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022.『温もりは永遠に』

 クゥロが目を開けると見慣れた天井が広がっていた。間違えようも無い、いつも朝を迎えている自分の寝室だ。


 寝起きではっきりしない意識の中で、ふと自分の身体の上に何かがのし掛かっているのを感じた。


「メア、リリー……」


 クゥロが横たわるベッドの縁、顔をうつ伏せにして仲良く並んで寝ているメアとリリーに気付く。いつもならば抱き抱えるように、抱き抱えられるように三人一塊で眠りに付いているのだが。


 部屋着姿で、メアは結んでいた赤髪を解き、リリーは長い黒髪を結っている。ぐっすりと寝ているのか、起きる気配は無い。


 起こさないように上体を起こして辺りを見渡すと、いつも本などを置く小さな脇机の上に水の張った手桶と薄汚れた手拭いが置いてあった。


「そうか、昨日は……」


 漸くはっきりとした頭で意識を失う前の事を思い出す。


 行商隊の訪れ、火翼竜(ドラゴン)の襲撃、そして体を蝕む発作。


 平和な一日になる筈だったというのに散々だった、と身体に残る気怠さに思わず溜息を吐く。太腿や腕の筋肉に少し痛みが走る。まだ筋肉痛が遅れてこない事に、ちょっとした安堵を覚えた。


「あの後、倒れてしまったか」


 裂かれんばかりの痛みにより、意識を失ったクゥロ。それもいつもの事だった。


 クゥロが最初にこの発作に襲われた時は、斥候として偵察をしていた時だ。その時は仲間に慌てて"念話(テレパス)"したお陰で大事には至らなかったが、魔物の闊歩する中で意識を失っていたらクゥロの命は今ここには無かっただろう。


 それから二度、三度。片手で数えられる程の回数だったが、たったそれだけでクゥロは冒険者を引退せざるを得ない程に追い込まれていた。


 発作が一度起これば抗えない苦痛に、武器を振るうどころの話では無い。単独行動中に起きたら、魔物との戦闘中に起きたら、想像するだけで恐ろしかった。


 それで命を失う、または大怪我をしてしまう自分の事よりも、クゥロを庇って窮地に立たされる仲間を思って、クゥロは冒険者を引退した。


 それからこの村に来て、十数年。何も起こらない、平穏な暮らしの中でもしやという思いもあったが、やはり完治してはいなかったのだ。


 十数年も執行猶予を与えられた死刑囚のような気分だった。もう終わった、と思った時に罰を与えるだなんて執行官は相当に性質が悪い。


 しかし、とクゥロは思い出す。消えかけの意識の中で急に痛みが和らいだ、その温もりを。それはこの症状を患ってから始めての事だった。


「うーん……あれ、とーや……?」

「ん……父さん……?」


 もそもそとメアとリリーが目を覚ます。


「おはよう、メア、リリー」


 眠たげに目を擦りながら二人が顔を上げたその先に、クゥロの微笑みがあった。


 そこには日常があった。


 いつものように二人が目を覚ますと、おはよう、と言ってくれる人がいる。変わらずに、そこに居てくれる。それだけで、胸が詰まりそうな程に嬉しさが心に溢れて、涙となって零れ落ちそうだった。


「……うん! とーや、おはよう」

「父さん……おはよう」


 それでも、メアとリリーは微笑んだ。いつもクゥロと交わすように。いつも以上の愛しさを込めて。


 我慢出来ず、覆い被さるように抱き着いてくる二人を、クゥロはその腕でしっかりと受け止めた。


「よしよし、心配をかけたね、もう大丈夫だから」


 その腕の中で、穏やかに続く呼吸を感じた二人は感極まって泣いてしまった。



 ◆◇◆◇



 それから暫く、クゥロの部屋着の胸元がびしょびしょになる程に涙を流したメアとリリーだったが、一頻り泣くとゆっくりとクゥロの胸元から離れる。


「えへへ、とーやが元気ならそれでいいわ」

「父さんが居てくれたら他に何も要らない……」


 そうして、ぽつりぽつりとクゥロが意識を失った後の事を話してくれた。メアとリリーはクゥロの看病があるから抜けてしまったので、見舞いに来たリズから聞いた話だが。


 クゥロが倒れてからまだ一日しか経っていなかった。村人達は総出で後片付けをしたらしい。


 獣達の死体は、弔いを込めて荼毘に付す事に決まった。皮や肉の利用も提案されたのだが彼らも被害者であり、安らかに眠らせてやろう、と村人達は決めたとの事。


 リズの"睡眠香気(スリープアロマ)"によって眠らされた獣達は、眠りから覚めた順から自分達の住処へと戻っていったらしい。これから厳しい冬を乗り越えなければならない。それでも逞しく生きて欲しいとクゥロは思った。


