第9話 筋力ポーション
筋力ポーション。それはエリクシアシリーズの序盤で必須といってもいいアイテムの一つであり、錬金術師を選んだプレイヤーが初めに造る錬成物の代表格だ。素材は捕獲難易度の低いものだけで構成されているし、必要数もそれぞれ少量の3種類と簡単。初代エリクシアでさえこの難易度なので、ほとんどチュートリアルといっても差し支えない。私みたいな廃プレイヤーでなくとも、当時遊んでいた子供たちなら何も見ないで材料を暗唱できる。何なら大人になっても忘れないレベル。だからこそ、目の前の女性は私が何を造っているのか把握していた。
この筋力ポーションを使えば、――錬成に失敗していない限り――情人では考えられないほどの力が出る。でもそれは現実の筋肉を必要としないのだろうか?ガリガリとマッチョが同じくこの薬を服用したとき、同じ強化幅ならばマッチョの方が強くなるのではないか。こればかりはゲーム内にもファンブックの裏表紙にも載っていない。だからこれは憶測にすぎないが、直観的に考えてマッチョに飲ませたほうが確実だと思える。彼女も私も、それは何も言わずとも通じ合っていた。
完成したポーションをみて、さてこれを誰に飲んでもらおうかと一緒に辺りを見回して――つまり自分の手元から視線を外して――カシャン、と小気味のいい音がした。私の持っているワイングラスと彼女の手首に着けた金属製のアクセサリーがかち合って、ひびの入ったグラスがその中身を重力に解放しようとするのが、やけにスローモーションに見える。まずい。慌ててグラスを傾けた私は、その中身を一気に自分の喉に流し込んだ。
「「あ」」
……飲んじゃった。
……飲んじゃったね。
調合に協力してくれた女性と目を合わせてアイコンタクトだけで意思疎通をした直後、私の頭の中をいろんな焦燥が駆け巡る。もっと心の準備がしたかったとか、もっと飲むべき人がいたのに、とか、そもそもこれよくわかんない素材をよくわかんない方法でぐちゃぐちゃにした代物だけど飲んで大丈夫なやつなの?……とか。最後に至ってはそれをほかの人に飲ませようとするなと言われたら何も言い返せなくなる自信しかないので、まあ、なんか、逆に自分で試したのは紳士的な行いだったかもしれないが。
と、とにかく飲んでしまったからには私が前線に行かなければ、と思った私は、ゴーレムたちが特に多く押し寄せてくる正面ゲートの方に向き直る。そして一歩を踏み出そうとして、固まった。
――痛い。
じわじわと全身をちぎられるような痛みがだんだんと胃の辺りから広がり、私は一秒も耐えられずにしゃがみ込む。痛い。熱い。苦しい。私は初代エリクシアのプレイ中のことを思い出した。あのゲームでポーションを飲むたびに発生する行動不能時間。油断してフィールドでポーションを飲み、行動不能時間に現れた雑魚的に一方的にやられるのはもはやお約束と言っていいやらかしだった。そのため、こういったステータス強化系のポーションは基本的に安全地帯で服用するのが鉄則なのだ。ゲーム的な要素にすぎないと思っていたあの仕様が、もしゲーム内の世界観設定だったとしたら?もしポーションを飲んだ主人公たちがゲーム的なポリゴン描写の裏で、私と同じようにもだえ苦しんでいたとしたら?――よかった。このポーションは、成功している。
その音は、戦場となった劇場の全体に響き渡った。銃声にも似た、物質がすさまじい速度ではじけ飛ぶ音。実際にはじけ飛んだのは土くれで、撃鉄の役割を果たしたのはとある少女の細腕だった。ぐらりと傾いたゴーレムがたたらを踏んで、衆目はその胸元が大きくはじけてえぐられているのを見た。そして、こぶしを振りぬいた姿勢で今しがた自分のしたことを信じられないといった表情で見つめているのは、ほかならぬ私である。
「痛っっっっっっっっっったいッ!!!!」
こぶしが自分の力に耐えきれなくて悲鳴を上げる。皮がめくれて、出血しているのが目で見なくてもわかった。だけど、かろうじて骨折はしていない。一方目の前のゴーレムは私の一撃に後退し、その質量を大きく減らしたものの、まだ核は壊れていない。自分の土を使って欠損部位を修復しようとしている。だが、ここまで削ってしまえばもう大丈夫だ。大きくえぐられた胸元、その一番奥に輝いた赤い核めがけて、私が介入する前に戦っていた男性が包丁を突き立てる。ガキンと硬いものが衝突する音がして、直後ゴーレムは沈黙した。
「な、なんだ今の!?何があった??」
「おいおい、意味わかんない威力してたぞ!俺が全力でコンクリ叩きつけてもあんなに削れなかったのに!」
ざわざわと視線が集まる。恥ずかしいが、今はこの状況を利用しよう。今なら私の声が届くはず。
「筋力ポーションを使いました!」
説明は省いて簡潔に。
「このままじゃ体が先に壊れるので何か長めの武器ください!」
大勢いる中で、私の声に反応した日本人の中で、ちょうどいい長さに折れて転がっていた鉄製の棒――何の部品だったかわからないが――を持っていた一人がこちらに駆けてくる。それを受け取ると、私は目の前のゴーレムに向き合った。反撃開始だ。
エリクシアシリーズにステータスの概念はない。いや、ないと言ってしまうと語弊があるが、例えばスピードも筋力も、結局筋肉由来なので筋力ポーションで強化できる、というった感じで従来のテンプレート的なステータス表記を無視しているのだ。器用さに至っては難しい調合でプレイヤースキルとして求められる始末。
つまり何が言いたいかというと。筋力ポーションはしっかりと足の筋力も強化しているということで。私の一歩は自分でも予測できないほどの距離を突破し、ゴーレムの後ろまで回り込んでしまっていた。
「これ、調節がむずかしい!」
愚痴をこぼしながらも目の前のゴーレムの核の位置を正確に予測する。ファンブックの記載、池の近くでの交戦、先ほどのえぐられたゴーレム、すべての画像が一枚に重なって、目の前の標的の核の位置を暴き出す。
「そこッ!!」
私が突き出した鉄の棒はそのままゴーレムの体を貫通し、貫いた穴から散った赤い魔石の破片が陽光を反射してきらめいた。




