第玖捌話 Ogre
獣の中は静かだった。視界は全く使えないので、クロノスの眼を開く。すると、無数の動物と何人かの人間が、体を丸めて眠っているのが見えた。
その中に一人、光を放つ少年が視えた。年は5,6歳と言った所だろうか。
意を決し話しかけてみる。
「君がこの獣を操っていたの?」
少年は体育座りの姿勢で、膝にアゴを乗せ、どこを見るとも無く虚ろな表情を浮かべている。
「『獣』?何の事?僕は母様と一緒にいただけだよ。」
かあさま?それらしき人物は見当たらない。
「君はお母さんと一緒なんだね。お母さんはどこにいるの?」
「ここにいるよ。ずっと、ずっと、一緒なんだ。」
『ここ』と言うのはどこの事だろう?俺には知覚出来ない領域が存在するのだろうか?
「お母さんとは、どのくらい一緒にいるの?」
「わからない。ずっとずっと一緒にいるうちに、わからなくなっちゃったんだ。でも、始まりの事は覚えている。」
無表情だった少年の顔が強張る。
「教えてくれるかな?」
「あいつらは父様の手下だったんだ。母様にいっぱい酷い事をした。母様はそれでも我慢してたんだ。」
首領が語る。
「頼政様は、最初、一族の者を率いて蜂起なさろうとした。その時、照様の鬼の力が強大な戦力になると信じて。しかし、頑なに戦いを拒んだ照様の力を疑い始めたのだ。」
「照様が怖気づいていると思われたのですね。」
岳斗が口を挟む。
「そうかもしれんな。しかし、本当に怖気づいたのは頼政様だった。頼政様は照様の力を見た事がなかったんだ。ただ、とても強い力を持っている事だけを女木家の者から聞いていたそうだ。」
「では、蜂起は回避されたんですね。」
「いや。一度振り上げた拳を、何事も無く下ろせるような器量を持っている方ではないのだ。引っ込みがつかなくなるという奴だな。」
「では、照様の力を頼らずに反乱を起こしたのですか?」
「そうではない。兵を挙げた理由を別の事に摩り替えたのだ。」
「別の事ですか?」
ここで玄爺が言う。
「鵺伝説ですな。」
「そうだ。化け物退治の為と偽ったのだ。」
「あいつらは母様に『鬼になれ』と言った。でも、何度叩かれても、母様は鬼になんかならなかったんだ。それで、あいつらは僕を鬼にすると言ったんだ。」
「鬼?そいつらは、なんで、君たちが鬼になると思ったんだい?」
「母様は不思議な力を持っていたんだ。とってもきれいな力。僕はそれが大好きだった。そして、母様は僕にも同じ力があるって言ってた。でも、誰にも言ってはいけないって。」
「内緒の力なんだね。」
「母様は、僕以外では、父様にだけ力を見せた事があるって言ってた。僕の知ってる父様は、母様が嫌いだった。いつも、母様を遠ざけ、いじめていたんだ。母様は力を見せてしまったからだって言ってた。だから、僕の力も見せてはいけないんだって。」




