029.『星に触れた日』
朝から降り続けていた小雪は止んではいたが、曇天は空に掛かったままで外は暗く、隣の家とはいえ少しの距離でも冷気に晒された身体は芯から冷えた。
家路まで帰り道、共をしたリズは申し訳無さそうにしていたが、酒精の入った宴会の後はメアもリリーも眠そうにしていたし、賓客のフレアには先に風呂に入って貰っていた。メアとリリーを自分達の部屋に戻らせると、クゥロの手は空いていたので丁度良かった。
また明日、という言葉を交わして、リズを家まで送り届けるとクゥロは冷えた身体を暖めるべく風呂へと入った。
「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」
そんな風呂上がりのクゥロに声を掛けてきたのはフレアだった。
「どうした、フレア?」
「外へ行くからあんたも着いてきなさい」
「こんな時間に?」
「メテオラの様子を見ておきたいし、それに、あんたに見せたいものがあるから」
自前の寝衣に身を包んだフレアは、肩からローブを羽織り、クゥロを見上げていた。新緑の髪は朝露に濡れたように、ほんのりと水気が含んでいた。
羽織ったローブの隙間からひらひらとした薄い生地、そして真っ白い地肌が透けて見えて、思わず視線が吸い込まれそうになる。
「……早く、行きましょ」
「あ、ああ」
フレアはクゥロの視線に気付いてか、羽織っているローブの裾を握り、前を閉じる。そのまま顔を合わせる事無く家から出て行こうとするフレアの背中を追いかけ、不愉快な気持ちにさせてしまったか、と自省する。
メアやリリーに関しては昔からスキンシップが激しかった為に多少の露出には慣れてしまったが、仲間でもあり、師匠でもあり、一種の憧れでもあるフレアにはどうにも慣れない。
玄関のコート掛けから黒沼竜の長外套を羽織ると、一つ気合を入れて外へ出る。風呂上がりの身体には酷な寒さだ。しかしそれは一足先に風呂から上がったフレアも一緒の筈だ。
「"暖熱"」
フレアが一声唱えると、仄かな灯火がフレアとクゥロの周りへ幾つも灯る。触れても火傷しない程度に抑えられた極低温の炎は路面が凍る程の寒さを和らげ、暗い夜道を照らす。
魔法とはその威力だけで使用者の実力を測るものでは無い。本当に魔法の繰りの巧さが出るのは大技では無く、小技の時だ。
出会った時のフレアはそれこそ威力だけを誇示していたが、幾度の冒険を経てそこに気付いた。大雑把な威力だけでは無い、場面に合わせた細やかな使い分けこそが魔導師に本当に必要な事だと。
そう語って聞かせてくれた事を思い出し、クゥロは微かに微笑みを浮かべる。
「何よ、笑っちゃって」
「いや、本当に君がここにいるんだと思うと何だか嬉しくてね」
「出会ったすぐに魔法戦と洒落込んだじゃないのよ、何を今更」
呆れたように笑うフレアはいつものように見え、ほっと胸を撫で下ろす。久し振りというには長い時間離れていた仲間と会ったのだ、気まずい空気が流れるのは避けたかった。
「ん、あそこまで降りてきたわ」
フレアは曇天の一点を見つめる。人の少ない寒村では照らすものは無いが、確かにフレアの言う通り、分厚く垂れ込む雲の下に強い魔力を感じる。
「降りてきて貰うのも良いけど、夜中だし……あんた"無音"使えたっけ」
「使う事も出来るが……この距離なら"飛翔"で向かった方が早そうだ、ほら」
手を差し伸べるクゥロ。暖まるという効果を継続して付与する"暖熱"や風の力で障害物を乗り越えるという効果を瞬間的に発現する"跳躍"と違い、使用後も調整し続けなければならない"飛翔"は複数人が単体で使うよりも一人の使用者に操縦を任せた方が結果として楽な事が多い。
特にフレアは"飛翔"を不得手としていたので、クゥロが引率する他無かった。
「……本当にもう」
