5.伝記
その日のうちに、私とキリアンは婚姻届を提出した。こういうのは早い方がいい。後から横槍を入れられては面倒だからだ。部屋で互いに記入し、その足で王太子殿下に報告に行く。王太子殿下は驚いていたけど、喜んでもくれた。悩みの種がひとつ減ったからだろう。良かったわね。
それからまた、半年が経って、年の瀬に王太子殿下──王位を継承し、彼は王になった。陛下から連絡を受けた。
その時、私はネグマの街にいて、擬似蕨を満喫する日々だった。
蕗の国の王族が、私に会いたがっている。もちろんその答えはNOだ。私は会いたくない。
だから断ろうと思ったのだけど、なんと陛下はこうもメッセージを付け加えてきた。
『きみが求めてるコウジ?というもの持ってきたそうだ』
コウジ……麹!?
もしそれが本当なら、会わない手はない。
麹はもはや自分で作るのは100%無理。既存品に頼るしかない。
キリアンにオロラド国に行くことを伝えて、、同行するか聞くと、彼も一緒に行くと答えた。
ふたりでオロラド国の城に向かうと、そこには既に蕗の国の王族がいた。早い。
会いに来たのは弟の方だった。正直会いたくないけど、背に腹はかえられない。麹は欲しい。麹だけ置いて帰ってくれないかしらね。
応接室に向かうと、弟の方がいた。
「やあ、リアライド。会えて嬉しいよ」
「お久しぶりです。麹を所持されているのは本当ですか?」
「もう本題?そんな態度ならあげないよ?」
「それなら結構です。失礼しました」
麹は欲しいけど、媚びを売れと言われるなら話は別だ。退室しようとすれば、弟王子は慌てたように席から立った。
「いや、冗談だよ」
「冗談だとしてもひとの足元を見る発言はとても不愉快です。私は確かに麹が欲しいですが、屈辱を呑むつもりはありません。ないならないで諦めずに地道に自分で探すまでですわ。それで、お話は?」
「…………相変わらず手厳しいね。はい、これがコウジ。我が王族に代々伝わるものだよ。あんまり使われてないけどね」
弟王子は、小さな布袋を投げて寄こした。
それを受け取って確認すると──麹!!
本当に、麹がある!!
感動して打ち震えている私に、弟王子が言う。
「その髪、どうしたの?前は……ああ、編み込んでたのか!特徴的な色合いだね。見たことないよ。触ってもいい?」
「ありがとうございます。この恩は忘れません。髪は触らないでください」
何か困ったことがあったら、手を貸すくらいはする。
「恩を忘れないって言うなら、僕と結婚して欲しいんだけどな?」
「私は既婚者ですよ」
「離縁して、僕と再婚という手もあるよ?」
「次離縁したら私は三回目の結婚ということになりますわね。さすがに嫌です」
二回目の離縁が嫌なんじゃなくて、蕗の国の王族と再婚が嫌なんだけど。
「兄上に言ったんだって?聖なる遣い手……聖祈師の儀式。あれ、もうやめたよ?」
「えっ、やめたんですか?」
辞められるものなの?
弟王子を見ると、彼は苦笑して答えた。
「かなり難しかったけどね。風習を変えるっていうのは大変なんだよ?ご褒美があってもいいんじゃないかな?」
それは……私が兄王子に言った言葉が理由なのだろうか。
「ありがとうございます。……感謝します」
すくなくとも、これで今後、蕗の国に生まれた聖祈師は、犠牲にならずに済む。今弟王子が言った言葉が真実かの確認は必要だけど、調べてすぐバレるような嘘、彼もつかないだろう。
「ご褒美が欲しいな?」
「今後、何か困ったことがあったら手助けしますよ。蕗の国で何か起きたらご連絡ください」
「そうじゃなくて……例えば、僕の愛人になるとか」
「ふふふ、お帰りはあちらです」
麹はありがたいし、聖祈師を犠牲にしない制度に変えてくれたのも、とても嬉しい。でもこれとそれは話が別。これ以上その手の話をするなら帰れと示すと、弟王子はあからさまにつまらなそうな顔になった。これなら、私が部屋を出る方が早いかしらね。
そう思った時、ノックもなく応接室が開いた。王太子殿下かな、と思ったけど彼もノックはする。
咄嗟に身構えると、現れたのは私の夫だった。
「お話中失礼します。妻はこちらにいますか?ああ、リア。ごめんね、話途中に。国王陛下がきみをお呼びだ」
