父子
妊娠の事実を知ってから、不思議なことに世界の見え方が変わった。
神殿の窓から差し込む光も、廊下に飾られた花も、これまでよりずっと色鮮やかに映る。忙しい聖女としての務めの合間にも、ふと気づけば、自分のお腹に手を当ていた。
(一人じゃない…)
その感覚が、これまで、誰かを支える側でしかなかった自分が、今守るべき小さな命に支えられているような気がしていた。
だが、その温かさの裏側で、消えない不安も確かに存在していた。
(ラルに、伝え…る…)
国中に名を知られた英雄。その彼が、婚姻を許されない聖女に子を宿させた。もし、それが公になれば。
彼の功績も、地位やこれまで積み上げてきたもの全てに、傷がつくかもしれない。想像するだけで、リーヴァは恐ろしさを感じた。
『分かるな』
大神官の言葉が、繰り返し響いていた。国王にまで話が及ぶという、この事態の重さ。自分の存在一つで、どれだけの人を巻き込むことになるのか、想像することすら怖しかった。
迷惑はかけれない…
少なくとも、今は。もっと状況が落ち着いて、迷惑をかけない生き方を…道筋が開けるまでは。
そうやって毎日考えていたものの、この事実をひとりで抱え続けるのはとても耐えがたいものだった。
何日も、何日も悩んだ末、リーヴァは、机に向かった。白い便箋を前に、少し書き出しては悩み、それでも自分の正直な思いを伝えたかった。
お父さんへ
お父さん元気ですか、村のみんなも元気ですか?
私は毎日、村とは違う形の癒やしのお仕事をしています。
この前立ちくらみを起こして倒れてしまい、その時に自分に赤ちゃんができた事がわかりました。神官長様から、家族だけには知らせても良いと言われたので、お父さんに手紙を書くことにしました。
驚かせてごめんなさい。でも元気なので心配しないでね。
村のみんなによろしくね。
リーヴァ
なるべく心配をかけないよう、なるべく明るく、そう考えながら、短い文章を書き終えると、リーヴァはその手紙をそっと封じた。
手紙を送ってからも、毎日の忙しさに引っ張られないよう体調を整えながら働いていた、約一月ほどが経ったある日のことだった。
「聖女リーヴァ様、面会の方がいらしています」
神官のその言葉に、リーヴァは、驚いて顔を上げた。神官に連れられ、面会室に入ると、そこには日に焼けた、見慣れた顔が座っていた。
「父さん……!」
「よう、リーヴァ」
ダンドは、いつもの豪快な笑顔を浮かべていた。
神官は二人を部屋に残すと、ゆっくりと部屋から去って行った。




