マクスウェルの秘宝『館』
――魔法西暦 740年――
「見つけた! とうとう見つけたぞ!」
私の歓喜の叫びを上げた。
周りに隊員たちが集まり喜ぶ。
長きに渡る調査が実った。
これでようやく一歩前進だ。
私たちが探していたのはマクスウェルの秘宝。
古代の超魔法文明の魔道具。
その一つがジョゼフの作った地図の島にあるらしい。
見た目は円錐型の鉄のような何かで出来た何かの一部。
冷たく、鉄のような感触に近い。
唯一の入口は窓のように小さい。
小型種族と関係があるのだろうか。
「隊長行きましょう!」
大いに気がかり。
疑問は尽きない。
隊員たちはおかしな冷静さを抱く私と違い熱狂に包まれている。
士気を維持するためにも水は差せない、
入口には鍵がかかっている。
開錠の魔法を使う。
窓の鍵が開いた。
「おおおお!」
「やった!」
大きな一歩だ。
隊員たちは大歓喜。
しばし私もその歓喜に充てられる。
私はマクスウェルの秘宝の存在を疑っていた。
マクスウェルは大昔の大魔法使い。
伝説上の人物。
存在していたかも不確定だ。
それが今私の目の前にある。
伝説が現実に変わる。
狭い入り口を入ると更に奥に扉。
まるで屋根裏部屋のような作り。
「隊長ここはなんなのでしょうか?」
魔法で明かりを点ける。
本棚と木箱。
「部屋だな」
私のひねりのない返答に隊員たちも困っていた。
奥に続く扉を開けると下へ続く階段。
警戒しながら降りる。
長い廊下と窓。
窓の外は暗闇。
一寸先も見えない。
「誰か窓の外に閃光をあげてくれ」
私の指示で隊員が窓の外へ閃光を放つ。
強い光の中で見えた景色。
困惑、動揺、驚き。
「今の見えたか……?」
隣にいた隊員は恐ろしい物を見たような顔をしていた。
私も隊員と同じ顔をしていたと思う。
「何ですか、今の」
「私にも分からん」
私は確信した。
ここからが始まりだ。
「おい、お前たちもこっちに来て閃光を上げてくれ!」
私は隊員たちを集め一斉に窓の外へ閃光の魔法を放った。
さっきよりも鮮明にその景色が私たちの目に焼き付く。
まだ見ぬ未知との邂逅だった。
「隊長今のって」
恐る恐る目に見えた光景に言葉を発する隊員。
私は真実を伝えた。
「ああ、森だ」
私が感じていた違和感は正しかった。
私たちが見つけたのは入り口ではない。
あれは、窓だ。
恐らく屋敷の上階の一室が地上へ出ていただけだ。
この蛇島の下には誰かが使っていた屋敷が眠っていた。
その時私は気づいた。
マクスウェルの手記の記述の真実。
彼は恐らくこれを知っていた。
見つけただけでマクスウェルはこの屋敷について解明できなかった。
伝説に現実味が帯びてきた。
伝説の魔法使いが解明できなかった謎。
それを私が解明する。
興奮で胸が張り裂けそうだった。
体と声は震えた。
「お前たちこれはマクスウェルの伝説すらも塗り替えるような偉業になるぞ!」
――魔法西暦755年 春――
地底に眠る屋敷を見つけてから十五年が経った。
わかったことは多くない。
この屋敷の家具や道具はソレイルの技術をはるかに凌駕する魔法道具ばかり。
大方の解析と調査は完了していた。
だが、私は三つの問題を残していた。
一つ目。屋敷の地下で見つけた扉。
形状はごく一般的な扉で部屋の真ん中に設置された不可解な扉。
二つ目。屋敷の外にある広大な森の中心部に置かれた太陽を模した台座。
円形の台座に太陽のような紋章が刻まれている。
三つ目。この屋敷自体。
正面から見ると綺麗なシンメトリーな屋敷。内装は絢爛豪華だが、食器や本などのものは一切残っていない。
残った大きな三つの問題。
三班に分けて調査に当たってもらっている。
どの班も調査状況は壊滅的。
まずは一つ目の不思議な扉について。
「わけのわからない魔法だ」
扉を目の前にそう口々に隊員たちは言う。
私も同感だった。
高度な魔法のはずなのに複雑なではない。
私たちには解読できない魔法が使用されている。
解明が滞っている一番の原因だ。
「転移魔法の類だとは思うんだけどなぁ」
扉にかけられている魔法を解析する隊員。
隊員の見通しと私の見通しは少し異なる。
転移魔法の以外の仕組みも入っている。
転移魔法以外の何かがわからない。
魔法道具を実際に起動させてみることが一番だ。
それができない理由がある。
起動に膨大な魔力が必要になる。
私たち調査団全員の魔力を総動員しても全く足りない。
「扉ってことは、どっかに繋がってたのかなぁ」
「そうだろうな」
調査班の班長がドアを開け閉めしながら言う。
ドアの役割は部屋と部屋を繋ぐもの。
このドアもどこかへ繋がる役割を持っていたと考えられる。
「かけられている魔法は複雑だが、ものとしての役割を考えると」
入口はここだ。
出口はどこだ。
開けても閉めても見える景色は変わらない。
ふざけた場所に設置された扉に苛立ちすら覚え始める。
