マクスウェルの秘宝『聖歌隊』
――魔法西暦 1250年――
荒廃した都に歌が響く。
神を称える歌が響く。
都市全体の建物は廃れている。
その教会だけは建てた当時の綺麗なまま。
教会の周り一帯だけ特別な空間だった。
「あれが、例の教会っすか」
「みたいだねえ」
僕が聞くと姐さんはニッと笑い頷いた。
マクスウェルの秘宝『聖歌隊』。
その正体を今僕と姐さんが突き止めようとしていた。
――魔法西暦 1249年――
遥か昔にこの世界を踏破した大魔法使いマクスウェル。
彼がその旅の道中で見つけた超古代魔法文明の魔道具を『マクスウェルの秘宝』と呼んだ。
便利な魔道具かと思われたそれらマクスウェルの秘宝はどれも強力だった。
使い方を誤れば大きな事故にも繋がる代物だった。
そんなマクスウェルの秘宝を一般人から遠ざけ、発見、回収、研究、秘匿管理をする秘密組織がある。
魔法使いたちの間でその組織は噂になっていた。
噂の組織は魔法使いたちの間で『風の一族』と呼ばれていた。
風の一族は世界の優秀な魔法使い達で構成されている。
その実力は国家ひとつを転覆させることすら可能だとされている。
国によっては彼らを敵視、魔法使いの引き抜きの防止のため魔法使いの情報を秘匿している国もある。
というのが表立っての『風の一族』の噂らしい。
違う。
全然違う。
僕――キッド・ストロベリージャムは騙された。
超有名魔法使いが所属する研究所だっていうから就職した。
馬鹿で取り柄のない僕でもこんな凄い所に就職できるんだって思ったのに。
蓋を開けてみたらとんだイカレ組織だった。
「もう嫌っす。なんでこんな目に」
僕はランタンを片手に暗い夜道を進む。
研究チームからの報告でマクスウェルの秘宝の手がかりとなる文書があると聞いた僕は人里の離れた森に来ていた。
街灯もなく、頼りになるのは月明りだけ。
あちこちで何かの気配がする。
あたりを見回しながら歩いていた時、目の前の何かにぶつかった。
柔らかい羽毛のような何か。
それはとても臭い。
獣の臭い。
見上げるとそこには大きな瞳を光らせた獣がいた。
「だああああああぁぁぁ!!!!!」
僕はランタンを放り捨てて、来た道を全力で走った。
走った、転んでもすぐさまに立ち上がり、もと来た場所へ足を動かした。
後ろから獣が来ているのがわかる。
もう少しでバディの所に着く。
「姐さん? 姐さん⁉ 姐さん! ねええさあああん!!!」
僕はバディを呼び続けた。
姐さん――マリア・サルバトリスはため息交じりに僕が走ってきた方へ向かった。
修道女の恰好をした不良女。
姐さんは咥えた紙煙草に火をつけ煙をくゆらせる。
「ピーチク、ぱーちく、うるさいねえ」
聖職者を自称している姐さんを僕は一度たりとも聖職者とは思ったことはない。
神は神でも邪神とかそっちの類に違いない。
「ちょいと大きなわんころ一匹に大の男が」
姐さんは拳にメリケンサックをはめた。
グッと拳を握りはめ心地を確かめるとスッと拳を構えた。
膨大な魔力が拳に流れる。
獣の顔面と拳がぶつかる瞬間に僕が連想したのは魔力の爆弾だった。
「ぶっ飛びな!」
鼓膜を揺らす程の衝撃音。
僕は頭を守るように小さく縮こまった。
血の雨が降り注いだ。
降り注ぐ大量の血でぬかるんだ地面に臓腑が落ちる音がした。
一帯赤い地面と粉々になった化け物の肉片が飛び散っていた。
「いつまで縮こまってんだい。ほら、いくよ」
