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鏡の世界  作者: 現野翔子
序章
12/277

入寮

「準備はできた?」

「うん、ばっちり。」


 しっかり荷物も持って、身分証も空の身分証入れも首から下げて、忘れ物はない。遠方に旅行にでも行くような荷物の多さだけど、これからどれくらい寮で過ごすことになるか分からないのだから仕方ないだろう。

 栄先輩が家の鍵を閉めれば、早速出発だ。


「寮ってどんなの何だろう。」

「Sクラスの部屋は俺も入ったことないから分からないなあ。色々設備が整ってるって聞いたことはあるけど。楽しみだね。」


 荷物を入れる手伝いをしてくれることになっているから、一緒に見られる。高校で寮に入るつもりなんてなかったのに不思議な気分だ。


「友達できるかな?」

「できる、できる。ああ、でも、気を付けたほうがいい子はいる。羽衣と同じ学年のSクラスには少し癖の強い子が多いから。」


 不安になることを教えてくれる。小学校も中学校も受験をせず、近所の学校で平穏無事に過ごして来た私に馴染めるのだろうか。高校も見知った子がいると油断していたのに、いきなり難しい相手と遭遇することにはならないだろうか。


「癖が強いと言っても悪い子ばかりじゃない。もう一人の特級適性者もいる。話のきっかけにはなるんじゃないかな。」

「どういう子なの?」


 学年が違うのに癖が強いと知っているなんて、よほどではないか。それとも、学内唯一の特級適性者というのはそれほどまでに注目される存在だったのだろうか。そうだとするなら、その子はその子で苦労していそうだ。


「どういう、って言われても。一言で言うと意味不明だね。」

「説明できてないよ。」

「予測不能で神出鬼没。学年も寮も違う人にすごく懐いてるけど、そうなった経緯が懐かれてる本人にも分からないんだって。」


 私と同じように鏡越しに一方的に見ていたのだろうか。それで何か素敵な部分を見た、とかならあり得る。他に知り合いがいないなら、比較的親近感は抱きやすいだろう。


「仲良くなれるかなあ?」

「災害みたいなものらしいから、それはどうだろうね。」


 人間なのだろうか。仲良くなる、ならない以前の問題になりそうだ。まずは様子を伺うことにしよう。特級の子は朱鷺寮だと聞いた覚えがあるから、今日会うことはないだろう。


「そっちは特別興味を持たれない限りは安全だけど、豹寮のお嬢様には気を付けて。自信過剰だけど、事実優秀でもあるから厄介なんだ。うっかり絡まれると一人で行動しにくくなるかも。」


 調査がしにくくなる、ということだろうか。しかし、優秀というからには様々な知識を持っているのだろう。私の帰り道の手掛かりを得られるかもしれない。話しかけやすそうなら色々聞いてみよう。豹寮なら栄先輩と同じ寮の子だ。それだけ知る機会も多かったのだろう。だけど、頼り過ぎないように気を付けないといけない。

 色々聞きつつ歩けば、あっという間に試験を受けた鏡の前に到着した。今は鏡が金網のような物で覆われていて、鏡操適性以前の問題で通ることができない。


「一回目だけこの横の読み取り機に身分証を翳すと、金網が開くようになってるんだ。」


 首から下げている身分証を言われた通り読み取り機に翳せば、スーッと金網が上がった。問題なく通り抜け、栄先輩も後ろからついてくる。数秒で金網は下りてきて、出入りができなくなった。

 さあ、寮に行こうと歩き出そうとするけど、栄先輩は動かない。


「栄お兄ちゃん?」

「ああ、もう大丈夫。行こうか。」


 適性によっては体調を崩すという。私が何も感じないから忘れていたけど、栄先輩は今の通過で少し具合が悪くなったのかもしれない。


「本当に?どのくらい?」

「俺は明順応みたいになるだけだから、心配しなくて大丈夫。」


 暗い所から明るい所に移動した時になる、眩しすぎて何も見えない状態だ。それくらいなら車道の真ん中に出るわけでない限り、何度も通っても大きく体調を崩すことはないだろう。


「そっか、良かった。じゃあさ、さっき一回目はって言ってたけど、二回目からはどう通るの?」

「学生証なら何度でも通れる。学生証は寮の入り口で受け取れるようになってるよ。まずはそこだね。」


 栄先輩に続いて、運動場らしき場所と反対方向に進む。前も見たように、入って来た鏡と同じような鏡が幾つも並んでいた。それらの裏側に回り、校舎と反対側を向けば、所々に穴がある森が広がっている。その中にポツンと一つだけ、建物の頭が覗いていた。


