19・氷の令嬢と料理ギルド(エリシアSIDE)
──時間は少し遡って。
これは私──エリシア・グランフォードが公爵家の仕事で、王都へ滞在していた時の話だ。
王都での日々は、息が詰まるような予定の連続だった。
ベルナードでの領地関係の視察報告を済ませた後も、連日のように退屈な夜会に駆り出される。
そこにあるのは、貴族たちの腹の探り合いと、味のしない料理ばかり。
『よりみち亭』の温かく騒がしい空気が、そしてタクミの作ってくれるほっとするような料理が、痛いほどに恋しかった。
そんな王都滞在も終盤に差し掛かったある日のこと。
部下の一人が持ってきた予定表の中に、ある一つのスケジュールが組み込まれていた。
『王都料理ギルド本店での会食』
料理ギルド。
忘れるはずがない。
それは、タクミを「高級料理を作れないから」というくだらない理由で解雇した、忌まわしい組織の名だ。
現在、料理ギルドは最高の栄誉である『三つ星ギルド』の獲得を目指し、貴族向けの高級料理に力を入れているのだいう。
そこで、王都でも有数の権力を持つグランフォード公爵家の私に、自慢の料理を食べてもらい、その評価を後ろ盾にしたいという思惑があるってところでしょうね。
「くだらないわ」
予定表を見つめ、そう吐き捨てる。
タクミを理不尽に追い出した人物がギルド長を務めていると知っている以上、あんな料理ギルドに良い印象など微塵も持っていない。
正直なところを言うと、怒りに任せて招待を蹴り飛ばしてやりたたかったわ。
でも、私は公爵令嬢。私情だけで他者の招待を無碍にするわけにはいかない。
それに……タクミを「庶民の餌しか作れない」と切り捨てた彼らが、一体どれほど素晴らしい料理を作るというのか。純粋に興味が出た。
「いいわ。料理ギルドがどんな料理を作るのか、正当に評価してやろうじゃない」
私は口角を上げ、王都の中心にそびえ立つ料理ギルド本店へと足を運んだ。
◆ ◆
豪奢な装飾が施された料理ギルド本店の入り口に着くと、丸々と太った男が愛想笑いを浮かべて、私を出迎えた。
「おお、エリシア様! 本日は我が料理ギルド本店へ、ようこそお越しくださいました!」
──彼が料理ギルドのギルド長、グレゴールである。
「現在、我がギルドは『三つ星ギルド』の獲得を確実なものとすべく、至高の高級路線を突き進んでおります! 本日は、選りすぐりの超一流シェフたちが、エリシア様のために腕によりをかけた特別コースをご用意いたしました。どうか、存分にご堪能ください!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
どす黒い感情に蓋をして、にっこりと返事をする。
私の機嫌がいいと受け取ったのでしょう、グレゴールはニタアッと気色悪い笑みを浮かべて、私を店内へと招き入れた。
そして私が案内されたのは、最上階の最高級個室だ。
贅を尽くした悪趣味な調度品が並んでおり、目がチカチカする。
私が席につくと、グレゴールが指を鳴らし、それを合図として個室に次々と料理が運び込まれてきた。
「こちらは、幻の魔獣と呼ばれるシルバーボアのロースト、希少なトリュフのソース添えでございます。そしてこちらは、深海から取り寄せた高級魚のポワレ、金箔をあしらった特製ブイヨン仕立てで──」
グレゴールが得意げに説明する。
確かに、使われている食材はどれも目を見張るような高級品ばかり。
金箔や色鮮やかなソースで美しく飾り立てられた皿は、まるで宝石箱のように煌びやかだった。
……料理というより、まるで高級な置き物ね。
内心でそう溜め息を吐きつつ、私は無言のままフォークとナーフを手に取る。
「さあさあ、エリシア様、お召し上がりください。どれも、我がギルド自慢の一品です」
「ありがとう、頂かせてもらうわ。じゃあ、早速……」
シルバーボアを一口サイズに切り分け、ゆっくりと口に運んだ。
「…………」
続けて、高級魚のポワレも、特製ブイヨン仕立ても、一つずつ確かめるように咀嚼する。