僕の頭を小突いて姐さんは奥へと進んだ。
「あ、待ってくださいよ。姐さん」
僕はすぐに姐さんの後を追いかけた。
「なんであたしがこんなクソガキのお守りしなきゃいけないのかねえ」
「仕方ないじゃないですか。上層部の決めたことなんですから」
「んなこたぁ、分かってるんだよ!」
姐さんが苛つくのもわかる。
研究チームからの報告でマクスウェルの秘宝についての文書の回収作業で各地に赴いた。
それも、ここがなんと四か所目になる。
こうもハズレが続くと姐さんの苛立ちも理解できる。
「ったく、次ハズレだったら容赦しないよ」
「大丈夫ですよ。あんな化け物がいるんですから今回こそ何かありますよ!」
「さっきまでベソかいてた奴が何言ってんだか」
う、それを言われると何も言い返せない。
ちょうど僕が巨大な獣と鉢合わせた場所まで戻ってきた。
姐さんは僕が逃げる際に放り投げたランタンを拾った。
「ほら、見な」
奥の方を照らすと闇へと続く洞窟があった。
ええ、マジすか。
獣よりもこの何が出てくるか分からない暗闇の方が怖い。
「行くよ」
「行くんすか⁉」
「当たり前だろ。ここまで何しに来たんだい」
姐さんは一切の恐怖も感じていないのか躊躇いもなく歩みを進めた。
僕は姐さんの背中に隠れてついていった。
洞窟は深く、下へと向かっていた。
そして、僕と姐さんはその最深部は信じられないものを見た。
「こりゃあ、アタリだね」
「凄い、自然の洞窟の中に図書館?」
通常ではおかしい光景だった。
僕と姐さんは石の階段を下りてすぐに書物を手に取った。
どの書物も新品同様の状態で保存されている。
ここは経年劣化の激しい紙の書物を保管するには適していない。
そんな場所でこの状態を保つのは凄い事だ。
どれくらい凄いかというと。
砂漠のど真ん中で小さな水たまりを作り、半永久的に保つくらい凄い。
誰がこんなすごい施設を作ったんだ。
高度な結界魔法だ。
結界内の環境が本を管理するのに最適な環境に保たれている。
現代の魔法使いなら一国の大魔法使いになれる。
「姐さん、この書物かなり昔のものですよ」
「ジャム。組織に報告入れな。すぐにここを研究させるよ!」
「了解っす! って僕の名前はキッドですって」
「はいはい、いいから早くしな」
僕は早速組織から支給された報告用の魔法を発動した。
姐さんはというとまた煙草に火をつけて一服していた。
「タバコは体に悪いっすよ」
「ガキに心配されるほどやわじゃないよ」
姐さんは若いって程の年齢じゃない。
……と思う。
ほうれい線や手の甲の皴を見る限り、40代か50代くらいの年齢だ。
ただし、体から漲る魔力が年齢にそぐわない。
力強く溢れ、漲る魔力。
本来魔力は体内に流れるものだ。
垂れ流しにしているのは未熟者の証。
だけど姐さんのそれは違う。
垂れ流しているんじゃなくて敢えて体に纏わせている。
普通じゃないのがそれだけでも十分にわかる。
「姐さん。その、ずっと気になってることがあるんですけど。聞いてもいいですか?」
「あん、なんだい?」
姐さんは煙草を吸い、適当な書物を読み漁りながら返事をした。
「その…、姐さんはなんでずっと魔力を体に出してるんですか?」
「ああ、あたしは元々の魔力が多いんだ。中で循環させておくにゃ多すぎる。だから、体の中から外。体外にまで出して循環させてんのさ」
姐さんは本を読みながら答えてくれた。
てっきり張り飛ばされるか、適当に流されるかと思った。
