第8話 マスター、この枝を向こうの席の彼女に
オトリトカゲの尻尾は、その囮をつくりだす能力を使うと、素材としての価値を失う。だからこうやって自切した断面を指で押さえて、再生が始まらないようにするのだ。これはゲームをやっていただけではわからない。
ゲームの中の主人公たちは画面の中で当たり前のようにこの行動を行い、それ専用の堅いテープでぐるぐる巻きにしてからポーチに収めるが、それがプレイヤーに向けて詳細に描写されることはない。捕まえたらその素材のアイコンがでてアイテムボックスの欄に数字が追加されるだけ。この適切な素材採取は攻略本やファンブック、メディアミックスなどを隅々まで読み込んではそのすべてを覚えている私の特殊技能に近いのだ。だからこそ、周りの人たちがエリクシア世界の浸食ともいうべき現状を少しずつ肯定しているとしても、こればかりは私がやらなきゃいけない。
あと一つ。筋力ポーションに必要な素材はあと一つだけ。
ふと顔をあげてみれば、ゴーレムを必死に押しとどめようとしている男たちが徐々に怪我を負って撤退、じりじりと押し込まれているのが見える。彼らも何とかその辺の棒や壊れた柵で心臓の位置を狙っているが、ただ貫くもの難しいうえにゴーレムの核はこぶし大の大きさもない。討伐まで至ったのはせいぜい1、2体といったところだった。
私はそれから目をそらす。必死な声と、じりじりと後退させられる緊迫感から目をそらして、自分の役目に集中しようと意識を切り替える。悲鳴も、怒号も。今だけは聞こえないふりをして、私は目を凝らした。さがせ。最後の素材は簡単じゃない。動いているところを見たら一発で分かるが、そうじゃないなら解像度の高い観察が必要だ。私の目線の先には、生い茂る木々がある。ポイントは節目。普通の樹木に比べて、関節部の鎧のような反りと、人形の球体関節を思わせるような構造。素早く、でも一つも見逃さないように。決して素通りせずに、一本一本の観察をゆっくり、その間、視線の切り替えだけスムーズに。
――あった。私は運命を感じずにはいられなかった。この小さな劇場内部で、必要な素材がすべてそろった。あるいは丁寧に整えられたチュートリアルの上を歩いているような、奇妙な感覚。私の接近に気づいて逃げ出そうとしたその木を、ばし、とつかんで離さない。左手でオトリトカゲの尻尾を抑えているので片手しか使えないのが心配だったが、振りほどかれるほどの力はなさそうだ。
「ナナジュウナナフシ!!見つけた……!!」
現実――赤い風が吹く前の――のナナフシは、擬態を得意とする虫だ。枝によく似た体を持っていて、木の上にいると本当に見分けがつかない。しかしエリクシアのナナジュウナナフシは虫ではなく木である。私の手の中でいま暴れまくっているのは、移動する能力を手に入れた樹木。人間の腰ほどの高さの低木で、環境が気に入らないと自ら移動して自分に合った土壌を探す。それと自分の身に危機を覚えた時――たとえばらんらんとした目の錬金術師にその枝をもぎ取られそうになった時――にも、同じように動き出しては逃走を図る。まあ私が簡単に捕まえられている時点でスピードはお察しなのだが。
私は容赦なくばきりと枝を折る。バタバタと余計に暴れだしたナナジュウナナフシを放してやれば、慌てた様子でとてとてと走っていった。……ちょっとかわいいな。観察していたい気持ちがわいてくるが、そんなことをしている暇はもちろんない。これで素材はそろった。
あとはこれを錬金釜に入れて、――と、私の思考がとこまでたどり着いた瞬間、ようやく問題に気が付く。そうだ、どうやってこれを錬成するんだ?ゲームであれば錬金釜に放り込んで、ぐるぐるとかき混ぜればアイテムが完成した。だけどそのゲームが現実になったこの世界で、果たしてそんな簡単に錬成ができるのだろうか。できたとして、ここに錬金釜なんてものはない。冷汗が背を伝う。私のやっていたことは、無駄だったのか。計画性のない行動は、結局現状を変えることなんてできなくて、私はただ隅っこで縮まって遠巻きに戦闘を眺めていたのと変わらないのだろうか。
あの、私を助けてくれた名前も知らない男。彼に少しでも報いることができたら。あの犠牲によって発覚したゲーム世界の情報が役に立ったら。自分が無力じゃないと証明できたら。それだけで、少しでも罪悪感が薄れてくれると思って。私は――ッ
「ねえ君!それ錬金術の素材でしょ!?」
ネガティブな感情に支配されて、視界が狭まっていた。間近に迫ったその女性に、手を取られるまで気づかないほどには。私が驚いて手放したナナジュウナナフシの枝を空中でキャッチして、彼女はこんな状況なのに嬉しそうに話しかけてくる。
「すごい、ポーション作れるの!?」
妙に整った顔の女性だった。髪型はベリーショートで、タンクトップと腰に結んだ上着。ダボついたボトムスを足首でまとめて、そこに立っている。私が呆然としているのを見て英語がわからないと察したのか、彼女は日本語で話しかけてきた。といってもそれは一般的な日本語ではなく、
「錬成、開始?」
エリクシアシリーズのオタク丸出しな、片言だった。だけれど伝わる。ここにいる人間になら、それはほとんど共通言語に近い。私は首を振る。
「あいどんのーはうとぅー……」
私のつたない英語も、伝わった。それを聞いて頷いた彼女は、近くの観客席にあったワイングラスをひっつかんで、そこにナナジュウナナフシの枝をストローみたいに立てかけてはこちらに差し出してきた。……は?何を考えているんだこの人。そんな適当な感じでポーションが作れるわけ、……と、そこまで考えてはたと止まる。このままでは結局間に合わない。ゴーレムはじりじりとこちらの人数を減らして、中に侵入しようとしている。ここで足踏みするようでは、あとから正しい作り方が見つかったって意味がない。それなら、今ここでできることをやった方がましだ。
私は覚悟を決めてそのワイングラスを受け取る。目の前の女性はそれを見ると足元から手ごろなコンクリートの破片を拾って、打ち付けて角をつぶしてから渡してきた。
……ああっもうどうにでもなれ!!
私は残りの素材を全部ワイングラスにぶちこんで、コンクリ片でつぶす。何度も擦ってつぶしてを繰り返し、それらが液状になるまで。やがて緑とも茶色ともつかないその内容物は、液体と呼んでいいほどの流動性をもってワイングラスの中を揺れた。
[ナナジュウナナフシ]
ナナフシかと思ったら木でした、とかいうどこかの〇ケモンの逆みたいなことをしている幻生生物。球体関節構造と未解明の動力によって移動能力を持つ低木で、自身の周囲の環境に敏感。ある程度の振動や光の強弱を感知し動物から逃走することもある。それらの機能がどうやって発揮されているのかは不明。
[筋力ポーション]レシピ
・アメハナクサ
・ナナジュウナナフシ
・オトリトカゲ
[筋力ポーション(??)]レシピ
・アメハナクサ
・ナナジュウナナフシ
・オトリトカゲ
・???




