第弐玖話 Chimaera
翌朝、日の出と共に出立する。43番札所は北西の方角だった。俺と福子は方角しか分からないが、小杖はある程度の距離までわかるらしい。天山の町に入る手前ぐらいにあるとの事だった。
宿からまっすぐ北西に向かう道はないので、一旦、二名から来た道を逆に辿り、北に向かう道を探すことにしたのだが、往路で見た感じでは目ぼしい分岐はなかったので、このまま二名まで戻って、そこから天山を目指すのも間違いではない気がしている。クリームパンを最速で入手できるルートでもあるし。
「草もちは食べちゃ駄目だからね!」
福子は小杖に念を押している。小杖は黙ってうなずく。
あの後、宿の売店に行ってみたら、草もちは3個残っていた。3人で1個ずつのつもりだったが、福子は2個だと言ってきかないし、小杖はよだれを垂らしそうな勢いで草もちを凝視していたので、結局、俺の分が無くなったのだった。
福子と小杖は、部屋に戻ってすぐに1個ずつ食べてしまったのだが、残った1個を小杖がじっと見ていたので、福子が警戒しているのだ。
俺の能力を使えば、食料を森林で調達するのは簡単なのだが、おいしいもの大好きの食いしん坊2人に、枯れた味わいは理解できないらしい。宿でおにぎりを2つずつ握って貰ってご満悦なのだった。
さて天山までの道のりは、二名からなら丸1日歩くくらいだと聞かされていたので、ここからでも走れば1日で着きそうだ。
だが、体力を消耗しているときに他の遍路から戦いを望まれると厄介だ。番外の動きも気になる。移動で全力を出し切らないようにしたい。俺一人が森を突っ切って真っ直ぐ進み、先行することも可能ではあるのだが、今は離れないほうがいいだろう。
宿を出てそろそろ6時間。どこかで腰をおろして昼飯にするかと考えていたところで、見知った顔が向こうからやってくるのが見えた。浩二だった。なにやら、深刻な顔をしている。
「み、みなさん・・・た・大変なんです。坊ちゃんと司さんが!・・・ハアッ、ハアッ・・・。」
俺たちがというより、まず、浩二の為に腰をおろしたほうがよさそうだ。
浩二は俺が持っていた水筒の水を飲み干して、大きく息を吸うと、
「鵺が出たんです。」
と言い出す。
「陣家の本拠地があるトロメキ集落から、さらに奥に入った山の中に、赤僧ヶ池という池があるのですが、鵺が住んでいるといわれています。」
「ぬえ?」
福子が首を傾げている。
「顔がサルで、胴体がトラで、みたいに、いろんな動物がくっついたような伝説上の妖怪の事だ。西洋にもキメラっていう似たような話があるんだが、実際にいたかどうかは別にして、人工的に作り出す技術があるんじゃないかと言われている。」
「なにそれ。動物の体をちょん切って、いろんなのを混ぜ合わせてくっつけちゃうって事?」
「手足を付け替えるくらいなら出来るだろうが、拒絶反応っていうのがあってだなあ・・・。」
「説明はいいよ。長いんでしょう。どうせ、私、わかんないし。」
小杖が口を挟む。
「浩二さんが、出たって言ってる鵺がそれかどうかはわからないんだから、今は決め付けないほうがよくない?」
「それもそうだな。鵺伝説自体、トラツグミの鳴き声があまりにも不気味だったから、生息地近辺の人々の想像で、話が作り上げられたとも言われてるしな。鵺が出たってのも、誰かの勘違いってことはないのか?」
浩二が答える。
「あの辺では正体不明の動物は全部、鵺と呼ばれます。それと、今回は重傷者が出ているらしいです。大型の妖獣かも知れません。危険だということで、坊ちゃんが退治すると言い出しまして・・・。」
「町の運営権を任されている豪族の跡継ぎとしては、名を上げるチャンスってわけか。」
「そうなんです。だから、どうしても1人で行くと言い出しまして。ただ、司さんだけは実戦を見せるいい機会だからと、『同行』して行かれました。」
独立後の四十万には、明確な政府が存在せず、『評議会』という有力者を集めた組織が認めた『豪族』達に自治権を認めている。二名を治める陣家も、評議会に認定された豪族なのだが、住民たちの支持があって認められたものだ。逆に住民たちが反対すれば、別の者が豪族に成り代わる事もありうる。当然、跡継ぎだからと言って、自動的に支持が得られるとは限らないのだ。
現在の豪族の多くは、大災害時に住民を守るための活動を行った者がほとんどを占めている。陣家の先代党首と現党首は、まさに大災害で名を上げて支持を得たのだが、今のところ後継者の陣岳斗に明確な戦績は見当たらない。
ただ、こないだの慰霊祭などを見る限り、異論はなさそうなのだが。
陣家の事情はともかく。守護数はでかいが極めて不器用な陣と、結界操作は目を見張る急成長を見せるものの、守護数が低めで実戦経験ゼロの司さんのコンビでは確かに不安である。
福子と小杖も異論はなさそうだ。
「わかりました。様子を見に行ってみます。案内を頼めますか?」