「なるほど、じゃあメリケンサックは?」
「基本の魔法攻撃の手順は?」
「え、体外の先端部分に魔力ためて弾にして飛ばしますけど」
「そうだろうとも。私はそれができないんだよ。だから、この特注メリケンサックに魔力込めて殴るのさ。そもそも、基本の魔法攻撃をする際の工程を考えてみな」
「身体の先端に魔力を集中させて、留めて、放つですかね?」
「それ。どんだけ魔力操作に頭の容量使ってるかわかるかい?」
「まあでも、誰でもできるじゃないですか」
僕が悪意なしにそういうと姐さんは大きなため息をついた。
「そりゃ、丁寧に魔法学校で教えてくれるからさ。さぞいい学校に行ってたのかね」
「いや、僕はそんなんじゃ」
話題が嫌な方向へ行きそうだった。
僕はそれ以上つっこんで話さなかった。
「あたしは魔法学校を一年で退学になったのさ」
「え、校長を殴ったとかですか?」
「お前の頭をかち割ってやりたいよ。あたしは基本の魔法攻撃試験に落ちたんだよ。その後に魔法教会に入って神父様にこの魔法を教わった」
魔法学校の一年生の昇級課題は基本魔法攻撃試験に受かること。
でも、誰も落ちる人はいない。
それが当たり前だと思っていた。
でも違った。
こんなに強い魔法使いが魔法学校退学なんておかしい話だ。
「さて、報告も終わったし。研究チームが来るまで野営するよ。準備!」
「ええ、それも僕っすか?」
「わんころ一匹もぶっ飛ばせないのがナマイキ言ってんじゃないよ! さっさとしな!」
「わかりましかたら、その拳こっちに向けないでください」
拳を向けられるとまるで大砲を向けられているかのような錯覚を覚える。
それくらい姐さんの拳は殺傷力に長けていた。
僕はその後姐さんの機嫌を損ねない様に細心の注意を払いながら雑用をこなした。
研究チームがこの場所に到着したのは報告してから二日後の朝だった。
引継ぎを済ませて僕らは研究チームの報告が来るまで本部待機になった。
研究チームから報告が来たのはそれから八か月も先だった。
その間も僕は姐さんとペアでそれ以外の任務にあたった。
――魔法西暦1250年 春――
報告は割と唐突だった。
次の任務の候補地を僕が選んでいる最中だった。
唐突に「入るよ」と姐さんは一言告げて自宅の扉を開けた。
え?
鍵は?
僕は自宅の扉に鍵をかけていたはず。
組織の一員ということもあってオリジナルの鍵魔法を扉にかけていた。
「ちょ、ちょ、ちょ。姐さんどうやって入ったんすか?」
「扉からに決まってるだろ。あんなお粗末な鍵じゃ誰だって入れるよ」
「えぇ、あの鍵魔法かけるのに時間かかったのに」
「あたしにとっちゃ関係ないね」
姐さんは得意げに言ってのけた。
「どんな化け物っすか」
「そんなことより、緊急の任務だ」
「秘宝っすか⁉」
僕が食いつくと思ったのか姐さんは口の端を釣り上げて不敵に笑った。
「ああ、マクスウェルの秘宝『聖歌隊』」
秘宝の名前を聞いて、次の言葉を発するまでに少し時間を要した。
「え、聖歌隊? 聖歌隊ってあの聖歌隊っすか?」
「そう、あの聖歌隊だよ」
僕が連想した聖歌隊と姐さんが連想した聖歌隊の解釈はどうやら一致していたらしい。
「神様に歌う人たちっすよね?」
「あんたが想像してる物の百倍は危ない代物さ」
マクスウェルの秘宝で危険じゃない魔道具の方が珍しい。
「場所はどこなんすか?」
「聖都クァンツェル」
…。
……。
ん?
