034.『隕石竜の背に乗って』
「わぁ、見て見てとーや! 私達の住んでる村があっという間に小さくなったわ!」
「……いつも見ている山もちっちゃい……ふわふわの雲にも触れちゃう……」
隕石竜は悠々と冬空を泳ぐ。魔力にて爆炎を吹き出しながら翼を巧みに操り、浮力と推進力を生み出しながら飛ぶ。
その姿はまさに圧巻の一言だった。これ程の速さで空を駆ける生物は竜以外存在しない。そして竜の背中に乗って飛ぶ事を体験した人間も滅多に居ないだろう。クゥロでさえ、二回目なのだ。これだけで十分、土産話になる。
「こんなに高く飛べるなんて、メテオラは凄いわ!」
「鳥さんより、ずっとはやーい……」
「私も頑張ったら、メテオラみたいに翼が生えて、びゅーんって飛べるようになるかしら」
「そしたら父さんと一緒に……お空のお散歩出来るね……楽しそう」
そんな貴重な体験を、メアとリリーは素直に喜んでいるようだ。流石に飛び跳ねたりはしないでいたが、恐れる事なく立ち上がっては流れる景色を興奮気味に堪能していた。その度に、背負った鞄の金具が音を立てた。
隕石竜の後頭部を降った首筋の根元、開けたスペースに敷物を敷いただけ、という大空を飛ぶには簡素な拵えだが、フレアの"重力制御"とクゥロの風の防壁のお陰で、クゥロ達には何の負荷も掛からない。
「あんたの娘達は元気な事ね」
この景色は見慣れた物なのだろう、フレアは涼しい顔だ。それでも何処となく楽しげに見えるのは、クゥロの気の所為では無い。
「こんな経験、滅多に出来ないからな。はしゃぎもするだろう」
「好奇心旺盛な所はあんたとよく似ているわ。まだ素直な分、可愛げがあるけど」
「まるで俺が素直じゃなかった、とでも言いたそうだな」
「あんたと冒険したての時なんて、興味ありませんって顔して実は他の誰よりも知りたがりやりたがりだったじゃない。勝手に行動して酷い目にあった事なんて数え切れないわよ」
「あまり顔に出ない方でな。それにあの時は若くて、考え無しだった。……でもな、言い訳するつもりでは無いが」
「なによ」
「お前達との冒険が楽しくて、ついはしゃいでしまっていたのかもしれないな」
小鬼達が寝ぐらにしていた洞窟、見渡す限り鬱蒼と生茂る森、風化されかけた古代遺跡。冒険者として様々な所へ行った記憶はどんな些細な冒険でさえ忘れられない。
楽しかったのだ、仲間とする冒険は。
道中、どうやって依頼をこなそうか打ち合わせをして。野営の時、焚き火を囲みながら身の上話に花を咲かせて。依頼が終わった夜、苦労話を肴にして。
頼れる仲間、気の置けない仲間との冒険はそれだけで心躍った。
「……ま、そんなあんただからこそ、助けられた事もあったから構わないけどね」
「そうか」
「それより、この子の事、気遣わなくて平気?」
フレアの視線の先には、腰が抜けたように敷物に座り込む姿のリズが居た。
「あ、あはは……高い所は平気だと思ってたんだけど……」
困ったように眉根を寄せて笑うリズ。メアやリリーとは対照的に、鞄を腕に抱きつつ、四肢を地面に着けていないと安心しないとばかりに身動き一つしない。いつもは尖った耳も心無しか垂れてしまっているように見える。
「リズの反応が普通だろうな」
「そうね。私でさえ初めて乗った時は、正直少し怖かったもの」
「うう、早く怖いのに、慣れると良いんだけど……」
「大丈夫だ、リズ。例え落ちても俺が助けに行ける。問題無いさ」
「その前にメテオラがすぐに拾いにいけるわ。落ちたって平気よ」
「落ちる前提で話をしないで、全然大丈夫な気がしないよ!」
