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マクスウェルの秘宝『』  作者: 藤間
10/14

マクスウェルの秘宝『偶像』

――魔法西暦 ????年――


 それは人々の希望。

 人々の心の支え。

 人々の行動指針。

 人々の日常に溶け込む。

 一番近くにいて、しかして遠い存在。


 信じる者を救い、信じる者を裏切る。

 人々の希望を託され、願望を託され。

 数多の思いと想いを託され背負わされる。

 人々の思いを叶えず、しかし叶えると信じられている。


 それは『偶像』。

 調和と狂気を生み出す『偶像』。


――魔法西暦 1285年夏――


 遥か昔にこの世界を踏破した大魔法使いマクスウェル。

 彼がその旅の道中で見つけた超古代魔法文明の魔道具を『マクスウェルの秘宝』と呼んだ。

 便利な魔道具かと思われたそれらマクスウェルの秘宝はどれも危険な魔道具だった。

 使い方を誤れば大きな事故にも繋がる代物だ。


 そんなマクスウェルの秘宝を一般人から遠ざけ、発見、回収、研究、秘匿管理をする秘密組織がある。

 魔法使いたちの間でその組織は噂になっていた。

 噂の組織は魔法使いたちの間で『風の一族』と呼ばれていた。


 風の一族は世界中の優秀な魔法使い達で構成されている。

 その実力は国家ひとつを転覆させることすら可能だとされている。

 国によっては彼らを敵視、魔法使いの引き抜きの防止のため魔法使いの情報を秘匿している国もある。


 という触れ込みを俺――ハンス・クリーマーは信じていた。

 だが、違った。

 この組織はおかしい。

 優秀な魔法使いを集めた組織と言えばそう言えなくもない。

 それは強いて言えばということだ。

 詳細な言い方をすれば特異な魔法を扱う奇抜な組織だ。


 一見は普通の魔法使いに見える。

 伝統的なローブに帽子を目深にかぶり普通の魔法使いを装っている。

 しかし、一度魔法を使えばその特異さはだ。


 以前に会った精霊を信仰する魔法使いは特に個性的だった。

 正直信仰という言葉は苦手だ。

 俺はこの間まで自分が見ていた光景を思い出した。

 それは、美しくも狂気的で尊いはずなのに愚かだった。


――魔法西暦 1282年冬――


 昔から誰かを信用することが苦手だった。

 俺が生まれたのは魔法先進国のスラム街。

 醜く、汚く、臭くて、当たり前のように道端に死体が転がっていた。

 誰もが今日生きることに精一杯だった。

 そんな街で生きていくには力が必要だった。


 今日を生き残れる者にはいくつか条件があった。

 逃げるのが得意。

 交渉が上手い。

 隠れるのが上手い。

 そして、最後は。

 物理的にも精神的にも力を持っている。


 そういう意味で俺は特別だった。

 幸い俺には魔法が使えた。

 基礎魔法はもちろん。

 それ以外にもある意味恵まれていた。


 俺の魔法は少し特別だった。

 娼婦だった母さんを抱いた男が魔眼の家系だったらしい。

 だから、俺にも魔眼の家系の血が入っていた。

 正直母さんには感謝している。


 魔眼の家系の男と寝てくれたおかげで俺は酷い環境でも生きていけた。

 そんなある日だった。

 スラム街に現れた異様な男に組織にスカウトされた。

 この街で人生を無駄にするくらいならと思った俺はすぐに快諾した。


 そこから二年が経ち今に至る。

 組織の仕事は正直ぬるいものが多い。

 命の危険を感じる仕事も少ない。

 世界中を回り俺が見てこなかったものをたくさん見れる。

 あの街にいたら見れなかった光景だ。


「ちょっと! 早くこっち来なさい」

「ああ、わるい」

「すぐ黄昏るんだから」


 あの街があった方角を眺めていると今回の任務のパートナーが吠えた。


「ルミナスそんなに慌てても何も進まないだろ」

「いいから早くいきますわよ」


 パートナー。ルミナス・フォルネウスは赤いヒールをカツカツと鳴らして歩いていく。