「国王陛下が?」
なにか呼ばれるようなことあったかしら……。
話を切りあげた方が良さそう。振り返ると、弟王子は見定めるような目でキリアンを見ていた。
「ふぅん?こういうのがリアライドの好み?確かに美人だね。でも、僕でも良くない?方向性の違いってだけでしょ。ほら、僕の方が可愛い」
何を言ってるんだろうか、このひとは。
呆れて振り返ったと同時、キリアンが私の隣に立った。
「妻にちょっかいをかけるのをやめていただいても?貴殿のご家族にもお伝えしましたが、私は一夫一妻派なんです。愛人も、第二夫も許しません。私は嫉妬深いんですよ」
キリアンがそう伝えると、弟王子は目を丸くしていた。一夫一妻派に驚いた訳では無いだろう兄王子から聞いていたはずだし。
多分最後の言葉だわ。キリアンとのイメージに結びつかなかったのだろう。
キリアンに手を引かれて、部屋を出る。
「陛下はどちらに?」
「ごめん、あれ嘘。きみがふたりきりで話してるって聞いて、いてもたってもいられなくて」
「侍従やメイドもいたわよ?」
「それでも。妻が口説かれるとか、面白いはずがないでしょ?」
つまらなそうに言われて、私はそういえば、彼は結構なロマンチストだったことを思い出す。キリアンに手を引かれて、私は今回オロラド国来たもうひとつの用を思い出した。
「それなら、この後宿舎に行きたいわ。私の使っていた部屋は、まだそのままなんですって。本棚を確認したいの」
有用な本なら持ち帰りたいし、不要なものは本部に寄付したい。本部には大きな図書室がある。
私が言うと、キリアンは頷いて、城を出たあと、本部に向かい、宿舎に入る。
私の使っていた部屋は、ひとの手が入っているのか、綺麗だった。ちゃんと掃除してくれているみたい。陛下の指示かしら?多分、そうだろうな。後でお礼を言っておこう。
本棚に向かい、本を確認していると手持ち無沙汰なキリアンが、椅子に腰を下ろした。
「リアの部屋は、本が多いね。何の本?」
「うーん……魔法関連のものが多いけど。あ、でもそうね。伝記とか、手記とか読むのも好きよ?」
振り返って答えると、キリアンは興味を引かれたのだろう。
立ち上がって、私の隣に並ぶ。
「リアも、伝記を書いてみたら?」
「ええ?私が?」
「俺も読みたい。きみの今までの人生、だいたいの人間は体験し得ないことだろ?」
言われてみればそうかもしれない。
確かに、普通の令嬢は家を出たり、遺跡に単独で向かって蛮行を繰り広げたりはしないわね……。
納得していると、キリアンは興が乗ったのかタイトルを考え始めた。
「聖祈師リアライド・デ・フェルゼの卓上戦?語呂が悪いな。聖祈師リアライド・デ・フェルゼの知略戦、とかどう?」
「知略戦?そんな大層なことしてないわよ?」
「してる。だいぶしてる」
キリアンは妙に強く頷いている。
タイトルは置いておいて、伝記……伝記?誰かが書いたのを読むのは好きだけど、自分で書くとなると、だいぶ気恥しい。
「そのうち、きみについて書いた本が出てくると思う。多分好き勝手書かれるだろうから、その前に自分で書いた方が良くないか?」
「私について?書くひとなんているかしら」
「蕗の国の聖祈師を救い、ケイラド国の瘴気を祓った、オロラド国の宝箱。むしろ書かれない方がおかしいと思う」
「……それは、確かに」
私の肩書きは、気づかないうちにどんどんと増えていた。
それから年が明けて。
メイリンから手紙が届いた。
彼女は今、シーズル国でクレストとふたり暮しをしているらしい。生活が落ち着いたから、手紙を出したとこと。
そして懐妊した旨が手紙に書かれていた。これに喜んだのは私だ。出産祝いに何を贈ろうかしら。会いに行きたいけど、負担にならないかな。
麹を入手した私は、早速味噌作りに励んでいた。
麹があるのとないのとではやはり段違いで、以前のような生死をさまよう失敗はもう起きていない。まだ味には難があるけど……試行錯誤すれば、食べられる味噌を作れるようになるだろう。そう願いたい。希望を忘れず、私は今日も味噌作りに励む。
異世界転生したけど、何だかんだ、私の人生は充実している。