半分泣いているようにさえ見える、潤んだ瞳で見上げるリズ。冒険者として生きてきたフレアやクゥロ、元々好奇心旺盛な上に修羅場も潜ったメアやリリーとは違い、リズは牧場で家畜の世話をしているただの村人だ。恐怖に対する抵抗力が低いのは仕方ない事だ。
「リズさん大丈夫よ! ほら、ちゃんと足元しっかりしてるし」
「ほらほら……こんなに歩いても大丈夫……」
「ああああ、メアちゃんリリーちゃん止めて、大丈夫だと分かってても見てて怖いよ!」
軽やかに竜鱗の上を歩くメアとリリー。悪気は無いのだろうが、リズはひしとばかりにしがみつく四肢に力を込めた。
「本当に大丈夫か? ……暫く、俺に捕まると良い」
「あっ」
へたり込むリズの真横に座り、優しくその手を取って導くと、リズはクゥロの腕に恐る恐るしがみ付く。
「えへへ、ごめんね、クゥロ」
「問題無い。落ち着いたら、ゆっくり辺りを見回してみると良い。これだけの絶景、見ないでいるのは勿体無い」
「うん、有難う。……暫くこのままで居てね?」
掴んでいたクゥロの腕を自分の胸に抱くようにしがみ付いていたリズの震えが少しずつ収まっていく。その顔に微かに笑みを浮かべ、ゆっくりとだが景色を眺める余裕が出てくる。
「わぁー、私、急に怖くなってきたわー、きゃー」
「こわーい……父さんに抱き着かないと落ちちゃう…」
わざとらしい声を上げながら、先程まで元気に歩いていたメアとリリーはクゥロに群がる。メアはリズと反対の方の腕にしがみ付き、リリーはクゥロの首に腕を回し、覆い被さる。
「こらこら、お前達は平気だろう?」
「ふふふ、良いじゃない、リズさんが羨ましかったんだもん。いつだって、とーやにくっ付いてたいのに!」
「それに……魔法のお陰で平気だけど、やっぱりお空はちょっと寒い……父さんからぽかぽか補給……」
「もぉ、仕方ないなぁ、メアちゃんもリリーちゃんも」
「あんた達、本当に仲良いわね」
少し温度差を感じる冷ややかな目で見てくるフレアに、流石のクゥロも苦笑いするしかない、
「同じ村でずっと暮らしてきたからな。メアとリリーは勿論だし、リズだって赤ん坊の時からの付き合いだ。家族みたいなものだ」
「家族、ねぇ。……三人ともなんか不服そうな顔してるけど」
クゥロは不思議そうな顔で三人の顔をそれぞれ見る。クゥロの家族として思われているのが嬉しい反面、家族としてしか見られてないというのが不満な三人。
クゥロが繊細な乙女心を理解出来ないのは昔からなのは、フレアもよく分かっていた。そういう所は本当に変わらない。可哀想に、と一つ息を吐く。
「……まぁ、良いわ。ところで、何処かの山の頂上で休憩しない? メテオラもそうだけど、私も魔法維持するのにちょっと疲れたし」
「ああ、フレアの言う通りにしよう。手早くだが摘める物も作っておいた、昼食を取るには丁度良い時間だろう」
「ふふーん、私ととーやの二人で作ったんだから! 美味しく召し上がれ!」
「良かったね、リズさん……地面に脚が付けるよ……」
「そ、そうだね、リリーちゃん。山の上ってのがちょっと怖いけど」
フレアが契約を通して隕石竜に話し掛けると、見える範囲にある一番高い山へと羽ばたく。両翼を拡げ、逆噴射される炎で速度を落とし、ゆっくりと頂上に降り立つ。ずしん、と大地が踏み鳴らされる音がした。
「さ、降りるわよ。"重力制御"」
「うう、まだ足元がふわふわしてる気がするね」
「雪が積もってるからじゃないかしら? でも私達の住んでる所程じゃないわ」
「大分南に来たからだな。フレア、後どれくらいで到着しそうか?」
「そうね、後三時間も掛からないと思うわ。日が落ちる前に着くのが理想ね」
「後ちょっと……あっという間だね、父さん」
