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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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始業式の朝

 今日はいよいよ学校が始まる日だ。授業はまだだから、持ち物は筆記用具とクリアファイルくらいか。上靴も持って行かないと。制服にも着替えて荷物をまとめれば、出発だ。どんな人たちが待っているのだろう。

 自室を出ると、桃園さんが待ち構えていた。


「おっそーい!余裕だね、もっと緊張してるかと思った。おっ、やっぱ似合うじゃん。可愛いよー、制服姿も。今日はスカートなんだね。梨々花ちゃんはズボンでびしっと決めてるよ。今日は始業式だから体育座りしないといけないしね。スカートは自分に似合う丈に調整してね。羽衣ちゃんはもっと短くても可愛いと思うよ?というかそれ規定丈のままじゃない?」


 一人で教室に入らなくて済むのはありがたいけど、教室に着くまでずっとこの調子なら、着いた頃には疲労困憊していそうだ。何か対策を考えなくては。

 私は丈を調整する気はない。中学もスカートだったから何となくスカートを選んで履いただけだ。わざわざ手間をかけて丈を変えて、わざわざ生徒指導室に連れて行かれるような面倒なことはしない。


「羽衣ちゃん、足も細ーい!ズボンでももちろんそれは分かったんだけど、やっぱり生足は違うね。絶対領域とか絶対綺麗な領域になるよ!私もドキドキしちゃいそう。悠くんもドキドキしてまともに羽衣ちゃんと話せないかも!」

「桃園さん、今は学校に行こう。編入初日から遅刻なんてしたくないから。」

「あっ、そうだね!行きながら話そっか。でね、話の続きなんだけど、もっと丈も短くして、髪飾りも綺麗なのとか、おしゃれなのとか選ぼうよ。その小さくて白い花も可愛いけどさ、もっと赤とかピンクとか、黄色とか明るい色のキラキラしたやつだって、花房さんには似合うと思うよ。」


 階段を下りながらも桃園さんの口は止まらない。今後、私は桃園さんから衣服や装飾品についての余計な助言を受け続けることになるのだろうか。


「静かだから雰囲気的には青とか緑のも落ち着いた感じで似合うかも!花房さんって何でも似合いそうだよねー。だけど、鞄も靴下も髪飾りもすっごくシンプル。シンプルで綺麗に可愛く見えるのって本物だよね。ねえ、他の髪飾りは持ってないの?」


 栄先輩にもらったこれだけだ。前髪が落ちて来ないようにするためには一つあれば十分だから。だけど、素直にそう答えればもっと買おうなどと言って、他にも色々勧められるような気がする。


「うん。だけど、これは栄先輩にもらった物だから。」

「やっぱ仲いいねー。遠縁ってだけじゃないの?だって、その人からもらった髪飾りだけ寮に持って来てるんでしょー?なーんで他のアクセサリーは持って来ないの?自分で買ったネックレスもブレスレットも指輪もアンクレットも!」


 自分で買った物は元から持っていない。首飾りと腕飾りは家族から貰った物があったけど、こちらにはない。設定に準じて答えるなら、何一つ持っていないことになる。事実、今は家にも装飾品はない。


「うん、ないよ。これだけなの。」

「大好きなんだね!だってー、これだけって寂しそうじゃないんだもん。もっとおしゃれしたいとかもっと着飾りたいとか思わないんだ。その大好きなお兄さんに、可愛いって褒めてほしいと思わない?今度一緒にさ、お買い物行こうよ。明日でも明後日でも。」


 結局、この流れになるのか。私は今お金を持っていないため、何も買えない。持っていたとしても、桃園さんと二人の買い物は余計な物まで買うことになりそうなため、断っていただろう。


「あっ、木葉くんがいるよ。下駄箱の所。」

「本当だ!悠くーん!一緒に行こ。そうだ、悠くんも羽衣ちゃんはもっとおしゃれしてもいいと思うよね?こんなに可愛いのに、大好きなお兄さんから貰った物しか着けたくないんだって。もう、そのお兄さんに彼女でもできたらどうするの?」


 これしか着けたくないとは言っていない。兄妹のような関係だと思っているなら、恋人ができようが結婚しようが関係ないだろう。自分の姉が増えるだけだ。

 木葉くんもこの桃園さんには答えづらいのか、黙ったまま外履きに履き替えているため、桃園さんの声だけが響き続けた。


「羽衣ちゃんも恋したら変わるか!その人に可愛いとか綺麗とか思ってもらいたいってなって、色々おしゃれしたくなるんじゃない?それか、その人から貰った物を身に着けたいとか!ねえねえ、羽衣ちゃんは誰から貰った物なら身に着けたいと思う?」


 寮から外に出てもまだ桃園さんの話す時間。雨の降りそうな空模様さえ変えてしまいそうな勢いだ。


「もちろん、そのお兄さん以外からの贈り物だよ。羽衣ちゃんは誰と話してたっけ。まず悠くんでしょ。三年の先輩とはあんまり話してなかったよね。二年だと、あー!千尋先輩に下の名前で呼んでもらってた!他寮の人は分かんないから、悠くんと千尋先輩くらいか。ねえ、どっちからなら贈ってもらいたい?」


