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015.『露店見物の半ば』

 ちらちらと小雪の降る中でさえ、その活気は途絶える事が無かった。行商隊の来訪は長く厳しい冬の到来と共に冬篭りを始めるこの村にとって、最後のお祭りのようなものだ。


 村の入り口の広場には大勢の人が、思い思いに過ごしている。村に訪れた商人達は手慣れたもので、簡易的に組み立てた屋根付きの荷台に商品を並べ、威勢の良い掛け声を上げている。中には荷馬車自体が変形し、開閉式の商品棚に早変わりする店もある。


「何度見ても凄い、沢山の人ね!」

「あれもこれも面白そう……」


 メアもリリーもきらきらと目を輝かせて露店の並ぶ広場の様子を眺めている。忙しなく体を動かし、今にもクゥロの元を離れてしまいそうだ。


「さぁ、行こうか、早く露店を見ないと日が暮れてしまうよ」

「はぁい、とーや!」

「うん、行こう、父さん……」


 そのまま右腕にメアを、左腕にリリーを引っ付けたまま、クゥロは近くにあった露店を一つ一つ覗いていく。


 翡翠色に輝く美しい羽の髪飾り。魔力を込めると暖かくなる石の入った袋。どういう不思議か、生きた魚の入った生簀もある。この辺りでは川魚は獲れるものの海の物は口に運ぶ機会は滅多に無い。


「海の魚って綺麗な色してるのね、可愛いわ!」

「こんなのが泳いでるなんて……不思議」


 ある店には、この辺りでは栽培出来ない植物を使った香辛料などが並んでいた。


「わわ、不思議な香り! お肉に使うといい、だって!」

「入れ物も可愛い……並べたくなっちゃう」


 広げた屋根の下には沢山の本が並べてあり、最近読書に目覚めた二人は大事そうに手を取る。


「わ、お菓子作りの本だわ! 美味しそうね!」

「父さんの本棚にある本の続編……欲しい……」


 どの露店の前を通っても、クゥロや時には店主を交えて心から楽しんでる二人。まだ幼い頃、興味津々にはしゃぐ二人を両腕に抱きかかえて歩いた時の記憶が過ぎって、クゥロは微笑んだ。


「んー? とーや、どうして笑ったの?」

「何か面白い事あった……?」

「なに、お前達は変わらずに可愛いな、と思っただけさ」

「え、照れちゃう……」

「と、とーやったらぁ! どういう意味なの!」


 可愛い、と不意打ちを喰らったメアはつんつんしていた目尻がふにゃ、と下がり、リリーは頬を赤らめてそっと視線を外す。どちらも頭の中ではクゥロの言った可愛い、という言葉がぐるぐると回っていた。


「これはこれはクゥロさん」


 そんな三人の前に、割腹の良い男が声を掛けた。


「やぁ、プレボスさん」


 クゥロにそう呼ばれた男、プレボスは愛想良く微笑んだ。年の頃はクゥロよりも一回り程上だろうか、分厚い毛皮のコートと帽子は上質で実によく似合っている。その指に指輪もシンプルな銀色のものをただ一つだけ身に付けている。

 商売が成功した商人特有の、金銭的に価値のある物、値段の高い物をただ身に付けるという感じは全く無い。良品を、自分の身に合うものを選んで着こなしているように見えた。


「今年も無事に会えて嬉しい限りですな」

「本当に。年々行商を共する人が増えているようで、何よりですね」

「はっはっは、気付かれましたか。お陰様で旅回りも順調ですよ」


 プレボスはこの行商隊の責任者だ。彼が率いる行商隊は各地を回り、そこでの名産を仕入れては違う所で販売する、と言う事を繰り返して旅をしている。

 とある土地では珍しくも無いありふれた品物でも、他の土地でまず手に入らない珍品である事も多い。プレボスはそれまでの経験と各地での豊富な人脈と弛まない交友でそれらを可能にしているのだ。