フレアの魔法の効果で隕石竜の背からゆっくり降りた五人は、数時間振りの地面と再会する。新雪程の柔らかさでは無いが、踏み締めた雪は足跡を刻む。誰かが訪れた形跡は無かった。
それもその筈、この山から見渡す景色には人里は一つも見えない。薄く雪化粧をした木々からは緑が見え隠れし、それが山の麓を覆っている。
広々とした森に囲まれた険しい山の頂上、こんな所に来れるのは翼を持つものだけだ。
「さ、こっちに座りましょ。荷物も適当に置いていいわ」
フレアは見上げる程に大きい隕石竜の足元に回ると、地面に着いた大きな前脚、その指の一つに腰掛ける。三人は驚いて引率者であるクゥロを見る。
「え、とーや、平気? 大丈夫なの?」
「メテオラにしてみたら、負担でも何でも無いだろう。ほら、怖がらずに座ってごらん」
「わ、硬くてごつごつしてる……私の鱗と全然違う……」
「ふふ、ドラゴンの背に乗って、ドラゴンの手に腰掛けて……お父さんやお母さんが知ったらびっくりしちゃいそう」
フレアを真似して座る四人。指の一本でさえクゥロよりも大きい隕石竜の手は座り心地はともかく、腰掛けとしての機能は十分だった。見上げる程に大きな巨体が風除けにも熱源にもなっているお陰か、こんな高い山の頂上でも然程寒くは感じない。
クゥロが持参した鞄から布に包まれたサンドイッチを取り出すと、他の四人に手渡す。火翼竜の肉を燻製にして焼いた塩漬け肉を胡葱と共に挟んだものだ。
「あんた、昔から料理が得意なのは知ってたし、この間ご馳走になった時から思ってたけど……本当に腕を上げたわね」
「毎日メアちゃんとリリーちゃんのご飯作ってるからかも? 村のおばさん達とよく献立の事で話してたりするし」
「とーやの作るご飯はいつだってなんだって美味しいの! 私もとーやみたいに美味しいご飯作れるようになりたいわ」
「メアはいつも手伝ってくれてるだろう? お前ならすぐお父さんのように作れるさ」
「父さんのご飯、幸せな味がする……もぐもぐ」
塩と酢、そして胡椒を効かせた味付けはシンプルだが、それが火翼竜の濃く深みのある味を引き立たせる。薄切りの胡葱のしゃきしゃきとした歯応えとぴりっと舌に残る辛さがまた堪らない。
「わ、メテオラがこっち見てるわ、どうしたの?」
「本当だ……メテオラもお腹空いたのかな……」
皆でサンドイッチに舌鼓を打っていると、隕石竜が生暖かい呼気と共にぐるる、と喉を唸らせて覗き込む。逆さまの竜の瞳は凪いだ夕暮れ時の空のように穏やかで、何処か愛嬌がある。私と同じ瞳の色してるわ、とメアは嬉しそうだった。
「そういえば、この子のご飯は平気なの? これだけ大きいと一杯食べるのかな?」
「そう考えてしまうのも無理は無いが、実はドラゴンは食べなくても生きていけるんだ」
「そうなの? 家畜を襲ったり、時々人も食べられちゃうって聞いた事あるけど」
「それはドラゴンの血が薄い、ワイバーンとかの所為ね。彼らはこの物理的世界に順応した為に、食事という物で生命維持を図るようになってしまったの」
リズの疑問に、フレアは応える。大魔導師でもあり、そして竜学者でもあるフレアはこういう話をする時はいつも目を輝かせる。
「本来、ドラゴンは魔力で生きているの。精霊と一緒、他の生命には真似出来ない事ね。だからこそドラゴンは、他の生命が生きる事が出来ない環境を好むの。そういう所は普段私達が生きている所よりも魔力が極端に多く存在しているから」
「御伽噺に出てくるドラゴンっていつも変な所にいたりするよね、確かに」
「そうね。例えば大地が怒り狂ったとされる、溶岩が吹き上がる火山。例えば陽の光すら届かない、凍える無音の深海。草木の一本すら生えない猛毒の沼地や、翼持つものでしか辿り着けない大空の彼方。……ドラゴンがそういう所にいるのは彼らにとって、そこが快適な場所だからなの」
