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捧げた後も  作者:
2/3

短いですが、とりあえず。


「え、や、やだぁ新しい役員の人? あたしはユリカ=コールトンですよぉ。人違いじゃないですか? そうそう、そんなことより、あなたのお名前が知りたいなぁ!」


一瞬動揺したように見えたユリカはすぐにいつものようににっこりと愛想の良い顔でエリリエカ、と同じ顔の人、に小走りにかけより、相手の服の裾を軽く握ると上目遣いで顔を覗き込んだ。……何故かずきんと胸が痛んだ、その瞬間。


 ——パシッ!


「触らないでくれるかな、虫唾が走る」


「……え?」


 今までユリカが近付いていった相手は、皆顔を綻ばせて彼女に優しく接していた。けれど彼は冷え冷えとした目で彼女を見据え、けっして粗野ではないが容赦なく彼女の手を払いのけた。自分が拒否されたことに心の底から驚いたようなユリカの表情がいっそ滑稽だ。


「君の魅了の魔法、私には効かないよ。『対人用幻惑系魔法は自分よりその魔法に対する練度が低い者にしか適当な効果は与えられない。』常識だろう?」


「え、なんで……だって、あたしより高い幻惑魔法なんて、そんなの聞いてない……っ」


 今までの余裕たっぷりの表情から一転、面白いように顔を蒼褪めさせたユリカは後退る。よく見てみると、自治会の面々もいつもと違い忌々しそうにユリカのことを睨みつけている。


「いやあ生まれてから十五年、リンギート家の所為で不自由の多い生活だったよ。まあそのおかげで大事なものを見つけられたからその点だけは感謝しなくもないかな?」


 彼はそう言いながらゆっくりと歩みを進め、得体の知れないものを見てしまったかのように怯えた様子のユリカの目の前に対峙する……のかと思ったらそこを素通りして何故かわたしの目の前で歩みを止めた。近くで見るその顔は、やはりどう見てもエリカと同じものだった。けれど華奢さは感じるものの男子の制服を着こなすその人は、男装した女性というよりも男性そのものだ。


「待たせたね、サシャ」

「あの、エリカ、なの……?」


 だってエリカはいつもスカートを履いていて、とても綺麗で、笑うと可愛くて、最近では背も伸びてきたけれどすらっとしていて、それで、それで、あれ……?


「そうだよ。五年も一緒に居て気づかないなんて本当サシャはかわいいよね」

「だって、制服、スカートだったし、寮だって……!」

「うん、そういうこと含めて説明するから。少し待っていて」


 目を細めて、ぽんぽんと頭を撫でてくれるその手の感触が、目の前の彼女……ではなく彼が本当にエリカなのだと伝えてくる。そしてわたしの頭から手を離し、そのままエスコートするように自治会の人達の方に誘導してからユリカに移した視線はすっと冷たいものに変わった。


「ねえユリカ=リンギート。君のこと色々と調べさせてもらったよ。一年前にどこからとも無く現れた君は偶然幻惑系魔法、特に魅了の魔法の適正が飛び抜けていたため何の因果かリンギート家に保護された。そしてしばらく家庭教師から指導を受けた後、この学校に編入してきた」


「あ、あら、調べた人はよっぽど腕が悪いんじゃないですかぁ? そんな嘘の報告するなんて! それにその、そうだ、それならどうしてあたしはコールトンって名乗ってたっていうの? わざわざ名前を変えるなんて不自然ですよぉ」


「それは我がリングラート家に目をつけられないためだろう。君の後見人……つまり私にとっては叔父だが、彼は君のことを隠し通せていると思っていたみたいだからね。」


「そ、そんな、でも、だって……」


反論しようとするも上手い返しが思いつかないのだろうユリカはもごもごと小さな声で繰り返すだけだ。


「叔父上が爵位や名誉に目が眩んで、うちの父上にかけた遠い異国の呪を解くのに十五年もかかってしまったよ。父上は彼のことを全く無能な人だと侮り過ぎていたらしくね、してやられたよ。母上が私を身籠った後だったのが不幸中の幸いだったのだけれどね」


 エリカの視線に射竦められて、ユリカはひっと小さく悲鳴をあげた。そんなユリカにゆっくりと近付いていくエリカは、本来の美しさも相まってとても恐ろしく映る。


「叔父上が我がリングラート家の爵位を欲しがっていたのは分かっていたし、もしも彼がその無能さ故の後先考えない滅茶苦茶な手で命を狙って来たとしたら、父が欠けている状態で嫡男である私を守りきれる自信もなかったらしくてね。女なら自分の家に男児が生まれた場合婿入りさせることで穏便に乗っ取りできるだろう……なんていう甘い考えをしてくれるだろうと考えて、私の性別を女と偽ったわけだ。馬鹿みたいに上手くいったそうだよ?まあそれも私が十五になる直前にばれてしまったけれどね」


「そ、そんな話あたし知らない! あたしには関係ないっ!」


「関係はあるよ。君は彼に、自治会役員を誘惑してくるように言われたらしいね。私の性別がついにばれて一時家に帰ることにしたとき、彼は好機だと思ったのだろうね。今期の役員は皆王家の信頼も厚い高位貴族だ。彼等を陣営に引き込めればかなり優位に立てるだろうから。そしてその手段として君が選ばれた」


「知らない知らない! 知らないのぉ!」


「君が知っているか否かはどうでもいい。叔父上に協力している時点で同罪だし、許可の無い魅了魔法の使用は法に触っているのだからどの道このまま無罪放免というわけにはいかないよ」


 エリカの言葉にようやく自分の立場の危うさが理解出来てきたようで、普段はほんのり桃色に上気している頬は蒼褪め、血色よく赤く色づいている唇も紫に変色している。


 あまり頭の回転はよくなさそうなユリカはとにかくこの場所から逃げることを考えたのか出口に向かって走り出す。しかし運動神経もあまり良いとは言えないユリカが扉の取手に手をかける前に、追いついたエリカの足がガァーンッ!と良い音を響かせて扉を打ち付けた。


「ねえ、ユリカ=リンギート。これからどこへ行こうっていうの?母上が執念で見つけ出した解呪法で父上は回復したよ。どうやらあの呪は解けるとかけた人に跳ね返るらしいね。野心でいっぱいだった叔父上、今はどうしているだろうね?」


自治会役員は空気。

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