「プレボスおじさん、久し振り! また太ったんじゃない?」

「おじさん……ご無沙汰」

「メアちゃんもリリーちゃんも。一年で見違える程綺麗になって」

「ふふふ、そう?」

「有難う……」


 メアとリリーも勿論顔見知りだ。


「昔はよく、お土産をねだりに私のお腹の周りをぽんぽん叩きにきたというのに」

「わぁ、その時はまだちっちゃかったからいいの!」

「若さ故の過ち……」

「はっはっは、私に比べたらまだまだ二人とも若いよ」


 快活に笑うプレボス。その豊満な肉体と愛嬌のある顔は何処かマスコットのような愛らしさで、親しみを覚え易い。


「この間、頼んでいた物を用意して頂いて有難う御座いました」

「いえいえ、たまたま旅先で見かけた物で、クゥロさんの事を思い出して届けさせただけですよ」

「数年振りに飲みましたが、実に美味しかったですよ。娘達も気に入ってくれました」

「とーや、あの黒くて苦い奴?」

「香りは凄い好き……牛乳と蜂蜜入れないと飲めないけど……」

「そんな飲み方があるのですか」

「ええ、少し飲み慣れるのに癖がありますからね。牛乳で苦味を和らげると飲み易くなるんですよ」

「ほぅ、なるほど、単体で飲む物が主流だと聞いていましたが牛乳で割るという方法があるのですな! これは良い事を聞きました、他の方に勧める時はそのような飲み方もお勧めしてみる事にしましょう」


 アカネ科の植物の種を焙煎して挽いた物から作られた飲み物は、クゥロの書斎で飲んで以来、本を楽しむ時の定番となっている。メアとリリーも最初は口に合わなかったが二人が飲めるようにと牛乳で割ってみた所、これなら飲めると好評だった。それがプレボスには新鮮だったようだ。


「違う所で手に入れたものが、また違う所の文化や常識と混ざって、全く新しい物を作り出す。この仕事をやっているとその瞬間に立ち会うのも一つの楽しみですな」

「ははは、そんな大袈裟な」

「いやいや、紅茶に比べてまだ知名度が低いですからね。もしかするとクゥロさんの発想が、この飲み物を流行らせるかもしれません」


 興奮気味に話をしたプレボスだったが、ふと我に返るとこほんも一つ咳払いをした。こういう熱く語る所も彼の魅力とも言える。


「失礼しました、とにかくまた手に入りましたら送らせて貰いますよ、良いアイデアを頂いた御礼に」

「その時は有難く」

「代わりと言っては何ですが、新しく行商隊の護衛が代わりましてね、滞在中少しばかり稽古を付けて頂けたら、と」

「おや、エメマンさんはどうしました? 去年お会いした時はまだまだ若いモノには負けない、と意気込んでましたが」

「ええ、そうだったのですが、彼の娘に孫が生まれましてね。彼自身かなりの高齢だったのもあって、やはり此処いらが潮時だと、護衛の仕事を辞める事になりまして」


 がははと大口を開けて笑う、豪放磊落な老戦士の顔が浮かんだ。プレボスがこのような行商を始めてからの付き合いだった筈だ。苦も楽も共に乗り越えてきた仲なだけに、プレボスも寂しいだろう。


「まぁ、彼の娘は首都に住んでいるので、彼に会おうとすればいつでも会いに行けます。なので今は彼の代わりに入れた護衛達に頑張って貰おうと。行商隊も大きくなったので少し多めに加入しましたので、今は賑やかで楽しいですよ」