熱く語るフレアの瞳の輝きはまるで竜宝玉のように美しく、過去に何度見惚れた事か分からない。ふとフレアと目が合う。自分が熱くなっている事に気付いたフレアは咳払いを一つ。
「……話は逸れたけど、メテオラも食べ物で栄養を摂取している訳じゃないから大丈夫よ。今休憩しているこの山の頂上も、魔力が濃いのが分かるでしょ?」
「う、うん、そう言われれば」
「呼吸をするように魔力を取り込むから、此処に居るだけで十分補給出来ているわ。……でも、こうやって補給してあげる事も出来るのよ?」
言うやいなや、フレアは立ち上がってパン屑を払うと、隕石竜の頭部へと近寄る。その小柄な体躯など容易く丸呑み出来そうな程に巨大だが、フレアは何一つ恐れた様子は無い。そのごつごつとした鼻先を撫でると隕石竜は嬉しそうに目を細めた。
そのままフレアは自身の内側にある魔力を練り上げる。その何千、何万と繰り返された動作に淀みはなく、フレアの小さな手を伝って隕石竜に魔力が流れていくのがメア達から見ても分かった。
「ほら、こうやって自分の魔力を与える事も出来るの。あんた達もやってみる?」
「わぁ、良いの? 私、メテオラにご飯上げたいわ!」
「私も……やってみたい……」
「怖がらせないように、ゆっくりね? 慣れないうちは腕よりも身体で触れてあげるとやりやすいわ」
好奇心旺盛なメアとリリーが、フレアの元へと駆け寄る。フレアがそっと場所を空けると、メアとリリーは左右から隕石竜の閉じた口に身体を寄せる。その口の中には二人の体を易々と切り裂く牙が生えていたとしても、二人は怖さを感じなかった。
「ここまで乗せてくれて有難うね、メテオラ! 後もうちょっと頑張って!」
「こう、かな……たーんと召し上がれ……」
フレアがやるよりも数段たどたどしく、効率的とは言えないが、二人は一生懸命紡いだ魔力を体が触れた所から流れ込むように意識する。自分の中から魔力が少しずつ流れ込むのを感じ、隕石竜が優しげな瞳で見つめているのを見て二人はわっと歓声を上げた。
「見て見て! メテオラが有難う、だって!」
「父さん見てた……? ちゃんと出来た……」
「ああ、二人とも偉いぞ。……リズもやってみたらどうだ」
「わ、私!? で、出来るかなぁ?」
「魔力を紡ぐ練習にもなるし、緊急時に魔力を人に与える練習にもなるわ。試してみたら?」
「う、うん、やってみるね」
クゥロとフレアに後押しされ、おずおずと隕石竜の頭部へと近寄るリズ。その足取りはメアやリリーに比べて恐る恐るといった感じだが、目はしっかりと隕石竜を見据えている。
「リズさん、大丈夫よ! こーんなに大人しいもの」
「大きいけど……可愛い……」
メアとリリーがごつごつとした竜鱗を撫でる。その手つきはまるで子猫を可愛がるようにも見えた。
リズも覚悟を決めて、ゆっくりと手を伸ばす。最初は指先で軽く触れるだけ。隕石竜が嫌がらずにじっとしてくれているのが分かると、掌でしっかりと触れる。一つ、深呼吸。
「怖がってばかりでごめんね。素敵な景色を有難う、メテオラ」
身体の中にある、見えない力。暖かささえ感じるその魔力が、ゆっくりと目の前の隕石竜へと染み込んでいくのが分かる。隕石竜は先程よりも満足そうに喉を鳴らした。メアやリリーの魔力よりもリズの魔力の方が好みだったようだ。
ずるい、私ももう一回、と言いながらメアとリリーは隕石竜に抱きつく。リズも最初に感じた恐怖心は消えたのか、竜鱗を撫でるその顔は牧場で暮らしている牛の世話をしているかのように安らかだ。
「……懐かしいな。メテオラの小さい頃はよくああして魔力を上げていたな」
