大谷貫之視点:Sクラスの生徒たち 二
そろそろ禁域だという合図で、クラスの全員が手を繋ぐ。他人との交流が薄い生徒もその中には含まれており、全員が禁域にあるという痕跡に少なからず関心があると分かる。
人の手が全く加わっていないこの空間は、他の所のように舗装された道も、足元を照らす明かりもない。それでも生徒たちは恐怖を押し殺して先へと進んでいた。中等部での担任の話では問題児ばかりということだったが、そう悲観することはない。彼らも一人一人、思うところがあって行動しているのだから、互いへの理解に向けて動けば、その抱えるものを軽減することはできるだろう。そんな彼らへの理解の手掛かりに引き継がれた内容も役立つと良いのだが、と思い返していく。
出席番号十一番、染谷真実。朱鷺寮の生徒であり、その例に漏れず、自身の関心がある事柄に関してのみ、その集中力を発揮している。彼女の関心は鏡界の七不思議にあり、様々な人に聞き取り調査を行っている。禁域への侵入こそまだ行っていないが、それも時間の問題だろう。SA生徒連続行方不明事件の後も、よく一緒に行動していた望月茜がいなくなったにも関わらず、何事もなかったかのように調査を続行した。危険度は低く、放っておいても大きな問題は起こしていない。
興味のあることのために自ら動けるのならば、その興味の範囲が広がるような話をこちらがすれば良い。何事もなかったかのように、という点も、表に出していないだけとも考えられる。決して放っておいて良い理由にはならない。禁域への侵入の際は、単独行動を取らないか注意深く観察しておく必要があるだろう。
出席番号十二番、葉月実。杜鵑寮の生徒であり、SA生徒連続行方不明事件において何らかの形で関わっているのではないかとの疑いを持たれている。彼に関してはその事件前後で問題点が変化している。事件前は器用に他人の制服を改造していた。指導を受けても改善せず、むしろ目立つ形の改造に悪化した。事件後は暴言や報復行動が目立つようになり、授業にも出席しなくなった。攻撃対象が事件直後は直接自分に悪意を向けた生徒に限られていたが、中等部卒業時点は教師の一部にも攻撃行動を見せていた。どういった基準があるか分からず、担任であろうとも攻撃を仕掛けてくる場面もあるため、危険度は高い。
彼に関しても中等部での学年主任から引き継ぎを受けている。SA生徒連続行方不明事件の少し前、彼は両親を亡くしているという。行動に変化が見られた理由かもしれない。現在は有瀬鏡操士派遣会社社長による支援を受けて通学中とのことだ。
本人からは教室への復帰に前向きな言葉を聞いている。協力してくれる友達がいるから、と見守っていてほしい旨を伝えられているため、こちらから行動することは控えよう。どちらからでも手が出るようならその場の仲裁をするくらいの心積もりだ。
出席番号十三番、姫野百合子。狼寮の生徒であり、可愛い見た目に反して乱暴な一面が見え隠れする。葉月実との対立では、所持品の破壊や暴行を率先して行い、教師に対しては自らのか弱さを主張するような強かさを持ち合わせる。授業中に私語だけでなく飲食も行い、指導を受けても可愛いから許されるといった自己中心性を持っている。自分の主張が受け入れられないと力に頼る部分は狼寮らしいとも言える。相手のふいを突いた攻撃を行ってくるため、危険度は高い。
高等部に上がってからの暴力沙汰も一度聞いているが、その相手も葉月実だった。今朝、二年Aクラスの柊木千尋から報告を受けたばかりのため、まだ何の対応もできていない。その場にいたのは熱田一輝、黒江佐紀、姫野百合子という狼寮の三人だが、その場で指揮を執っていたように見えたのは姫野百合子だったという。中等部での学年主任から頼りになる生徒だとは聞いているが、その証言を鵜呑みにすることはできない。まずは関係生徒から話を聞かなければ。
出席番号十四番、水島拓海。豹寮の生徒であり、成績優秀な生徒の一人。高い鏡操適性と高い校内順位から他者を見下す傾向にある。一方、見下している相手から学ぼうという姿勢も見え、比較的問題の少ない生徒。提出物も期限までに出し、制服の改造を行わず、暴力沙汰も起こしていない。授業中の私語はあるものの、ほぼ危険ではないと言える。
