学校案内
荷物を全て片付けて、その中でも身分証は部屋の金庫にしまう。それからクッションと膝掛けを買ったついでに外で昼食を済ませれば、ようやく学校案内の開始だ。
「ねえ、行かないの?」
それなのに鏡の所に着くと動かない。早く学内がどうなっているか教えてほしい。
「忘れた?恭弥も一緒に回るって言ってたの。」
「あ、そうだった。」
もう寮には入っているはずだから、来るとしたら狼寮の方向からだ。ちらほらと遊んでいる人のいる運動場に向いて、左手側。近づいてくる人影がある。
「お待たせ!」
「よし、行こうか。まず、ここから見える左手側の建物が高等部の校舎。真ん中見えているのが高等部の体育館で、今は見えないがその奥に事務棟、中等部の体育館と並んでる。右が中等部の校舎。今日は高等部の下駄箱の位置だけ確認しよう。」
運動場の端を通って、石段を上る。今日は階段だらけだ。いや、これは通うようになれば毎日上り下りすることになる階段か。
部室棟と言われた建物を通過し、事務棟と反対側を歩けば、今日は閉まっているけど、寮の玄関と似たような場所がある。
「ここが羽衣たちの使う下駄箱。」
「栄先輩は違うの?」
「俺の学年は真ん中辺り、三年生が事務棟側。」
学年ごとに分けられているようだ。一か所にまとまっていると混雑するからだろうか。この辺りは全て整備されていて、自然溢れる地面ではないのに、振り返れば森が広がっている。
「はっきり分かれてるの不思議だね。」
「切り拓いて建てたんだろうな。一応、お互いの寮の場所も知っておく?」
石段の最上段まで戻される。鏡のほうを見れば、杜鵑寮は見えた。
「正面に見える建物が杜鵑寮。で、右向いて見えるが狼寮。」
杜鵑寮と同じような建物だ。次に連れて行かれるのは狼寮と反対側、高等部校舎と中等部校舎を過ぎて、正面にはまた寮らしき建物が森の中に浮かんでいる。
「あれが豹寮。残る一方には朱鷺寮があるけど、この二つには用がない限り来ないことをお勧めするよ。」
「なんで?」
「おかしな奴に絡まれないように。」
朱鷺寮は避けられるけど、豹寮は栄先輩がいるから行くことがあるかもしれない。絡まれた時の対処法も追々学んで行こう。
「ひとまず必要なのはこんなものかな。」
「森の中は何もねえの?」
「色々あるけど。これから少しずつ探索すればいい。くれぐれも迷子にならないように。少し危険な斜面もあるから。」
さきほどから数か所、木々のない場所も見えている。そこに何かあることは確実だろう。
「なら今日も探索だね。まずあそこに行ってみよ!」
「おー!」
赤坂くんも掛け声を上げて、舗装されていない地面に歩き出す。あまり乗り気ではないようだけど、栄先輩もついて来てくれた。
「そうだ!赤坂くんは、世界を越える鏡、って聞いたことある?」
「いや、ないけど。羽衣はどこで聞いたんだ?」
「栄お兄ちゃんから。学園の七不思議の一つだって。」
私は他の人とほとんど話していないけど、赤坂くんは狼寮で誰か学校の人から聞いているだろうか。
「へえ、そんな七不思議あるんだな。世界を越える、ってどういうことか分かるか?」
「え、えっと……」
私は体験している。だけど、それは誰にも言ってはいけない。隠すなら、その感覚を想像できそうな出来事がなければ、分かるのに分からないと答えなければならない。その嘘は気付かれないだろうか。どこかに似た感覚はないか。
「あ、そうだ。鏡界学校に入る時に鏡通るよね?なんか、ぷわっ、って通ったら、全然違う所にいるの。それってさ、世界を越える、みたいな感じしない?」
これなら嘘ではなく、知っていても自然で共有できる感覚だ。我ながら模範解答と頷いていると、赤坂くんに笑われてしまった。
「随分軽いノリで世界越えるんだな。」
「いや、世界越えてるかは分かんないけど。あ、でも、周りに何にも学校の敷地以外の物が見えないし、実はここが違う世界です、って言われても驚かないかも。やっぱり驚きはするかな。」