「どこすか?」
呆れたように姐さんはため息をついた。
姐さん懐から世界地図を出す。
僕の机に地図を開いて地図上で空白になっている場所を指さした。
「そりゃ、知らないだろうね。なんせ200年以上前に亡んだ国なんだから」
「亡んだって戦争とか?」
「当たらずも遠からずってとこかね」
姐さんにしては歯切れの悪い答え方だ。
「聖都クァンツェルはダンジョンの崩壊で漏れ出た化け物たちに滅ぼされたのさ」
化け物と聞いて僕は固唾をのんだ。
「じゃあ、秘宝の回収とかは無理っすよね」
「秘宝自体はクァンツェルの教会に設置されてる秘宝だからね、持ってくるのは無理だよ。だから、現地で秘匿研究するってよ」
「じゃあ、僕らの仕事は」
「ダンジョンから漏れ出た化け物の討伐」
「ちょちょ、僕戦闘向きじゃないっすよ⁉」
僕がそういうと姐さんは窓を開けて煙草に火をつけ、一服して煙を外へ吐き出した。
「あんたが戦闘向きじゃないってのはあたしが百も承知だよ。あんたは私のサポートさ」
「そんなこと言って前に大きな狼の前に追いかけられたこと忘れてないですからね」
「ああ、はいはい。わかったわかった。あたしが全部ぶっ飛ばしてやるから。ほら、手の甲出しな」
姐さんは手の甲に刻まれた特別な魔法印を僕に見せた。
僕も姐さんに手の甲を見せる。
姐さんと同じ魔法印が僕の手の甲にも刻まれた。
同時に姐さんが上層部から伝達された任務の情報が僕の脳内に流れ込んできた。
「早速明日の明朝から行くから準備しときな」
「了解っす」
「それと。鍵は難しい物を掛け合わせるよりも、単純なものを掛け合わせるほうが難しい」
姐さんは僕に鍵のレシピが書かれた紙きれを渡した。
難解だ。
なんだこれ、めちゃくちゃ簡単な仕組みなのに解除鍵を持っていない者が外から開錠するのにかなり時間がかかるような作りになっている。
「姐さん、鍵魔法も得意なんすか?」
「劣悪な環境で生き抜くにはこれくらいやらないと生きていけないんだよ」
近年の魔法教会は孤児の引き取りや更生施設としての役割を担っている。
施設の設備も充実しており、清掃も行き届き整備された環境で生活できる。
それは、近年の話。
僕が小さい頃は違っていたらしい。
あくまで噂の話。
昔の魔法教会は劣悪な環境だったそうだ。
個人の尊厳もなく、与えられる食事も酷いと聞いていた。
「まあ、あたしはまだ神父がマシな人だったから良い方だったけどね」
「そうなんすね。でも、姐さんはなんでこの組織に? 普通に魔法教会でシスターとかにならなかったんすか?」
風の一族は変人が多い組織だ。
だが、聖職者が興味を示すような組織ではない。
神を信仰する人がなぜこの組織に入ったのか。
なぜ、姐さんは信仰系の魔法を使わないのか。
姐さんは他の構成員とはだいぶずれていた。
姐さんは少し話すのをためらった後、ゆっくり口を開いた。
「マクスウェルの秘宝『瞳』、その回収のためさ」
聞いたことのない秘宝の名前だった。
「どんな秘宝なんすか?」
「人を操る秘宝さ。組織の上層部にも一応報告して探してもらってるけど、まだ見つかってない」
「そんなヤバい秘宝を何で魔法教会が……」
「ここ数年で魔法教会の信仰者が急増してるのは知ってるかい?」
「はい、割と昔からあるのは知ってるっすけど、マイナーな宗教だったすよね」
世界各国に宗教があるが、魔法教会はせいぜい4番手くらいの宗教だ。
ここ数年4番手くらいに位置づけされていた魔法教会の信仰者の数は確かに伸びている。
最近では3番手だったレヴュア教会を抜いたとか。
「そう、その急増の秘密に秘宝が絡んでんのさ」
「なんで、また秘宝を使ってまで信仰者を増やすんすか?」
「魔法教会の運営には莫大な金がかかる。当然だけど、孤児を養うのもタダじゃない。子どもを真っ当に育てるとなるとそれなりに金が必要になる。でも、当然だけど金持ちが当たり前のように募金なんてしてくれるわけもない。信仰者がいない宗教には金が集まらない、じゃあどうするか。ここまで言えばアンタでもわかるだろ?」