 貰う理由がない。私のために用意されたと言われれば断りにくいけど、気は引ける。少なくとも色々挙げてくれた桃園さんの物は身に着けたいとは思わない。一つだけとなれば吟味して選んでくれるだろうけど、それを着けた姿を見せれば褒め称え、次はとなってしまうだろう。貰っておいて使わないわけにもいかず、困ったことになりそうだ。

 かといって他の人から貰うのは不思議過ぎる。木葉くんや葉月くんとは装飾品の話をしていない。貰ったとしても唐突過ぎて、疑問が最初に思い浮かぶだろう。そして今感じたもう一つの疑問は、桃園さんも編入生歓迎会の時に私と葉月くんが話していたことを知っていて、同じ学年の同じクラスなのに、木葉くんの名前だけ挙げて葉月くんを挙げなかったことだ。選択肢も木葉くんと柊木先輩の二択になっている。

 本人を前にして木葉くんと答えるのは要求しているようで憚られる。一方で柊木先輩と答えるのも、今の桃園さんの様子から考えるに要らぬ誤解を招きそうだ。ここはあえて選択肢にない葉月くんと答えてみようか。


「葉月くん、かな。色々話してくれたし、センスがいいかは分からないけど、私のことを考えて選んでくれそうだから。」


 理由なんて適当だ。零ちゃんとのお出かけのためにおにぎりを作ってあげていたことや、人が少ない所を選んで歩こうとしていたことは知っていても、細かな趣味嗜好などは分からない。思考回路や性格だって分かるはずもない。

 私はどちらとも答えづらいから第三の選択肢として葉月くんを挙げた。しかし、余計な誤解を避けることはできなかったのか、二人とも黙ってしまった。


「特に深い意味なんてないけどね。いきなりくれるって言っても、まず驚いちゃうよ。」

「そう、だね。アクセサリーは重要だもんね!会って一週間足らずの男子がくれるって言ったって貰っちゃ駄目だよ!もっとちゃんと羽衣ちゃんの魅力を理解した人が選ばないと!それと、羽衣ちゃんが恋しちゃったなら意味ないかもしれないけど、葉月くんは止めておいたほうがいいよ。」


 やはり誤解されている。そういった意味で言ったわけではないけど、このような親切めかした助言は苛立たしい。反論すれば誤解が深まるだけだとは分かっていても、なぜ止めておいたほうが良いのか追及したくなる。


「僕もそれは危ないと思うなあ。ほら、今日、教室に行ったら素敵な人が何人もいるからさ。」

「から、何なの?クラスの状況とか葉月くんがどう思われてるかなんて知らない。私は、私が感じた通りに行動する。相談するとしても栄先輩か柊木先輩だから、二人は気にしてくれなくていいよ。」


 少し言い方が厳しくなってしまった。この二人とも良い関係を築きたいとは思っているのだけど、一番情報を得られそうな人は葉月くん。一方で、どれくらいの期間続くか分からない高校生活を教室でも寮でも共にすることになる二人との関係も悪くしたくない。


「そ、そっか。あ、そうだ。梨々花さんは誰から貰えたら嬉しいとかあるの?」

「梨々花ちゃんは自分で気に入った物を着けるのが好きだよ!もちろん私のことを考えて選んでくれた物なら嬉しいけど、着けるかどうかは分かんないね。だって持ってる服と合わせるのも考えないといけないもん。羽衣ちゃんは何も考えずに毎日、大好きなお兄さんがくれた髪飾りを着けてるみたいだね。」


 桃園さんの中では、私は栄先輩を大好きだという結論が出ているようだ。恋愛的な意味に誤解されていないなら、このまま放置しておこう。お兄さんが大好きだから他の子に興味がない、と認識してもらえれば、この手の話題は振られにくくなるだろう。


「うん、可愛いのを選んでくれたから。」

「花房さんによく似合ってると思うよ。」


 褒められ、追及されを繰り返しつつ、校舎に辿り着く。主に桃園さんが話す道中だった。私と木葉くんを合わせてもまだ桃園さんの話す量には敵わないのではないかというくらいだ。


「僕たちは一年生だから一階だね。ほら、Sクラスの教室は遠いほうだから少し急ごう。」

「まだ予鈴も鳴ってないよ?」

「何言ってるの、花房さん。予鈴の時には席に着いてないと。」


 木葉くんは随分と真面目のようだ。本鈴に間に合えば十分とは考えないらしい。私も初日くらいは余裕を持とうと少し動きを早くした。桃園さんもそわそわと足早に教室に向かっている。校舎に着くまではベラベラと話していたのに、もう何も話していない。