「問題はドラゴンらしいの、とーや。村の人や行商隊の人達が一生懸命解体してるんだけど」

「ドラゴンが大きくて……解体も一苦労……」


 竜の素材は様々な部位が様々な道具の材料となる。鱗は鎧に、飛膜は外套に、爪や牙は刃物に、骨は加工して様々な道具に変化するし、肉は食料にもなる。まさに竜に捨てる所無し、だ。


 あれだけの大きさの火翼竜、全て解体するのには数日掛かる。竜自体の保有する魔力によって、劣化する速度は並みの素材よりも遅いので慌てて解体する必要も無いが、これから天候が変わって吹雪く事もある。行商隊の事を考えると、早めに解体しておくに越した事は無いだろう。


「でね、そのドラゴンを倒したとーやが、素材の所有権を持ってるってリズさんは言ってたわ」

「父さんの働きで村が救われたから……あのドラゴンは父さんの物」


 メアとリリーは誇らしげにクゥロを見つめた。頭の中で昨日の勇姿が蘇る。


 自分よりも何倍も大きな火翼竜へと立ち向かう姿。その勇敢な背中は、思い出すだけで身体がぽかぽかと火照ってしまう。


「そうか、それなら顔を出して色々手伝いにいかないといけないな。お父さんだけじゃ、手に余る代物だからね」

「今日も朝から作業してる筈だから、行こう、とーや!」

「メアも私も……一緒に行く……」

「着替えさせたり、顔を拭いてくれたのはメアとリリーかい?」

「うん! 二人でお世話頑張ったわ!」

「褒めて、父さん……」


 クゥロは甘えるように抱き付いてくるメアとリリーをあやす。髪を優しくて手櫛で梳いてやると、甘い花の香が漂う。いつも使っている石鹸の香りだ。そこでクゥロは自分の身体が酷く匂っている事に気付いた。


 幾ら着替えさせて貰ったとはいえ、かいた汗や塗れた泥を綺麗に拭い去る事は出来ない。一度は火炎に包まれた身は、何となく燻されたような匂いすら感じる。


「まずは身体を清めないとな……お風呂に入ってくるよ」


 二人を優しく押し戻して、一人で寝るには大きなベッドから立ち上がる。すると右側からメアが、左側からリリーがクゥロを支えるように抱き付いてくる。


「とーやは病み上がりなのよ? 一人でお風呂入るのは危険だわ」

「お風呂場は危ない……一緒に入る?」

「大丈夫だ、二人のお陰でもうすっかり元気になったよ」

「心配なの! いいから、ほら、ね? 私に頼っていいのよ!」

「久し振りに、一緒にお風呂に入りたい……」

「小さい時はよく一緒に入ってくれてたじゃない! ね、とーやぁ」

「全部終わったら、甘えさせてくれるって……言ってた……」


 三人はわちゃわちゃと一塊になりながらお風呂場へと向かった。「今から出掛けるし、手早く済ませるだけだから、一緒に入るのは今度にしよう」と、クゥロが条件付きで提案したので二人は大人しく脱衣所でクゥロが上がるまでの間、待っていた。


 風呂場へと続く引き戸越しに、メアとリリーが何をしていたのかを話してくれていた。クゥロと別れた後、アンナ夫妻を助け、逃げ込んだ牧場で冒険者達と協力して獣達を退けた事。そしてリズが、魔法で獣達を眠らせた事。


 リズがクゥロから魔法を教えて貰ったという事に付いては羨ましい、とメアとリリーから不満の声が上がった。


 元々魔力自体、メアとリリーにはある事は知っていたが、こんな平和な村で魔法を教える必要は無いとクゥロは思っていた。自分がまだ人に教えられる立場では無い、と思っていた事もあるが。


 しかし今回のような事が起こった時に、何か一つでも魔法が使えていれば役に立つ事もあるかもしれない、とクゥロは思い直し、身体を動かす稽古以外に魔法を操る訓練をする事を決めた。


