父の命
「父さん……!」
リーヴァは、椅子に座っていたダンドを見つけると、走って近寄ると、立ち上がったダンドの胸に飛び込んだ。
「……っ……」
これまで抑えていた気持ちが噴き出すかのようにこらえ涙が溢れ出した。ここまでの数ヶ月、聖女としての慣れない生活、妊娠という大きな出来事、そして誰にも打ち明けられない不安。それら全てが、父の顔を見た瞬間、一気に緩んでいくようだった。
ダンドは、何も言わず、ただ、娘を優しく抱きしめ、リーヴァが泣き止むまで背中をゆっくりとさすり続けた。
「……大変だったな」
ようやく、そう、ぽつりと口にした。
「うん……うん……」
リーヴァは、何度も何度も頷いた。
「無理して笑ってたんだろう、手紙にも」
「……なんで分かったの?」
「父親だからな、生まれた時から見てるんだ。」
ダンドは、優しくリーヴァの頭を撫でた。
しばらくして、リーヴァが落ち着きを取り戻すと、ダンドは、リーヴァをソファに座らせ、自分も隣に腰かけると、真剣な顔で尋ねた。
「あいつには、伝えたのか」
その問いに、リーヴァは、静かに首を振った。
「……まだ」
「なんでだ」
「神官長様に、言われたの。子を宿したことが公になれば、色んな人を巻き込むことになる、って。王様にまで話がいくって…だからラルの立場も、危うくなるかもしれないんじゃないかって思って…」
言葉にするほど、その重みが、また胸にのしかかってきた。
「だから……状況が落ち着くまでは、言えない。言っちゃいけない気がして」
ダンドは、しばらく、黙って娘の話を聞いていた。それから、大きく息を吐くと、口を開いた。
「リーヴァ」
その声は、いつになく、真剣だった。
「父親が、自分の子供のことを知らないまま過ごすってのは、あまりにも、悲しすぎる」
「でも……」
「俺は、親バカだからな、子供は世界で一番大事なんだ。…アイツもそうだろうよ」
ダンドはそう言うと、少し、はにかんで笑った。
「俺はただの漁師だ、だから難しい理屈は、よく分からん。だが、国がそんな簡単に、母親と子供を引き裂くはずがない。この国はそんな国じゃないんじゃないか?」
その言葉に、リーヴァは少し心が軽くなった。
「リーヴァ。俺に孫ができるんだぞ」
ダンドの目が、僅かに潤んでいた。
「こんなに、嬉しい話はないんだ。それを、一人で抱え込ませちまって……悪かったな」
「父さん……」
「お前は俺の命なんだ。母さんにも幸せにするって約束したしな。忘れんなよ、いつでも俺が守ってやる」
「うん……」
「まぁ…アイツもおんなじ気持ちだろうから、きちんと話をしないとな」
その言葉が、リーヴァの胸に、静かに染み渡っていった。
しばらく二人は、他愛のない話をして過ごした。村の様子、畑の作物の出来、彼女との近況。少しずつ、いつもの穏やかな空気が、戻ってきた。
「おっと、そろそろ行かねぇとな。船の時間もある」
ダンドは、名残惜しそうに、腰を上げた。
「また、会いに来るからな。無理はするなよ」
「うん」
「体、大事にしろよ。お腹の子のためにもな」
そう言い残すと、ダンドは、豪快な笑顔を見せながら、部屋を後にした。
ダンドが帰ったあとも、父親からの優しい言葉ひとつひとつが、静かに確かな温もりとして残っていた。




