マクスウェルの秘宝『祭壇』―解明―
――魔法西暦 1300年――
獣達は怒る。
なりふり構わず、怒る。
ただ、ただ怒る。
本能ではない。
感情だ。
獣達はずっと感情で動いていた。
ずっと、昔から。
ずっと、ずっと、昔から。
この『墓』が建てられた時からずっと。ずっとずっと。
いや、それよりも前からずっと、ずっと、ずっと、生きていた頃からずっと怒っていた。
――魔法西暦? ????年――
それは何とはなしに始まったこと。
きっかけがあったわけでもなく。
理由があったわけでもない。
そう、強いて言うならばただの気まぐれ。
気まぐれに虐げた。
五匹? 五体? 五人? 五羽? 五柱?の獣たちを虐げた。
人々は獣たちを虐げる対象にした。
始めこそ人智を超えた存在と崇めたが、一人の男の一言で崇拝の対象は虐遇の対象となった。
そして人は獣たちに暴虐の限りを尽くした。
最初は蹴る、殴る程度だった。
しかし、それだけでは人は飽きる。
殴るものが拳から鈍器に変わり、蹴ることをやめて石を投げることを始めた。
それでも、人は飽きる。
何度傷つけても翌日には治っている怪我を見た人たちは更に酷いこと始めた。
焼く、千切る、斬る、切り落とす、剥がす、毟る、潰す、抉る、犯す。
おおよそ殺す以外の全ての暴力を人は獣たちに振るった。
そして、そんな残虐な暴力にも人は飽きる。
一日中全員が飽きるまで暴力を振るわれる毎日。
それが終われば糞尿の臭いが立ち込める檻に閉じ込められた。
獣たちは徐々に生気を失っていった。
そしてある日獣たちは消えた。
獣たちには『死』の概念が中なかった。
だから消滅した。
生きるという行いをやめ大気中に存在する魔力と同じように。
人が吸う空気と同じような存在へと姿かたちを変えた。
だが、それを一人の男は許さなかった。
楔を打ち、その場に獣たちを留めた。
誰も抜けない楔で、楔を打った当人ですら抜けない楔でその場に留めた。
一人の女がいた。
ずっと獣たちを崇拝していた女だ。
一人の女は最後まで獣たちを崇めた。
人々が獣たちを虐げても女だけは決して獣たちを傷つけなかった。
獣たちの傷を癒し、体を洗い、泣きながら獣たちを慈しんだ。
助けられない無力さに涙する一人の女の慈しみを獣たちは受け止めた。
ある日。
女が死んだ。
消滅してもなお獣たちを崇めていた女は村の人々の手によって殺された。
獣たちと同じ扱いを受けて最後に殺された。
一人の男の手によって無残に殺された。
獣は怒った。
どれだけ虐げられても怒らなかった獣はついに怒った。
一人の男へ向けられたその怒りは人の手にはどうにもできない。
まさに天変地異。
獣の怒りは未来永劫続く。
男が死んでも男の遺伝子を受け継ぐ者へ。
遺伝子を受け継がずとも男の魔力の残滓を持つ者へ。
魔力の残滓がなくとも男の魂を持つ者へ。
逃げても、死んでも、転生しても、獣たちは男への怒りを忘れない。
永劫の怒りを災いに転じて男へとぶつける。
――魔法西暦? ????年――
獣たちの災いの噂を聞き付けた一人の魔法使いがその地を訪れた。
災いの獣と噂される呪いが一体どういうものなのか。
魔法使いは慧眼ですぐさまその獣たちの本質と原因を見抜いた。
災いが起きる理由、それまでの経緯。
ああ、そういうことか。
当然だ。
魔法使いはそう思った。
楔を外してもよかった。
しかし、楔を外せば獣たち解き放たれ永遠に男を追いかけ、その度になんの因果もない人たちに災いが降り注ぐことになる。
魔法使いは獣たちが今もこの地に眠っていることを示すために五つの立派な墓石を立てた。
そして、少しでも怒りが収まるように獣たちの思い出から一つの仮面を作った。
慈愛に満ちた表情の女性の仮面。
次に魔法使いは秘かに村人たち全員に楔を打った。
運命を縛る楔。
獣たちを苦しめた最初の村人たちが必ずこの地に戻るように。
その遺伝子を受け継ぐ者が必ずこの地に住むように。
魂が転生をしても必ずこの地に戻ってくるように。
獣たちの怒りの矛先がなくならないように。
怒りの対象としてこの先も未来永劫この村にい続けるように。
因果応報。
この楔は第三者には抜けない。
打った本人と獣たちが抜くことを了承して初めて抜ける強固な楔。
怒りの対象がいなくなってしまったら獣たちの怒りの矛先がなくなる。
行き場のない怒りはいずれ関係のない人に及んでしまう。
そうならないためにも村人とその子孫、その転生者には犠牲になってもらう必要があった。
誰もそうとは知らず。
この村はどれだけ災いが起きても必ず復興し、また村民が絶えることはない。
――魔法西暦 1300年――
私はジャモを連れて村長の館に再び訪れた。
館の扉を叩き、村長の返事を待つ。
だけど、返事はない。
予想した通りだ。
「出てこないな」
「ええ、まあ出てこないでしょうね」
すぐにはね。
「おや、懐かしい顔だ」
ほら来た。
二度目でもこの背後を取られる感覚は慣れない。
村長は曲がった腰をさすりながら現れた。
「ジャモ、やっぱり知り合い?」
「ああ、まあ。ご無沙汰しております」
「不気味な一族の末裔。この村の民達とはどこか違う異質な者。何をしに戻ってきた」
村長はジャモを敵視していた。
だけど、妙な言い回しだ。
異質な者?
