違和感
次の休みの日、ラルローディアは、久しぶりにジェルナドーレ伯爵邸の門をくぐった。
広大な敷地、手入れの行き届いた庭園。生まれ育った場所ではあるが、いつまで経っても懐かしい実家とは思えないでいた。
「ラルローディア、生きて戻ったか」
執務室で仕事をしていた父は、そっけない一言で、息子を出迎えた。
「はい」
「詳しい話は後日、書面で報告書として上げておけ。今は、他に片付けねばならない案件がある」
「かしこまりました」
通常通りの、親子というよりまるで主従のようなやり取りだった。物心ついた時から、ずっと、この距離感が「普通」なのだ。
「それより、お前も、そろそろ身の振り方を考えねばな」
伯爵は、書類から目を上げることなく、続けた。
「後継の話は、いつまでも先延ばしにはできん。婚姻についても、然るべき相手をこちらで選定しておく」
その言葉に、ラルローディアは、内心僅かに眉を寄せた。まだ父上に話すのは早いと思っているからだ。
「その件については、少し、時間をいただきたく」
「時間? いつまでだ」
「…」
歯切れの悪い返答に、伯爵は僅かに顔をしかめたが、それ以上は追及してこなかった。
応接間を出ると、廊下の向こうから、義理の母――ミレイユが、こちらへ歩いてくるのが見えた。
「まあ、ラルローディア様。ご無事で、何よりですわ」
にこやかな笑みを浮かべているが、その目の奥には、常に値踏みするような冷たさがあった。ラルローディアと同い年のこの女性とは、これまで、一度も、心を開いた会話をしたことがなかった。お互い常に距離を持って接しているからだ。
「ご心配をおかけしました」
「ええ本当に。伯爵家の後継者に何かあっては、大変なことですもの」
その言葉の裏に、何が隠れているのか、ラルローディアには、はっきりとは分からなかった。ただ、彼女がこの家に来てから、常に感じ続けてきた薄い敵意のようなものが、今日も変わらずそこにあった。
「兄上!」
不意に廊下の奥から、小さな足音が駆けてきた。
「兄上、お帰りなさい!」
五歳になる異母弟が、満面の笑みでラルローディアの足に抱きついてきた。その後ろから、三歳になる下の弟も、一生懸命追いかけてくる。
「……ただいま」
ラルローディアは、僅かに表情を緩めると、二人の頭をそれぞれ軽く撫でた。この二人だけは、家の中で唯一何の裏表もなく、自分を慕ってくれる存在だった。
「兄上、もうお怪我、治ったの?痛くない?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「よかった! ずっと、心配してたんだよ」
無邪気な言葉に、ラルローディアの胸が僅かに温かくなる。ミレイユは、その様子を、少し離れたところから、静かに見つめていた。
自室に戻り、一人になったところで、ラルローディアは、目を瞑り深く息を吐いた。
――どうも、調子が良くない。
理由は全く分からなかった。ただ、いつもこの家に足を踏み入れると、微かな重さを感じる。倦怠感というほどではないが、何か、目に見えない澱のようなものが、少しずつ、体に溜まっていくような感覚。
とりあえず明日にでもこの違和感の正体を、突き止めるよう動いてみようと考えたのだった。