「こんな所に寮があるの?」

「そう。見えてるのが杜鵑寮、ちょうど校舎を挟んで反対側が朱鷺寮。豹寮は杜鵑寮側から見て校舎の右手にある。」


 寮同士は離れているようだ。気軽に会いには行けないかもしれない。森の中に足を踏み入れると、小道のようにはなっていて、歩きにくくはない。だけど、こんな森の中で迷ってしまえば学内で遭難もあり得るだろう。道なりに行けば安全だろうか。そんな推測も幾つもの分かれ道に阻まれる。

 あまり方向転換することなく、森か林の中を進んでいく。広葉樹や雑草が生い茂っているばかりで、人工的な物は今歩いている道の足元を照らす照明程度だ。私の思っていた寮の周囲の風景ではない。もっと建物が密集していて、学校から数分で辿り着けるものだと思っていた。


「意外と遠いんだね。」

「そうだね。建物ばかりの中を動くよりはいいけど。」


 少し歩けば緑がある環境に住んでいた。人工物ばかりの中は慣れず、疲れを溜めやすいかもしれない。ここなら、知らない人ばかりの環境に疲れても、緑の中で一人休む時間も得られる。自室があるから一人の時間を確保することは容易かもしれないけど、少し仲良くなっていれば人が気軽に訪ねて来てしまうかもしれない。そうなればやはり、一人で静かに木陰に座るというのも良いだろう。

 まだ建物は見えてこない。だけど、正面から人は歩いてきた。


「おはよう、栄。こっちのほうに来るなんて珍しいな。その子はどうした?」

「高等部一年の編入生。俺の妹みたいなものだから気にかけてやって。」


 また妹扱いだ。学校が始まれば先輩と呼ぶのだからその紹介ではなくても良いのだけど、話しかけやすい人が増えるなら許容しよう。


「羽衣です。よろしくお願いします。」

「丁寧にどうも。柊木ひいらぎ千尋ちひろだ。クラスはどこなんだ?」

「Sクラスと言われています。」

「ああ……。てんと同じクラスか、大変だな。Sクラスの連中と上手くやれるといいな。頑張れよ。」


 そう言い残して通り過ぎて行った。初対面の人に頑張れと言われるほど個性的な人たちなのだろうか。不安を募らせながらも寮に向かう。


「千尋は学校一の変わり者って言われている特級適性者に懐かれてるから。その印象が強いんだと思うよ。対応には慣れているから、Sクラス連中の対応に困ったら相談するといい。」

「栄お兄ちゃんには?」

「寮が違うから。近くにいたほうが聞きやすい。まあ、あれもAクラスだから階は違うけど。」


 クラスが違うと階が違う。寮はどういう作りになっているのだろう。学年で分かれているわけではないのか。


「どこの寮も作りは同じ。一階に浴場や食堂があって、二階以降が生徒の部屋。二階から四階はGクラスからBクラス、五階がAクラス、六階がSクラス。」

「男女で分かれてないんだ。」

「各階で分かれてるよ。階段上がってすぐの扉で、女子生徒側、談話室、男子生徒側、って分けられてる。」


 栄先輩が荷物の手伝いをしてくれるということは、異性の側には完全に進入禁止というわけではないようだ。


「違う学年でも、同じSクラスで女子同士なら、結構知り合う機会はあるってこと?」

「Sクラスは人数も少ないから。一つの寮の中なら、全学年合わせても十人ちょっとかな。男女合わせても二十人超えるくらい。」


 中学校までの一クラス分に満たない。特別親しくはならなくても、何回か言葉を交わし、顔と名前を覚えるくらいにはなるだろう。


「へえ、少ないんだね。」

「鏡を通っても体調を全く崩さない人限定のクラスだから。だから、最上階なんだ。地上に近いほど体調を崩しやすい下のクラスの部屋になってる。」


 休みやすいように、か。私は六階まで上がることになるため、荷物を運ぶのが大変そうだ。


「ほら、見えた。まずは学生証をもらわないと。」


 そう玄関の前で立ち止まる。鏡の金網を開けた時のような装置はあるけど、それに翳せば扉が開くのだろうか。


「まずはこっち。」


 横にずれた所に同じような装置がある。ただし、それの上にはお札を入れたりするような横長の穴も空いていた。その装置に私の身分証を翳すと、横長の穴から新しいカードが出て来る。