 赤と黒のドレスに身を包み、金色の髪を揺らす。

 指には様々な魔石の指輪がはめられていた。

 魔石といえば高価なものだ。

 それをあんなに指にはめていかにも金持ちだとアピールしているようなものだ。


「秘宝の回収が決まりましたの。一刻を急ぐ必要がありますわ」

「だからってどんなものかも分かってねえじゃねえか」

「秘宝は『偶像』です」

「ぐ?……なんだって?」

「『偶像』です」


 聞きなれない言葉に俺は聞き返した。


「どういうものなんだ?」


 言葉の意味と秘宝についてと両方のことに質問した。

 ルミナスは大きくため息をつくとその赤い瞳を俺の方へ向けた。


「信仰の対象ですわ」

「信仰ね。神様みたいなもんか?」

「そう、でもそんじゃそこらの神様とは違いますわ」

「??」


 ルミナスの脅すような物言いに俺は首を傾げた。

 秘宝に危険なものが多いのは事実。

 しかし、慎重に慎重を重ねればそこまでではない。


「マクスウェルの秘宝ですもの。恐らくですが私たちの思う安っぽいものではありませんわ」

「なるほどね、俺神様は信じない質なんだ。さくっと回収して早くさっさと上に報告しようぜ」

「そうですわ」

「なんでだよ?」

「秘宝の効果や実物を鑑みるに今回は早急に回収が必要ですわ」


 回収不可能という言葉から考えられるのは今回の秘宝が概念的な秘宝の可能性だ。

 それなら確かに無理だ。

 概念は人に当てはまる場合もある。

 人に当てはまればこっちで保護すれば一件落着だ


「というかよ、早く紋章で情報共有してくれよ」


 俺はもったいぶられていることに気づいた。

 組織が開発した情報共有のための魔法。

 手の甲に紋章を刻みそれを許可した人間に見せて共有することで情報を共有する。

 組織の幹部が円滑な情報共有のために開発したんだとか。


「余裕のない男性はもてなくってよ」


 憎まれ口を言いながらルミナスは紋章の刻まれた手の甲を俺に見せた。

 俺もルミナスに手の甲を見せた。

 魔力と一緒に今回の秘宝についての情報が頭に入って来る。


「物ではあるのか」


 ただルミナスが言うように確かに厄介な秘宝のようだ。

 事前情報で判明している内容だけでは流石にはっきりしないことも多い。


「努力次第で回収可能かも含めて調査ですわ」

「了解だ。お嬢様」

「今、何と?」


 これから行動を共にするパートナーということもあってふざけてみたが。

 なにやらルミナスの何かに触れてしまったようだ。


「いや、お前の恰好が貴族っぽいからお嬢様って」


 カツカツとヒールを鳴らしルミナスは俺ににじり寄る。

 彼女の纏う空気はさっきまでとは違っていた。

 体内に流れる魔力が体外に溢れ、彼女の周りの大気が歪んでいる。

 どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。


「もしご自身の命が惜しいのでしたら、二度と私のことをお嬢様などとお呼びにならないことでしてよ」

「悪かった。二度と呼ばねえよ。魔力で威嚇するのやめてくれ」

「二度目はなくってよ」

「ああ、わかったから。魔力を抑えろ。ガキが怯えてる」

「あら、ごめんなさい」


 ルミナスはそういうと俺の後方でこちらを見て怯える少女にゆったりとした足取りで近づく。

 少女の目線に合わせるようにしゃがむと、怯える少女の頭に手を置いた。


「怖がらせてごめんなさい。お詫びにこれを差し上げますから」


 ルミナスはスカートのポケットから赤い魔石を取り出して少女の手に握らせた。

 あんな高価なものをポンポン渡せるなんて信じられない。


 魔石は特定の場所でのみ採掘できる魔力を内包した石の総称だ。

 内包している魔力の種類や魔力量など色々な観点から値が付けられる。

 良質な魔石を買うとなるとそこそこ金が必要になる。

 スラム街生まれの俺には無用の長物だ。


 魔石を渡された少女はさっきとは打って変わり、嬉々として走り去った。

 ルミナスは走り去る少女の背中を見つめている。

