成人式を受けよう
シスターに促されるまま教会の中へと足を踏み入れると、早朝の所為か人の気配も少なく、しんとした静寂が漂う大きな広間へと出た。
その静寂と、厳かな雰囲気とでも言うべき物が身を包み、ここが宗教施設なのだな、と認識させられる。
長方形の広間には規律正しく長椅子が並べられ、その先には教壇らしき物がある。
その教壇の背後には、教会のシンボルとされる聖樹を象った大きなステンドグラスがあり。
そこから溢れる様に差し込む光が、淡く教会内を照らして、部屋全体に施された秩序と安息を現すかの様な装飾を浮かび上がらせる。
それらの演出的な雰囲気と、頑丈な石造りの建物という分厚い囲みが、外界とは切り離された別世界の様な感じを強くさせた。
宗教施設とテーマパークって、こういう雰囲気作りが大事とか言うよな。
でも、目の前を歩くシスターさんが、この場の雰囲気とは若干アンバランスだな。
服装は、外で見かけた他のシスターと同じく、飾り気のないシックな物だが、それが逆に、発育の良いグラマラスな体型を際立たせてしまっている気がする。
シスターの被り物から覗く、新緑を思わせる長い髪も、濃紺のシスター服と対比の様に映えて、それも人目を惹くような感じだ。
などと、俺が場違いな感想を頭に浮かべながらシスターの後に付いて行くと、教壇の近くへと連れて来られた。
「では、そちらでお座りになり少々お待ちください。もうしばらくすれば、司教様も顔を出すと思いますので」
俺は、その言葉に「あれ?」と首をかしげる。
てっきり、この人がパパッとやってくれるもんだと思っていたのだけど、違うのか?
「あなたが行ってくれるのではないのですか?」
「え? 私がですか?」
俺の疑問を聞いた彼女は、小首をかしげると、きょとんとした表情を浮かべる。
「えーっと、たしか、《祝福》は、聖職者の者なら誰でも使えると聞き及んだ覚えがあるのですが……」
「ええ、確かに私でも使えますが……せっかくの成人を寿ぐ儀式ですし、私の様な助祭よりも、司教様からの《祝福》をお受けになられた方がよろしいのでは?」
シスターの答えを聞くに、どうやら、験を担ぐ、という様な事っぽい。
世間一般では、より高位の聖職者から《祝福》を受けた方が、ご利益があるとでも思われているのかもしれないな。
こっちとしては、役所の手続きや予防接種をしに来たような心持だったので、言われるまで、お祝い事という認識もなかったが……
さて、どうしたものか。
高位の神官というのも、貴族と同様に、あまり会いたい存在ではないんだよな。
聖職者も聖職者で、国の垣根を超えての繋がりが強いので、下手な貴族よりも厄介な場合もあるし。
それに、さっさと済ませてしまいたいので、少々強引にでも、このシスターさんに頼んでしまうか。
「あの、できれば、あなたにお願いしたいのですが……だめ、でしょうか?」
「私でよろしいのですか?」
「ええ、是非、あなたから《祝福》を授かりたい」
「そう……ですか。では、私が担当させていただきます」
少し熱心に頼んでみると、彼女は聖母もかくやといった微笑みをニコリと浮かべ了承してくれた。
「あ、申し遅れました。わたしくしは、このビーウォル教会で助祭を務めるフェドラと申します。あなたの名前を伺っても?」
「ダンといいます。よろしくお願いします、シスター・フェドラ」
「はい。では、ダンさん、こちらへ来てください」
彼女は、そう言うと、俺を教壇の前へと導く。
えーっと、たしか、成人の儀の流れとしては、受ける側が聖職者の前に片膝をついて、両手を組み合わせて神に祈りを捧げるんだったか?
家出の前に受けた作法のレクチャーを思い出し、俺は教壇を背にしたシスターの前で片膝をついて、手の平を組み合わせて祈りの体勢を取る。
「あら……? なるほど、式典の作法をご存じでしたか」
彼女はそう言うと「では……」と、一旦言葉を区切り、聖句の様な物を唱え始める。
「聖樹と五つのご神体の導きにより、無事に成人を迎えたこの者に、福音が訪れますように……―《祝福》―」
彼女は《祝福》の詠唱を終えると、祈るように組み合わせていた手を開き、その手を俺の方へと向ける。
すると、そこから白く輝く光が溢れ、俺の体を包み込んだ。
それと同時に、頭上から七色に輝く光の奔流がスポットライトの如く、俺に降り注ぎ始めた。
「え……極光の祝福色!?――」
何故か、俺へと降り注ぐ光を見たシスターが、驚愕の表情を浮かべている様子が見え――
――俺の意識は、はるか彼方へと飛んだ。
どこだ、ここは……?
目の前に広がるのは、真っ白い台地に、雲一つない青空のみが広がる、広大な空間だった。
いや、この景色には見覚えがある。
そうだ、ここは……
俺が死んで、転生をする前に……
「おや……? ああ、君か」
俺が、この場所の事を思い出していると、背後から声がした。
その声に弾かれる様に後ろを振り返ると、そこには真っ白な髪と銀に輝く瞳をした、男とも女ともとれる中性的な顔の人物が、ちゃぶ台らしきテーブルを前に座っていた。
「やあ、久しぶり。よく来たね。とりあえず、そこに座りなよ」
と、彼?彼女?
ともかく、神様らしき人物は、対面にある座布団へと座る様に勧めてきた。
状況に混乱し、言われるがまま、そこに腰を下ろすと、ちゃぶ台の上に緑茶を入れた湯飲みと、どら焼きの乗った皿が現れた。
なんでまた、俺はここに来る事になったんだ?
もしかして、また死んだのか?
「何言ってるの? 君は使徒契約で転生したから、成人したら教会か神殿に来てねって言ってあったでしょ?」
ああ、そういえば、そんな事を言われてた気がする。
教会に来て、祈りを捧げれば、ここに招かれるとかなんとか。
なんか追加の説明や指令みたいな物があるとも言ってたか?
それと、相変わらず、こちらの心の声に返答してくるな。
「それにしても、ここに来るのに、なんか時間がかかったみたいだね? 何かトラブルでもあったのかい?」
あの惨状を見てなかったんですかね?
家族に殺されかけるわ、追い掛け回されるわと、散々だったんですけど?
「私は個人のプライバシーを尊重するタイプだからね。人の世を、川の流れの様に俯瞰して見る事はあっても、高級化粧水の製造工程の人みたいに、水の一滴々までは見張ったりはしないよ」
左様で。
だとしても、もう少し穏便な所に転生させてくれても良かったんじゃないですかね?
「今確認したけど、うーん……これは事故みたいな物というか……あれでも、成人までは無事で居られる運命の所を選んだんだよ?」
つまりは、成人直後の事までは把握してなかったと?
「まぁ、そうと言えば、そうなんだけどさ……転生先って、そんなに自由には選べないのが実情なんだよね。あれは飛行機の座席のキャンセル待ちみたいな物で、生まれなかったはずの人としてしか送り込めないんだよ」
なんで、そんな面倒な仕組みで転生させてるんだ?
あんた、神様みたいなものなんだろう?
なら、全能の力で、適当に体を作って送り込むとか、簡単にできるもんじゃないのか?
「全能の力があったとしても、それを使って好き放題したいわけじゃないからね……」
目の前の神様は、そう言うと、少し困り顔をした。




