第三十三話 自称勇者 ミカ
──馬車はゆっくりと、モルトレンの石畳を走っていた。
街には夕陽が落ちかけ、赤く染まる空の下。
賑わっていた露店も、一つ、また一つと店じまいを始めている。
ヒルデの頬を、心地よい風がそっと撫でた。
「綺麗な夕陽だね」
ヒルデがぽつりと呟く。
その横顔をミカは何となく見つめた。
ヒルデの目に映る光が橙色に染まり、いつもの彼女とは違う、どこか悲しそうに見える。
その様子を見ていたレイナが、ふと振り返り、後部座席のミカをじとーっと見つめる。
「な、なんだよ……?」
ミカが眉をひそめる。
「ねぇ、あなた。どうして“勇者”なんて名乗ってるの?」
不意の問いに、ミカは一瞬言葉を詰まらせた。
そして、静かに語る。
「……俺は、“大賢者ゼス様”に憧れてるんだ。あの人みたいに、誰かを守れる勇者になりたいって、そう誓ったんだよ」
「ゼス?」
レイナが首を傾げる。
「ああ、あの“魔王ノクタリウス”を倒したっていう御伽話の?」
「御伽話じゃねぇ!」
ミカはむきになって身を乗り出す。
「あれは史実だ! この街で本当にあったことなんだ!」
「ふーん……」
レイナは気のない返事をしながら、顎に手を当てる。
「でも、あなた……ランクは無いんでしょ? ほら、さっきギルドでみんな仕切りに言ってたじゃない? “ランク、ランク”って」
「……ランクは、無いよ。まだ」
ミカは目を伏せ、小さく答えた。
「ランクが無いのに、勇者なの?」
「ぐっ!」
レイナの容赦ない言葉に、ミカが胸をおさえた瞬間、ヒルデが思わず身を乗り出してフォロー。
「レイナさん! ミカは“エンカー火山”であたしを守ってくれたんだよ!」
レイナは目を細めた。
「そう。でも──この先はもっと危険よ。果たして、自称勇者さんで大丈夫かしら?」
その挑発に、ミカは勢いよく座席に立ち上がった。
胸をドンと叩き、力強く言い放つ。
「自称だろうが何だろうが──“勇者”と名乗ったその時から、俺は勇者だ! 半端な覚悟で言ってねぇ!」
一瞬の沈黙。
耳を傾けていたアッシュがふっと笑みを浮かべた。
「ふふ……いいじゃないか。名乗ることさえ出来ぬ者よりは、ずっと立派である」
レイナも小さく笑みを漏らし、肩をすくめる。
「……そうね。よろしくね、勇者さん」
「あっ、そうだ!」
ヒルデがぽんと手を叩いた。
「アッシュ王子にお土産があるの!」
ヒルデは手提げ袋の中をごそごそと探り、紙に包まれた何かを取り出した。
そして、前の席に座るアッシュへと手を伸ばす。
「ほう? 何だ、まんじゅう?」
「うん! “火山まんじゅう”だよ! アッシュ王子にも食べさせてあげようと思って」
「ほう、そいつはありがたい!」
アッシュは嬉しそうに笑いながら包み紙を破った。
──ドス黒いまんじゅうが姿を現した。
レイナがまんじゅうをじっと見つめる。
「……何その色。大丈夫なの? それ」
「なかなかうまそうではないか」
アッシュはまったく気にせず、豪快にそれをひと口で放り込んだ。
「うむ、これは──ボフゥッ!?」
瞬間、アッシュの口からまんじゅうが散弾銃のように飛び散った。
「うわっ、きったな! 吹き出さないでよ!」
レイナは思わず反対側へ飛びのく。
「な、なんだこれは……毒物!? ゴホォッ!」
アッシュは涙目で咳き込みながら、必死に息を整えた。
後部座席では、ヒルデとミカが腹を抱えて笑い転げている。
「あははははっ! やっぱりそうなると思ったー!」
ヒルデが涙を浮かべながら座席を叩く。
「王子でも辛さ耐性は無かったかー」
ミカも爆笑しながら肩を震わせた。
【プププ……】
魔剣ヴェルサレスからも思わず笑いが漏れる。
「あっ、ヴェルちゃんも笑った? 今、笑ったでしょ!」
宿へ向かう馬車の中には、笑いと咳と涙が入り混じった賑やかな喧騒が響き渡っていた。
ヒルデ、レイナ、アッシュ、ミカ、そしてガダン。
──このヘンテコパーティの行く末は、果たしてどうなることやら。