「なんだい?」
「何でも無いわ、あんたに任せるわ」
差し出された手とクゥロの顔を何度か見比べると、フレアはおずおずとその手を掴んだ。その手は壊れてしまいそうな程に小さくて柔らかく、そして何よりも暖かかった。
「行くぞ、"飛翔"」
クゥロが唱えると、何処からともなく吹いた風が二人の体を包み、ふわりと宙に浮く。駆ける速度で地上から離れた二人は、棚引く"暖熱"の灯火を連れて、滞空する隕石竜へと近付く。
"暖熱"の明かりに照らされた隕石竜は実に荘厳だった。
火翼竜を優に超える巨軀を包む黒曜石のような鱗は鈍く光り輝いていて、大きく広げた翼や凛々しい風貌も相まって、竜を模した彫刻のような美しさだった。
そんな隕石竜は近付くクゥロとフレアに向けて、ぐるる、と喉を鳴らす。まるで甘えた猫のようだ。
「いい子にしてたようだな」
「此処の空は気持ちが良かったみたいよ、魔力の質が良いみたい。この土地もそうだけど、魔力的に良い土地ね」
「俺もこの村に帰った時にそう思ったよ。住んでいた時には感じなかったけどな」
「自然が手付かずに残っている土地は比較的魔力も多いのだけど、此処は特別に良いわね。それもあんたが生き延びた原因かしら」
繋いだ手はそのままに空いた手で隕石竜の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「さ、背中に向かって、翼の根本辺りが乗るには丁度良いわ」
フレアの言葉に従って隕石竜の背中側へと回る。人間で言うと肩甲骨の辺りに大きな翼が生え、その中間にはちょっとした窪みがあり、腰を据えるには良さそうだった。
ふわりと風を纏ったまま、ゆっくりと隕石竜の背中に足を付ける。金属のような光沢を持ちながら、どちらかと言えばその質感は硬質な岩石を思わせる。フレアはさっと収納袋から敷き毛布を一枚取り出すと敷き、その上へと腰を下ろした。
「さ、あんたにも少し手伝って貰うわよ」
「一体、何をする気だい?」
「ちょっとした散歩よ。あたしが防壁を張るから、あんたは風の抵抗を和らげてあげて」
言うやいなや、フレアは魔力を練ると自分達の周りに薄い防御壁を作る。なるほど、隕石竜に乗る時はこれが無いと衝撃に耐えられないのだろう。薄い絹のような壁は頼りなく見えるが、大魔導師として名を馳せるフレアの作る防壁だ、生半可な強度では無い筈だ。
クゥロは隕石竜が飛ぶ際に受ける風圧の抵抗を和らげるべく、風の護りを隕石竜へと授ける。
「さぁ、行きましょう、メテオラ。最初はゆっくりね」
フレアが声を掛けると、隕石竜の足元に炎が地面へと伸びるように吹き上がる。大きく広げていた翼を小さく畳むと、その巨軀は吹き出す炎の勢いに押されて、雲へと吸い込まれるように飛び上がった。
「"重力制御"」
二人を乗せた隕石竜は徐々に加速していき、クゥロの"飛翔"よりも早い速度で空を駆けるが、背中に乗っているクゥロ達に掛かる重力の枷はフレアが取り除いていてくれた為、快適だ。
風が音を立て、隔てた防壁を掠めるように吹き抜けていく。真っ暗な闇の中、隕石竜の足元から吹き出る炎が残光として残り、まるで夜空に線を描いているように見える。
「雲に入るわ」
気付けば覆っていた分厚い雲に手が届く程に近付いていた。躊躇いなく、隕石竜は頭から侵入する。
雲の中は遠くから見ている程の密度は無く、白い霧の中に包まれているようだった。"暖熱"の灯りが反射して輝き、冷たく湿り気を帯びた風が轟々と音を立てて駆け巡る。
自分が雲の中にいるという事実にクゥロの胸は踊る。
「こんな風になっているとはな」
「流石にあんたも雲の中までは入った事ないでしょう」
「ああ、良い土産話が出来たよ」
「何言ってるのよ。見せたいのはここから先、この雲の向こうよ」