 その表情を俺は確認できない。

 走り去る少女を眺めるルミナスへ近づき俺は問う。


「おい、いいのかよ。あんな高価なもんガキにあげちまって」

「いいのです。あれは宝石と魔石を混合した純度がかなり低い安物の魔石ですの」

「そうかい」


 宝石と魔石を混合した魔石。

 宝石と魔石を特別な手法で混ぜ合わせ作り出す魔石を魔宝石と呼ぶ。

 魔石としての純度は低い代わりに装飾品として貴族たちに好まれている。

 金持ち達の御用達の商品だ。


「お前、その身なりからしてかなりいい家の生まれだろ。なんでこんな組織にいるんだよ」

「あら、褒めてくださるなんて嬉しいですわ。でも」


 ちょっとした嫌味のつもりだったのに素直に誉め言葉して昇華されてしまい少し悔しかった。

 ルミナスは立ち上がりこちらに向き直ると少しいたずらっぽく笑った。


「レディーの秘密を知るにはそれなりの対価を頂かないと」

「あんたが満足するような対価なんて持ってねえよ」

「あら、そんなことありませんわ」


 そう言うとルミナスは俺の目を指で差した。


「例えばその魔眼なんかはかなり高値で売れますわよ? 愛好家の貴族たちはホルマリン漬けにして鑑賞するくらいですから。対価としては十分ですわ」


 さっきまで少女に向けていた慈悲深い令嬢とは打って変わった。

 悪魔のように無慈悲に残酷なことを言い始めた。

 威圧するような魔力と空気が流れる。

 不気味に光る赤い瞳の奥には暗い景色が刻まれていた。


「お前は悪魔かよ」

「そう呼ばれるのは慣れてましてよ」

「??」


 悪魔と呼ばれることに慣れる生活とはいかに。

 ルミナスは脅すのをやめて歩き出した。


「さて、ハンス。秘宝の回収へ行きますわよ。付いてきなさい」

「へえへえ」


 雑な返事を返すとルミナスは振り返り、驚いたような表情を浮かべた。

 また逆鱗に触れたか?

 と思ったがルミナスは予想外の表情を浮かべた。

 彼女は笑ったのだ。


「本当に面白い方。私に対してそんな雑な返事をした殿方は初めてでしてよ」


 ルミナスは笑みを浮かべた。

 楽しそうだが、嗜虐的というか。

 彼女の含みのある笑みが俺は忘れられなかった。


 ――魔法西暦 1282年冬――


 秘宝があると言われた場所はそれほど大きくない島だった。

 半日もあれば島を一周できる程。

 人口は約千人。

 島は農業や畜産等の産業。


 魔法を使うものもいるらしいが。

 俺たちの想像したようなものではない。

 この島の魔法使いたちは杖ではなく、彫刻刀を握っていた。


 島に上陸してから三日程度の調査をした。

 しかし、秘宝に関する情報は全く入ってこない。

 気になることは三つあった。


 一つ目。

 この島の魔法使い達は彫刻刀を携えていること。

 この島特有の宗教に登場する女神様の像を彫るためだとか。

 象の出来栄えは作る者によってまちまちだ。

 島の人たちはこの像を必ず家のどこかに飾っている。


 二つ目。

 この島の宗教について。

 特に狂った教えやおかしな経典などはない。

 女神様を称えて祈りをささげる。

 それだけだ。


 もう少し詳細に言うと。

 教えはないが、事あるごとに女神さまの仕業になる。

 幸運なことが起きれば女神様からの祝福と捉え。

 病気になれば女神様からの試練だと考えるらしい。


 三つ目。

 宗教の信仰率について。

 この島の全ての人は女神様を信じている。

 普通は百パーセントなんてありえない。

 誰かしらは興味がなかったりする。


 でもそうじゃない。

 まるで女神を信じることが生まれた瞬間から当り前のようだ。


「不気味ですわ」

「何がだ?」


 ルミナスは怪訝な表情をしていた。


「こんなに信仰が普及することはあり得ませんの」

「どれくらい無理な話なんだ?」

「例えばですが、200人程度の小さな村ですら信仰を百パーセント普及させるのは不可能ですわ。大抵誰かは信じない跳ね返りものがいますし、思春期の青少年達は信じないことが多いです」