「秘宝の力で信仰者を増やして、お布施を貰う」
「まあ、実際にそういう手を使っているかはわからないけど。魔法教会が秘宝を持ってるってのはほぼ確実だよ」
「……」
衝撃的すぎた。
開いた口がふさがらないとはまさにこのこと。
何も言葉が出なかった。
「とにかく、今回は『聖歌隊』に集中するよ。いいね?」
「はい!」
「じゃあ、出発の準備しな!」
「了解っす!」
――魔法西暦 1250年――
荒廃した聖都が見えた。
城壁に囲われたその聖都は遠目からでも寂れているのがわかる。
徐々に近づくにつれ声が聞こえてきた。
歌声だ。
天使のような。
優しく、甘い。
天に誘ってくれそうな歌声。
徐々にその歌声がハッキリと聞こえる。
その距離にもなると城壁の劣化も肉眼で確認できた。
「本当にこんなところに聖都があったんですね」
「ご親切に誰かが近づけない様に魔法を施してんのさ」
「なるほど、それでこのコンパスなんですね」
聖都の門は開け放たれている。
かつて人々を迎え入れた城門をくぐる者はいない。
「一度城壁の上に上がって都市全体の様子を見るよ。本格的な化け物退治はその後だ」
「了解っす」
馬を安全なところで停めた。
そこからは徒歩で向かう。
ダンジョンから溢れた化け物たちがいる。
そう聞いていた。
僕は違和感を覚えた。
化け物が聖都の外にはいない。
「化け物がいるって聞いてたんすけど、聖都の外にはいないんすね」
「ああ、そりゃそうさ。化け物どもは魔素の濃い場所に向かう習性があるからね」
「じゃあ、相当量の魔力が放たれてるってことすか」
「秘宝を動かすのにも相応の魔力量が必要になるからね」
僕たちは聖都に入り城壁の上に登った。
城壁は聖都を丸く囲うようにあり、聖都内には都を四分割するように巨大な溝がある。
溝に隔たれた陸を繋げるように橋が見える。
昔は綺麗な水が流れていたと思われる。
「もっと化け物がうじゃうじゃいると思いました」
聖都を一望した僕は率直な感想を述べた。
所々、大きな個体の化け物がいるのが見える。
「化け物は魔素を食らう。化け物も馬鹿じゃない。あの教会に近づけば自分たちが消滅することくらいわかるはずさ。なら、生きていくにはどうする?」
「他の化け物を食べて魔素を補給する」
「そう、恐らくこの二百年の間に相当数の化け物が生まれたけど、そのほとんどが強い個体に捕食された」
「例えば、例えばの話っすけど強い個体って姐さんでも手こずるような相手ですか?」
「どうだろうね」
不穏な回答をしながら姐さんはメリケンサックを拳にはめた。
「行くよ」
姐さんが城壁から下りた。
それに続いて僕も城壁を飛び降りた。
着地寸前で浮遊の魔法でゆっくりと着地した。
姐さんは魔素の濃い方へと全速力で街を駆け抜けた。
街中にはびこる雑魚は姐さんの軽いジャブで粉々に散っていく。
そこそこの手練れでも手こずりそうな化け物だ。
僕は姐さんから離れない様に走った。
魔力が底なしに拳に流れている。
「姐さん疲れないっすか?」
「全く疲れないねえ」
「ちょっと飛ばしすぎな気が」
「これでも遅い方さ」
姐さんは喋りながらも化け物を屠っていく。
拳が軽く当たっているように見える。
だが、そうじゃない。
当たる瞬間に魔力を一気に集中させている。
基礎攻撃ができない。
ただそれだけで魔法学校から追放された魔法使いとは思えない。
「おっと」
姐さんは開けた場所で足を止めた。
さっきよりもずっと濃い魔素。
さっきまで殴っていた雑魚とは比較にならない体躯。
特徴的な肉体。
「歯ごたえのありそうなのが来たね」
姐さんは嬉しそうに笑った。
化け物は姐さんに気付くと唸りを上げた。
「向こうもやるっきすよ?」
「ビビんじゃないよ! こんな化け物そうそう会えるもんじゃないからね」