 メアとリリーはまたクゥロから教えて貰える事が増える、と大喜びだった。見えなくても弾む声で二人が嬉しそうにしているのを聞いて、クゥロも一人湯船で癒されていた。


 身体を清めて着替えたクゥロと、同じく外出用の服に着替えたメアとリリーの三人は、昨日の死闘が行われた村の北外れの空き地へと向かった。


「おお、これは竜殺しの英雄、クゥロさんじゃないですか」


 解体の指揮を取っていたプレボスが、クゥロの姿を見つけて声を掛けた。


「そんな大層なものでは」

「いえいえ! クゥロさんが居なかったら私達は今頃このドラゴンの胃の中に皆収まっていた筈ですからな、まさに英雄。命の恩人ですよ」


 わはは、と豪快に笑うプレボス。英雄という評価、そしてその響きにメアとリリーは目を輝かせた。クゥロが高い評価を受けるのは何とも鼻が高い。


「俺の、そして娘達の住む村を守りたかっただけです。それよりも火翼竜の解体を進めて下さったそうで」

「このまま放置する訳には行きませんからな。大まかに解体しておいて、後はクゥロさんと相談しようかと思っておりまして。なにせ、ドラゴン丸々一匹の素材ですからな」


 今もなお、何人もの村人と行商人達が協力し合って解体作業が行われていた。火翼竜の解体にはそれなりの道具が必要になるが、恐らく行商人の誰かが持っていたのだろう。それを皆で回して使いながら解体していく。解体作業自体、この村に住む者にとっては身近な事だ。あの子供のようなリズでさえ手際良く行う事が出来る。


「今回の旅で持ち帰れる分は買い取りさせて頂き、残りはまた冬が終わりを迎えた時に訪ねさせて頂きたいと思うのですが、どうでしょうか」

「色々壊された物の修理にも金は掛かりますし、換金して頂けるのは助かります。命を脅かされた者同士、互いに利のある金額にして頂ければ有難いです」

「勿論ですとも! これだけの素材を扱わせて頂けるだけでもう、私達にとっては旨味のある事ですので、少しでも高く買わせて頂きたい所ですな」


 実際、竜の素材は貴重だ。出現率もそうだが、あまりの巨大さに全て持ち運ぶ事が出来ず、市場に流れる事は殆ど無い。竜の生息地は辺境が多く、輸送する手間やそこまでの護衛を考えると余程の商人で無いとおいそれと手が出せない為だ。


 それを考えると、今回の火翼竜は状態も良く、また輸送する為の道もある為、例え相場よりも高く買ったとしても必ず利益が上がる。


 火翼竜が出た時は死を覚悟したプレボスだが、クゥロのお陰で救われ、そして好機に変わったのだ。クゥロとはこれからもより良い関係を築いて行きたい、とプレボスは強く思った。


「クゥロさん、これを」


 プレボスが差し出したのは掌に収まる程の大きさをした、深い赤みの宝石だった。


 中心に向かうにつれて色味が深くなり、見方によって今なお激しく燃え盛る炎にも、また香るように滴り落ちた血液のようにも見える。その妖しく輝く赤い宝石は、誰もが見惚れてしまう程に美しかった。


「竜宝玉ですか」

「ええ、見事な物ですな。久し振りにこんなに美しい竜宝玉を見ました。これはクゥロさんの物ですから、どうぞお受け取り下さい」


 個体によって生成される形や色味が変わる竜宝玉はその美しさだけでは無く、質の良い魔力がふんだんに込められている為に価値が跳ね上がる。


 小さな欠片ですら、その内包された魔力は他の素材とは比べ物にならない。その為、魔道具の材料、核となる部分に用いられる事が多い。


 普通の素材なら大型になってしまう魔道具に竜宝玉を使う事で小型化、軽量化を図る事も出来る。火翼竜の全ての部位を合わせても、竜宝玉の価格には及ばない程に高価な物だ。


「命を賭けてこの村を守った、英雄のクゥロさんに相応しい」


 にこやかに笑うプレボス。暫し、プレボスの手の中の竜宝玉を見つめていたクゥロだったが、思い付いたように微笑みを返す。


「有難うございます。そうだ、一つ、お願いがあるのですがーー」



 ◆◇◆◇



 火翼竜の解体には五日ほど掛かった。その間、作業を手伝いつつもクゥロは行商隊の護衛であるマックス、ユーシィ、ポッカ達と交流をしていた。


「クゥロさんが居てくれなきゃ俺達はどうなってた事か。それにあの巨大なドラゴンに一太刀浴びせるその腕前、メアとリリーが言ってた通り凄いお人なんすね」

「ええ、それにあの火翼竜と真正面からやり合う、魔法の練度も素晴らしかったわ。流石リズさんの師匠ね、同じ魔法を使うものとしても憧れるわ」

「しかもクゥロさん、アタシと同じく遠距離武器を使うって聞きました。弓と狩猟用投石器具(スリングショット)じゃ勝手は違うと思うけど、アタシの弓の指導してくれたら嬉しいなーなんて……」