「でも、この島はその5倍の人数で広い島にも関わらず百パーセント普及してるってことか」

「ええ」

「なんか詳しいな」

「とにかく、おかしい。不自然な信仰心ですわ」


 それについては同感だ。

 ただ、それ以外で不自然はない。

 宿屋の人たちは親切だし。

 街の人たちも変に宗教に勧誘してくることもない。


 異様な信仰心と言われればそうだが。

 それほどまでに根付いていると言われればそれまでだ。

 秘宝の力と考えるべきか。


「もう少しこの島の歴史とかを調査するべきか」

「そうですわね、まだ調べてない場所もありますし」


 二手に分かれてこの島の詳細を調べようと宿の玄関へ向かった。

 ちょうど宿屋の玄関扉を開けた時、後ろからこの宿の女将が見送りに出てきた。


「あら、お二人ともお出かけですか?」

「ええ、まだ行っていない所に行こうと思いまして」

「なら、もう女神の祠には行ったかしら?」

「いえ、まだですけど」

「そうなの? じゃあこの島にある一番高い山の途中にあるから行ってみたらいいわ。今の時期なら女神さまが公開されているから」

「そうなんですね。行ってみますわ」


 そういえばこの島の宗教について調べてはきたが、その御本尊というか実物を目の当たりにしたことはなかった。

 ルミナスは愛想よく女将と話すと俺を外へ出るように視線で促した。

 その視線に従って俺は先に外へ出た。

 そして、すぐにルミナスも外へと出てきた。


「なんで俺だけ外に出すんだよ」

「あらお気づきでないのですか?」

「なんだよ」

「ハンス、貴方のその魔眼をあまり人に見せない方がいいですわ」

「おい、他人に無条件で影響を及ぼす程魔眼の操作は未熟じゃねえぞ」

「ええ、貴方の魔法の制御技術は世界有数ですわ」


 魔眼は保有者が意図せずとも魔眼を見ただけで魔法の効果を発現させる。

 魔眼保有者はそれを回避するために自分の魔力で眼をコーティングして意図しない魔眼の効果の発現を防ぐ。

 しかし、それが難しい。


 魔力が多くても自分の魔力が逼迫する。

 少なければ暴発が起きる。

 いい塩梅の魔力量でコーティングが必要になる。

 魔眼保有者のほとんどがその暴発防止の制御技術を習得するのに長い時間を要する。


 その点、俺はその制御に自信があった。

 昔から馴染んでいるかのようにその感覚が身についていた。

 更に独自に研究と試行を重ねて制御している。


「魔眼の制御率はいかほど?」

「ほぼ完全だ。魔力があまりに弱い子どもとかはちょっと微妙だが」

「流石ですわ。でも、どうやらこの島の人たちは少々特別のようです」

「?」


 それが俺を先に外に出した理由か。


「魔力がないわけではないですが、貴方の魔眼の影響が見えます」

「ん? んなはずは」

「嘘じゃありませんわ。若干ですが魔力に乱れがありましたから」

「どういうことだよ。そんなへまはしてねえ」

「ええ、貴方のせいではありませんわ。どうやら一種の洗脳状態に貴方の魔眼の影響が出ているようです」

「強力な洗脳状態になってるってことか?」

「ええ、そうですわ」

「よくわからねえ。誰が洗脳なんて」

「宗教は一種の洗脳ですから、もしかしたら女神が関係しているのかもしれません」


 納得いかない。

 この島の女神は洗脳に近いほどの信仰心を煽っている。

 どうやって。


「女神の祠とやら行ってみたら何かわかるかもな」

「そうですね。実物の女神を見たら何かわかるかもしれませんね」


 俺たちは女将の言っていた女神の祠とやらに向かった。

 そこまで期待していたつもりはない。

 少しでも秘宝の手がかりが掴めればいい。

 その程度の気持ちだった。


 その軽い気持ちはすぐに裏切られた。

 そこで目にしたのは恐ろしい代物。

 誰がなんのために作ったのか不明だが。

