第弐壱話 Subsequent
「つかささんは筋がいいです!」
小杖の声が響く。
あれから1週間が経った。陽の気をほとんど失っていた俺だが、ある程度は回復してきた。そろそろ町を出てもよい頃だろう。
翔太の守護石は、あの翌日、陣の案内で翔太の妹の司に渡しに行った。ただ、翔太の存在が消えた今、なぜ、あの石ころを司に渡しに来たのか、ただの石ころを大事にしないといけないのか、どう説明するか悩んでいたのだが、あっさりと杞憂に終わったのだった。
司が石を受け取った途端、力を失ってただの石ころになっていたのがいきなり光だし、守護石としての力を取り戻した。翔太の力が司さんに継承されたのだ。
突然、遍路としての力を与えられて戸惑う司に、俺達が力の使い方を手ほどきしている。今後、他の遍路から攻撃を仕掛けられる事も考えられるので、最低限、自分の身を守れるに越したことは無い。
この町には陣も居るので、連携が取れればそう簡単に負けることはないだろうとは思っていたが、一つ誤算があった。
司の守護数は弐肆(24)。俺より守護数が少ないので、気の操作が容易なのはあるが、結界を半径25cmまで収縮させるのに、3日目で成功してしまったのだ。25cmは今の俺の限界なので、結界の操作能力はすでに俺を超えたと言っていいだろう。
その守護石だが、翔太が別の世界に送られた以上、そもそも、翔太という遍路がこの世界に居たという事実も無くなっているので、守護石だけこの世界に残されるなんて事は無いはずなのだ。司が遍路になるのなら、生まれた時から遍路になっていた世界に再構築されていなければおかしい。
しかし、なぜか守護石を継承するという矛盾が生じている。
矛盾はこれだけではない。戦いのなかでボスがへし折った杉の大木が折れたままなのだ。俺とボスの戦いは無かったことになったので、その爪跡が残るのもおかしいのだ。
ただ、浩二(に乗り移っていた小男)を別の世界に送った直後に、あの忌まわしい事件自体が無かったことにならなかったのは、矛盾にはあたらないのではないかと思っている。
一見すると、浩二は事件に深く関わっていたのだから、彼がこの世界からいなくなれば、事件も無かった事にならなければおかしい。しかし、実際に事件が無かった事になったのは翔太を別の世界に送った後の事だ。矛盾が生じたようにもみえる。
だが、事件には黒幕が居て、事件を起こすのに翔太は必要な存在だったから、翔太が送られた時点で事件が無かった事になったものの、浩二に関しては、別に彼でなくても問題なく事件を起こせる程度の存在に過ぎなかったと言うことではないだろうか。
パーーーーーーーーーーン!!
司が猟銃を撃った音だ。陽の気を込めて撃つことで、ある程度、弾の軌道を修正できるようになっている。今は散弾が狭い範囲に集中するように操作する練習をしているのだ。すでに、かなりの命中精度になっている。
翔太の銃の精度は司よりもはるかに高かったはずなので、小杖を撃ったときも重大な事態にならないように撃っていたのだろう。ボスに念礫弾を打ち込む時も、巧みに急所を避けていたのではないだろうか。
ちなみに今の世界では、俺と陣との戦いはあったのだが、小杖は撃たれていない。無理に俺が先行せず、福子と一緒に現場に到着し、俺が取り巻きをけん制している間に福子が錫杖で陣の結界を叩き割っておしまいになった。
森の中のあの場所には、宿に案内された後、森から凄い音がしたので見に行ったと言うことになっている。
それと、俺達3人の結界の暴走も無かった事になっているのだが、後であの場所を確認したところ、明らかに俺達3人が立っていた場所を頂点とした3角形の範囲内だけ笹が伸びていたのだ。福子に暴走の記憶は残っていないが、なぜか、俺達3人は『特別な組み合わせ』だと確信しているようだ。
事件に関してだが、黒幕の正体はおろか、その存在すら確認できたわけではないので、その目的もはっきりしていない。翔太が最終ターゲットだったというよりは、陣に至る為の駒だったのではないだろうか。
もし、司が生まれた時からの遍路だったなら、翔太の代わりに司さんを使って、この世界でも同じような展開を目論んで来たのではないだろうか。しかし、能力者ではない司さんでは役不足とみて、別のルートで陣にアプローチして来ている可能性が高い。
