プロローグ
初めて小説を投稿することになりました。色々自信はありませんが、少し挑戦してみるという気持ちで投稿してみます。よろしくお願いします。
誰にも邪魔はされない。いとも簡単なこれだけの作業を、松尾は六年かけて行った。革靴を履かない時期も短くはなかったので、六年かかった。たった一つの、革靴用の消しゴムを使い切るというだけの単純な作業を我が身に課したのは、卑屈な自分自身をかえるため、できそうなことを貫徹してみようと心に決めたからだ。その無意味なルールこそが、彼自身の卑屈さを存分に表してはいたのだが、松尾には質的な成長をもたらしたのだと自負できた。それ以前は靴の手入れなどおざなりで、汚れたらまた買えばいい、そう思っていたし、そうして来た。物に対して横柄で、節制を知らず、満たされて当然の様に思いなしていた。
中学生の頃だ。そんな性格がちらほら自覚される様になったのは。松尾大樹は野球部に所属していた。野球は好きだったがうまくはなかったので、補欠だった。それでも野球部に所属していたことは、大樹に満足を与えていた。補欠という、責任の軽い立場で、好きな野球ができるという風に捉えていたから。例えば補欠のお約束である球拾いは、大樹にはとてもおっくうだった。ボールを一つも無くしてはならないというルールが、無意味に思えて仕方なかった。大樹には、ボール一つくらい、いや、二つや三つくらい、なくなっても平気だと言う意識が根強くあった。ふと、幼なじみである一休ことは(いっきゅうことは)に、「いつも球拾い、えらいね。」だなんて声をかけられた時には、内心、何処がえらいんだこんなこと、と自虐的に考えたものだった。大人になってわかる。やはり球拾いはえらいことだったのだと。
松尾大樹と一休ことはは幼稚園からの幼なじみで、同じ中学に通っていた。呼び方は大樹、ことは、で名前呼びだったので、なにかと同級生から冷やかしの対象にされたが、二人はいつも軽くあしらって、受け流していた。
「たいきー、お前の嫁が来てるぞー。」
同級生の一人が、昼休みに大樹の教室に顔をのぞかせたことはを見て言った。
「ちげぇっての」
大樹はあしらいつつ、がらりと椅子を膝の裏で押して立ち上がろうとしたが、勢い余って椅子ががたんと倒れた。
「図星言われてあせってんじゃねー?」
同級生が笑う。
「、、、まぁ、いいや」
大樹がものぐさな態度で椅子を立て直し、扉の方までふてぶてしく歩いて行く。
「なに?」
大樹は髪を触りながら言った。
「なんでも。ただ会いに来ただけだよー。」
笑顔でことはが答える。
「、、、。」
大樹は少し黙った。
特に変哲のない野球少年だった松尾大樹、野球はうまくもなく、時々試合に出させてもらえる程度の補欠だ。成績は中の中、クラスでも目立つ方ではない。そんな大樹を見守っている一人の女子、一休ことは。ことはは大樹の幼なじみだというだけで、大樹と仲がいいのではない。天然、ゆるふわ、だが、どこか打算的でもある彼女は、恋を探していた。白馬の王子様に、、なんて恋ではなく、もっと身近で、現実的な恋を探していた。中学生にしてはませた考えを持っている。例えば、身売りで稼ぐ女子高生などの話を聞いても、嫌悪感を抱かない、性に関してはドライな質感を思考に保ちつつ、一方で、自分が恋愛をする分にはプラトニックでなければ嫌だ、という面も持っていた。そんな彼女の作る笑みは、愛くるしくも、作り物の要素も見られないではなかった。
結局その昼休み、折れた大樹はことはと一緒にお弁当を食べた。昼休みは多くの生徒が教室を出入りしていて、それをとがめる先生もいなかったために、学校の風紀としてリベラルに認められていたのだろう、にぎやかで明るい昼休みが、この学校のカラーを表していた。
そんな日常の続いていた中学二年の冬、ことはのお母さんが病気になった。腹膜炎だった。