 こんなものを作ったやつは間違いなく狂人だということだ。


 それは無条件に心に入ってくる。

 救われる感覚と自分でも気づいていない心の隙間を埋めてくる。

 手を差し伸べられる。


 砂漠の中のオアシス。

 人生で感じたことのない幸福感。


「しっかりなさい」


 ルミナスの声で目覚めた。

 俺は一瞬心を奪われていた。


「俺は何を見ていた」

「あの女神像ですわ」


 俺は視線を祠に置かれた女神を次は魔眼を通して見た。

 気持ち悪い。

 正直そう思った。


「なんだあれ」


 魔眼から見える情報を分析しようとすると船酔いのような感覚に襲われる。

 頭に直接作用するタイプの魔道具だ。

 でもそれだけじゃない。

 頭にも来るが。

 心にも直接干渉してくる。


「わかりませんが。あんなものが存在していいはずありません」


 ただの木像。

 そこに込められた魔力を視認すればわかる。

 禍々しいのに魅力的。

 女神の木像から出る狂気染みた魔力が嫌でも魅了してくる。


「あんな、あんなふざけた物あってたまりませんわ」


 気味悪がる俺の横で怒りをふつふつとさせているルミナス。

 漏れ出る魔力で彼女がどれほど怒っているかは想像に難くない。


「一旦引きますわよ」


 ルミナスは下唇をかみしめていた。

 俺たちとは代わって女神像を見る周りの人たちは皆有難そうにしている。

 不思議だった。

 有難そうにしている島民も。

 ただの秘宝にここまで怒りを顕にしているルミナスも。

 怒りを抱いたままのルミナスを落ち着かせるために、祠のある山から下山して人気のない浜辺に移動した。

 浜辺に着くなりルミナスは海原へ向かって叫んだ。


「おい、ルミナスなんでそんなに怒ってんだ?」

「貴方にはわかりませんでしょうね。民の信仰と信頼を集めるのにどれだけ苦労するか」


 皮肉のつもりだろう。

 しかし、皮肉にキレがない。


「貴方はその目でどこまで見えましたか?」

「秘宝の効果、影響力、あと……」


 俺が見たことを伝えようか迷った。

 あれだけぶっ飛んだ秘宝だが。

 あれ自体は。


「聞いてくれ、あれは秘宝の本体じゃない」

「今なんと……?」

「あれは秘宝の力が宿ったものであって、恐らく秘宝の本体はあの祠の奥だと思う」

「では、あれは秘宝ではなく秘宝の力を宿した別の秘宝ということですか?」

「ああ、そういうことだ」


 厳密にいうとあれ自体は秘宝の力を宿しているだけのもの。

 秘宝ではない。


「どこまで信仰を冒涜すれば気が済むのかしら」

「なあ、いい加減教えてくれよ。なんでそんなに怒ってんだよ」

「いいでしょう。貴方には話しておきましょう」


 ルミナスの過去は俺とは違う方向で壮絶だった。

 俺の予想通りルミナスのフォルネウス家はある国の魔法に卓越した貴族だった。

 ただ、一部貴族の策にはまり領地の民に裏切られその身分を剝奪された。

 そこからは山を転げ落ちるよう没落した。


 家族は散り散り、妹や弟は幼児愛好家たちに買われた。

 当時あどけない少女だったルミナスも下衆な男たちの間をたらい回しにされた。

 そして紆余曲折を経て組織に加入。

 妹や弟達とは再会を果たしたが、全て万々歳とはいかなかったらしい。


「そうか」

「だから人々の信仰を冒涜するような行いは許せないのです」


 信仰を冒涜するというが。

 宗教も大して変わりはしない。

 あの女神像は魔力を利用して人に信仰心を与えている。

 しかし、他の宗教も大差ない。


 魔力を利用しているか。

 経典のように教えを利用しているか。

 結局人の心を利用しているに違いはないのだ。


「一刻も早く秘宝を回収しましょう」

「俺は反対だ」

「なぜです⁉」

「祠で見た女神像ですらあんな強力な精神干渉だったのに、あの本体をこの島から出してみろ。世界中がおかしくなるぞ」