「桃園さんは学校好きなの?」

「他寮の子と会うのが楽しみなんじゃないかな。他寮にはわざわざ行きにくいだろうし。」


 桃園さんでも行きにくいなんて感じるのか。どこへでも自由気ままに行けそうな印象だった。

 早足のおかげか、予鈴のさらに五分前に教室に着いた。まだみんな、友達と話したり、本を読んだり、思い思いに過ごしている。


「花房さんの席はここ。出席番号順だからね。すぐ後ろが梨々花さんだから、少し安心かも。」


 廊下側の前から三番目、後ろから二番目。教室にある机の数自体が少ないせいか、机と机の間隔は広めだ。

 後ろの桃園さんの机には鞄が置かれているものの、もう本人はいない。真ん中のほうの机の女子たちと話している。そのすぐ後ろの席では一人我関せず本を読んでいる女子もいるけど、互いに気にしている様子はない。たまに桃園さんや一緒にいる女子が話しかけている。それも嫌がる素振りを見せずに対応するけど、すぐにまた本に目を落としてしまう。

 窓際の列の最後尾の席では赤坂くんが数人の男女に囲まれていた。編入生が珍しいのだろう。


「お前が編入生?俺は熱田あつた一輝かずき。狼寮だ。」

「初めまして。花房羽衣だよ。杜鵑寮、ってのは言わなくても知ってるのかな。」


 空いている出席番号に入れられるなら、赤坂くんと知り合っているだろう狼寮の人は分かっているかもしれない。


「まあ、そうだな。恭弥から聞いたし。また始業式の後で自己紹介はあると思うけど、うちのクラスは変わった奴が多いから戸惑うこともあると思う。だから、困ったことがあったら言ってくれよ。なるべく手を貸すからさ。」


 ア行で始まる名前なら席は遠そうだけど、気持ちはありがたい。先にこう言ってもらえると、こちらからも声をかけやすいから。


「うん、ありがとう。まだ正直、杜鵑寮の人たちとも上手くやっていけるか不安なんだ。」

「悠と梨々花なら心配ないだろ。なあ、悠。」

「僕も力になるつもりはあるよ。何ができるかは分からないけど。」


 ここでも葉月くんが数から外されている。上手くやっていくための心配要素なのだろうか。


「葉月くんは?」

「あっ、花房さん、教室ではその話しちゃ駄目」

「いいよ。俺たちがよく思ってないってだけで、転入してきたばかりの羽衣には関係ないから。」


 関係ない。だから私は葉月くんと仲良くしようと思ったのに対し、彼の言葉は関係ないから口を挟むな、と言っているようだ。


「だけど、あいつのせいで一年半の間、このクラスには二人分の空席があったんだ。」


 私と赤坂くんが編入できるだけの隙間。そこに以前いた友達のことを思えば、空席のままも辛かったのだろう。ただし、それが葉月くんのせいだと決まっているわけではない。


「……穴は埋まる、席は埋まった、だけど一つの綻びが。継ぎ接ぎの組は、新たなる人の刺激で、変わるのか……」

「うわっ、しずかだ。珍しいな。」

「今日はどうしたの?あっ、花房さん、彼女は、」

古賀こが静。よろしく、天女さん。」


 静かに話す子だ。だけど声はそこまで小さいわけではないため、聞こえづらいことはない。先ほど本を読んでいたような気がするのに、いつの間に来たのだろう。それと、天女とは何だ。私のことを指しているようではあるけど、いきなり命名されるとは想定外すぎる。


「あっ、うん、よろしく。花房羽衣だよ。」

「果樹園から聞いた。」


 どういうことだ。虫の知らせのようなものなのか。戸惑っていると、木葉くんがこそっと教えてくれた。


「梨々花さんのことだよ。古賀さんは少し個性的な呼び方をする子なんだ。」

「桃とか梨とか、賑やかだから、覚えやすい。天女が月見のこと話題に出したから、話したくなった。」


 お月見の話なんてしていない。何だろうと思っていると、熱田くんが舌打ちし、離れて行った。木葉くんもあまり良い顔をしていない。


「葉月くんのことだけど。古賀さんはなんで」

「はづきみのる、だから。よく一緒にお月見してた。」


 理由はあるようだ。だけど、説明されなければ分からない。


「いや、そういうことじゃなくて」


 キーンコーンと予鈴が鳴って、また木葉くんの発言は遮られる。そんなことどうでも良いと言わんばかりに、古賀さんが話を始めた。


「ふふっ、天女と月見と、お月見……。楽しそう。神秘的だね。二人は月に行けても、私は地上に残される。ふふっ。」


 古賀さんが楽しそうだ。


「もう、一限は始業式だから用意する物はないけど」


 ドスンと大きな音が黒板側から聞こえる。制服ではない若い男性の前に制服の男子がしゃがんでいて、その間には数冊の本と数枚の紙が落ちていた。


「おはよーございまーす!先生、てん!です!」

「あ、あぁ、おはよう。みんな、体育館に行こう。自己紹介、その他諸々は始業式の後だ。」


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