第15話 パーティー結成
「さあ、準備をはじめようか。せっかく向こうから来てくれたんだ。次に私たちが目指すのは――」
期せずして、次の目的地が決定した。最初に向かうのはロンドンの西に位置するキュー王立植物園。そして手に入れるべき素材は――
「世界樹の朝露だ。」
いざ、世界樹の森へ――と思っていた私の目の前には、英単語帳が開かれている。ジャクリーンが始めようかと言って、居住まいを正した。何が始まるのかって?もちろん英会話教室である。私が喫緊強化しないといけないのは筋力でも属性適正でもなく、悲しいことに英語力なのだ。
「あみかさんは記憶力がいいんでしょ?もしかして英単語もほとんど覚えてるんじゃないかな。それでも英会話ができないのは、たぶんネイティブの発音が単語と結びついていないから。そこを克服すれば常人の数百倍のペースで言語習得ができると思うんだ。」
とは、島崎さんの言葉。図星である。そうなったら私がやるべきなのはひたすらなリスニングと無理やりにでも自分の言いたいことを伝えようとするスピーキング。つまりジャクリーンに対してコミュニケーションをとり続ける地獄のタイマン勝負である。というかこの人イベント参加組のリーダーになってるとか言ってなかったっけ。忙しいだろうに私の英会話学習に付き合わせるのが申し訳なくなってくる。私がそう言うと、ジャクリーンは笑って否定した。
「大丈夫だよ。君の言語習得は今あるすべてのタスクの中で最優先事項だから。」
……わーいうれしいなー。……それはそれでプレッシャーがすごい。なんにせよ早く習得しなければいけないみたいだ。
・・ ・
およそ三日にわたる地獄の特訓。単語を見るだけではわからない文章になった時の砕けた発音をこれでもかと記憶して、自分の口でも再現する。慣用句表現についても一通り覚える。島崎さんの協力も得ながらなんとか会話を繰り返し、私は割といい感じに英語が喋れるようになった。
単語を完全に暗記してるアドバンテージがあるので、ほかの人からしたら早すぎるくらいの習得速度だと島崎さんは褒めてくれた。けれど、毎日限界まで詰め込んで泥のように眠りにつく日々は決して楽じゃなかった。
ちなみにこの英会話のおかげで私はジャクリーンと仲良くなった。会話のネタとして趣味だとか家族の話とか、いろんなことを聞いたり話したりしたし、お互いに好印象だと思う。……私の勘違いでなければ。呼びやすかったのかジャクリーンは私のことをシアンとゲームの名前で呼ぶようになったし、私もジャクリーンを呼び捨てにしている。こんな異国の地で友達が増えたのは素直にうれしい。英語も話せるようになったし、調合で助けてくれたフリーダとも仲良くなりたい。
その私の願いには、すぐに機会が与えられることになった。というのも、私の英会話が3日に詰め込まれていたのは次の全体会合に間に合わせるためで、その全体会議の内容がちょうどそういう話だったのだ。
もう見慣れた道をたどって公園に向かえば、壊れた劇場にたくさんの人が集まっている。いまだ私に不満のある人もいるようで、入った瞬間にいろんな目線が刺さった。何とかそれを気にしないようにして、私はジャクリーンの横を歩いた。
会場には武装した人間も多くいて、どうやら筋力ポーションを使っている人も少なくないらしい。ジャクリーン曰く、元の筋肉量と強化幅にはあまり関連がなかったという。ムキムキの人の中にもめっちゃ強くなった人がいれば元からあまり変わらなかったという人もいるらしい。そこら辺の仕様も探っていかなければならない。
それはそうと、今回の議題は別にある。私を隣に舞台へ上がったジャクリーンが声をあげる。
「筆頭パーティーを結成する。」
それは問いかけでも提案でもない。宣言だった。
エリクシアシリーズは一人プレイが基本のソフトだ。通信で素材を分け合うようなことはできなくもないが、それにも制限があった。そんなゲームにもちろんパーティー制度なんかない。だけどいま、現実でそのゲームをプレイするのなら。
「錬金術師、鍛冶師、大工、そして開拓者。それぞれ一名ずつのパーティ単位で行動するのは理にかなっている。ゲームでは売買という形で手に入れていた他職業のアイテムを、それぞれが補い合う形で補給できるのはこの厳しい現状を生き抜くうえで必要不可欠だ。」
彼女の主張に、集まった人たちは頷いている。おおむね同意の人が多いようだ。だけど、問題はここから。