「なんで楽しそうなんすか⁉」
「戦いの中にある甘美はまだあんたにゃわかりゃしないよ」
そんなのわかるはずもなかった。
僕はただの支援役だ。
戦うのは嫌いだ。
痛いし、怖い。
そんな僕とは違って姐さんは心底嬉しそうだ。
目の前の化け物との邂逅に感謝さえしているように見える。
「戦いの中にある一瞬の甘美。死と生の狭間を舞い、最も自分でいられる時間さ」
戦いを語る姐さんの目は慈愛と殺気を秘めていた。
相反する瞳を爛々と輝かせる姐さんの姿は最早人間とは言い難かった。
化け物として生まれた化け物、化け物になった人。
人という肩書を証明するものは着ている修道服しかなかった。
「さあ、二百年の時を一瞬で楽しもう」
祈る手を拳に変えると、魔力が体から噴き出した。
火山の噴火のような魔力の流れ。
それが拳へと流れていく。
あれじゃメリケンサックが壊れるんじゃ……。
物に込められる魔力の量には限界がある。
ただのメリケンサックに膨大な魔力を込めて平気なわけがない。
「神に挨拶はしたかい? お迎えだよ」
化け物の巨大な拳と姐さんの拳がぶつかった。
隕石同士の衝突のような轟音と衝撃が僕を襲った。
ほんの数秒耐えていた化け物の拳は次の瞬間には粉々に吹きとんだ。
拳から崩壊し体はみるみると原型を崩していった。
「これじゃ、準備運動にもならないね」
「魔力の桁が違いすぎる」
化け物の魔力量だって相当なものだった。
だけど、それを圧倒する魔力量。
デカい狼の時とは違って、肉片どころか化け物の塵すら残っていない。
「さて、他に歯ごたえのありそうなのは……」
姐さんは北の方角を見た。
どうやら姐さんのお眼鏡にかなった化け物が北にいるらしい。
「休憩とかはいいんすか?」
「いらないよ。絶好調なんだ。こんなに全力で楽しめるのは久しぶりだしね」
姐さんは肩をぐるぐる回して元気をアピールした。
あれだけの魔力を使っておいてまだ平気というのは最早本当に人かも怪しい。
「それにしてもよく響く声だねえ」
戦ってる最中もずっと聞こえていたこの歌声。
どの宗教の讃美歌でもない。
心地の良い声が延々と聖都内に響いている。
その後北へ向かい、怪物退治はあっさりと幕を閉じた。
姐さんの桁違いの魔力を込めた拳であっさりと化け物は塵一片も残さずに消えた。
魔法で組織へ報告をし終えた僕たちは秘宝の元へ向かった。
教会を包む聖属性の魔法。
化け物が触れれば一瞬で浄化してしまうほど強力な魔法。
僕たちは教会の扉を開けて中へ入った。
驚くべきはその不思議さだ。
聖都中に響いていたはずだった。
教会に入れば耳をつんざくかと思った讃美歌はこの距離でも心地よかった。
「本当に不気味な魔道具だね」
姐さんは怪訝な顔で言った。
不気味と称したことに僕も内心同意した。
不気味だ。
美しいのに不気味さを孕んでいる。
シスターを模した人形は精巧で本物の人間と見間違えるほどだ。
その人形たちに声帯の魔道具を取り付けてこの讃美歌を歌わせている。
指揮者の人形までいてちゃんと指揮している。
時の止まった教会で延々と指揮をし、それに合わせて歌う光景がとても不気味だ。
「どういう造りなんすかね?」
「あんまり近づくんじゃないよ。このレベルの信仰魔法の攻撃対象になったら私の拳でも耐えられないからね」
不用心に近づこうとした僕に姐さんが言った。
その言葉はこの魔道具が現代魔法使いの手に負える代物ではないことを証明していた。
「造りなんてわかりゃしない。そもそも、この強力な聖魔法を二百年も休まずに発動させてる時点でおかしな話さ」
低位の魔法なら少ない魔力量で魔力が切れるまで動き続ける。
高位の魔法はそれなりの魔力量が必要になる。
それに加えて攻撃対象の判定を行っているのであれば殊更多くの魔力が必要になる。
強力な聖属性魔法と攻撃対象の判定の仕組み。