同じ村の出身では?
「この地に根付く獣の調査に」
「やはりたわけか」
「何とでも言えばいいさ」
「それで私に何の用かな? 日記ならお嬢さんに渡したはずだ」
村長は嫌そうな顔を浮かべた。
取り付く島もないと思った時、背中の解呪の太刀『遊馬』が震えた。
柄の所に埋め込まれた三つの宝珠のうち、呪いの対象を特定した時に光る宝珠が怪しい赤色で点滅していた。
随分と中途半端な反応を示すじゃないか遊馬。
心の中で愛刀に問いかける。
普段ならすっと光るのに。
村長自身が呪いの対象じゃないということは確かだ。
でも、村長が関係しているのも確かだ。
「なぜ逃げるんですか?」
私は日記を読んだ時に抱いた違和感の正体を訪ねた。
「何の話かね?」
「少ない魔力しかないのに、なぜ楔を打ってまで転移魔法で逃げるんですか?」
楔を打てば本来必要な魔力の半分程度で転移魔法が発動できる。
だが、同時に特定の場所にしか転移できないというデメリットが生じる。
本来好きな場所に自由に行き来できるのが転移魔法のメリットだ。
それを放棄してまで転移魔法にこだわる理由に違和感があった。
「それは当然災害から逃げるためさ。自分の命が大事なんだ」
そうでしょうとも。
その理由もあるが。
違う理由もあるはずだ。
「村民の反感を買ってでもですか?」
宿屋の店主としか会話していないが店主は明らかに村長を嫌っているような感じだった。
村民の反感を買ってまで逃げる選択肢は得策ではない。
それに、この館。
他の村の家とは明らかに外壁の材質が違う。
前に見たことがある。
雨風に強い素材の外壁だ。
それに加えて外壁に魔法が施されている。
「なるほど、お嬢さんもただ物ではないということか」
村長はギっと下唇を噛んだ。
村長の乾燥した唇からわずかな血が出た。
そして、柄に埋め込まれた宝珠の光が背中から見えた。
血?
私はてっきり村長自身が呪いの対象だと思っていた。
予想外な対象に私は理解まで時間がかかった。
「呪いの対象が血か」
「何? どういうこと?」
呪いの対象が人ならわかる。
土地ならわかる。
呪いの対象が血になるとどうなるというのか。
見当がつかない私にジャモは告げた。
「一族が呪われてるってことだ。村長が死んでもその子どもに。子どもが死のうともその孫に。この先ずっと一族が呪われていくということだ」
「気づいたか。私もただのうのうと生きていたわけではない。古今東西の解呪の魔法を調べていて流石に気づくとも。身の覚えのない呪いが自分に降りかかっていることくらい」
「それって、相当。その……何と言ったらいいか」
「かなり強力な呪いだ。それほどに先祖が何かしたのだろう」
呪われる原因は大抵恨み。
呪いの根源に酷いことをしてそれが呪いを生み出す。
呪いのいい所は誰でもできること。
呪おうと思えば、誰でも、誰かを、何かを呪える。
ただし、誰もできるがタダで呪えるものではない。
呪うにもそれなりに力が必要になる。
期間、対象物、呪いの内容。
それ次第。
「率直に聞くが、解けるのかね。この呪いが」
村長は真剣な面持ちで問いかけてきた。
ジャモはその問いに真剣に返す。
「勘違いしないでほしいが、あくまで俺たちはその調査に来ただけだ、呪いの解呪が目的ではない。必要であれば解呪をするだけだ」
「そうか。では呪いの根源に案内するだけでもしてあげよう。ついてきなさい」
村長は館へと私たちを案内した。
館を案内されてきたのはリビングだった。
ただ、何というか。
無理やり改装してリビングにしたような。
「元々ここは転移魔法を研究する部屋だった。が、研究が終わった後に改装してリビングにしたんだ」
村長は部屋の真ん中に敷いていた敷物をどかした。
古い床のままそこだけ床が張り替えられていない。
そして、奇妙な魔法の陣。
「根源の場所に行くための転移陣か?」
ジャモが聞くと村長は深くうなずいた。
「そうだ」
「ちょっと待って。今から行くの? 明日の朝とかにしない?」
「朝に行っても夜に行っても同じだ。」
「どういうこと?」
「行けば分かる」
村長は有無を言わせず転移魔法を起動させた。