編入生、特に座席の近い花房羽衣とは親しくなっているようで、二人で授業中に私語をしている場面は目撃している。授業中の私語は本人だけでなく、周囲の集中を妨げることにもなるため、余裕があれば注意するようにはしているが、改善の兆しは見えない。私語をしようと思わせない楽しい授業をできることが最善だが、現実はそうもいかない部分もある。資料集まで読み込んで二人で楽しそうにしてくれるのは構わないが、業間にしてもらえないだろうか。
出席番号十五番、花房羽衣。編入生のため引き継ぎはない。杜鵑寮の生徒であり、鏡界学校在学中に限ると二人目の特級適性者。ちょうど二か月前の三月二十四日以前の記憶を持たない。二年Aクラスの山吹栄の遠縁に当たり、その時以降、兄妹のように過ごしているという。山吹栄から、記憶を失う以前のことは思い出させたくないため、聞かないよう頼まれている。
特級適性者ではあるが、一般常識の部分も一部記憶を失っているようであり、自身の適性に関する理解も皆無。これはこれからの授業で進めていく部分であるため問題はないが、他の生徒なら入学時点で持っているような知識や経験を前提とした話もしないよう注意が必要だ。
授業中や業間の様子は非常に素直。面白い授業なら目をキラキラと輝かせながら前のめりに聞き、面白くない授業なら眠そうにしながら聞いている。生徒同士の会話中も楽しんでいる時はにこにこと微笑み、不快なことを言われた時は眉間に皺を寄せたり口を尖らせたりしている。同じ編入生の赤坂恭弥同様、見える範囲では生徒同士の関係も友好的に築けているようである。こちらも毎週末自宅に帰っているものの、山吹栄から、学校では恥ずかしがってあまり甘えてくれないため連れ帰っている、と聞いている。寮での人間関係を築く障害となっている可能性はあるが、現在問題を抱えているわけではないだろう。
出席番号十六番、桃園梨々花。杜鵑寮の生徒であり、可愛い見た目に見合った明るい性格。自分の容姿に過剰なまでの自信を持っており、それに見合った可愛い服装を、と主張して制服を改造している。授業態度は不真面目で、私語・飲食・遅刻の常習犯。少しの不満を大きな声で周囲に主張するが、同じ杜鵑寮の木葉への対応とは異なり、彼女の言葉によって攻撃が開始されることはない。ただし、相手への警戒心を高め、厳しい目に変えることはあるため、注意が必要。問題は多いものの、危険度は低い。
授業中に菓子を食べている件に関しては、既に指導を行っている。毎時間食べていたところから、この短期間で数時間に一度に減ったことは進歩だろう。健康を意識した野菜などの栄養を補給できる食事であり、単なる菓子ではないとの反論も受けたが、菓子であることが問題なのではないという言葉は聞き入れてもらえたようだ。健康に対する意識が高い点は評価したが、授業中に食事をすれば集中力も欠きやすい。これで中等部の時より試験結果も良くなってくれれば、彼女も授業中の食事を控える意識が継続するだろう。
随分禁域の奥深くに入ったような感覚に襲われる。ピリピリと肌を刺すような緊張感、張り詰めた空気。それを生徒たちも感じているのか、それまで雑談に興じていた子たちもみな黙り、葉月君の様子を伺う。
「ほら、これ。金属片みたいな物も落ちてるし、」
パンと乾いた音が響く。赤坂君がそれに反応して、葉月君と花房君を押し倒すように伏せさせた。音の先には小さな少女が拳銃を両手で構えて立っている。
「全員戻りなさい!」
慌てて来た道を戻り始める生徒たち。花房君が葉月君の手を引き、他の生徒たちも腰が抜けそうな子の手を引いていく。俺も懐から護身用に所持していた鏡とちょっとした装置を取り出した。今年は用心のため持っておくよう全教員に配布された物であるが、本当に使うような事態になるとは。
泣きそうな顔の少女と対峙する。あちらに攻撃の意思がないなら、このまま時間を稼がせてもらおう。
「信じてた!信じてたのに!実だけは私を裏切らないって、信じてたのに!」
