51. 理の魔女と星降る夜のレヴェリー
――アルベルトさんの研究所。
昨日はあれから城に帰ってテオバルト殿下とリリアに説教され、さらにエルナまで加わってしまったことでそれは夜遅くまで続いてしまった。
まぁ、それはそれとして、ようやく待ち望んだ時間だ。
アルベルトさんの研究所には朝早くから私とアルベルトさん、それとフランクさんが集まっていた。もちろん、冥焔竜ヘルヴルムを解体して、実験を進めるためである。
とは言っても、私とフランクさんは専門家ではないし、解体もできないので、任せることになるのだが……
大きなヘルヴルムを解体するのにはアルベルトさんでも時間がかかる。ということで、解体にはアルベルトさんの知人たちも参加している。まぁ、元々はオプスキュレクスの予定だったからね。急遽である。
というわけで、私とフランクさんは待機中だ。
「いよいよ、この時が来ましたねぇ」
「……うん。……ようやく」
「何だかワクワクしますなぁ!本当に黒い粒があるのかどうかがわかるわけですからねぇ!」
「……うん、……必ずあると私は思っている。……今日はそれを証明するだけ」
黒い炎だけなら違う可能性も大いにあるのだが、黒い雷もあるとなるとやはり粒、つまり原子レベルの話だという考えは今も変わっていない。何かが燃えて黒くなるなら雷ではそれは起きないし、なにより炎色反応で黒はないと思っている。それに加えて闇魔術に分類されるブラックホールにも関わっている可能性があるとなると、やはりこの世界に何らかの理があるはずだ。
そして、竜に火炎袋があるならば、ヘルヴルムも必ず原子を生成する器官を持っているはずだ。なぜならば、火炎袋は炎自体をため込んでいるのではなく、水素原子や炭素原子を生成する器官であり、可燃ガス、つまり分子にする器官で、その可燃ガスを吹いて着火し、酸素と結合させ、火炎放射器のようになる仕組みであるはずだからだ。ヘルヴルムにも同じような臓器があるならば、それは原子レベルで生成する器官の可能性が高いということになる。
だからこそ、今日はそれを証明するだけなのだ。
私たちは既に話し合っている内容ではあるが、おさらいとしてそんな会話をしながらアルベルトさんたちを待つのであった――
それからどれくらい経ったのだろうか。遂にアルベルトさんたちの解体が終わる。
「……お、お待たせしました、はい。解体が終わりましたよ、はい。……かかっ、火炎袋……いえ、黒炎袋と思われる臓器もありましたよ、はい。火炎袋に似ておりましたのでね、はい」
「……ありがとうございます」
「……では、庭に行きましょうか、はい」
私たちは庭に向かう。まぁ、室内で実験するわけにもいかないからだ。そして、火の確保は外のほうがいい。今回は魔術の火ではなく、自然の理だけで燃やした火を使うからだ。
このため、庭に着いてから最初にやるのは火の確保である。
レンガで囲いを作り、その中にフェザースティックを何本か置き、その上に炭の粉をつけた麻の繊維を置き、凸レンズでその麻の繊維を狙って火をつける。火が付いたら乾燥した木の枝などを追加する。
「……こっ、これですね。ぼっ、僕はこれが黒炎袋だと思います、はい」
アルベルトさんが臓器を運んでくる。台車の荷台に大きなトレーを敷き、その上に臓器を乗せているのだ。それなりの大きさである。
その臓器はまさに火炎袋に似ており、袋状の臓器で管がある。管の根元の断面には臓器を密封するための弁があり、今はしっかり塞がっている。現在は大きく膨らんでおり、おそらくは可燃性のガスが溜まっているのだろう。黒炎袋で間違いない。
「……私も間違いないと……思います」
「当初から管を使ってガスを逃がしながら点火する想定でしたが、その方法で変更はありませんか?」
「……うん。……変更はない」
「ぼぼ、僕にもわかるように説明してもらえると助かります、はい」