眼前の光景を見た時にそびえたつそれが秘宝の『祭壇』だとすぐにわかった。
そして、同時に遊馬の柄の宝珠が光った。
これが呪いの根源。
これが。
これが⁉
私はどっと冷や汗が出た。
今までの呪いとわけが違う。
規模が違う。
強力すぎる。
呪いの根源は今までどれも禍々しい感じだった。
どれも濁っていて、周りの空気を汚すような。
だけど、違う。
悔しくも私は『祭壇』を目の前にして神々しさを感じた。
神聖な場所に立ち入った時と同じ厳かで礼儀正しくしなければと思わせる空気。
今までの呪いの根源と何か根本的に違う。
「これが呪いの根源か、想像とは違うな」
「そうだろうとも」
「神々しいな」
澄んだ空、凪いだ湖面。
そよ風に撫でられる頬。
のどかなどこかは人の手が一切入っていない特殊な場所。
「昔はこの場所に村があったんだ。だが、度重なる災害によって今の場所に村を移した」
「こんな場所じゃ被害直撃に決まっているだろう。何があったかもうあんたは知ってるんだろ?」
「知らん。本当に何が起きてこうなっているのか分からんのだ。なぜ私たちがこんなことに巻き込まれているのか」
「ここまで来て手詰まりね」
この秘宝がなんなのかを調べるには災いとこの村の関係を知ることが必要不可欠。
ジャモは歩き出し秘宝へ近づいた。
「いいや、精霊の慧眼を借りればこの村と秘宝の関係性もわかる」
「精霊って何者?」
「この世の上位の存在だ。全知全能であり、この世の全てを支配できる力を持つ存在だ」
「それって精霊なの?」
「精霊だ」
ジャモはきっぱりと言い切った。
私の国と根本的な魔法体系が違うせいか、精霊という存在がいまいちしっくりこない。
「何があったか幸いこの場には関係を結ぶ全ての対象が揃っている。何があったかを見ることくらいはできるだろう」
そういうとジャモはえ詠唱を始めた。
詠唱を聞く限りメジャーな魔法ではないことは確かだった。
ジャモは突如ダラっと脱力したかと思えば、いきなり糸吊り人形のような不気味な挙動をした。
ガタガタと震え、意味の分からない言葉を呟けばまたガタガタと身を震わせた。
あれが精霊との交信なのか。
化け物に魂を取られているかのような光景だ。
もっと美しい物を想像していたが想像以上に禍々しく、おどろおどろしい。
すると次の瞬間にピタッと動きを止めた。
「ジャモ? 大丈夫?」
何も言わずにジャモはこちらを向くとものすごい剣幕をしていた。
「呪われて当然だ。こんなことをすれば末代まで呪われてもおかしくない。お前らも俺が見たものを見ればそれが分かる」
そういうとジャモは私と村長に近づき頭の上に手を置いた。
すると彼の見た光景が全て私の頭に流れ込んできた。
私は耐えられなくなりジャモの手を払いのけ、その場に蹲った。
粗方腹の中のものを全て吐き出して、立ちなおす。
「お前が呪われている原因はこれだ」
「どうすればいい、私は関係ない。私の先祖が勝手にやったことだ! 私は関係ないんだ!」
「俺の家族を虐げたという意味ではお前の本質は先祖と変わっていない」
「黙れ! どうにかしてくれ! そうすればこの村に受け入れてやってもいい。どうせ、根無し草の魔法使いなんだろう?」
「悪いがこんな村に戻るなんて頭を下げられてもごめんだな」
村長はもはや私が思っていた人物とは違っていた。
どうやらこれが彼の本性らしい。
「でも、これで遊馬を抜く条件が整ったわ」
遊馬の柄を見ると三つ目の宝珠が光っていた。
これで、呪いの対象、呪いの根源、呪いの縁の全てが揃った。
「いつでも斬れる」
「では、まず現物の調査と行くか」
私とジャモは『祭壇』へと近づいた。
『祭壇』台座部分の基礎は純白で豪華な彫刻掘られていた。
純白すぎてどこか光っていると錯覚してしまうほどだ。
そして、基礎の上に立つ五つの『祭壇』。
でも、これは『祭壇』というより。
私の国の墓に近い見た目だ。
見たこともない綺麗な花が添えられ、ご丁寧にお供え物まである。
「ねえ、これ祭壇っていうより……」
私がジャモに率直な感想を伝えようとした時それに気づいた。
獣。
いや、獣というには神々しすぎる。
こちらに敵意はなさそうだ。