「いかがですかな? 我がギルドの至高の一品たちは!」
グレゴールがそう問いかけてくる。
しかしその表情からは、自信のほどが窺えた。答えなど、もう決まりきっている。エリシア様はきっと絶賛してくれるはずだ……と。
私は眉一つ動かさず、口元をナプキンで拭きながら、彼にこう告げた。
「薄っぺらいわね」
そう言った瞬間、グレゴールが「へ?」と目を丸くする。
「エリシア様、今なんと……」
「薄っぺらいと言ったのよ」
耳が遠いグレゴールのために、もう一度言ってあげる。
確かに高級料理の数々は、それなりに私の舌を満足させるものではある。
だが、ただそれだけ。
シルバーボアの肉は噛み切りにくい筋が残り、奥の方に微かな魔獣特有の臭みが抜けきっていない。
スープのベースとなるブイヨンも、表面的な味付けが濃いだけで、舌の奥に残るような深いコクや旨味が感じられないのだ。
「肉の筋切りや灰汁取り、下処理が不十分なんでしょうね。不味い……とまではいかないけど、私にしたら味がしないガムを噛んでるようなものよ」
素直に感想を伝えると、グレゴールはなにも言葉を返せないのか、唖然とする。
タクミが作ってくれた料理は、もっとすごかった。
彼が作るものは、ここに出された料理のように高級な食材を使っているわけではない。貴族の中には顔を顰めて、口にしない者も多いだろう。
だが、タクミの料理は一口食べるだけで、素材の旨味がじゅわっと口いっぱいに広がり、心まで温かくなるような深みがあったのだ。
タクミが以前、「料理ギルドでは仕込みもやっていた」と言っていたことを思い出す。
きっと彼は、誰もがあまりやりたがらないような地味で手間のかかる下処理を、丁寧にこなしていたのだろう。
そのタクミがいなくなって、ここの料理の味が落ちたと聞かされれば納得だ。
「味に深みがない。だから、『薄っぺらい』と言ったまでよ。分かったかしら?」
「バ、バカな! これは最高級の希少な食材をふんだんに使った料理ですよ!? そんな評価になるはずが……」
「高級な食材を使ってるだけで、『三つ星ギルド』を獲得できるなら、世の資産家はみんな凄腕料理人なんでしょうね」
ごちそうさま──。
顔色を赤から青、そして土気色へと目まぐるしく変えるグレゴールにそう言い放って、席を立つ。
「こんなハリボテのように薄っぺらい料理で『三つ星ギルド』を狙うだなんて、笑止千万。あなたのギルドには、料理の土台を支える本当の技術を持った料理人が、一人もいなかったようね」
高級食材を使えば美味しい料理が出来るわけではない。
大事なのは、食材を調理する料理人の技術や食べる人への思いやり。それらが欠け落ちているここの料理は、ただ見栄えを良くしただけの置き物だ。
私の容赦のない指摘に、グレゴールはワナワナと肩を震わせる。
「お、お待ちください、エリシア様! これはなにかの間違いで……!」
「帰るわ」
すがりつこうとするグレゴールを一瞥もせず、私はその場を後にした。
「くっ……! おのれ……おのれぇぇぇっ! どうして、このようなことになるのだああああ!」
背後から、グレゴールの悔しさに満ちたうめき声が聞こえてきたが、振り返る価値すらない。
──タクミの料理の価値が分からない組織なんて、やっぱりこの程度の料理しか作れないのね。
そして私は足早に廊下を歩きながら、早くも確信していた。
中途半端な三流の料理しか作れない料理ギルドは、いずれ自滅するだろうと。
そして、それと同時、私の中である思いが強く湧き上がってきた。
「……早く、ベルナードに帰りたい。タクミの料理が食べたいわ」
そう小さく呟く。
王都での生活は息苦しかったが、そろそろベルナードに帰れる。『よりみち亭』に帰ったら、なにを食べようか?
先ほどまで最高級の食材があしらわれた料理を食べていたというのに、すでに頭の中は『よりみち亭』の庶民的な料理と、タクミの笑顔で埋め尽くされていた。
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