「……私が魔力障壁と……瘴気無効化の結界を……展開します。……なので、……アルベルトさんは鉄管を弁に挿し……ゆっくり黒炎袋を……押し続けてください。……挿す時は……鉄管の正面に立たないように……してください。……フランクさんは……同じく鉄管の正面に立たないように……その鉄管の先端に火を近づけて……ガスに引火させる。これなら大丈夫」
「……なるほど」
「わっ、わかりました。……やってみますよ、はい。……そっ、その代わりに魔力障壁と瘴気無効化はくれぐれもよろしくお願いしますね、はい」
アルベルトさんは少し臆しているようだ。まぁ、でも、そこは信用して欲しい。私はこう見えて魔術学の賢者であり、理の魔女だ。
「……アルベルトさん、……私を信用してください。……大丈夫です」
「べべっ、別に疑っているわけではないんですけどね、はい。ねっ、念のためですよ、はい。念のために釘を刺しただけです、はい」
アルベルトさんは私から鉄管を受け取り、それを弁に挿し込むのであった。
私は魔力障壁と瘴気無効化の結界を展開する。
フランクさんは先ほど私が付けた火を新しいフェザースティックに移し、それを鉄管の先端に近づけるのであった――
鉄管の先端から外に噴出したガスに引火し、まるで火炎放射器のように、鋭い音を立てて黒い炎となって吹き出す。
遂にこの瞬間を見ることができたのだ。魔術だけじゃなくて自然の理で黒い炎を生み出すことができる。ヘルヴルムのような魔物も魔力などを使って黒い炎を出しているのではなく、黒炎袋のような臓器でしっかりとその理に従って黒い炎を吹いているのだ。
まぁ、そんなことはわかっているから仮説を証明するだけとは思っていたのだが、こうやって実際に見ると喜ばずにはいられない。
そして、闇属性に関わる原子がある可能性はこれで高くなった。もちろん、ガスの分子を調べなくてはならないのだが、今はこれが限界だし、最も有力な説であることは疑いようもないだろう。
「おぉ、魔術を使わずに黒い炎を生み出せましたね!これは素晴らしい!やはり、あったのですね!闇の粒が!」
「……うん、……そう考えていいと思う。……種火にも魔術は……一切使ってない。……このガスも……魔術や魔力によるものじゃない。……この臓器の中で生成されたもの。……そして、黒い炎になった」
「ぼぼっ、僕も実験に協力できたことを、ここっ、光栄に思いますよ、はい」
「……アルベルトさん、……ありがとうございます」
「そそ、それでいつまで僕はこうしていればいいんですかね、はい」
「……あ、……ごめんなさい。……一気に鉄管を引き抜いてください。そうすれば、消えると思います」
アルベルトさんは黒炎袋から鉄管を一気に引き抜く。すると、弁が閉じてガスの供給も止まったため、鉄管の先からは黒い炎が消えるのであった。
「そそっ、それと、こっ、これはもう処分しても大丈夫ですかね、はい」
「……はい。……大丈夫です。……火炎袋のように……熱源がない場所で……ガスを出せば……大丈夫だと思います」
「わっ、わかっていますよ、はい。……おおっ、おそらく、このような現象についての文献が見当たらなかったのは、解体時にガスを抜いていたからですね、はい」
「……やっぱり、……そう思いますか?」
「あっ、ありえますね、はい。……そもそも、闇の力を使う魔物は珍しいですが、昔も火炎袋と同じように処理していたのでしょう、はい」
「……なるほど、やはりそうでしたか。エステル様のおっしゃる通りでしたな」
「……とにかく、これで自然界にも……理があることが証明された」
こうして、私たちは闇の原子の存在を証明するための実験を終わらせたのであった。
「魔術だから」で片づけられてしまうことも多いこの世界において、闇の原子という私の仮説は、周囲から見ればただの空想にすぎなかったかもしれない。だが、私たちは確かにそれを証明してみせたのだ。 これは、私たちが追い求めた星降る夜のレヴェリーだ。
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