「あれがこの秘宝の……災害の獣」
敵意やこっちに対する危険性はない。
だけど、愛刀の遊馬はこれまでに見たことない反応を示している。
「ジャモこれってヤバいんじゃない?」
「ああ、大分やばいな。村長のせいで恐らく獣が触発されたみたいだ」
「ヤバいよね。だって」
私が恐る恐る『祭壇』の方へ振り向く。
そびえたつ祭壇の後ろから四体の獣が獰猛な目を光らせていた。
「ジャモ戦える?」
「無理だ。さっきの過去視で大分魔力が持っていかれた。恐らく次に交信すれば呑まれる」
あの交信を見た後では呑まれるというものが想像以上にヤバいのはわかる。
「ああ、仕方ない! 抜刀『遊馬』‼」
私は遊馬を鞘から引き抜いた。
遊馬から流れてくる魔力が私の体へ巡り、特徴的な紋様を全身へ刻み込む。
毎度思うがこの紋様が体に刻まれる瞬間身体が熱くなるのだけは何度やっても慣れない。
「我ハ呪イを斬るモノ。ここでタチ斬る」
遊馬にほとんど身体の自由と意識を持っていかれ、残った僅かな意識で眼前の呪いを視認する。
無理だ。
これは、斬れない。
遊馬と意識が融合するまでは見れなかった呪いの本質が目に映る。
楔が打たれてがっちりと根源と対象が繋がっている。
何よりも強力すぎる。
結びつきも楔も何もかもが強い。
普通じゃないのは一目瞭然だった。
同時に遊馬の魔力と私の融合が解けていくのが分かった。
「ジャモ! 無理! これは斬れない!」
これは呪いじゃない。
「なぜだ⁉ 呪なら断てるのだろう!」
だってこれは。
「これは呪いじゃない。これは祟りよ!」
呪いと祟りは似ている。
よく間違えるけど、祟りは遊馬では斬れない。
愛刀遊馬が妙な反応をしていたのはこれが原因だった。
でも、一つ分かったことがある。
遊馬は呪いと祟りの区別をつけていない。
これまで遊馬は不具合や間違いを起こさないと思っていた。
だが、祟りを呪いと間違えた。
これは大きな収穫だった。
「ということはどうなる⁉」
「遊馬が斬れるのは呪いだけ。祟りは対象外よ! お手上げ! 遊馬もやる気失くしてる!」
「気分まであるのかその太刀には」
「何をしている⁉ 呪いを断つのだろう⁉」
「これは呪いじゃない。祟りだ!」
「何が違うんだ⁉」
村長は状況を呑み込めていないようで怒りをあらわにした。
「ただの人や獣じゃないの! これは神様の類よ! 貴方の先祖は神に近い存在を虐げたの!」
「そういうことだ。俺たちは退かせてもらう」
「そうね、これは無理よ」
「ちょっと待て! 私はどうなる⁉ この村の村民たちは⁉」
「そんなこと言われても私たちではどうしようもないわ」
「神を相手にはできない。それに幸い祟られているのはお前たちだけだ。人への被害でいえば最小限にとどめられている。変に刺激するのは得策ではない」
ジャモの意見に全く同意だった。
これ以上何かすれば私たちも祟りの対象になりかねない。
そんなのはごめんだ。
そして、思った。
これは『祭壇』ではない。
これは『墓』だ。
マクスウェルはこれが異国の形式のお墓だと分からなかったのだ。
彫刻やら装飾を見て絢爛豪華だったから『祭壇』という名前をつけたのだろう。
彼は的外れな名前を付けないから私たちはそれを疑わなかった。
でも、断言しよう。
これは『祭壇』ではない。
これは『墓』だ。
――魔法西暦 1300年――
その後私たちは組織に報告をした。
それが祭壇ではなく墓だということ。
人の手に負えるものではないこと。
被害は最小限に抑えられること。
諸々を報告した結果、組織の出した答えは『観察』だった。
虐げた存在がまさか神の類だとはその時代の人たちも思わなかっただろう。
まあ神の類だろうと、そうでなかろうと何かを虐げれば最悪その代償が返ってくるということを身に染みてわかった。
あの後ジャモはというと観察チームにはいりあの秘宝を観察しているらしい。
調査チームもあの気難しい男と少し関わってみれば厄介さに気づくだろう。
そういえば、呑まれるってなんだったんだろう。
それだけがいつまでも気になって仕方なかった。
曇り空の向こうにいるあいつは一体今何をしているのだろうか。