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1 楽団初の女子部員

よろしくお願いします。


 我が家は男爵家ながら、そこそこの小金持ちだ。

 だから、淑女教育なんて言って、マナーとかダンスとかと一緒に、ピアノとヴァイオリンまで習わせてもらったし、こうして、当然のように王立学園にまで入学させてもらえた。


 チョコレートブラウンの髪に少し変わった灰色の目と、特に見た目の華やかさもない次女の私を、何とか貴族社会に留めおこうと、両親は様々な手を尽くしてくれているのだと思う。

 同じように育てられた四歳上の姉は、在学中に伯爵家のご令息に見初められ、この春、学園卒業を待って嫁いでいった。

 両親は、ぜひ私にも、と二度目のそんな幸運を期待している。



 それは、十分理解している。

 理解した上で、私は、目の前のやたら見目麗しい男子生徒に声を掛ける。


「突然呼び止めてしまい、申し訳ありません。楽団に入団希望なのですが、どちらに伺えばよろしいですか?」


 声を掛けたのは、三年生のハリー・メイリントン侯爵令息。母が王妹で王家譲りの鮮やかな青い瞳を持つ、学園随一のヴァイオリニストだ。


 ハリーは、振り返った先にいる見ず知らずの私を見て、当惑気味に目を瞬いている。完全無欠の王子様みたいに噂される彼でも、こんな顔をするんだな、とか思ったりする。


「……ああ、入団希望ね。それなら、東の音楽棟の三階だけど。……君、女の子だよね?」


 そんなに嫋やかでもないけれど、男と間違われた事なんてない。腰まで髪を伸ばして、制服のスカートを履いた私が、男子生徒に見えるはずもない。

 彼が言うのは、そう言いう意味ではなく、


「楽団には、これまで女子生徒はいないけど、それは知っている?」


 こういう事だ。もちろん知っている。


「存じ上げております。しかし、団の規則として、女子生徒不可とはありませんよね?」

「まあ……、そうだね」


 強気で食い下がる私に、ハリーは若干狼狽えているようにすら見える。

 そのまま、うーん、と口許に拳を当てて何か考えていたかと思うと、一つ頷いた。


「分かった。僕も丁度今から行くところだ。案内しよう」

「ありがとうございます!」


 そして、笑顔で承諾してもらい、興奮で思わず声が上擦ってしまう。

 そうだと思っていた。だってヴァイオリンケースを持って歩いていたから。でなければ、こんな目立つ人に声を掛ける勇気はない。


「あ、ちなみに、弦と管はどっちかな。女性だったらヴァイオリン辺りかな?」

「あ、いえ、トランペットです」

「へえ……、意外だね。じゃあ、管楽部だね。部長のロバートを探そう」

「ありがとうございます!」


 足が長いハリーについていくため、つい小走りになってしまう。それに気付いたハリーが、歩調を緩めてくれた。


「ああ、ごめんね。音楽棟は少し距離があるから、つい移動は早足になるんだ」

「いえ、大丈夫です」


 ハリーはそう言って、苦笑してみせた。さぞ女の子の扱いも完璧だろうと見えて、意外な不器用さに親しみが湧く。

 それから彼ははにかんだような微笑みで、私に言った。


「そう言えば、名乗りもしていなかったね。失礼。僕は、三年のハリー・メイリントンだ。よろしく」

「いえ、私こそ名乗りもせずに無礼でした。一年のアメリ・クラインです。よろしくお願いします……」

「入団するなら仲間だね。アメリでいいかな」

「はい! もちろんです」


 ハリーからよろしくと言って、右手が差し出される。一瞬躊躇われたが、仲間、と聞いて再び、私は大きく上擦った大きな声で返事をして、その手を取った。




  * * *



「いや、駄目に決まってるだろ。よりによってトランペットだぞ?」


 案内された管楽部の部屋で、部長と言って紹介されたロバートは、私の入部を一も二もなく拒否した。

 がーん。元々断られることも視野に入れていたはずなのに、正直ショックが隠しきれない。


「何故? トランペットは管楽の花形だろ。数いたほうが演奏にもいいだろう」

「花形だからだよ。どうしても注目されやすいし、弦と違って式典中、屋外で立ちっぱなしで吹く事も多い。体力が保たなくて、ラッパが下がったりなんかしたら不格好だろ」


 王立学園の楽団員は、その先々に宮廷楽士や王宮音楽隊を目指している者もいる。

 それらは今のところ、男性のみで構成されている。そのため、自動的に楽団員も男性のみ、と認識されている。


