012.『大魔導士の弟子』
例え日中暖かくとも、太陽が落ちた後の野外は思っている以上に冷え込む。室内で過ごす場合には然程問題は無いが、目的地を目指して冒険をする上で野営は避けて通れない。
日の落ち切る前に、比較的安全に野営が出来る場所を見つけ、焚き火に使う枯れ木や飲み水の確保、寝床の準備をし、火を絶やさぬようにして一晩過ごすのが一般的だ。
夜は見通しも悪く、そんな時に夜行性の魔物と遭遇すると昼の何倍もの苦労を強いられる。幸いな事に、大体の魔物は火を怖がる性質にある為、焚き火を絶やさなければ襲れる事は滅多に無い。
ただ、夜通し焚かねばならない為、冒険者達は見張りを交代しながら休息を取るのだ。
「……」
「……」
そんな、野営中の見張り番をしている男女が二人。何を話すでも無く、互いに焚き火をぼーっと見つめていた。他の二人は枯れ草を敷いた粗末な寝床に、外套を包まって仮眠を取っている。
まだ見張りを始めて、月の位置が数度登った程度の時間しか経っていない。まだこのパーティに入って日が浅い少年は、つまらなそうに焚き火を見つめる小妖精の少女の顔をちらちらと見つめては焚き火に視線を戻す、を繰り返していた。
「なによ?」
「いや、夜の時間は暇だなって」
これが今近くで寝ている二人ならばもう少し話も弾み、少しは緊張も解れるのだが、今対面している女の子とはまだ上手くコミュニケーションが取れていない。元々話下手な上に、女の子のつっけんどんな物言いや振る舞いに、どうしても一歩踏み込んだ対応が出来ない。
これも冒険者として慣れなければいけない事か、と少年は心の中で深い溜息を吐いた。
「なぁ」
「なによ」
「君が生まれた所はどんな所だったんだ?」
「なんでそんな事、あんたに言わなきゃいけないのよ」
取り付く暇も無く、返される。いつもの事ながら心が折れそうになるが、ここでめげてはダメだと少年は自分に言い聞かせる。
「俺は皆と知り合ってから日が浅いから、こういう時間に余裕のある時に色々聞いておきたいと思って」
「……ふん」
「ダメかな」
ぱちぱち、と焚き火にくべた枯れ木が弾ける音が辺りにこだまする。少女は何も言わない。またダメだったか、と思いながらも我慢強く待ち続ける。
「……ま、いいわ、夜長の暇潰しくらいにはなるでしょ」
はぁ、と聞こえるような溜息を一つ吐くと、少女は雲一つ無い夜空を見上げた。
「あたしが育ったのは、東の方にある樹海の奥の村よ。小妖精達の間じゃ、世界樹の芽吹く村と呼ばれてたわ」
「それは大層な名前だな」
「同感ね。確かに世界樹の新芽はあったけれど、小妖精達が何かした訳じゃないわ。ただ、そこに住んでいただけ。知らないと思うけど、世界樹の新芽が出るには良い土壌が必要なのよ。野菜を育てるのにも適した、ね。だからたまたま住んでいた所に、たまたま新芽が芽吹いて、って感じ」
「そうか……そこでの暮らしはどうだった?」
「楽しかったら、こんな風に冒険者やってないわよ。退屈だったわー、何もかも。日を浴びて、風に揺られ、水辺で涼み、土と戯れ……まるで植物にでもなったみたいに」
「まるで仙人みたいな生活だな」
辟易したように眉根を寄せて少女は呟く。
「他の小妖精達はそれで満足していたし、あたしも退屈だけどこんなもんだろう、なんて思ってたわ。小妖精の村は閉鎖的で、外の世界の話なんて老人達の御伽話でしか聞いた事無かったし、今思えば狭い世界で生きていたわね」
「それが、どうして冒険者に?」
確信に迫った物言いに言葉を発した少年自身、不躾だったか、と思ったが、存外気にする事なく、少女の唇は動く。