その言葉が終わると同時に、白く煙る視界が一気に開ける。クゥロは思わず息を呑んだ。
「これは」
目の前に広がるのは、美しい星空だった。端に見切れる物は一つも無い。クゥロの視界全て、星々で埋め尽くされていた。
爛々と輝く一等星。今にも消えてしまいそうに瞬く淡い光。白色に流れる星雲は白波のようにも見える。地上で見上げた記憶よりも鮮やかに、大小明暗、様々な色で賑わう夜空はまるで燦然と輝く星の大海原のようにも思えた。
「どう、凄いでしょう」
必ず気に入るだろう、と自信に満ちた響き。そんなフレアの声に我に返る。満天の星空に魅入ってしまっていた事に気付き、夢見心地の気分で深く一つ息を吐いた。
「ああ、これは……俺が生きてきた中で、一番美しい星空だ」
「そこまで言われたら、連れてきた甲斐があるわ。星辰の丘で見た降り注ぐ星空も素敵だったけど、雲を超えた先で見る星空には敵わないわ」
「これが隕石竜の見ている景色なんだな」
隕石竜が嬉しそうに喉を鳴らす。まるで連れてきた事を、そして一緒にこの景色を見ている事を喜ぶように。
ふと下を見下ろすと、雲は見渡す限りの地表を全て覆い尽くしていた。それはまるで降り注いだ雪の大地そのものであるかのようにも見えた。少し遠いところに雲を突き破った山頂が見える、あれは神々の住まう山だろうか。その山の頂きよりも尚高い所にクゥロ達はいた。
「綺麗ね」
フレアは星空には手を伸ばす、勿論その手に星は掴めない。けれども届いてしまうのでは無いかとさえ感じてしまう。
「綺麗過ぎて、少し……怖いくらいだな」
星の瞬く音さえ聞こえてきそうな程に近い空は広大で、雲の大地と星の大海原に挟まれた身の頼り無さを感じる。まるで渦巻く波の中に放り込まれた小舟に乗っているようだ。
勿論実際はそんな不安定な寄る辺では無い事はクゥロがよく分かっている。この海と大地が逆転した空の世界に置いて、揺らぐ事無く滞空する隕石竜とそして変わらずに楽しげに笑うフレアがクゥロの寄り所だ。
「ふふ、怖がりな所は相変わらずね。……さてと、クゥロ、飲み直さない?」
フレアの手にはいつの間にか酒瓶が握られていた。綺麗な琥珀色をしたその酒瓶のラベルに驚くクゥロに、フレアはしてやったりとばかりに笑う。
「懐かしいな、俺が昔よく飲んでいた蒸留酒じゃないか」
「そう、あんたの好きな蒸留酒の、しかもとびっきり高いやつ。買ったのはあんたが居なくなった時だから、今この年代の酒を持ってるのはあたしくらいかもしれないわね」
「しかしフレア、どうして今なんだい? 手土産なら夕食の時に出せば良かっただろう?」
「……元々、あんたの墓にでも掛けてやろうって買った物だからよ」
蒸留酒の瓶をその腕に抱え込んだフレアは遠く、この星空よりも遠い過去を見るような澄んだ瞳をしていた。
「あんたが勝手に冒険者を辞めてあたし達の前から去った時、もう生きて会う事は無いだろうなって思ったわ。強力な竜の呪いを受けた身だもの、早ければ半年、長くても数年の間に死ぬと思ったわ。あんたの事だから、どうせ死ぬ時に迷惑掛けたくないって消えたんだろうけど」
「……」
「ソートもアリアも"災厄"が荒らした国の復興の為にあっちに居着いちゃったし、動けるのはあたしだけ。だから骨になったあんたに会いに行けるのはあたししか居ないと思ったわ。……久し振りに弟子に会いに行くのに、手ぶらで行く師匠ってのもなんでしょ? だから、手向けの酒のつもりだったの」
フレアはしんみりとした態度から打って変わって口の端を釣り上げるように笑い、蒸留酒の瓶を掲げる。
「でもあんたは生きてた。何がどうなって生きてるのかは分からないけど、嬉しい誤算よ。一人でしんみり墓前で酒盛りなんて嫌だったもの」
「そうだな、俺もそんなフレアの姿を見たくはないな。おちおち墓の下で寝ていられなかっただろう」
