逆じゃない?
翌朝、リーヴァはいつも通りに朝食の準備をしていたが、いつも通りとはいかなかった。
「……おはよう」
「っ、おはよう」
ラルローディアが部屋に入ってきただけで、思わず持っていた皿を落としそうになる。慌てて両手で抱え直すと、湯気の立つスープが少しだけこぼれた。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫! 全然大丈夫だから!」
早口でそう言いながら、リーヴァは視線を合わせられずにいた。昨日、あの腕の中で感じた鼓動が、まだ胸の奥に残っている気がした。
一方のラルローディアは、まったく普段通りだった。いや、普段よりも、幾分か穏やかな顔をしていた。
「今日も、往診について行っていいか」
「う、うん。いいけど……」
「なら、決まりだな」
そう言って、当たり前のように微笑む。その笑顔に、リーヴァはまた視線を逸らしてしまった。
――なんで、そんなに堂々としていられるの。
抱きしめたのは、彼の方だったはずだ。それなのに、動揺しているのは自分ばかりで、なんだか釈然としなかった。
往診に出ると、事態はさらに悪化?した。
「あら、今日も一緒なのね」
薬草を届けに寄った家で、老婆が意味ありげに笑いかけてくる。
「昨日、家の前を通ったら見えちゃってねぇ。仲良く抱き合ってるとこ」
「なっ……!」
リーヴァの顔が、一瞬で赤く染まった。
「な、なんでもないんです、あれは、その」
しどろもどろになるリーヴァの隣で、ラルローディアは、特に慌てる様子もなく、静かに頷いた。
「大切な人だからな」
「ちょっ……」
さらりと放たれたその一言に、老婆は嬉しそうに笑い、リーヴァは今度こそ、言葉を失った。
「い、行きましょう! 次のところ、待ってるから!」
逃げるように歩き出すリーヴァの後ろで、ラルローディアがクスリと笑った。それすら今は、恥ずかしくて振り返れなかった。
その日の夜、リーヴァは一人、本棚を漁っていた。
母が遺した治癒師としての記録――薬草の使い方や、症状ごとの対処法をまとめた古い帳面が、いくつも重なって置かれている。その中に、呪いに関する記述がないか、調べるつもりだった。
(全部の力を使わなくても、解く方法があるかもしれない)
昼間の恥ずかしさとは別に、リーヴァの心には、もう一つの焦りがあった。ラルローディアの中に残る呪い。あのまま、放っておいていいはずがない。
けれど、母の帳面をどれだけめくっても、それらしい記述は見つからなかった。
「……ないなぁ」
深く息を吐いて、帳面を閉じる。窓の外はすっかり暗くなっていた。
(もっと、調べないと)
昼間、堂々と「大切な人だ」と言ったラルローディアの顔が、ふと頭に浮かんだ。頬が、また熱くなる。
――今は、それどころじゃないのに。
そう自分に言い聞かせながらも、リーヴァはしばらくの間、暗い天井を見上げたまま、動けずにいた。