「では、この島の人たちをずっと秘宝の干渉にさらせと言うのですか⁉」

「そうだ」


 残酷な選択だろう。

 だが、世界中の人を秘宝の影響下に置くくらいならいい。


「貴方は……」

「何とでも思ってくれていい。とにかくこの秘宝を回収することは反対だ。この島内で研究秘匿するべきだ」

「いいえ、我々で回収し秘匿すべきです」

「これ以上は不毛だ。幹部に報告して対応を判断してもらう」


 一応組織にも立場上の上下関係が存在する。

 厳密には上下関係というよりは構成員同士で秘宝回収の方針で意見が異なったり、秘宝回収の状況判断が困難だったりした時に秘宝回収の経験が豊富な構成員に判断を仰げる。

 その立場の構成員を立場上幹部と呼んでいる。


「連絡用の魔法を起動してくれ」

「お断りしますわ」

「この秘宝は世界にも影響を及ぼす。お前の私情で世界中の人を危険にさらすな」

「私に命令しないで頂けるかしら」

「やらねえってんなら任務の進行権限を俺に寄越せ」


 任務の進行権限。

 組織から任務の依頼を直接受けた構成員が任務を円滑に進行するために様々な権限を持った紋章を手の甲に刻まれる。

 進行権限を持つ者には組織への連絡用の魔法を使用やその他にも秘宝『枝』の使用権等が与えられる。


「嫌ですわ」

「おい、いい加減にしろよ」

「貴方こそこれ以上私に命令するのであれば容赦しませんわ」

「バカが」

「今なんと?」

「任務と私情をごっちゃにしてるやつをバカって言ったんだ」

「口の利き方がなってなくってよ」


 魔力の揺らぎが見えた。

 蜃気楼のように大気まで揺らめかせるほどの魔力。

 ルミナスが化け物なのはもう承知の上。

 だが、任務遂行にはこいつを分からせる必要がある。


「ちょうどいいですわ。私組織内の方と闘ってみたかったのです」

「奇遇だな、俺もだ。――魔眼解放」


 ルミナスの魔力が赤く色づいていく。

 見かけによらず血気盛んなお嬢様らしい。

 魔眼で見えるものは多岐にわたる。

 魔力の流れ、感情、起こりと言われる魔法発現の瞬間等々。


「解放した方が綺麗な色ですわね。どす黒い赤色で私好みですわ」

「そりゃどうも。俺も大人しくしてる時よりも今の方が好みだぜ、お嬢様」

「二度はないと言ったはずですわ。その減らず口二度と聞けないよう教育してあげましょう」

「やれるもんならやってみな」

「その言葉後悔させてあげますわ」


 身体強化の魔法にしては歪な魔力の流れだ。

 なんだあれ。

 どの魔法体系にも分類されない魔法だ。


「なんだよそれ」

「その自慢の眼は飾りでして?」

「いちいちムカつく女だ」


 ルミナスの魔力とは違う、別の誰かの魔力が流れている。

 分類的には降霊術で別の何かの魔力を下ろしてると見ていいか。


 魔力が背中に集まり、翼を形成した。

 悪魔。

 なるほど、悪魔か。

 俺は納得した。

 呼ばれ慣れてるってそういうことか。


「そういう存在がいるかどうか分からなかったけど、本当にいるんだな」

「あら、何か見えまして? お喋りはもう十分でしょう。ここからは戦いの時間ですわ」

「そうだな」


 魔力で形成された紅蓮の翼がはためくたびに砂ぼこりが舞う。

 紅蓮の翼は猛禽類の翼のよう。

 悪魔が羽ばたいている。

 悪魔が来る。


 それは突然俺の頬をかすめた。

 突然降ってきた雨の一粒目のような唐突な一撃。


「次は頭を射抜きますわ」


 魔眼でも魔法発動の起こりが見えなかった。

 もうちょっと魔眼に魔力を回すか。

 魔力のリソースを魔眼に集めた。

 これだけ回せば魔眼の見え方も変わる。


「あら、より赤黒くなって綺麗になりまたね」


 視える世界が変わる。

 魔力の微細な流れ。

 見えない羽根の発動の起こり。

 四秒先の未来。


 ルミナスの豪雨のような激しい羽根の猛攻。