「……だから、この酒はあんたが生きていた事を祝う為に、あたしとあんたの二人で飲みたかったのよ。あんたの娘達には悪いけど、ね」
「勿論、喜んで付き合うよ。長い間すまなかったな、そして本当に有難う、フレア」
今まで誰にも打ち明けられなかった呪いについて十数年。心配を掛けさせない為に行き先も告げずに別れていた間にも、自分を思ってくれていたフレアに思わず目頭が熱くなる。
フレアは少し照れたように頬を赤くした。
「何よ、小妖精族に取ってはあっという間の話よ。……まぁ、少しばかり長く感じたわ、あんたが居ない時間はね」
「そうか、悪かった」
「ただの軽口よ、気にする事は無いわ。……と、注ぐグラスの用意を忘れてたわ、あんた持ってる?」
「流石に何の用意もしてなかったな」
「まぁ、こうすればいいわ」
フレアは瓶の口の封を破り、木栓を引っこ抜くと徐ろに口を付けて直接呷る。ごく、ごく、と二回程、喉元の白い肌が滑らかに動くとフレアは満足気に口を離す。
ぺろりと唇を舐める仕草にどきりとする。
「なんか、やたらと美味しく感じるわね。強いのは強いんだけど、深いというか……こうやって飲むには勿体無いくらい上等ね。ほら、あんたも飲みなさいよ」
クゥロは差し出された蒸留酒の瓶を受け取る。封が開いたままの注ぎ口からふわりと懐かしい香りがした。メアとリリーとこの村で過ごすようになってから晩酌自体は控えていたクゥロにとって、久しく嗅いでいなかった香りだ。
元々自分が飲みたい、というよりもソートやアリア、そしてフレアに連れられて飲みに行く事が多かった。この村でも集まりの時やリズの家で作った葡萄酒を貰った時ぐらいしか飲む機会を作らなかった。勿論、蒸留酒をこの村で手に入れるには少しばかり苦労するから、というのもある。しかしそれも行商人に頼めば良いだけの話だ。
それでも飲まなかったのには大した理由は無い、ただメアとリリーの前で酔い潰れた、だらしない姿を見せたくないという父親の意地のような物だ。
「頂くよ」
感慨深い気持ちで酒瓶を眺めていたクゥロだが、その蒸留酒の香りに導かれるように琥珀色の液体を口に含む。
強い酒精が、しかしそれだけではない豊かな風味が口の中に広がる。とろりとした舌触りと上品な甘さを感じる。果実のような、花のような、華やかでいて深いコクはまるで高級な洋菓子のような気さえする。
ごくりと一口、嚥下した後に鼻に抜ける芳醇な香りに思わず目を細める。蒸留酒が喉元を過ぎる時に喉元がかっかと熱くなる感覚が久しい。
「これは確かに、上等な酒だ」
「そうでしょう? 良い物を買った甲斐があったわね、墓石に飲ませなくて良かったわ」
「十数年振りだが、やはり美味しいな。君がいるからかもしれないが」
「ふふ、何よ、変な事言って。もう酔った訳じゃないでしょうね?」
もう一口、ゆっくりと飲み込むとそのままフレアに返す。上機嫌な顔で受け取るとフレアもまた一口。
「こうして瓶で飲み交わしてると思い出すわね」
「あれだろ、何回目かは忘れたが小鬼討伐の時に、村の人から貰った酒を皆で」
「そうそう、先を急ぐからって村を出た後の野営で、ソートの奴が我慢出来ずに開けて」
「結局ずるいずるいと言いながら皆で回し飲んだんだよな。アリアなんか興味無い振りして一番酒を飲みたがっていて、ソートが飲んだ酒を引ったくるように奪って」
「そのくせ、あの子は酒に弱いから一口二口でもう顔真っ赤。ソートも慣れてないからがぶがぶ呷ってすぐふらふらになって。結局飲み慣れてるあたしと酒が強かったあんたで最後まで飲み干したんだったわね」
差し出されて受け取る瓶と共に交わし合う言葉。減っていく蒸留酒と増えていく口数。十数年前の思い出が肴だった。