取り乱した彼女の銃から発射される弾丸は生徒たちの遥か頭上を飛んでいく。カキン、カキンとすぐ弾切れを起こし、それにも気付かず引き金を引き続けている。この危険な少女は一度捕らえ、警察に引き渡すべきだ。生徒たちの身の安全が確保できない。
「先生、どうします?」
赤坂君は俺の指示に従わず、この場に残っている。咄嗟に銃弾を躱させるような行動を取れたのだ。ここで戻るよう説得しても聞き入れないだろう。
「君は一度鏡界を出て、警察に連絡を入れてくれ。」
「一人で対峙すべきではないと思いますが。捕獲するなら手伝いま、ああ!?」
赤坂君を自分の背後に引き倒す。銃を捨てた少女が体当たりしようと低い背をさらに低くし、身構えていたのだ。敵意を剥き出しに、細いナイフを投げつけて来る。それらを加工した鏡で受け止めれば武器を一つずつ奪っていくことはできるが、俺は鏡操適性も低い。一発受け止めるだけで限界を迎えてしまうだろう。
「これを使ってくれ!」
Sクラスの生徒ならほぼ無制限に使えるはずだ。盾のように使用するため、使うことでその身が危険に晒されることもない。
赤坂くんが受け止めてくれている間に、自分も躱しつつ捕獲の機会を伺う。しかし背後から近寄っても、どうやってか察知され、鋭い蹴りを食らってしまう。これは、捕獲は諦めたほうが良さそうだ。もう他の生徒は十分、禁域から離れたはずだ。
「赤坂君!退くぞ!」
「はい!」
「逃がさない!禁域を荒らす者には死を与えん!」
攻撃が激化する。どこから取り出しているのか、次々と新たな武器が取り出された。先ほどまでも見たナイフや、それより刃の長い、人の肘から先ほどまでもある刃物など、様々な物が飛んでくる。それらの間には拳銃も取り出され、何発も発砲された。
このまま生徒たちも通るような道に戻っても良いものか。流れ弾が当たってしまう可能性がある。ここに来るまで出現しなかったということは、禁域から出れば追って来ないかもしれない。ひとまずそこまで撤退しよう。
「怪我はないか!」
「問題なし!」
徐々に銃器の割合が高くなってきた。全て撃ち切ってから捨てられているため、拾い上げて利用することもできない。飛び道具を持たないこちらは防戦一方だ。今のところ、直接危害を加えようとした赤坂君への攻撃が多い。今は全て躱せているようだが、長くは持たないだろう。
生徒を盾にするなどあってはならない。しかし、このまま一部の攻撃から庇い続けるだけでは埒が明かない。今度はもう一つの装置を手に少女へ近づいた。その動きを不審に感じたのか、少女はこちらに銃を向ける。
「ばーか!こんな化け物と知り合いなんて、やっぱ葉月が殺してんだな!」
「何も知らない癖に!実が殺したのは生徒じゃない!」
赤坂君の煽りに乗って、その少女はとんでもないことを言い出した。その言い方では葉月君が誰かを殺しているようではないか。
考えるのは後だ。赤坂君が作ってくれた隙を利用し、装置を少女の首筋に当てて意識を奪おうと試みる。しかし、少女は驚いて飛び退いただけで、さほど衝撃を受けたようには見えない。手足の先なら驚く程度の衝撃だそうだが、首筋であれば昏倒することもあると聞いていたはずの物だ。昏倒には至らずとも、素早く動くことが困難になるくらいはするものではないのか。
「覚えていろ。次は実諸共殺してやる。」
呪詛のような言葉を残して、少女は去って行った。禁域から出たのだろうか。ひとまず自分たちの身の安全を確保するため、警戒しつつ校舎に戻る。酷い目眩と頭痛がするが、処置は後回しだ。まだもう少しなら、副作用を抑えられる。
「怪我はないか。」
「はい。さっきの女の子の言ってたことですけど、何か知っていますか。」
「何も聞いていない。ひとまず広めないでくれるか。」
「ええ、それはもちろん。」
少女の様子は正常ではなかった。その時の言葉をどこまで信じて良いものか。人を殺せば証拠が残るはずだ。しかし、SA生徒連続行方不明事件に関する情報はあっても、それ以外に行方不明事件が発生した連絡はない。それとも、禁域で行方不明になったと誤認されている事件でもあるのだろうか。
一度、詳しく見直す必要がありそうだ。この件は慎重な扱いが必要だ。謂れなき罪で糾弾される事態にも繋がりかねない。慎重に、場合によっては警察への相談も視野に入れよう。




