洋食屋宝亭で初めて食事をした事、確か「カツ重」に大喜びだった等と、思い出し感慨深く記憶をたどっていた。
台所で朝食の支度をする十和子に「お早う、寒いね」と声を掛け「十和子、お昼は、宝亭に行こうよ」と言うと「カツ重いいですね~」と応え予定に入れた。
昼は、混むだろうから午後一時位とし少し遅めに宝亭に向かった。予想通り奥の空席に案内され席に着いた。「ご注文はお決まりですか?」と以前と同じ、女性店員さんから尋ねられると十和子は、「上カツ重二つお願いします」と注文した。
程なくカツ重は、運ばれた。
「ワーッ、美味しそう」十和子は、以前と同じリアクションで「フワフワ、トロトロ」と喜びを表した。店員さんは、笑顔で見ていた。箸使いを気づかった、フォークが運ばれる事は無かった。静義は、少し胸を張れる心持がした。
満足に食事を終え、店を出ると伊吹おろしは、いよいよ本番の季節到来を伝えていた。静義は、「寒むぅー」と言いながらジャケットの襟を立て十和子を見ると首回りが寒そうだった。「十和子、正札堂の児玉さんから長いマフラー買おうよ」「いいの?嬉しい」と言いながら正札堂でピンクの毛糸で編んだ長いマフラーを買い求め首に巻いて店を出ると、十和子は、スキップしながら、静義を置き去りに進んで行く。先に着いた玄関前で「お父さん、遅いよー」と一言、頬を膨らませ悪戯ぽく笑った。
◆
静義は、十和子の将来について考え込む日が多くなった。厄落としを済ませた事で自分の身に何かが起きたとしたら、十和子はどうなる、その時十和子に何ができるだろうか等と考えると、居ても立っても居られない不安だけが心を占領した。静義は、「こんなんじゃいけない」と考え直し自分の非常時を考えた。健康、事故、貧困と考え十和子の為に何ができるかを考えては、思い願いあぐねていた。二人に共通して気づいた事は、「友人」がいなかった、気心の知れた友達や縁者がいない事に今更のように気づき落ち込んだ。
やがて静義は、どうなるかも分からない将来に不安を抱くより、今日の今が幸せである事に注力しよう、毎日少しずつ前に進む事さえできればいいのだと考えようとした。ただ、出来る事だけは後悔しないために直ぐやろうと言い聞かせた。
「十和子、用が有ります、ちょっと来て」と呼ぶと十和子は、エプロンと針と白い木綿糸を手に二階から降りてきた。
「何か有りました?」
「大切な話があるんだ」
「今、エプロンを引っかけ破れちゃったからお裁縫してたの」と手を差し出した。
「そう、新しいの買えばいいよ」
「直せば大丈夫、貯金しなきゃあ」と言い微笑んだ。「話って?」と言いながらコタツに足を入れた。
「十和子は、もう直ぐ十六歳になるのだから来年どうするか相談しょうか?」と言うと、「どうするって?」
「十和子は、料理が得意だから専門学校に行ったらどうかな?」
「学校?……」「学校は、嫌です、行きたくないです」と拒絶された。静義は、十和子の気持ちが充分過ぎるほど理解できた。普通の子供達と異なった育て方で十六年間を過ごした。学校も先生も友達も知らない、家以外の世界を知ったのもこの一年だけなのだ。十和子は、この一年で少なくとも小学校六年生レベルの知識を習得というより吸収したのだ。家事・料理に於いては、女子高校生に劣らない程と考えていた。教えてもいないのに、料理の味を調える調味料の「さ・し・す・せ・そ」についても料理本の独学で記憶し、飾り包丁も身に着けており驚かされたのもついこの前だった。
嫌がるものを無理にとは言えない。静義は、
「分かった、十和子、それじゃあ明日から新しく英語を勉強しようか」と言うと
「頑張ります」と元気を取り戻したかの返事をした。静義は、テキストと和英、英和辞書を約束し十和子の青春は、また少し前進した。
静義は、英語の基本を教え日常英会話を習得させようと密かに考えていた。
翌日静義は、坂井書店で中学英語のテキストとガイドブック、必須英単語辞典、日常英会話、単語帳を買い学生時代得意だった英語の学習を思い出していた。