「首都ですか、そうですか……分かりました、今日は来たばかりでしょうし、明日以降もまた顔出しますのでその時にでも」

「それは有難い! いやぁ、腕はなかなかなのですがまだまだ若く、経験が浅いので……クゥロさんのような方にしごかれるのが彼らにとっても良い経験になるでしょう」


 それではまた、とクゥロ達に頭を下げてプレボスさんは離れて行った。


「首都ってとーやが昔住んでた所?」

「そうだよ、まさかエメマンさんが今いるとはなぁ」


 流石に話をしている時にはクゥロから距離を取っていたが、居なくなればぎゅっと身体を密着させる。


「首都に行ったら……会えるかな……?」

「そうだな、もし行く時が来たら挨拶しに行こうか」

「それにしても、孫が出来たから、かー。なんか、意外な一面だわ」

「……大きな声で話すから、赤ちゃんびっくりして泣いちゃいそう」

「意外と、気を遣って黙ってるかもしれないな。それで泣き出したら困り果てて」


 いつも耳がきーんとするくらい大きな声で話したり笑ったりしていたエメマンが、目に入れても痛くないであろう孫を可愛がる姿を想像して、三人は顔を見合わせて笑った。


 それから暫く、露店散策を堪能した三人。


 メアには小麦と牛乳がメインのお菓子作りの本や各地の郷土料理を集めた本を、リリーには狼と兎の友情を描いた絵本の続編と昔から伝わる童話を集めた本をプレゼントした。


 年頃の娘に上げるには少しお堅いか、と思ったクゥロだったが、幸せそうに微笑む二人を見て安堵する。


「とーや、有難うね。今度とーやに美味しいお菓子を作るわね」

「父さん、有難う……今度一緒に読もう……?」


 その腕に生えた鱗で傷付かないよう、ぎゅっと壊れやすい宝物を抱くように受け取った。気に入って頂けたようだ。

 クゥロも珍しい香辛料や乾物などの食料を手に入れて、早速今晩メアとリリーには振舞おう、と上機嫌だった。


 行商隊は数日この村に滞在する。そしてこの村の人々と様々な物を売り買いして、来た時と同じ位の荷物を蓄えてまた旅に出る。

 まだ全ての露店を見終わってはいないが、初日全部見てしまうのも勿体無い。残りは明日の楽しみに、とクゥロ達が帰路に着こうとすると、行きよりも幾分軽い音を立てながら荷車を引くリズが通りがかった。


「あれ、クゥロ」

「リズか、納品終わったのか?」


 仕事を終えたからかその足取りは軽い。


「うん、ちょっと話し込んじゃった。クゥロ達は」

「今から帰る所だ」

「ふふーん、とーやに本を買って貰ったのよ!」

「父さんからのプレゼント……」


 これ見よがしに見せびらかすメアとリリーを、慈しみ深い瞳で見るリズ。


「ふふふ、ちゃんとお父さんしてるじゃない。偉いね、クゥロ」

「偉くは無いさ、装飾品の一つも選べなくて実用的な物しか送れなくてね」

「でもプレゼントなんて本人が喜ぶ物が一番じゃない? 羨ましいなぁ、私、小さい頃に貰った記憶しか無いよ?」

「ああ、露店で玩具の指輪をせがまれて買ったんだったか」

「「指輪!?」」


 聞き捨てならない単語に、メアとリリーはクゥロを見上げ、リズは懐かしそうに微笑む。童顔に似合わず、余裕のある笑みだ。


「きらきら光る作り物の石がすっごく綺麗でどうしても欲しかったんだよね、まだ持ってるよ?」

「そんな大した価値も無いだろうに」

「ううん、クゥロから貰ったものだもの、大事にするよ」

「リズ……」


 二人の間に、思い出というメアとリリーでは容易に踏み込めない空気が流れて、思わずぎゅーっとクゥロの腕を抱き締める。


「きっとメアちゃんとリリーちゃんも、クゥロから貰ったものなら大事にしてくれるよ、ね?」

「も、勿論よ! とーやから貰ったものは全部宝物だもん!」

「うん……父さんとの思い出も全部……」

「ほら、ね?」


 くすくすと嫌味無く笑うリズだったが、ふと思い出したように表情を曇らせた。


「そういえば、行商さんから聞いたんだけど」

「ああ、どうした? そんな思い詰めた顔して」

「さっきクゥロが言わなかった事って、これだったのかなーなんて思って」

「ん? どういう事だ」

「あれ、知らない? 何でもこの村から東南側の山を越えた先の村が、壊滅したんだって」


 その内容を聞いた瞬間、クゥロは背中に冷たい物が走った。


「家は焼かれ、木々は薙ぎ倒されて……生き残りが一人も居ない、酷い状態だったらしいよ。行商さん達も来る途中に聞いたって話なんだけど」


 リズが眉根を寄せ、声を抑えるように話す。

 酷く悪い予感がする。こういう時の予感はよく当たる事をクゥロはよく知っていた。


「リズ、それってもしかして」

「うん、クゥロの思う通り。村を襲ったのはーー」


 リズが言い掛けたその時だった。


 地を揺るがす、咆哮。


 音の塊が耳朶を打った。まるで怒り狂った何者かが喚き散らすような響きにも似ていた。


「な、なによ!?」

「今のは何だ!?」


 周りにいた村人も、行商隊の商人も、その音の大きさ、そしてそんな音を出せる存在に恐怖した。


「大丈夫か、リズ」

「う、うん、ちょっと耳がきーんとするけど」


 強く怒りに満ちた音の色に圧倒され、地面へとへたり込むリズを支えるクゥロ。力仕事で硬くなった、しかし小さな手がかたかたと震えていた。


「ねぇ、とーや、あれ見て!」


 本能的に身構えたメアが、虚空を指差す神々の住まう山々が立ち並ぶ、遙か上空にそれはいた。リリーは呆然と呟く。


「……ドラゴン……」


 災厄が、雄叫びを上げた。

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