※冒険者とは 前編
「魔女や仙人の力が強いのはそれが理由だね。なにせこの世界でそのお二方を信仰しているのはもういないんだから」
「もういない?婆ちゃん達は信仰してるんだろ?」
「ああ、言い間違えた。そうだね。お婆ちゃん達は信仰しているから違うね」
アストはフレイクの言葉に頷くと、すぐに間違いを認めた。
「まあ、信仰とかの話しは置いておいて、そろそろ最初の話題に戻ろうよ。今日は何処まで行く?」
「そうだなぁ…。・・・なら、鏡池の辺りまで行ってみないか?」
「鏡池かぁ。徒歩二時間くらいなら警戒令には引っ掛からない位置かな。うん、良いよ」
「おしっ!決まりだ!」
フレイクは声を上げると、アストを連れて魔の森に足を踏み入れた。
「鎧イノシシの奴、すぐに見つかると良いな!」
「水場か通り道で見つかるとベストだね。まあ、僕達は冒険者じゃないんだから見つからなかったら他のを狩っても良いし、最悪手ぶらでも良いじゃない」
「冒険者かぁ。良いよなぁ、冒険者」
フレイクは憧れを込めたように冒険者と口にしたが、それに対してアストは冷めた目でフレイクを見た。
「良い?何処が?冒険者なんて損な職業」
「損な職業って…。冒険者って格好良いじゃないか。いろんな場所を冒険して、いろんな未知をその目で見て、強い魔物やモンスターを狩る。孤児みたいな後ろ楯のない奴でも成り上がりが出来る、夢のある職業じゃないか。男なら憧れるだろう、普通!」
「残念ながら僕は憧れないね。冒険者なんて夢も希望もない職業」
「夢も希望もないって…。なんでそんなことを言うんだ、アスト…」
フレイクは自分の憧れを否定された不快感ではなく、親友のアストがなんでそんなに否定的なのかをいぶかしんだ。
「なんでって、現実を知ってるからだよ」
「現実?」
「僕だってフレイクが冒険者に憧れるのはわかるよ。冒険者は勇者や英雄に並ぶ物語の主役だもんね。小さな頃に読み聞かせられた男の子が憧れる職業のトップスリーの一つだし。でもねぇ…」
「でも?」
「でも冒険者って、一番夢と憧れを裏切る職業なんだよねぇ」
「夢と憧れを裏切る?どういう意味だよ、それ?」
「冒険者になるっていうの自体は他の二つになるよりも現実的なんだ。さっきフレイクが言ってたとおり、後ろ楯のない孤児でもなれるからね。でも結局なれるだけなんだよね」
「?」
「ねぇフレイク、フレイクは勇者と英雄が主役の物語と、冒険者が主役の物語。どちらを多く知ってる?」
「どちらを?・・・どっちも同じくらいじゃなかったか?」
フレイクは自分が知っている物語を思い返し、そう答えた。
「それが答えだよ。常に国ごとに一人いる勇者。大きな騒動を解決したことで多数の人に認められた英雄。それらと誰でもなれる冒険者の物語が同数?それってつまり、たくさんいる冒険者の中から物語に出来る偉業を成し遂げたのがそれだけしかいないっていう証明なんだよ」
「そう、なのか?」
「フレイクにとっては残念ながらね」
「・・・」
フレイクはアストの説明に否定の声を上げることが出来なかった。なぜなら自分の知っていることとアストの説明に矛盾がなかったからだ。
「せっかくだから冒険者の現実をこの機会に話しておくよ。それを聞いた後でも冒険者を目指すっていうのなら、僕は応援するからさ」
「えっ!?・・ああ、頼む」
「まずは冒険者の定義からかな?これは簡単だね。冒険者ギルドで登録したらフレイクも今日から冒険者だよ!・・まあ、お婆ちゃん達が許さないけどね」
「そうなんだよな。アストは今は置いておくとして、なんで婆ちゃん達は俺が冒険者になるのを反対するんだろうな?」