三人が魔力を与えている攻撃を眺めながらクゥロは呟いた。星辰の丘で拾った卵から孵ったばかりの時、フレアと二人で甲斐甲斐しく世話をした記憶が蘇る。
産まれたばかりと言っても流石の竜、数日も経てば飛び回る事も出来たが、魔力の濃い大空までは羽ばたけずにいた。そんな時、フレアとクゥロが魔力を与える事で足りない魔力を補給していたのだ。
「ふふ、まさかこんなに大きくなるとは思わなかったでしょう?」
「そうだな。腕に抱えると、頭をぐりぐり押し付けて甘えてきたりしてな。……大きくなった姿を、また見る事が出来るとは思わなかったよ」
クゥロは感慨深げに呟く。それはクゥロにとって、フレア達と袂を分かった日から想像出来ない未来でもあった。
「……ちょっと膝に座るわよ」
「お、おい、フレア」
「良いからほら、黙って座らせなさい」
有無を言わさずに膝へと座り、クゥロの胸に背中を預けるフレア。いつも抱きかかえているメアよりも小柄で軽く、そしてとても懐かしかった。
「久し振りに魔力寄こしなさいよ。あたし、疲れてるんだけど」
「お前の魔力量なら、此処から首都まで余裕で持つだろ」
「今回はとんぼ返りな訳だし、普段より魔力の残りが少ないの。少しくらい労ってくれても良いと思わない?」
「よく分からない所で強引だな、全く」
見上げる事なく、淡々と呟くフレアに苦笑を一つ、クゥロは身体の奥から魔力を紡ぎ、フレアへのパスを繋げる。受け取る側も流し込む側も手慣れたもので、何の抵抗も感じない。
抵抗の無さは信頼と重ねてきた経験の証だ。
当たり前だ、とクゥロは思う。何度、フレアとの魔力供給をしてきた事か。与えるだけで無く、与えられる事も。
「ふふ、有難う。変わらないわねー、あんたの魔力も」
「わざわざ膝に乗らなくても良かったんじゃないか?」
「ただの気紛れよ。それとも何、家族じゃないから……嫌?」
「馬鹿だな。家族とは言うには違うが……俺に取って掛け替えの無い、大事な人だ」
「……真面目に答えないでよ、馬鹿みたい」
釣れない返事を返すフレアの耳が果実のように赤くなっている事にクゥロは気付く。寒いのだろうか、とそんな事を思う。事実として気付いても、その本質に気付いているかは話は別だった。
「十数年間、あたしに頼らずに一人で抱え込んでた時間の分、あんたにはあたしに尽くして貰わないと」
「これからフレアの治療、もとい実験に付き合うじゃないか。それじゃ駄目か?」
「駄目に決まってるじゃない。首都に行ったら覚悟しときなさいよ」
「……仕方ないな、お前の我儘は今に始まった事じゃないからな。埋め合わせくらいはさせて貰おう」
「ん」
治るのか、とは聞かなかった。治るわ、とも言わなかった。
ただフレアの身体から力が抜け、クゥロに体重を全て預けてくるのが分かる。大丈夫、あたしに任せなさい、と言っているように感じた。
気が強く、素っ気ない言葉を多用するフレア。しかしその心中にある想いがこうして度々、言葉では無い動作や仕草で伝えてくるのをクゥロは知っていた。
だからクゥロはフレアの腹部に腕を回し、壊れ物を扱うように身体をそっと抱き寄せる。回した腕で軽くあやすようにぽん、と撫でる。お前に全て委ねるよ、と思いながら。
「あー!!! フレアさん何してるの!? とーやの膝は私の特等席なのに!」
「父さんの方から……抱き締めてるようにも見える……どういう事か説明して……」
「うう、クゥロとフレアさん、まさかそんな関係なの!?」
隕石竜に魔力を与えていた三人が、クゥロとフレアの様子に気付くと血相を変えて駆け寄ってくる。
フレアはこてん、と頭を胸に預けてクゥロを見上げる。その顔はしてやったりとばかりにしたり顔だった。