遍路である陣にアプローチする以上、手駒も遍路か能力者である必要があるのかも知れない。それなら、俺達は巡礼を続け、他の遍路に積極的に接触していけば、情報も得られるのではないだろうか。
「坊ちゃん!みなさん!支度が整いました。こちらにいらしてください!!」
浩二の声だ。浩二は何事もなかったかのように、陣の右腕を務めている。あの場にいた陣も、小杖の結界から出た後は事件の記憶が残っておらず、2人の関係は極めて良好のようだ。本来はそういう関係なのだろう。
「坊ちゃんはやめろ!!」
と言いつつ、陣が一番に森に向かう。俺達も思い思いのタイミングで後を追い始める。目的地はあの広場だ。
実は当初、陣にも結界操作を教えようとしたのだが、彼の才能の無さは致命的だった。だが、逆にそれが才能とも言えるのではないかという結論に達した。普通の人間でも攻撃されるとわかれば、体を無意識に強張らせてしまうように、遍路もある程度は結界を無意識に攻撃されている場所に集めてしまうのだが、陣はそれすら全く出来ないのだ。裏を返せば、フェイントの類は全く通用しないということ。それは、翔太の居た世界での戦いで俺が痛感させられた事でもある。なので、下手に結界を操作するより、筋トレでもした方がいいのではないかと考えたのだ。
ただ、多数の弱い相手と戦うには向いているが、強い相手と一人で戦うのは避けるように言ってある。陣自身は全く納得していない様子だったが、福子にも言われてシュンとしたので、少しは聞き入れたようだ。
基本的に偉そうな陣なのだが、一撃でやられて以来、福子には敬語なのだ。
司と共に森に向かう小杖の背中を、俺は見るともなく見ている。小杖は司に、より高度な結界操作のコツを教えているようだ。
小杖にはいろいろと聞きたいことがあるし、小杖の方も俺に話したいことがあるようだ。しかし、あれ以来、福子のガードが固く、小杖に近づくことすら難しい。2人きりで話すなんて不可能なのだった。
しかし、『同行』する以上、お互いの能力は知っておいた方がいいし、『クロノスの眼』とか『イグジスト』とか、非常に気になるワードも口にしていた。俺は直感的に福子が抱えているいくつかの『福子問題』を解き明かす上で、重要なファクターになると確信している。これは福子のためでもあるのだ。
言い訳なんかじゃないぞ。
「また、小杖ちゃん見てる。目がやらしい。」
福子が近寄ってきた。
「まだ、言ってんのか。『解毒』だったって何度言ったらわかるんだ。」
もうこのやりとりにはうんざりしているのだ。
「役得だったってことでしょ。私が毒を飲んでもほっとくくせに。」
「そんなわけないだろ。その時はすぐに医者につれていってだなあ・・・・。」
「私にはしないんだ・・・・。」
「俺は下心でやったんじゃないんだって。」
福子はふくれっつらで黙ってしまう。
「なあ、いいか。」
「何が?」
「福子はタイムリーパーだよな。」
「うん。そうだよ。その力で陣さんと小杖ちゃんが殺されちゃった世界から今の時間軸に遡ってきたんだよ。」
「その能力の発動条件は、『福子の死』なんだよな。」
「そうだね。私が死ぬと、もうちょっと良い展開になる選択肢を選びなおせるところまで、自動的に遡れるんだよ。」
「でも、死ぬ瞬間の事は覚えてないんだよな。どうやって死んだとか。」
「うん。なんか絶望的だなって場面までしか思い出せない。だから、もしかしたら死んでないかも。」
これが『第1福子問題:福見福子はタイムリーパーか』である。福子が俺に嘘をつく必要は全く無いのだが、福子が何か勘違いをしている可能性はある。
能力を知覚できるのが福子のみであるため検証ができず、福子の説明を額面どおりに受け取ることはできないのだ。福子の証言以外の事象から能力の正体を証明しなければ、この問題は解決できないのである。
しかし、類似する能力や事象すら見当たらない状況で、証明は絶望的に困難と思われていたのだが、小杖の出現により光が見出せた。ある意味、小杖の『ずらす』能力と、福子の『タイムリープ』は似ている気がするのだ。もしかすると、それらの原理は同じなのかも知れない。そうならば非常に大きな前進だ。
なので、小杖とはじっくり話し合う必要があるのだ。
前を行く小杖が見える。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!また、やらしい事かんがえてるでしょう!!!」
その前に、妙な難問が生まれてしまったわけだが・・・・




