1・料理ギルドをクビになりました
「高級料理を作れない料理人など必要ない! 貴様は本日をもってクビだ!」
王都の中心にそびえ立つ、巨大な料理ギルド本部。
その最上階にある豪奢なギルド長室で、ギルド長グレゴールの怒声が響き渡った。
一方の俺──タクミは、そのヒステリックな声をどこか他人事のように聞いていた。
「クビ、ですか。一応、理由をお聞きしてもいいですか?」
冷静に問い返すと、グレゴールは顔を真っ赤にしてバンッと机を叩いた。
「貴様の存在そのものが問題なのだ! 我々料理ギルドは現在、優れた料理組織にしか与えられない最高の栄誉『三つ星ギルド』の称号を獲得しようとしていることは知っているな?」
「はい」
そう頷く。
料理ギルドとは、王都に本部を置く巨大な料理組織のようなものだ。
王都内に無数の直営店や系列店を抱え、食材の仕入れや料理人の派遣、新メニューの開発などを取り仕切っている。
本部自体も料理店として営業しており、一般客から貴族まで多くの客を迎えている。
「そのため、下品極まりない庶民の餌しか作れない貴様は邪魔なのだ。安っぽい香辛料を使った脂っこい肉料理だの、出汁などという泥水のようなスープをいつも作りおって……」
グレゴールが嫌悪で顔を歪ませる。
彼が「下品極まりない庶民の餌」と吐き捨てたのは、俺が賄いとして作っていた料理のことだろう。
下働きの人からは、「こんなに旨いものを食べたのは初めてだ!」と絶賛されていたが、高級食材を皿に美しく盛り付けることしか頭にないこの男にとって、俺の庶民的な料理は評価の対象にすらなっていないのだ。
……まあ、いいか。
むしろ好都合。
王都の料理ギルドといえば聞こえはいいが、実態は劣悪な環境で俺のような末端の料理人を使い潰すブラックな職場である。
実際、朝五時から深夜二時まで働かされたし、月の一度の休みすらろくに取ることが出来なかった。
ここでこれ以上心身ともにすり減らすくらいなら、いっそクビにしてくれた方がよっぽどマシだ。
俺は小さく息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「分かりました。ギルド長がそうおっしゃるなら、謹んで受け入れます」
「ふん、最初からそう言って頭を下げていればいいのだ」
グレゴールが鼻を鳴らす。
「貴様のような高級料理を作れない下賤な料理人を雇ってくれるところなど、この王都にはどこにもないだろう。せいぜい路地裏で残飯でも漁るんだな」
続けて、グレゴールは座っていた椅子にふんぞり返る。
彼にとって、俺をクビにすることは既定路線なのだ。
内心呆れつつ、すぅーっと息を吸ってから、俺はこう告げた。
「では、雇用契約書の第十七条に基づき、退職金を請求します」
「……え?」
グレゴールがきょとんとする。
「な、なんだと!? 貴様、我が料理ギルドの信頼を失墜させておきながら、退職金まで要求するつもりか!」
「はい。契約書にはっきりと記載されていますから。『ギルド側の都合による一方的な契約解除の場合、退職金を上乗せして払うこと』と」
俺が笑顔で告げると、グレゴールが顔を真っ青にする。
彼が、契約書をよく読まずに適当にサインをしたことは知っている。
俺のような末端の料理人が歯向かってくるとは、夢にも思っていなかったんだろうな。
こんなこともあろうかと契約書を隅々まで読み込んでおいたのが、役に立った。
「ふざけるな……! 貴様のような能無しに払う金など一枚たりとも……」
「払っていただけないんですか? でしたら、王都の裁判所に訴え出ます。『三つ星ギルド』獲得を目指しているギルドが、労働規約違反で訴えられたとなれば、審査にどう響くんでしょうね?」
「くっ……!」
グレゴールは奥歯をギリッと鳴らす。
『三つ星ギルド』の称号は、グレゴールの悲願だ。そこを突っ込まれるのは、彼にとっても苦しいところだろう。
「この、恩知らずの守銭奴が……! まあいい。これは手切れ金だ。さっさとそれを持って、私の目の前から消えろ!」
グレゴールは金庫から乱暴に袋を取り出して、机にドンッと激しい音を立てておいた。
俺は中身を確認し、きっちり規定の金額が入っているのを見届けると、深く一礼する。
「ありがとうございます。では、今までお世話になりました」
そう言って、俺はグレゴールの前を後にするのであった。
◆ ◆
ギルド本部を出ると、外はすっかり夕焼け空になっていた。
石畳の通りには馬車が行き交い、商人たちの活気ある声が響いている。いつもなら足を引きずって買い出しにまで出かける時間だが、今日は羽が生えたように体が軽い。
「俺は自由だああああああ!」
思わず叫んでしまった俺を、行き交う人々が怪訝そうな目で見る。
職を失った絶望? 路頭に迷う悲哀?
そんなもの──今の俺には微塵もない。
いずれ、こんな職場からは逃げ出すつもりだった。
今までそうしなかったのは、ギルド都合による退職の方が、退職金を多くもらえること。もう一つは、こんな俺でも慕ってくれる客や下働きの人がいたので、そんな彼らを裏切ることに抵抗があったからだ。
しかし、グレゴールから解雇を告げてくれたのなら、もう迷うことはない。
「これから、どうしようか」
歩きながら考える。
高級食材を無駄に飾り立てるだけの料理。ただひたすらに利益と評価を求める上層部の指示に従うだけの毎日。
別に料理自体が嫌いになったわけではないが、そんなのは俺がやりたかったことじゃない。
「俺はただ、安くて美味い飯を腹いっぱい食べてもらって、みんなに笑顔になってほしい」
……よし、決めた。
俺はかねてから夢があった。
それは料理ギルドを辞めたら、小さな『大衆居酒屋』を開こうと思っていたのだ。
キンキンに冷えたビールに、熱々の唐揚げ。疲れた人々が少ないお金を片手に、癒しを求めて暖簾をくぐる。
そんなお店を、自分の手で持ちたかった。
幸い、ここに退職金という名のまとまった資金がある。これだけあれば、小さな大衆居酒屋くらいなら開くことが出来るだろう。
とはいえ、物価が高く、ギルドの息がかかっている王都でお店を開くのは現実的ではない。お店を開くのは、王都から離れたのどかな田舎町がいい。
新鮮な野菜や肉が手に入り、人々が素朴にのんびりと暮らしている場所。そこでなら、きっと俺の理想の大衆居酒屋を作ることが出来るはずだ。
「そうと決まれば、善は急げだ。まずは王都を出る準備から始めないとな」
これからの新しい生活を想像すると、自然と口角が上がってしまう。
退職金の入った袋をしっかりと握り直し、俺は未来への期待に胸を膨らませるのであった。
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