「ふふ、賑やかね。からかい甲斐があるわ」
「……お前な……」
◆◇◆◇
休憩を挟んでまた大空の旅を続けている内に、見えてくる景色に変化が訪れる。辺り一面、雪で覆われていた地面に色が付き始めた。
それは何処にでも有り触れた畑や土の色、逞しく生える草木の色、村や街の屋根を彩る塗料の色ではあったが、純白に染まる世界に生きてきたメア、リリー、そしてリズにとってはそれだけで不思議な感覚に囚われる。
「全然雪が無いわ。こんな冬、初めてだわ」
「それに……そんなに寒くない……コート、要らないかも」
「さっきまで見慣れた景色の中にいたから、凄く不思議な気分だね」
胡座をかいたクゥロの前にメアが、後ろから覆い被さるようにリリーが、そしてその横で腕を絡ませたままのリズが思い思いに呟く。休憩を挟んでからというものクゥロにくっ付いて離れなかった。クゥロも慣れた事なので動じない。
「もうすぐ陽が落ちるな、見てごらん」
クゥロが見据えたその先、遥か遠くの西空で今まさに太陽が地平へと隠れようとしている所だった。
まるで燃え盛る炎のように西空を染め上げた夕陽から紅に金を混ぜたような光が放射状に伸び、遍く地表を赤一色に染め上げる。残照を遮るように高く聳え立つ山の影も、大空からだとはっきりその輪郭が分かる。
階調を織りなす様に真上の空は紫がかり、そして深く暗い青に染まる東の空まで、遮る物は何も無い。
太古から繰り返されてきて、そしてこれからも続いていくであろう日の終わり、夜の始まり。その狭間、僅か半刻ばかり訪れる黄昏れを、クゥロ達はただ静かに見惚れていた。
「そろそろ見えてくるわよ」
フレアは休憩が終わってから何処となく機嫌が良いのは分かっていたが、敢えて指摘はしない。フレアの言葉にメアとリリーは上げていた目線を地表へと向ける。
そしてすぐさま驚きの声を上げた。
「わぁ……! あれが、首都……!? 凄い凄い、あんなに一杯建物があるのね!」
「大きいのも小さいのも一杯……絵本に書かれてた、王様の住む国みたい……」
大小高低、豪奢に飾られた屋敷もあれば、機能性に富んだ真四角の集合住宅もある。広い草原の半分以上を占めたそれは、まるで様々な形の動物が群れを為しているようにさえ見えた。
周囲をぐるりと囲う城壁。細い川が幾つも並び、またその川の向こうには悠々と広がる森とそのまた向こうには畑がどこまでも続いている。四方には道が伸び、その道を辿るとまた何処かの街に繋がっているのさえ、大空からならば見る事が出来た。
街は宵の始まり、何処の家も窓から柔らかな灯りが見える。まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた通りの、そこかしこに建てられた街灯が役目を果たす。
少しずつ隕石竜の高度が低くなるに連れ、通りを行き交う人々の姿さえはっきりと見える。その人の多さは、行商人達が訪れた時の比では無い。
そのどれもが、村では見ることの出来ない規模でメアとリリーは目を丸くさせていた。
「ここが、クゥロの住んでいた街、なんだね」
クゥロが冒険者として生きてきた街に、クゥロと共に訪れる日が来るなんて。何とも言えない嬉しさからか、リズの目頭が熱くなる。ぎゅっとクゥロにしがみつく腕に力が籠った。
「ああ、そうだ」
高所で見下ろした事は無かったが、それでもその景色はただただ懐かしかった。見覚えのある建物、見覚えのある風景、思い出と現実が交わるような、不思議な感覚。些細な思い出の一つ一つが目の前に浮かんでは消えていく。
クゥロは一つ、深く息を吐く。
「俺は帰って、来たんだな」
その声は少し、震えていたように聞こえた。