――魔法西暦755年 夏――
私は二つ目の魔法道具の調査班に顔を出していた。
台座は屋敷から約10キロ離れた森の中にある。
この魔法道具が一番私たちを悩ませていた。
扉は形状からその用途がおおよそ予測できる。
この台座はなんのための道具なのか全く予想ができない。
敷地の森は広大。
三時間歩いてようやく地底の壁に到達できる。
距離にしておよそ半径10キロほどの森。
森には同じ種類の木が大量に植えられている。
台座は森の中心に建てられた東屋に設置されている。
「どうだい、調査の方は」
挨拶をすると隊員たちは一斉に私の方を向いた。
隊員たちの顔を見れば質問の答えは言葉にしなくても分かる。
要するに順調ではないということだ。
「魔法の解析結果はどうだい?」
「最悪ですよ」
調査員は肩を落とした。
それもそのはずだ。
解析結果はテーブルの上に紙数百枚にもなって積まれていた。
私たちはそれを一枚ずつ読まなければいけない。
それに加えて私たちの解読できない魔法がある。
一枚を読むのにかかる時間と労力は相当なものだ。
比較対象として扉の解析結果は紙百枚にも満たなかった。
つまり、あの扉以上にこの台座に施されている魔法が複雑だということだ。
私は机の上に置かれたレポートを手に取り目を通した。
そこにはこの魔法道具の使用履歴が書かれていた。
「最後に使われたのは二百年前か」
マクスウェルが亡くなり、私たちがここに来るまでの間に使用されている。
この屋敷はまだ使用されている可能性がある。
「それにしたって変な場所ですよね。太陽もないのにどうやってこれだけ大きな木を育てたんでしょうか?」
そうなのだ。
この場所が地底ということをたまに忘れてしまいそうになる。
森の木の高さはゆうに10mを超える。
幹の太さは古代から生えているのかと思うくらい立派である。
そんな大樹をどうやってこの太陽のない地底で育てられるか。
少なくともソレイルにそんな魔法や植物は存在しない。
「この植物もいったいなんのか判明していないし、謎ばかりが増えるな」
私は疲弊しきった調査員の肩を揉んだ。
「隊長、この調査終わる日が来るんでしょうか?」
「少なくとも私が生きているうちには終わらんだろうな」
私がそういうと隊員たちの表情が暗くなった。
「そう暗い顔をするな。例えこの瞬間に分からなくても私たちが残したものを受け継いでくれる者たちが必ずいる。その者たちの光になるように私たちが頑張るしかないのだ。私たちが諦めたら今までの調査を受け継ぐ者もいなくなる。途切れさせてはいけないんだ」
私の言葉が隊員たちを苦しめているかもしれない。
罪悪感を抱きながら隊員たちを鼓舞した。
「そうですよね。いつか解明された時にこの苦労が全て報われるんだ!」
ひと際情熱をもっている隊員がいう。
周りの隊員たちもそれに感化されたようにやる気を取り戻した。
この苦労が報われ全ての謎が解けた時。
私たちはこの暗い地底から日の当たる場所へと帰れるのだ。
――魔法西暦770年 冬――
私たちの調査が始まって三十年が経った。
日々解明される小さな真実に喜びを感じ。
その喜びを糧として。
私たちは闇の中を光もなしに突き進むような調査をしていた。
私はすでに体力に物を言わせ無理をできるような歳でもなくなってきた。
森の中心地にある台座を目指すことが億劫に感じてしまう。
願わくば私が生きている間にこの屋敷の全貌を解明したいと思っていた。
どうもその願いもかないそうにない。
冬の寒さが腰にも影響を及ぼしている。
昔はそんなのはへっちゃらだと思っていた。
どうも歳と妻には勝てないらしい。
日課の手記を書いて寝床に着こうとしていた時。
この屋敷に来て以来の大きな地震が起きた。
こんな場所が故にこの地震で生き埋めになる恐怖もあった。
何よりも、夢半ばで死ぬことが嫌だと思った。
「隊長!」
熱血漢な隊員が大きな声を張り上げて私の部屋に入ってきた。
調査中でも彼の声は例え森の中からでもよく聞こえるほどだ。
「私は大丈夫だ」
そう伝えると彼は首を大きく横に振った。
「無事なのは何よりですが、早く外に来てください!」
私は冬の寒さで軋む腰をゆっくりと椅子から持ち上げた。
「一体何が起きたんだ?」
「いいから来てください!」
モタモタしている私を彼は背負って屋敷の外へと走った。
屋敷の扉を開け私が目にしたのは信じられない光景だった。
もう数十年見ていなかった満天の星空がそこにはあった。
宝石のように煌く星々と瞬く間に流れて行ってしまう星々。
こんなに綺麗な星空を見たのは生まれて初めてだった。
「でも、なんで星が見える。ここは地底のはず」
「私たちにもわかりません。でも、頭上に合った岩の天井も森の端にあった壁もなくなっています」
狭苦しく感じていた壁も天井もない。
私は思わず別の世界に来たかと錯覚した。