フレイクはなぜあんなに反対されるのかわからずしきりに首を傾げた。アストはそれを見ても何も言わなかった。
「次に冒険者の仕事内容だけど、ぶっちゃけ何でも屋なんだよね」
「何でも屋?」
「そう。フレイクは魔物やモンスターを退治するのが冒険者の仕事だと思っているみたいだけど、実際の冒険者は結局のところ報酬をもらうことを前提になんでもする人達のことだよ。村や街、国の人達の仕事を手伝ったり、その仕事が忙しくて出来ないことを代わりにやったりだね。家の掃除とか、草むしり。ペットの捜索や散歩なんかも冒険者ギルドの依頼の中にはあるね」
「うへぇー、そんなのも冒険者の仕事なのか」
「そうだよ。分類は雑用系だね。ちなみにフレイクは冒険者らしくないって思ったみたいだけど、地域型の冒険者にとってはとても重要な仕事なんだよ」
「地域型?」
「そう。特定の場所に定住して活動するのが地域型。拠点を定めずに放浪しながら活動するのが放浪型だね。特定の周期で特定の拠点を移動する巡回型なんかもいるよ」
「へぇー、冒険者にそんな型なんてものがあるんだな」
「人がたくさんいれば分類出来るくらい行動が重なる人はいるからね。フレイクが憧れていたのは二番目の放浪型か巡回型だね」
「その分類ならそうだな」
「それで地域型についてだけど、さっきも言ったとおり特定の場所に定住する冒険者のこと。パターン的には自分の地元でなるパターンと、故郷の村から都会に出て定住するパターンが多いかな。前者は冒険者ギルドのある地域の人達や孤児なんかから冒険者になる人達が多くて、後者は出稼ぎや一旗上げる為なんかで冒険者になる人達だね」
「へぇー、そんな傾向まであるのか」
「それでそんな人達の活動パターンだけど、前者は雑用依頼から入って採取依頼、討伐依頼って風に活動ランクを上げていく人達が多いね」
「それはなんでだ?」
「前者は地元の人間関係からかな。昔から知ってるからおせっかいを焼かれるのと、前例を踏襲しやすいからだね。安定的なパターンが確立されているんだ。逆に後者。孤児から冒険者になった人達は、単純にお金がないから。安全な雑用依頼で予算を貯めて、武器や装備を調達する。それでようやく討伐依頼なんかを出来るようになるんだ。ちなみに装備のことを考えないような冒険者は冒険者になる以前に魔物に挑んで死亡することが多いね。後ろ楯がないってことは、慎重さがないと冒険者になれるまで生き残れないんだよ。世知辛い話しだよね」
「・・・そう、だな」
婆ちゃん達という保護者がいなければ自分もそのパターンだっただろうからか、フレイクの顔色が若干悪くなっていた。
「そして後者。出稼ぎや一旗上げようとする人達は討伐依頼から入ろうとする人達が多いね」
「それはなんでなんだ?」
「出稼ぎ組はお金を稼ぐことが目的で、一旗組は向上心だか虚栄心が強いせいかな?あるいはさっきまでのフレイクみたいに冒険者の現実を知らないせいかも。冒険者といえば魔物の討伐!ってノリなのかな?」
「・・・」
心当たりがあるだけにフレイクはアストから視線を反らした。
「だけどこのタイプ、冒険者の中でも死亡率がやたら高いんだよね。地元の人達と関わりが薄いし、ろくに情報収集しないで魔物なんて危険に平気で突っ込んで行くから。普通に返り討ちにあったり、生えてる毒草の餌食になったり、知らなかった沼や崖から落ちてお陀仏になっちゃうんだよね」
「それは…。また…」
「冒険者になる前に死ぬパターンでも、冒険者になってから死ぬパターンでも、やっぱり慎重さがない人達が多いね。だから冒険者に慎重さは必須だよ。フレイクは…、少し怪しいね」
「・・・」
わりと自覚があるのでフレイクは何も言えなかった。