 俺はただそれを躱す。

 流す。

 相殺する。


 ルミナスの攻撃を食らうことはほぼないが……。

 それにしても圧倒的に不利すぎる。

 こっちの攻撃を当てる隙がない。

 四秒先の未来まで攻撃の予約でいっぱいだ。


 ルミナスの魔力の底が見えない。

 視えてる限り無尽蔵じゃない。

 総魔力量の減少は見える。


 だが。

 魔力は減少と増加を永遠に繰り返している。

 戦闘前に降ろした何かの恩恵と見るのが定石。

 となればもう少し魔力を回せば見えるはず。


「随分防戦がお上手ですのね」

「もうすぐ終わるさ」


 それは、はったりではなかった。

 視えたモノを捉えたのであれば問題がない。


 魔力を最大まで魔眼に回す。

 見えてきた。

 二人を繋いでいる魔力の回路。


「その繋がり一旦解除させてもらうぜ」


 視えてしまえばこちらのもの。

 二人を繋いでいる回路に魔眼で少し細工を加える。

 どうやら気づいたのか魔力の翼が消えた。

 あの翼はルミナスが降ろした何かから得ていた力のようだ。


「どういうことですの⁉ 契約が切れた……?」

「魔眼で一時的に降ろした何かとの繋がりを切ったからな」

「これが魔眼ですのね」

「まだやるか?」

「いいえ、契約した悪魔から力を借りれない今私に戦闘能力はありませんわ」

「じゃあ、勝負ありだ。連絡用の魔法を起動してくれ」

「ええ、負けは負けですから。今回だけは貴方に従いますわ」


 ルミナスは連絡用の魔法を発動した。

 小さな魔方陣が展開され幹部の魔法使いが現れた。


「おや、まさか相談されると思っていなかったから油断していたよ」

「今の状況とこの任務の最終地点の確認ですわ」


 ルミナスはこの島の状況と秘宝について幹部に話した。

 幹部はしばらく考え込むと紅茶をすすった。


「破壊は論外。しかし、その島から出せば秘宝の影響が世界中に及ぼす可能性がある。しかし、永遠に島民を秘宝の影響下に置くことになる。困ったね」

「こちらの意向は秘宝を持ち出さず、この島で研究秘匿が良いかと」

「それも一つの手ではあるが、僕たち組織は秘宝からの安全確保も一応活動方針として掲げている。これをどう捉えるか」


 最小限犠牲を取り最大限の安全確保。

 選択の余地はなかった。

 幹部はしばらく考え込み。

 深呼吸の後に答えを出した。


「秘宝はこの島で秘匿管理。そして、秘宝の影響下にある島民たちの解放を方針にしよう」


 といっても秘宝を完全にコントロールできた事例はない。

 どの秘宝も発動条件や発動時の現象を調べてもまだ完全ではない。

 結果的にそれが叶うのはいつになるか。

 幹部の出したこの答えはあくまで俺たちの士気を保つための嘘の可能性もある。


 現実的ではない方針だというのは俺も恐らくルミナスも理解している。


「かしこまりました。では、ここからは秘宝の本体を捜索し発見次第報告します」

「うん、それで頼むよ。くれぐれも、島民たちに勘繰られない様に」

「了解」


 そこで通信は途絶えた。

 波の音に俺は我に返る。

 目的は決まった。

 俺もルミナスも動き出した。


「それじゃ、行くか」

「業腹ですが、組織が決めたのでしたら従いますわ」

「頼むよ、お嬢様」

「ええ、行きましょう」


 俺たちはその足で祠へと向かった。

 人気のない祠。

 なのに、この足から背中にかけて這い上がってくるような恐ろしさ。

 秘宝独特の気配。


 呑まれるような。

 取り込まれるような。

 怪物の大口を目の前にしているような気持ちになる。

 そこしれない闇の奥から視線のような気配もある。


「昼間と全く雰囲気が違いますわ」

「そうだな」


 ルミナスも警戒を高めている。

 魔眼で祠の奥を見ると独特な魔力が見える。


「行こうか」

「ええ」