「ただいま!I Just got home. 」と十和子に聞こえる様に言った。「はーい、お帰りなさい」と居間から出て来ると「今のは、英語?」と言い
「Of course」と言い笑った。居間に入りコタツ板の上に英語のテキストを取り出し並べた。十和子は、直ぐに手に取りパラパラ頁を捲り「難しそう」と言った。静義は十和子に、「英語は、難しく有りません、日本語の方がずーっと難しいよ」と言い「例えば、鉛筆を一本『ぽん』二本『ほん』三本『ぼん』英語は、One, two, three pencils単語と日常フレーズを八十も覚えれば会話も大丈夫だよ」と言い、毎日一つずつ覚えて行こうか、お父さんがteacherだよと言い、さっきから英語はいくつ有ったかなと尋ねた。
「十和子、カナでメモしてごらん」
アイジャストゴットゥホーム、オブコース、ワン・ツー・スリー・ペンシル、ティチャー等と話しテキストを説明した。十和子の顔が輝き始めていた。
静義は、受験英語は必要でなく会話を中心とした英語を教えようとしていた。
「十和子、日本語の単語を英語に置き換えて見ようか、水water発音は、カタカナ英語ではなく、アメリカ英語がいいよ「ワラー」等とその都度教えた。食卓でもPass me the pepper please、Very deliciousとかのいつものフレーズを敢えて使うといつしか十和子は、Sure!と応える様になっていた。
Take care. welcome backは、十和子の常用句となり、或る日、出勤前の静義が独り言を呟いた時、十和子が背後から「beg your pardon」と聞き返した。
静義は、驚いて振り向くと「パドンミー」と言った。静義は、凄いじゃないか十和子、「When did you learn it?」と返したらボチボチですと微笑みTake careと手を振った。
静義は、自転車を漕ぎながら嬉しさがこみあげて来た。
静義が会社に到着しタイムカードを確認していると正木管理課長に呼ばれた。正木課長から、急な話ですまないが、先日職場で倒れた小早川さんが、お亡くなりになったので今晩の通夜に職場代表として私と同行してもらいたいとの話だった。市内の斎場でもあり午後六時半からの時刻には、充分間に合うため六時に社用車で正木課長の社宅に伺い斎場に入る予定を確認した。
通夜は、定刻どおり始まったが近親者のみで本当に寂しいものであった。職場の同僚とは言え小早川は、目立つことのない大人し過ぎる様な男だった。静義より二歳年上で勤続二十六年と真面目に勤め上げたに違いないと思った。静義とは、挨拶を交わす程度の付き合いしかなく斎場で十和子と歳の近い娘さんが母親と二人で弔問客に頭を下げていた。
通夜の帰り道、正木課長の誘いで喫茶店に入り「寂しい通夜だったね、明日の葬儀は出れないから、君と係長でお願いしたい」と言われ了解をした。小早川さんは、滋賀の作業所からの転勤で大垣は、十六年務め大垣で結婚し娘さんと三人暮らしだったが持病の心疾患で倒れたのだった。
翌日二十五日(金)、小早川さんの葬儀は、
午前十時開式され十一時半に終了した。参列者は町内の方を含めても少なく浄土真宗の僧侶の読経が会場内に沁みわたり「なもあみだぶつ、なもあみだぶつ」と僧侶の謳うような抑揚で繰り返えされると一人娘の「智子」のすすり泣く声が参列者の心に哀しみを誘った。
静義は、小早川智子の姿に十和子が重なって見えていたのだ。目は潤み涙がこぼれそうだった。
参列した岡本係長は、帰り際の車内で一言「人の死は、寂しいね、真面目な人だった」と言ったきり黙り込んだ。
静義は、自宅近くで車を降り着替えをすませ午後より出社することにした。
台所で昼食の準備をする十和子に、誰にも訪れる「死」について「早死にだけは、周りの人の心を落ち込ませる、辛いなぁ」と語り平均寿命「75歳ぐらいまで生きたら、後は一日、一日と頑張ればいいのかなぁ」とそれとなく語った。