「ああ、それくらい構わないよ。プレボスさんから将来有望な冒険者達と聞いているからね、俺が教えられる事が何かの糧になってくれたら嬉しいよ。メアとリリーと、一緒に戦ってくれて有難う」


 クゥロは、娘達と共に戦ってくれた感謝を。マックス達は、結果的に命を救ってくれたお礼と、その戦闘力に対する尊敬の念を寄せてくれていた。


「ふふーん、とーやの凄さが伝わったみたいで嬉しいわ!」

「父さんの娘として、鼻が高い……えっへん」


 メアやリリーが橋渡しになってくれたお陰で、互いに円滑に交流が出来た。


 皆、解体や後片付けを手伝いながらではあったものの、空いた時間に剣や弓の稽古、魔法などの効果的な使い方などを教えるようになった。


「とーやぁ、私にも魔法教えてくれるって言ったじゃない!」

「私も、教えて貰って無いことばかり……ずるい」

「メアとリリーは冬の間、いっぱい時間が取れるじゃないか。今は我慢しなさい」


 水を吸う海綿体(スポンジ)のように、教えた事をすぐさま飲み込んでいく三人についつい熱が入り、メアとリリーが焼きもちを焼いた事もあった。


「はは、クゥロさん、教える時はビシッとしてかっけぇけど」

「メアちゃんやリリーちゃんには勝てないのね、火翼竜よりも手強そうね」

「あはは、そういう所もクゥロさんらしくていいんじゃない?」


 あっという間の五日間だった。雪の降る中の作業も、焚き火で暖を取りながら行った。


 全ての解体を終えた日には、火翼竜の肉を使って宴会を開いた。村人も行商人も皆、この村が出来て以来の大事件を無事に乗り越えた事、そしてその恩人でもあるクゥロを讃え合った。


「ふふふ、体がふわふわして、なんだか楽しいわ! ねぇとーや、もっとちょーだい、飲ませてくれてもいいのよ?」

「父さん……離れちゃだめ、もっとひっついて……撫でる手、止めないで?」


 皆してクゥロを労いにお酒を注ぎ、そして一緒にいたメアやリリーにも注ぐものだから、二人とも酔っ払い、周りの目も気にせずに甘え出してしまった。


 そんな楽しい夜も明け、六日目の朝。雪で動けなくなる前に、無事に積み込みを終えた行商隊は村を出る事となった。


 数日前に積もった雪はまだ大分残っていたが、分厚い白い雲の隙間から晴れ間が見えていた。旅立つには丁度良い天気だった。


「クゥロさん、村の皆さん、本当にお世話になりましたな。これから辛く、長い冬がこの村を襲う事でしょう。皆さん、無事に乗り越える事をお祈り致します。そしてまた来年もお会い出来る事を楽しみにしておりますぞ」

「此方こそ色々と助かりました。プレボスさん達もお気を付けて。また来年も、この村でお待ちしていますよ」

「ええ、その時はまた皆様の気に入る商品を仕入れて、伺わさせて頂きます。それでは一足先に、良いお年を」


 挨拶を終えたプレボスの合図で行商隊は列を成し、村の入り口から旅立って行った。村人達は名残惜しみながらその背中を見送る。


「マックスさん、次来た時もまた手合わせしましょ!」

「ユーシィさんもポッカさんも、またね……」

「メアちゃーん、リリーちゃーん、元気でねー!」


 マックス達の名前を呼びながら、メアもリリーも大きく手を振った。殿を受け持っていたポッカが応えるように大きく手を振り返した。


 木々に囲まれた道をまっすぐと進む行商隊の姿がどんどんと小さくなり、そして気付くと道の先へと消えて行った。


 何とも言えない寂しさが、村人達の間に流れる。季節が冬へと変わる、その区切りが着いた。これから冬が明けるまで、この村を訪れる者は居ない。火翼竜との戦いを終えてもすぐさま厳しい冬との戦いが始まるのだ。


「帰ろうか、メア、リリー」

「うん、とーや」

「行こう、父さん……」


 ばらばらと自宅へと戻る村人達に続くように、クゥロ達も入り口を後にする。


「そういえばとーや、さっき、プレボスおじさんから何か貰ってたけど」

「何を貰ったの……? お菓子……?」


 自宅へと戻る帰り道。別れ際、プレポスとクゥロが握手を交わした時、小さな箱を手渡されたのにメアとリリーは気付いていた。


「ああ、プレボスさんに頼んでいたものをね」

「なにかしら、なにかしら?」

「見たい、見たい……」

「メアとリリーの為にお願いしたものだよ」


 クゥロは立ち止まると、黒沼竜(ブラックアリゲーター)の外套のポケットから取り出した小さな木箱を二つ、メアとリリーに手渡す。


「開けても、いいの?」

「どきどき……」

「ああ、開けてごらん」


 期待に胸を膨らませた二人がゆっくりと箱を開ける。


「わぁ、綺麗だわ……!」

「これ、指輪……!」


 上等な絹を詰め込んだ小さな木箱の中、その真ん中の窪みに指輪が添えられていた。クゥロが討伐した火翼竜の素材で作られた指輪だった。


 指輪の腕の部分には火翼竜の骨が用いられている。表面を研磨した火翼竜の骨は白く滑らかな光沢がある。しかし安っぽい白さでは無く、いつまで純粋であるかのような透明な白さだ。