「あの時も、星が綺麗だった。……そうだ、確か酔っ払った二人を寝かせた後、俺と君とで見張りをして、君に星の事を教えて貰ったんだ」
「そうだったかしら? あんたよく覚えてるわね」
「君に教わった事は忘れていないさ、大事な宝物だからね」
「……隕石竜に乗ってこの星空を見た時、真っ先に浮かんだのはあんたが見たらどんな反応するかな、だったわ。だから見せたかったの。ソートはこういうの興味無いし、アリアなら確かに喜んでくれただろうけど、一番興味を持ってたのはあんただったからね」
懐かしい名前と記憶に、掌がむず痒くなるような、痺れるような、嬉しさと寂しさが不意に込み上げる。その衝動に押されるまま蒸留酒を一口飲み干すとぽつりと呟く。
「もう一回、また皆で酒を飲みたいものだな」
「……」
「いや、すまん。こんな事を言える立場じゃないのは俺がよく分かってる。それでも許されるのならば命がある内に、もう一度皆に会いたくなってな」
「クゥロ……」
「俺は皆を巻き添えにして死ぬ事を恐れて、そして自分を置いて冒険に出て行く皆の姿を見るのが怖くて皆の元を離れた、自分勝手な男だ。見放されたと思っていたし、それでも仕方ないと思っていたよ。だから……フレア、君が会いに来てくれて俺は本当に嬉しかったんだ」
自分の心の弱さから仲間の元を離れて、一人で鬱屈とした気持ちを抱えて生きていた。それを仲間達に伝えられずに、晴れぬまま。十数年の間、ずっと胸の奥で燻っていた気持ちだった。
「……馬鹿ね、本当にあんたは。やっぱり一人上手じゃない」
目が合うと、フレアは困ったように微笑んだ。
「あんたの事、あたし達は誰一人として責めたりしてないわ。寧ろ、頼りにならないと思われたんじゃないか、ってアリアは悩んでたわ。ソートはあんたが出て行くのを知ってて止めなかった、それはあんたの気持ちが分かったからだと思うわ。冒険者をあんなに楽しんでいたあんただもの、それが上手く出来ない気持ち、ソートが気付かない訳無いじゃない」
「……そうか」
「もっと頼って良かったのよ。甘えても良かったじゃない、みっともない姿見せても。寂しいなら寂しいって言えば良かったのよ、あたし達、仲間なんだから」
叱咤激励するだけではない、包み込むようなフレアの優しさ。本当にクゥロが落ち込んでいた時に、こうして気遣うように声を掛けてくれていた事を思い出す。そしてその優しさは今も変わらなかった。
「……それに飲みたいじゃなくて飲もう、でしょ? ただの希望じゃなくて行動に移すの、移せるのよ、あんたは。一年も持たないと思っていた竜の呪いに今日まで耐えてきた、だからあたしと会う事が出来た。それに比べたら、また皆で集まる事なんて簡単なんだから。今度はソートもアリアも、一緒に飲みに行きましょ」
フレアの言葉に、もう二度とあの頃には戻れないという気持ちでいた自分に気付く。そんな後ろ向きな気持ちを振り払うように景気良く酒瓶を呷ると、フレアに向けて笑い掛けた。
「ああ、そうだな、絶対にまた飲もう。今も昔もごちゃ混ぜにして聞きたい事、話したい事があるんだ。それにもう一回だなんて言わずに何度だって会いたい。……俺の娘達も紹介したいしな、メアもリリーも本当に良い子なんだ」
「何よ、親バカね。いきなり調子良いじゃない? ……でも、その位があんたには丁度良いわよ」
そのクゥロの笑みは十数年前の、まだ少年だった頃の笑みと同じだった。
「これからも迷惑を掛けると思うが、頼らせてくれ、師匠」
「ふふ、任せなさい。呪いを治して、精々長生きしなさいよ。あんたはこれまでも、これからも、あたしの弟子なんだから」
満天の星空、その星々の瞬きを背に笑うフレア。昔と変わらずに輝き、そして今なお美しいと思う。
クゥロは届かないと思っていた星に手が届いたような満ち足りた気持ちで空を仰いだ。