 ヴァイオリンを習い、嗜む女性も多いのに、何故だろうとずっと思っていた。団員でも、学園の間だけという人間も半数はいるといういるなら一緒じゃないの。


 ただそれには、夜会や式典での長丁場の演奏になり、貴族令嬢にはなかなかに過酷だろうという事情があるのだが。

 ロバートは、それを言っているのだ。


「それに、衣装の問題もある。男性用しかないんだ。そこにドレスの団員なんて、前代未聞だろ」


 確かに。それもある。式典のファンファーレ隊に、ドレスのトランペッターなんて、似つかわしくない。ああでも、あの厳粛な場で、トランペットだけがパーンと響く、あれがやってみたいのよねー。スカートだって似合いそうだけど駄目なのかな。


「あと、うちの団員は全員男だ。そんな中にこんなか弱い……? ご令嬢を一人放り込むのは、さすがにまずい」


 ちょっと待て、ロバート。か弱いという表現に、そんなに分かり易く迷いを見せるとは、どういう意味よ。

 そんなに逞しくはないでしょ。どちらかというと痩せ型だ。まあ、今は絶対入ってやるという意気込みで、ふてぶてしくは見えるかもしれないけど。


「まあ、それは一理あるよね。弦であろうと一緒だ。アメリ、ご両親は許可して下さっているの?」


 ハリーにそう聞かれて、ぎくりとする。思わず固まって視線を逸らした私に、ハリーもロバートも、「あー……」とすぐに悟る。


「普通、そうだろうな」

「トランペットを習わせている辺りまでは、ご理解のある親御さんのようだけどね……」


 段々と諦めモードになってきた二人の口調に、私は俯いたまま、このままじゃ駄目だ、と焦る。身体の左右に下ろした二つの手で、ぎゅっとスカートを握り締め、背中には嫌な汗が流れる。


 このまま帰ったら、もうトランペットは吹けない。


「……両親は、私がトランペットを吹く事を知りません」


 えっ、と二人が目を丸くする。


「トランペットは、王宮の音楽隊を務める、叔父に習いました。……私は、女です。音楽隊員としては、きっと、雇ってもらえません。だから、せめて学園にいる間だけは、皆さんとトランペットを吹きたいんです! 私には、ここしかありません。どうか、お願いします!」


 兄弟だけで叔父の家に遊びに行った際に、叔父がトランペットを吹いて見せてくれた時から、トランペットが大好きだ。それから、何かと理由を付けて、叔父の空いている時間を見計らっては叔父の家に赴き、トランペットを教わってきた。

 もしも、学園卒業までに婚約が決まれば、未来永劫、トランペットを吹く事は叶わなくなるかも知れない。


 私は、時々詰まりながらもそう一気に話すと、ロバートに向かって、思いっきり頭を下げた。そりゃもう、頭が膝にくっ付くのではないかという程。


「それは……」

 ロバートも、こう必死で頭を下げられては、無下にもし辛いらしい。いい人だな。あと一押し!


「体力は、これからつけます!」

「お、おう、そうか……」


「衣装は、男性用で構いません。髪が長過ぎるなら、いくらでも切ります!」

「ああ…。え? 髪を切る?」


「男性ばかりの中に、私が女だからというご心配は無用です。私は、ここで婚約相手を探そうだなんて、不埒な考えでは来ていません!」

「いや、そうではなく……」

「もう諦めなよ、ロバート」


 私は、ロバートにそう言うハリーの顔を見た。

 ハリーは、呆れたように、ふ、と笑って、


「そもそも、団員に女性不可なんて決まりはないんだ。アメリがやれるようにやればいいよ」

 と言ってくれた。


「ハリー、お前……」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 諦めたように溜息をつくロバートに、精一杯の笑顔でお礼と挨拶を告げる。「どうせ他人事だからって……」という、それに続くロバートの台詞なんて、聞こえてなんかいない。


「良かったね。改めてよろしく、アメリ。頑張ってね」

「はい!」


 その場で万歳をして飛び上がりたい気持ちを、気持ちだけで堪える。ああー、でも、にやにやするのが止められないー。


「まあでも、トランペットなら彼が見るんだろ?」

「そうだな。テオなら、多分、何とかしてくれるか……?」



 アメリ・クライン、十五歳。

 私は、明日からここでトランペットを吹く!






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