 その白を纏って更に輝くのは嵌め込まれた、炎のように紅く、血のように赤い竜宝石だ。大きく削られた窪みに収まる竜宝石は、まるでその穴に元からあったかのようにズレも隙間も無い。竜宝石は加工の仕方によって、周りの環境と同調して順応する力がある。自身の骨で作られた物ならば尚更だ。


 まるでどこまでも続く雪原に射した夕暮れ時の赤い夕陽のようなイメージだった。


「……とーや、みたい」

「うん……この指輪、父さんだ」


 そしてそれは、この雪に染まる村に灯った炎を操る英雄、クゥロのようだ、とメアもリリーも感じた。


「折角だから着けてみたらどうだい」


 指輪をじっと見つめていた二人だが、クゥロの声に我に返り、おずおずと自分の指先へと着ける。少し大きく作られているように見えたが、互いに右手の薬指を選んで着けると小さな魔力が流れ、着けた指のサイズにぴったりとはまった。


「ああ、よく似合ってるよ」

「とーや、どうして指輪にしたの?」

「露店巡りの時にリズと会って、昔、リズに玩具の指輪を上げた時の話をしたら、メアもリリーも羨ましそうな顔をしただろう?」

「それで、指輪に……?」

「ああ、プレボスさんから竜宝石を見せて貰った時にね。丁度プレボスさんの行商隊に腕の良い細工師がいると聞いていたんでね」


 プレボスさんから竜宝石を渡された時、クゥロは小声でプレボスと二、三、やり取りをするとそのままプレボスに返したのを二人は思い出した。使い道に困って預けたのかと思ったが、そうではなかったのだ。


 メアとリリーは自分の指を飾る竜宝石の指輪を見る。赤と青、それぞれの鱗に覆われた指に、クゥロが送ってくれた指輪が存在している。それだけで嬉しさが際限なく込み上げてきた。


「……気に入ってくれた、かい?」


 あまりにもじっと指輪を見つめているので、もしや娘達が指輪を欲しがっていたのは勘違いで、呆れてしまったのか、とクゥロは不安になった。


 そのクゥロへの返事に、満面の笑みを浮かべてクゥロの胸に飛び込む事でメアとリリーは答えた。


「とーや、こんなに素敵な指輪貰っていいの? とーやからいっぱい、いーっぱい色んな物を貰って返し切れないくらいなのに、それ以上の嬉しいを貰って、胸が幸せでぎゅーってなったの。とーやがしてくれる事全てが、私の幸せだわ!


 ずっと、ずーっと大事にするね、有難うとーや、大好き!」


「父さん、こんな綺麗な指輪、有難う……こういうの、昔から憧れてたの。父さんの絵本に出てくるお姫様とか着けてて、いいなぁって……でも私に似合うかなって。


 でもね、でもね、着けてみたらすっごい素敵で……幸せなの。死ぬまで、ううん、死んでもずっと着けてたい位、素敵。有難う、父さん……大好き」


 二人の感極まった抱擁を全て受け止めながら、ほっと安堵したクゥロ。


「お前達が喜んでくれて良かったよ」

「嬉しくて嬉しくて、飛んでちゃいそうだわ!」

「私、今なら……ドラゴンだって倒せちゃいそう……」

「はは、そう言ってくれて嬉しいよ。お父さんを助けてくれて有難う、メア、リリー」

「えへへ、もっと頼ってね、とーや」

「ふふ……私達がいるからね、父さん」


 冬の到来に、風さえも冷たさを孕んでいた。それでも今、三人の胸の中に灯った暖かさは例え全てを凍り尽くす冬将軍の吐息ですら冷ます事は出来ない。


「帰ろうか、我が家に。メア、リリー、おいで」

「うん、とーや、帰ろ?」

「私達のお家に、れっつごー……」


 差し出したクゥロの腕に、メアとリリーは抱き付く。その腕に絡ませた指に光る竜宝石はいつまでも輝きを灯していた。

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