鏡の向こうから来た時と、鏡界学校に入る時。感覚は同じだった。あれが鏡をくぐる感覚なのか世界を越える感覚なのか分からないけど、共通点は多い。本当に世界を越えた経験がないなら、そう提示しても不自然な点はないはずだ。
「なら七不思議解決だな。学校の門が、世界を越える鏡でした、って。」
「え?いや、あれと似たような感覚って話じゃないの?だってあれがそうなら、不思議にはならないでしょ。」
もう既に世界を越えることが可能になっているなら、こうして私の帰り道を探すために鏡界学校に入る必要なんてない。そこまで案内するか、その方法を教えてくれれば、生活や資金面での面倒を見る必要もなくなっているはずだ。
どういうことだろう、と栄先輩を見ても、私たちの様子を見守ってくれているだけで、何も教えてはくれない。帰れなくなる心配がないのは良いけど、こうして調査をしていても援護はしてくれないようだ。
「なら羽衣は似たような鏡がどこかに隠されてるかも、って考えてんのか?」
「あったらいいなって。面白そうだからね。」
世界を越えることに関心を示すのは不自然なことではない。同じ年齢の子たちだって、中学校でそういった話をしていた。学校の七不思議でそんな話があったら、探してみようとする子くらいはいるだろう。虱潰しに探しても見つかるとは思えない。本当にあるかどうかも分からないままだ。
あくまで七不思議。実在するとは限らないけど、私は鏡で世界を越えられると知っている。この学校にこちらからあちらに渡るための鏡がある可能性は十分だろう。
「じゃあひとまずの目的はそれを探すことだな。栄先輩も協力してくれるんだよな?」
「さあ。出鱈目に歩くのは今日だけだから。あとは一人で勝手にして。羽衣は迂闊に一人で歩いて道から外れないように。」
これは素直に従おう。道沿いなら戻れるけど、見えた範囲でも広い森で迷子になれば、一人では帰れないだろう。今日は栄先輩がついて来てくれるため、その心配は要らない。
先ほど見えた木々のない場所に着くと、ネットに囲われた場所でパコン、パコン、と何人かがテニスをしていた。
「テニスの練習場だね。邪魔しちゃ駄目だよ。」
「他にも木の生えてない部分があったけど、もしかして他の部活の練習場?」
「そう。基本ボールが飛ぶような部活は周囲にネットを張ってるから危険はないけど、無闇に近づくものじゃないよ。」
人通りの多い場所なら、何かが隠されていることはないだろう。やはり世界を越える鏡があるとすれば、迷う危険性のある所か。上から見て木々が生い茂っている場所で、各寮、校舎、練習場の動線に被らない場所。そこが見つかりにくいため、何かを隠すならそこになるだろう。
分かったのは校舎より低い側だけ。運動場、杜鵑寮のほうは下がって行き、豹寮の側も少しずつ下り坂になっていた。だけど、朱鷺寮があると言う側は上り坂になっていて、こちらからは木々しか見えなかった。
「上のほうはどうなってるの?」
「ずっと斜面だね。朱鷺寮くらいしかない。肝試しをする生徒もいるけど。あとは、学校行事でも使われるくらいか。」
部活のための広場は平地の多い杜鵑寮側に偏っているようだ。見た記憶では木々のない空間と杜鵑寮は距離があったため、全員が部活をしている時間でも騒がしいということはないだろう。
今日は片付けで疲れていることもある。斜面のほうは行かないにしても、寮を越えた向こう側がどうなっているかは気になる。
「あっち行ってみよ。」
「用がない限り豹寮は避けるようにって言ったよね?」
「何かあんの?」
私に忠告しつつ、栄先輩はついて来てくれる。赤坂くんの疑問には答えてあげないけど、私の好きにはさせてくれるらしい。
ここから最も近い豹寮に向けて、まずは道なりに進んでいく。
「なあ、豹寮に何かあんの?それと、他寮には近づかないとか決まりでもあんの?」
「寮の向こう側って施設がないんでしょ?何か隠されてるかもしれないから気になるなって。」