「これが学生証。これがないとどこにも行けないから。」


 すぐ空の身分証入れに学生証を入れる。だから何も入っていないのにすぐ使えるように持たされたのか。

 玄関の真ん中の装置に学生証を翳すと、扉が勝手に開く。さらに広い昇降口が待っていた。


「Sクラスはどこだろう。豹寮と同じならこっちから順になってるはずだけど。」


 私の名前を探していく。全て中身の見える蓋がされているけど、やはり学生証認証装置のような物が付いている。学生証で開けるなら悪戯は不可能そうだけど、学校の下駄箱にそこまでの防犯設備は必要なのだろうか。特にこの学校は学内に学校関係者しか入れないようになっているのに、無駄な設備に思えてしまう。

 それぞれの空間には、運動に適した靴と、それぞれの趣味を反映しているような靴もしくは室内履きと二種類入っている所も多い。それぞれの空間の内部は二段に分かれているため、室内履きと屋外履きでも分けて収納できる。


「あった。羽衣はここ。スリッパは出しやすい所に入れた?」

「うん。」


 学生証を翳せば私の靴箱がガチャリと少し手前に開く。履いていた運動靴を片付けて、自分も履き替える。


「栄お兄ちゃんは?」

「俺はこっち。来客用があるから。」


 室内履きは借りる形になるようだ。そこも学生証で開けている。


「なんでそっちも学生証なの?」

「認識させておけば、自分の靴を入れている間は他の人が開けられないようになるんだ。これで似た靴の人がいても間違えない。傘も同じシステムだね。」


 スーツケースに取り付けていた傘を外し、下駄箱の横に設置されている傘立てに向かう。格子状に一つ一つ区切られているその箱に既に立てられている傘たちはむき出しだけど、持ち手部分に入れ物と繋がった金属の輪が取り付けられている。何も入っていない部分も同様だ。


「学生証を翳してみて。」


 傘立ての一番奥から上に伸びている所が認証装置のようだ。指示に従うと、何も入っていなかった部分の輪が開いた。


「そこが羽衣の入れる所。」


 間違えると揉めるからだろうか。傘を入れるとカチリと締まり、取り出そうとしても傘の開く部分が引っかかるようになっている。


「厳重だね。」

「ああ、そうだね。」


 次は部屋に荷物を片付けよう。重い、重いと言いつつ、階段を上る。なぜこの学校はいちいち学生証で鍵がかかっているのに、エレベーターはないのだろう。いや、あるにはあるのだけど、栄先輩がエレベーターを無視して手前の階段を上り始めたのだ。

 ひぃ、ひぃ、と階段を上っていく。一階ごとに休憩を挟みつつ、それでもエレベーターは使わない。


「なんでエレベーター使わなかったの?」

「あれは体調不良者用。休憩しつつでも自力で上れるなら使わないことになってる。」


 鏡を通り抜けて歩けないほど体調を崩す人がいるからだろうか。この学校にもそんな人が通っているのか。帰省の度に大変だろう。

 納得したところで、休憩は終了だ。無言で上り続けて、ようやく六階に到着だ。


「お疲れ様。羽衣の部屋はどこかな。」


 呼吸を整える間もなく、女子側の扉に向かった。


「羽衣の学生証じゃないと開かないよ。」

「ああ、そっか。」


 杜鵑寮だからか、女子側だからか。どちらでも良いと私の学生証を翳すと、躊躇なく栄先輩は入って行く。

 表札を確かめながら幾つもの部屋を飛ばし、私の名前を見つけた。私の学生証をここでも認証させ、引き戸を入る。


「広い!」

「Aクラスの部屋の倍くらいありそう。台所の分と、空きスペースも広いね。」


 部屋というより家だ。布団やカーテンなどは白で統一され、絨毯もクッションもないため自分の部屋という気持ちにはならないが、少しずつ物を増やせばそれも消えていくだろう。

 ガスコンロや流し台の並びの横に、奥に続く道があった。


「あそこ何だろう。」


 荷物を入り口付近に放置し、そこへ向かう。洗面台と洗濯機に小さな棚、それから二つの扉だ。それぞれお風呂とトイレになっている。

 部屋に戻れば、栄先輩がスーツケースを開けてくれていた。


「午前のうちに全部片付けて、足りない物があったら買い足さないと。」

「うん!」


 気合を入れて、午後には学内の案内をしてもらおう。


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