第22話 魔女側に非があるタイプの魔女裁判
「奴らは外にも人を配置してるみたいです。下手に逃げたら挟み撃ちにされますよ。」
それはジャクリーンに報告に来た男がもたらした情報だった。彼らはまず公園の中心部で一通り暴れてテントに侵入。武器やポーションなどを奪い、勢力を拡大しながらバリケードまで進行してきた。
私たちが逃走するのを防ぐ目的であらかじめバリケードの外、無人地帯と化したロンドンの街にも人を配置し、警戒している。
それでも逃げるのが一番被害の少ない選択だ。外の見張りを一人二人気絶させて突破するのは不可能じゃないし、それなら死人はほとんど出ない。だけどジャクリーンはそれをよしとしない。拠点を失うということは彼らに拠点を明け渡すということ。そんなことになれば今後彼らを抑え込むのが困難になる。逃げた先が絶対に安全ならいいが、追撃を仕掛けられたら意味がない。だからここで迎え撃つ。たとえ、血を流すことになっても。
「フリーダ、魔法は君が一番使い慣れているはずだ。杖塔のそばでいつでも発動できるように待機していてほしい。」
「わかった。」
フリーダ――彼女はことあるごとに作業をさぼって魔法で遊んでいた――が駆けだしていくのを見送って、ジャクリーンは思案顔でつぶやく。
「拘束された住人を人質にされるのが一番面倒だけど、彼らだってシアンを悪にして自分が正義だと主張している。その主張を根本から覆すような手段に出るのは現実的じゃないだろう。なら、この戦いは純粋な武力衝突になる。鍵はこの杖塔が機能するかどうか、かな。」
暴徒が迫る。数は10から20といったところ。その表情は戦意に満ちて恐ろしいが、私の恐怖は別のところにある。今からするのは本気の戦いだ。言ってしまえば殺し合いだ。手加減なんてできるかわからない。もし相手を殺してしまったら、とそう考えるだけで心臓が炙られるような不安感に襲われた。武器を握った手が震える。私が感じた殺してしまうかもしれないという恐怖は、相手が近づくごとに殺されるかもしれない恐怖に変わっていく。ほどなくして、その先頭が衝突した。
私は、目の前で繰り広げられる戦いを見ていた。何もせずにただぼうっと突っ立って、誰かが傷つけあうのを見ていた。怖くて、足が動かないから。こんなの、聞いてない。人と人で争うなんてそんなつもりはなかった。私が原因だという現実も、目の前の惨劇もどこか遠い夢のように思えた。そう思わないとやっていられなかった。
鮮血が舞う。赤が飛び散って曇り空の灰色を汚す。その血が、恋――私の友達のものだと気が付いて、私は目が覚めた。
「ふざけんなッ!!」
「ふざけんなッ!!」
自分でも驚くほど憎悪のこもった声が出た。そのままに一歩前に出た私は、彼女を傷つけたナイフをどうにかしたくて、がむしゃらに槍を突き出した。それはポーションで強化された膂力をそのまま受け取って速度を増し、ナイフを握っていた腕を貫いて突き抜けた。ここに来て初めて、ナイフを握っていた男の顔が目に入る。苦痛に歪んだ顔。私を恨む、睨めつけるような目。だけど何の変哲もない普通の人間だった。私が腕を貫いたのは、ただの人間だった。その事実が重くのしかかる。
恋は大した傷は負っていないようだった。
「大丈夫!?」
と声を掛ければ、元気そうな返事が返ってくる。
「あばばばばシアン様が私のこと助けてくれました!?これは夢ですか?もう死んでもいいかも……。」
前言撤回。頭の方が重傷だった。私のせいなの?これ。
ともかく、今はファンサをしている暇はない。目の前の男はうずくまって動けないみたいだが、周囲を見回せばまだ何人も残っている。熱狂に侵されて武器を握った人間が、何人も。
なるべく殺さないように、場の熱気に飲まれないように、戦う。槍を振るい続ける。戦況を動かしたのは、バチバチと燃える炎の音だった。
「ずいぶんと苦戦してるじゃねえか。内側の制圧はもう済んだぜ。」
公園の奥からやってきた男は、得意げにそう言って腕を高く掲げた。
「俺が助けてやるよ。」
次の瞬間、中空に炎が生まれる。――魔法だ。そう思うのと、彼の掌の中に握られた魔石を見つけるのはどちらが先だったか。火炎放射器を彷彿とさせる軌道で放たれた彼の魔法が、その眼前の一切を焼き払った。
「はははッバカだよなあ!?俺みたいな奴にも情報を渡して利用されてるんだからよ!お前らのポーションも魔法も!美味しいとこだけいっただきまァす!!」
阿鼻叫喚の叫び声と、地面をごろごろと転がる火だるま。一気に不利に傾いた戦場に絶望が走る。
「博打は嫌いなんだけどね。」
それは、ジャクリーンの声だった。
「フリーダ!全力で水魔法。」
「やっと!待ちくたびれたよ!」
合図に合わせて、屈強な男が杖塔の縄を引く。滑車に引きずられて登っていくのは、イチャの実がいっぱいに詰められた籠だ。それが設計通りの動きで塔の頂上の器になだれ込む。
「装填完了ッ!」
「トリガー引きます!」
別の男がもう一本の縄を引くと、ハンマーが降りて器にたまったイチャの実を砕いた。
イチャの実は幻の実だ。あれは強い衝撃を受けたり実を深く傷つけられたりすると、霧になって消える。そして『なにか』を放出する性質を持っている。直後に魔法が強化されることからその『なにか』をゲームでは、――魔力と呼ぶ。
「行くよ。」
フリーダの声。いつもと違って落ち着いた、低い声。直後、空間が震えた。
エリクシアの世界において、大工とは魔法使いであり魔法使いとは大工である。
これはゲーム本編では明かされていない割とコアなファンだけが知る知識だが、エリクシア世界も最初は手に持てる大きさの杖を持った魔法使いが主流だった。しかしある時技術的なブレイクスルーが起こって、杖は大きければ大きいほど魔法の効果が高くなることが判明。もともと魔法は極端に集中力を要求される技術で、携帯性が重視されていなかったこともあり、魔法使うなら塔があってしかるべきだよね、みたいな風潮が広がる。それに従って魔法使いが建物を建てる知識を求め、建物を建てる知識を持っていたものが魔法に触れ始める。こうして大工と魔法使いはほとんど同じ界隈で同じ知識を共有するようになった。ここで大工仕事を嫌った魔女たちが職を失って犯罪に走ったのが魔女裁判の始まりというのだからやけに世知辛い設定である。
そしてその設定は、この世界にも活きている。空が暗くなった。夜が来たのかとそう錯覚するほどの水の球体が浮かんでいるのを見れば、嫌でもそれを理解させられる。直後、大瀑布の奔流が辺り一帯を支配した。