 覚悟を決めて祠の奥へと進む。

 湿気ているのか少しかび臭い。

 水の滴る音が響く。

 奥に着くと吹き抜けた天井から月明りが差し込んでいた。


「ここが終点か」

「なにもないですわね」


 月明りだけでは光源が足りない。

 魔眼を通してみた時に分かった。

 魔眼越しで見えたものを信じたくなかった俺は魔力で光球を作り宙へ投げた。


「嘘ですわよね?」

「想像以上だな」


 女神像というか。

 これは女神岩。

 硬い岩を削って作成した女神。

 魔力で見ればわかる。


「これが秘宝の本体だ」

「何者だ‼」


 目の前の巨岩を削って作られた女神の石像に圧倒されていた所へ怒号が聞こえた。

 後ろに振り替えると彫刻刀を手に持った僧侶が立っていた。


「ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが」


 明らかにこちらを警戒している。


「すみません、観光で来たものでよくわからないで入ってしまって」

「嘘だな、お前たち魔法使いだろ。どこの者だ」

「⁉」


 ルミナスは僧侶の言葉に驚きの表情をした。

 そんなに驚いた顔をしたら図星だとバレるだろう。

 それを見ていた僧侶は手に持っていた彫刻刀を構える。


「何者かは分からんが、女神様を冒涜する者は許さん」

「ちょっと、荒事はやめましょう。ここは神聖な場所なのでしょう?」

「そうだ。しかし、女神さまも冒涜者を始末するのであればお許しになられるだろう」


 聞く耳を持ってはくれなさそうだ。

 俺は魔眼に魔力を集めて僧侶を睨みつけた。

 僧侶は構えていた彫刻刀を手から落とし脱力した。

 魔法耐性のない者に対してだけ使える一種の催眠状態だ。


「私は、私は」

「貴方は眠くなる。凄く眠くなる」


 僧侶に近づき耳元で囁く。

 僧侶はその場にへたり込んで深い眠りについた。

 手に持っていた彫刻刀を見ると嫌なものが見えた。


「これ」


 魔眼で見た所、石を削って作った彫刻刀の様だ。

 同じだ。

 この彫刻刀にも女神の石像と同じ魔力が宿っている。


「なるほど、そういうことか」


 昼間の女神像が秘宝と同じ効力を持っていたことに合点がいった。

 この最奥の女神像と同じ岩から作った彫刻刀。

 その彫刻刀で作った女神像はこの秘宝の本体と同じ効力を発揮する。

 つまり、これらが根源だ。


「ルミナス直ぐに、本部に連絡だ。早くしないと女神信仰が止まらなくなる」

「わかりましたわ」


 ――魔法西暦 1283年春――


 結果を言えば女神信仰はなくならかった。

 何も変わらなかった。

 組織の方針は秘匿管理に留まった。


 あの彫刻刀を使って女神像を作る魔法使いを『彫師』と呼ぶ。

 これからも女神像を彫ることは変わりない。

 組織が今までの文化を壊すことはできない。

 そこまで組織は介入できない。


 これからも女神像は作り続けられるし。

 これからも女神は信仰され続ける。

 唯一組織ができることは女神像を島外に出さない様にするだけ。

 少し不可思議な違和感が残った。


「なあ、なんであの場所に女神像を作ったんだろうな」


 俺は報告書の作成をしているルミナスに問いかけた。


「どういう意味ですの?」

「だってさ、信仰者を増やすのが目的ならもっと人の多い場所にあの女神像の本体を作った方が影響はもっと大きくできたはずだろ」

「言われてみればそうですわね」

「もしかして……」


 あの島は女神像の魔道具を試験的に運用するための実験する場所だった可能性が残った。


「まさかな」


 あまりにも壮大すぎる計画だ。

 そんな計画を成し遂げられる魔法使いがいるわけない。

 いるわけないよな……。

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