屋敷の門扉の方から人影が近づいてきた。
「二百年ぶりに来てみれば、どなたか知りませんが。人の家に勝手に忍び込むのは良くないのでは?」
一つ結びにした青みのかかった長髪。
宝石のような奇怪な色の瞳。
この世の存在とは思えない美形な男性。
「まあ、こんな場所にある屋敷ですから物珍しくて入ってしまうのは分かるのですが、だからと言って人の庭や屋敷内に入るのはいかがなものかと」
「申し訳ない。人の所有物だとは知らず」
私は現れた男の元へ駆け寄り謝罪をした。
「まあ、いいんですよ。二百年に一度しかこの屋敷に訪れないものですから。泥棒も入るだろうなとは思ってはいましたし」
「ところで、二百年ぶりというのは一体どういう」
「そのままの意味ですよ。二百年に一度しか見れないこの星空を見にきたのです」
私は頭の理解が追い付かなかった。
隊員たちも全員困惑していた。
男は屋敷の中からロッキングチェアを持ってきた。
それに腰を掛けて満天の星空を眺めた。
私たちが調査した時に屋敷内にそんな家具はなかった。
「ほら、皆さんも立っていないで、『お座り』になったらどうです?」
男に促された途端、体が勝手に動き座ってしまっていた。
人を意のままに操る魔法なんてものは聞いたことがない。
「綺麗ですよね。いつもならあと二人いるんですが、今回は忙しいようで私一人なんです」
「貴方は一体」
「貴方たちと同じただの魔法使いですよ」
「こんな魔法あり得ない」
「まあまあ、今は『お静かに』」
男が口の前に人差し指を立てた。
私の意思に反して口が閉ざされる。
得体のしれない魔法に恐怖を感じた。
しばらくの間、謎の男と天体観測を楽しんだ。
男はロッキングチェアに揺られながら星々の説明をした。
私たちの知りえない知識もあった。
この男への恐怖がより強まった。
「さて、また二百年後にこの星空を見に来ましょうか。二百年なんてあっという間ですからね。さ、皆さんも自分たちの国に『お帰りなさい』」
男は立ち上がると私たち魔法で命じた。
体が勝手に動き始めてしまう。
私は慌てて男に尋ねた。
「この屋敷は一体なんなんだ⁉ 森の中心にある台座、そして部屋の地下にあった扉。それらが何なのか教えてくれ!」
男は首をかしげていた。
聞かれていることに見当がついていないようだ。
数秒後に思い出したようで「ああ」と口を開いた。
「皆さんもしかして、あの魔法道具が何かを調べていたんですか?」
「そうだ」
私は帰りの支度をしそうになる身体に抵抗しながらその場にとどまった。
「なるほど皆さん魔法の研究者だったんですね。でしたら、最初からそう言えばいいのに。そういうことでしたら『お待ちなさい』」
体の自由が利くようになった。
私はその場に膝から崩れた。
これで中途半端な状態をさけることができる。
「大したものではありませんよ。あの扉は大切な先生へのお墓に行くための扉です。この世界の特別な場所にあるのでそこへ繋がる扉です」
「この世界の特別な場所? 一体何の話なんだ」
「まあ、それは自分たちでお調べになるのがいいのでは? 研究者なんですし。それと、あの台座ですが、この地域は特定の時期は一切晴れずに雨が続くんです。なので、育てている木々のために疑似太陽を作り出すものですよ」
男は勿体ぶることもなく当たり前のことのように告げた。
「太陽を作り出すなんてそんなのあり得ない……」
想像のつかない答えに言葉が出ない。
「そんなにおかしな話ですか? 私たちの間では特段珍しくない魔法ですけど」
私は自分たちが大きな勘違いをしていることに気づいた。
この世界で上位の生命体だと思っていた。
私たちなど足元にも及ばない存在がいるということを知った。
「まあ、でも今は貴方たちがこの世界の主役なわけですし。できないことをできるようにするのが研究ですから。いつかできるようになりますよ。こんな風に」
男が二度手を叩くと森の中心から光の球体が空へと昇った。
それは見間違えるはずもない。
私たちがよく知る太陽と同じだった。
「ね? 太陽でしょ? まあ、ほらそんな絶望せずとも大丈夫ですよ。一億年もあれば誰しもこれくらいできるようになりますから」
男の慰めの言葉は私を絶望のどん底へと追いやった。
老年を向かえた私にとって男の言葉はとても残酷だった。
「それでは、皆さんまたこの屋敷を地底に戻すので早く地上へ出てください。あの辺りが地上になるはずですから」
そこから私はどうやってソレイルに戻ったのか分からなかった。
途方もない調査の終わりはあっけなかった。
少しずつ解明していくはずの謎がものの数十分の間にすべて解明された。
そしてそれらが私たちの遠く及ばない魔法だということを知らされた。
この地底の屋敷の調査以外に生きがいがなかった。
私はそれから何をして生きたのか。
死ぬ頃になってふと考えたのであった。