「ある日ね、村に冒険者が訪れたの。数十年振りの外部からの人間よ。村の物は煙たがってたけど、あたしは好奇心を抑えきれなくてぐいぐい話しかけに行ったの。魔導士の女性でね、世界を気ままに旅してると言ってたわ」
「その人に、魔法を教えて貰ったのか?」
「そうよ。魔法だけじゃない、外の世界の事を沢山教えてくれたわ。赤く燃える大地、空飛ぶ魚、凍ったまま流れる川……彼女との話はいつだって刺激的で、話を聞く度にどんどんと外の世界への興味が膨らんでいったの」
話を聞きながら、少年が鍋で沸かしたお湯をカップで掬い取り、その中に茶葉を直接放り込んだ。二つ用意したカップの内、一つを少女に渡した。
一口付けて喉を潤した少女は、小さく礼の言葉を述べた。
「家族や村の人には反対されたわ、危ないって。でも何年も彼女から教わった魔法を練習し続けたら、いつの間にか誰よりも魔法を扱えるようになっていてね。もう怖い物なんてないって気持ちで村を飛び出したの。それで冒険者やってるって訳」
「そうだったんだ、確かに君の魔法は凄いからね」
昼間の戦闘を思い出す。小鬼の群れに対して、初手から炎の嵐を吹かせて壊滅状態にしたりと大活躍だった。
「……あんたは?」
「俺?」
「人には話させておいて、自分の事は話さないつもり?」
不機嫌そうにカップの中身を啜りながら、此方を見る少女の頬が微かに赤いのは、自分でも話し過ぎたと思ったからだろうか。
「君みたいに素敵な話じゃないよ」
「あたしだけ身の上話すのが不公平よ。ここまできたらあんたも話しなさい」
「……分かったよ」
暫く焚き火の様子を眺めていた少年が、徐に話し出した。
「俺の父さんは、産まれる前にもう亡くなっていて、物心ついた時から母さんと二人暮らしだった。その母さんも、俺が小さい頃に病で死んじゃってね」
「……」
「村の人達は独りになった俺に良くしてくれた、特に隣に住んでいたおじさんおばさん達には、本当の家族みたいに接してくれてた。でも」
「でも、なによ」
「……なんだろう、居心地が悪い、じゃないけど。このまま甘えてていいのかなってずっと思ってたんだ。勿論、村の仕事の手伝いをしたりしてタダ飯喰らっていた訳じゃないけどさ。ここに居ていいのか、そんな事ばかり考えてたりもした。だからかな」
思い返しても無謀な選択をしたもんだ、と苦笑いが込み上げてくる。
「どうせ独りなんだから、一人で生きて行こうって思ったんだ」
少年は何の負い目もなく、言い切った。少女はじっとその顔を見つめていた。
「村に来ていた行商人のおじさんに頼み込んでね、手持ちの物をお金に換えて、そのまま同行させて貰ったんだ。直接言ったら反対される気がして、手紙を幾つか残しておいて。それで俺でも出来る仕事を、と思って冒険者になって」
「あたし達と知り合ったって事ね」
「そういう事、あんまり面白い話じゃなかっただろ?」
少女も何も言わなかった。何も言わず、少し温くなったカップの中身を飲み干す。暫く、沈黙が続いた。少年は時々焚き火に枝を放り込んだ。
「ねぇ、あんたって、魔法適性あるんだっけ」
「一応。でも講習を受けるには金も無いし、受けて使い物になるかも分からないから後回しにしてるよ」
「あたしが教えてあげるわ」
その沈黙を破った少女の提案に、少年は驚いて腰を上げ掛けた。
「い、いいのか?」
「あんたが私の負担を減らしてくれるなら、あたしも楽出来るし、構わないわ」
信じられないものを見る目で見てくる少年に、少女は手元の木の枝を放り投げた。
「いてっ」
「てかあんたさー、本当一人上手よね。いや、下手なのかも。何でも自分でやろうとして結局自滅するタイプ」
「……そうかな」