この秘宝を動かすのに膨大な魔力が必要になるのは想像に難くない。
「そういえばジャム……」
「はい?」
「あんたはどうやってこの組織に入ったんだい? こういっちゃなんだけど。あんたが試験を受けて受かるとは到底思えない。なんかあたしに隠してるだろ?」
姐さんの目は確信を持っていた。
僕がある意味で普通でないことを見抜いていた。
騙すつもりも隠すつもりもない僕は打ち明けた。
「僕は禁忌者なんすよ」
「秘宝の力に侵された者ってことかい?」
「はい、僕は――!!」
自分のことを明かそうとした時街全体が揺れた。
慌てて外の様子を見に教会の外に出るとそこには目を疑う光景が待っていた。
巨体、あまりに大きすぎる巨体。
見上げても頭が見えない。
さっきまであんなのはいなかった。
いればわかる。
「恐らくダンジョンが生み出したんだろうね」
「どういうことっすか?」
「ダンジョンってのは生きてんのさ。意志を持って化け物を生み出すんだよ」
「だからってなんで、こんな大きな化け物を⁉」
「侵入者の実力に応じてんだよ、だからってこんなの誰が対処できるんだい⁉」
迷っている暇はなかった。
姐さんなら耐えられるとそう願うほかない。
僕は禁忌の力を発動させた。
みんなが気味悪がったこの力。
「姐さん!」
「なんだい?」
「僕を使ってください」
「何言ってんだいこんな時に」
「いいから僕に触れてください」
僕の差し出した手を姐さんが恐る恐る触れた。
次の瞬間に僕は姐さんの左手にメリケンサックとなって装着された。
「なんだいこれ」
「これが僕の秘宝の力です。魂と同調し魔道具として姿を変える」
「なるほどね、分かるよアンタの力が。キッド、全力を込めるけど壊れるんじゃないよ」
「大丈夫です。あの化け物を空の果てまでぶっ飛ばしましょう」
「さあ、神に挨拶はしたかい? お迎えの時間だよ」
僕に姐さんの魔力が流れてくる。
膨大過ぎる魔力量。
さっきのあれが姐さんの本気ではなかった。
加減していた。
半分も力を出していなかった。
「いいね、湧き上がってきたよ」
化け物の拳が空から降ってきた。
拳が街にぶつかる前に姐さんは飛び立ち、魔力を込めた拳を突き出した。
化け物の巨大な拳と姐さんの拳がぶつかる。
音はなかった。
光もなかった。
衝撃もなかった。
化け物は塵一つもなくなった。
歌が聞こえていた。
二百年以上歌われた歌が聞こえていた。
「いい歌だねえ」
「そうですね」
僕はもう元の姿に戻っていた。
「あんたは何に触れたんだい?」
「秘宝『武器庫』」
「物騒な秘宝だね」
「はい、でもそれは姐さんが想像してるような秘宝ではなく、概念の秘宝でした」
「なるほどね。概念があんたに移ったんだ」
「はい、ちょっとした事故で……」
「そうかい、全部合点がいったよ。だからあんたは組織に勧誘されたんだね」
「はい、組織構成員ではなく。秘宝として」
ようやく、これで帰れる。
と思った矢先。
そこらから化け物たちがわらわらと姿を現した。
「姐さん、いけますか?」
僕は姐さんのメリケンサックになり、姐さんの拳におさまった。
「あたしもまだ暴れたりなかったところさ」
厳かな讃美歌が軽快な曲調の讃美歌に変わった。
神へ歌う。
神へ祈る。
いなくなった神へ。
「さあ、神に挨拶はしたかい? お迎えの時間だよ」
――魔法西暦 1251年――
秘宝『武器庫』の禁忌者とマリア・サルバトリスは期待以上の成果をもたらした。
回収困難とされていた秘宝『聖歌隊』の回収および崩壊したダンジョンの休眠化を成し遂げた。
二人には新たに別の秘宝回収の任務に就いてもらった。
禁忌者の運用という課題も解決し組織の秘宝回収の成功率にも大きく寄与することが期待された。
一方で禁足地とされている地域の調査に難航している。
これらの調査を進めることが急務となっている。
秘宝所持者の幹部にも任務についてもらう必要性が出てきている。