「その先駆けとして、中心になってこの世界を攻略する筆頭のパーティーをつくる。そして筆頭パーティーの錬金術師の枠には、ここにいるシアンを据える。」
ざわ、と会場がにわかに騒ぎ出す。いまだ私に反感を持っている人はいるし、そうでなくとも反感をもらっている人物が筆頭になるのは問題だ、と思う人もいる。これはジャクリーンの受け売りだけど、目の前で騒いでる人の数を見るに間違ってはいないようだった。
「君たちはまだ彼女を責めるつもりなのかい?」
低い声。喧騒が削られる音。
「シアンが切り開いた道の上でポーションの恩恵を受け取っておいて、その本人の功績を認めないと?駄々をこねるのもいい加減にしたまえよ。君たちのような幼稚園児をかまっている余裕は今の私たちにはない。」
強い言葉だ。むしろ私が顔を引きつらせている。その沈み切った沈黙を破るようにして、一人の声が上がった。
「はい!私やるよ!シアンと一緒にパーティー組みたい!!」
見覚えのあるショートヘア。少ししか経っていないのにやけに久しぶりに会った気がする。フリーダはそのまま舞台上に歩いてきては、にこりと笑った。
「私はゲームもやりこんでるし、本職も建設関係なの。大工をやるならこれ以上ない人選だと思うけどどうかな?」
「わ、私もフリーダが来てくれるならうれしい、です。」
フリーダが嬉しそうな顔を向けてきたので目をそらす。ジャクリーンはふっと笑みをつくってそれを認めた。
「ほかに名乗り出る人はいるかな。」
私はつい島崎さんと恋を探すが、人が多くて見つからない。それにここで名乗り出ないということはそういうことだろう。少し寂しい気もするが無理強いはできないのであきらめる。
「質問しても構わないか?」
その声は、会場の手前側から投げかけられた。見ればそこには一人の男が立っている。
「まず、私はあなたの意見に賛成だ。この現状を打破するにはゲーム的な概念に頼るのが近道だし、そのために協力する必要もあるだろう。だけど我々はまだ、世界の変革のただなかにある。これから何が起きるかもわからなければ何が必要かも判断などできないはずだ。」
「その通りだね。だけどじゃあ、何を私に求めているんだい?」
「英雄に祭り上げるな、と言っている。私はその筆頭パーティーに参加してもいいと思うが、それは参加してみて活動内容や世界の現状について知るためだ。まずは試用期間だと思ってほしい。勝手に祭り上げられて責任を背負わされてはたまらない。」
かろうじて会話についていく。ジャクリーンは笑みを崩さない。
「いいよ。君自身の能力と希望の職種は?」
「私はケンジーという。猟銃の管理修繕をする仕事をしている。鍛冶は専門外だから実際もっといい人材がいるかもしれないが、そこにいるやつらはシアン《ひと》を叩くのに夢中みたいだからね。鉄を叩くのは私がやろう。」
「鍛冶師だね。歓迎するよ。」
男が壇上に上がる。シンプルなシャツを着た見た目35から40歳程度の男。堀の深い顔立ちで皮肉気に笑みをつくっている彼は、イケメンと言って差し支えない。
よろしく、と言って差し出された手を握り返すと、彼は私の隣に背筋を伸ばして立った。
その日は結局、それまでだった。いくつかの質問こそあったが、パーティーに加わりたいという人はいない。ジャクリーンは、彼らは彼らでそれぞれパーティーを組み始めるだろう、なんて言っていた。
ともかく開拓者を欠いてはいるものの、私たちの筆頭パーティーが決まった。ちなみにジャクリーンはリーダーかつ裏方なのでメンバーではない。
私があらかじめ用意しておいた筋力ポーションを、二人が手に取る。今度はきれいに洗ってあるワイングラスに揺れるその液体を、彼らは日に透かして見る。私は水の入ったグラスをもって、彼らと突き合わせた。カチンとガラスが鳴って、それぞれが中身を呷る。フリーダとケンジーのポーション痛が収まるのを待って全員で正面に向き直れば、会場が拍手で満たされた。全員に祝福されてはいない。かたくなに拍手をしない人もいる。それでもこれは私たちの一歩であり、この世界を切り開くためのパーティーが結成された瞬間だった。
「さて、早速だけど筆頭パーティーにやってもらいたいことがある。」
会合の後、舞台から降りてきたジャクリーンが先に戻っていた私たちに合流して言う。
「この世界で魔法が使えるのか、確かめたいと思わないかい。」




