第参壱話 Old Lady
宿の屋根の上にトビが留まってから1時間後。
「お嬢さんたちは東に向かうのかい?残念だねえ。可愛らしい旅仲間ができたと思ったのに。」
なにやら身なりの良いお婆さんが宿から出てくる。お付きの女性が2人、側に控えている。
「お婆ちゃんも気をつけてね。天山まで、まだ結構あるらしいから。」
福子の声だ。
「ありがとう。私は頼もしい人達が一緒だから大丈夫。それより、本当にお嬢さん2人で大丈夫なの?」
「へいき、へいき!!こう見えても、私たち、結構強いんだよ!妖獣くらいなら倒しちゃうんだから!」
「それは凄いねえ。なおさら、一緒に来て欲しかったよ。天山に来たときは、是非、遊びに来てね。」
「用事が済んだら天山に向かうから、絶対に行くね。約束!」
「ああ、待ってるよ。」
「ごきげんよう。」&「いってきます!」
手を振るお婆さんを背に、ようやく、福子と小杖が東に向かい始めた。
「お嬢さんたちがお見えになったら、後の手配は頼みますね。」
お婆さんが、お付きの2人に言う。2人は黙って頭を下げる。
いつの間にか屈強な男が4人。駕籠を携えて現れている。
「では、参りましょう。」
というと、チラッと屋根の上のトビを見て、
「ご苦労様。」
小さく呟き、駕籠に乗り込む。
誰一人、物音を立てることなく、静かに駕籠は天山を目指すのであった。
福子と小杖は、快調に飛ばしていた。というのも、
「おいしかったねえ。お昼ごはん。」
「とっても。」
小杖の声のトーンは相変わらず低いが、力がこもっていた。
2人が宿に着いた時、草もちはまだ仕上がっていなかったので、軒先を借りておにぎりを食べようとしていたところ、2階から見ていた先ほどの老婦人から食事に誘われたのだった。
福子の辞書に『遠慮』の文字はないのだが、こと、食べ物に関する場合、小杖も同じらしい。だが、そうしたずうずうしさは、田舎では歓迎される。
道に沿って流れている谷川では、この地域で『雨の魚』と呼ばれる魚が釣れるらしく、朝、宿の主人が釣ったばかりのものに串を打ち、囲炉裏で塩焼きにしたものが振舞われた。
さらに囲炉裏では、豆腐やこんにゃくに味噌を塗った田楽や、焼き団子も用意されており、焦げた味噌がなんとも香ばしく、食欲をそそるのだった。
2人は持っていたおにぎりに同じ味噌を塗り、焼きおにぎりにして貰った時点で、食いしん坊メーターが振り切れてしまったらしい。
福子は、
「おいしいねえ!」
以外の言葉が出なくなり、小杖はただ黙ってご馳走を頬張りながら、時折、ふるふると涙をこぼすのだった。
通常の宿泊客に出る料理は、一汁一菜が基本の質素なものだが、この時は老婦人が注文した特別メニューだったのだ。俺が現地調達する、サバイバルな食事が多い福子にとって、それらは別世界の食べ物だったらしい。俺たちと出会うまで一人だった小杖も似たようなものなのだろう。
この時に、遍路をしている事や、これから謎の化け物退治の応援に行く事などをペラペラと喋り、それを老婦人は優しく笑って聞いていた。
結局、食事に夢中で、老婦人の旅の目的も聞かぬまま、お腹いっぱい食べまくった。老婦人以上に、宿の主人が事のほか喜び、代金はいらないから、また来て欲しいと言う。2人は帰りにも立ち寄る気まんまんなのだった。
老婦人と別れた2人は、満腹とは思えない速度で東に走り始めた。もしかしたら、まだまだ食べられるのかも知れない。
トンビもようやく仕事が出来るとばかりに、くるりと円を描き、上昇気流を掴んで一気に飛び上がった。しかし、その視界に2人の姿は無くなっているのだった。