「そうよ、騎士気取って、敵を一人で抱えて対処し切れないんじゃ本末転倒じゃない。あんた、前衛よりも中衛って感じなんだから、上手く敵を捌きなさいよ。回復担当に負担掛けさせ過ぎないの」
「うっ……何も言い返さない」
目に見えて落ち込む少年の様子がおかしかったのか、少女はけらけらと快活に笑った。
「他人に頼る事覚えなさいよ。あんた一人で出来る事なんて少ないんだからさ。ただでさえ短い人生、一人で立ち回ってたら何も出来ないわよ?」
「それ、ブーメラン」
「煩いわね」
軽口の応酬に、少年の口元に笑みが溢れる。少女は確かに口は悪いが、こうやって雰囲気を明るくさせる何かを持っていた。
「ここに未来の大魔導士がいるんだから、頼りなさいよ」
「……はは、そりゃ、教えを乞わないと勿体ないな」
「あたしが教えるからには最後まできっちりやるから、ちゃんとついてきなさいよ」
「分かった分かった、明日から宜しく頼むよ」
「任せなさい」
気付けば、月は頭上へと歩みを進めていた。そろそろ見張り交代の時間だ。立ち上がり、大きく伸びをする。良い時間を過ごせたという充実感があった。
ふと少女を見ると、今まで見た事の無い、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「途中で見捨てたりしないから安心して頼りなさい。あんたはこれから、あたしの弟子なんだから」
「……有難う、師匠」
◆◇◆◇
神々の住まう山を眼前に見渡せる程、奥深く入り込んだ川辺で一人、クゥロはゆっくりと魔力を練っていた。
ゆっくりと、深く呼吸をする。
息を吸う時は、空気中に微量に含まれる魔力を体の中に取り込むように。
息を吐く時は、自身の体の奥にある魔力を、ゆっくりと紡ぐように。
そうして混ざり合い、自身の中で溢れ返る魔力を感じる。純度を増すごとに、細胞の一つ一つが活性化されていくようだった。
今クゥロが行っているのは魔法を使う前のデモンストレーション、例えるならば準備運動のようなものだ。自身の魔力を感じる事で、より精度の高い魔法を行使する事が出来る。更に言えば魔力を体全体に行き渡らせる事で魔力行使にかかる負担も抑えられる。
ゆっくりと、クゥロは右手を前に差し出した。軽く開かれた掌の、もう一つ先の空間にゆっくりと魔力が集まる。空間が揺らぎ、十分な魔力を得た後に、ぼぅ、という音共に小さな火が空中に灯った。
最初は蝋燭程の大きさだったそれは、ゆっくりとその体積を広げ、クゥロ自身をも包み込む程の大きさの火球へと変わる。轟、と燃え盛る真っ赤な火球は尚も勢いを増す。
クゥロが、右手を微かに握り締めた。膨れ上がった火球は勢いをそのままに、ゆっくりと密度を増していく。熱量が上昇していきながらその体積はどんどんと小さくなり、あれだけ大きかった火球がクゥロの掌のサイズへと縮小した。
白けた橙色から、透き通った青の炎へと変わった火球は、先程までの勢いとは打って変わり、ただ静かに燃えている。この圧縮された火球を放てばどうなるかをクゥロはこの目で見て、よく知っていた。
橙色の大きな火球が全てを包み込んで焼き尽くすのならば、青色のこの火球は触れるもの全てを融かす。あまねく全てを平等に、骨灰塵すら残さない。
見入ってしまう程、美しく燃える青の炎。
暫く空中で維持をしていたが、クゥロが再度ゆっくりと魔力を送り込み、相殺させると音も無く消えた。魔法が行使された高濃度の魔力残滓と一気に跳ね上がった気温だけが名残だ。
魔力を行使したクゥロは額から汗を一筋、それを拭わずに川へと近付くと、神々の住まう山から流れ出る冷たい川水を一掬い飲み、ほぅ、と息を漏らした。
「まだまだ、だな」
そう言いながらもどこか嬉しそうに微笑むクゥロの表情は、まるで子供のようだった。