私の目的は豹寮ではない。さすがにこれで見つかるとは思っていないけど、赤坂くんにこうして探している姿を見せることで、少しでも協力してもらおうという作戦だ。誰か知らない人に目撃された場合も、常日頃から何かを探している好奇心旺盛な少女として認識してもらえれば、これから世界を越える鏡を探し回っていても自然に映るはずだ。
他の七不思議も教えられたなら探す素振りは見せたほうが良いかもしれない。だけど今はまだ知らないため、まずは知っている不思議から、という言い訳はできる。
「で、栄先輩。豹寮は避けるように、ってのは?」
「厄介な高等部の一年生がいる。」
そうは言っても、学校が始まればその子も部活動で忙しくなるだろう。私たちが世界を越える鏡を探す時間もおよそ放課後になるだろうから、調査の時間に遭遇することは少なそうだ。
「同じ学年か。どのクラス?」
「Sクラス、羽衣と同じだね。」
「へえ、同じクラスなんだ。じゃあ会うことも多いな。俺もSクラスなんだ。」
入る前から知り合いがいると分かれば少し不安は和らぐ。変わった子が二人もいると聞いているクラスであるという不安は残るけど、見知らぬ人ばかりよりはまだ良い。
「よろしく。お互い、知らない人ばかりの中に入ることにならなくて良かったね。」
「まあ、そうなっても何とかなるだろ。」
不安はないらしい。すぐに仲良くなれる部類の人間なのかもしれない。
「緊張しないの?私は初めてのことばかりで、頼れる人もいないから、すっごくドキドキしてる。」
小学校に上がる時はお兄ちゃんが教室まで連れて行ってくれた上に、家も近く、幼稚園も一緒に通っていた子が何人かいた。どの子もしっかりしていて、特に美優ちゃんにはいつも支えられていた。もう一人、よく送り迎えしてくれた尚人くんもいたから、新しい場所でも不安はなかった。だけどここにはその誰もいない。
「じゃあ俺を頼ってくれたらいいよ。栄先輩も、大切な妹ちゃんを不安にさせないことには、賛成するだろ?」
さらりと頼ってと言えるあたり、誰とでも話せる性格なのだろう。危険そうな場所を探索する時にはついて来てもらうことにしよう。幼稚園児くらいの子を高い高いで投げられる腕力があるなら、頼りになるだろう。
「何を企んでる?」
「何にも?一緒に世界を越える鏡を探すのは楽しそうだな、ってだけ。栄先輩も探してるんだろ?」
急に不穏な空気だ。私には赤坂くんが何かを企んでいるようには感じられないけど、栄先輩には何か引っかかるものがあったのだろうか。
「興味はあるけど。恭弥と羽衣で探させたら、立ち入り禁止の所も闇雲に探しそうだね。」
「隠し物があるとすればそこだろ?」
立ち入り禁止の場所がある。単に危険だから入ってはいけないのか、知られたくない物があるから入ってはいけないのか。気になるところだ。
「その立ち入り禁止の場所ってどこにあるの?」
「今は入るなって話をしてるから。」
怒られてしまった。検討をつけずに侵入し、探索するのは危険を伴うのかもしれない。まずは情報収集か。七不思議の一つだから、情報の信憑性に重点を置かないなら、知っている人は多そうだ。
「羽衣も行きたいって言ってるんだからいいだろ?今度、栄先輩に内緒で探索しよう。」
「また今度ね。」
許可を取ってから行くべきだろう。危険を伴うならなおさら、事前準備も必要になる。お弁当も必要になるかもしれないから、協力してもらったほうが良いだろう。
話しつつ豹寮を通り過ぎる。目的はさらに奥だ。幸い、今は出入りしている人もおらず、栄先輩の危惧する相手にも遭遇はしなかった。
「近くで見ても外観は同じだったね。」
「内装もだいたい同じ。人が違うだけだね。」
「さっきの厄介なSクラスの子がいるとか?なあ、なんて名前の子なんだ?」
それは私も気になる。赤坂くんのことは面倒と称したけど、栄先輩が厄介と称する子は誰なのだろう。事前に名を聞いていれば、警戒のしようもある。
「有瀬智慧。恭弥は有瀬の名くらい聞いたことがあるんじゃないかな。」
「うわ、まじで?お嬢様じゃねえか。」
栄先輩もお嬢様と言っていたけど、会ったことのないような赤坂くんまで言うということは、性格がお嬢様のよう、というわけではないのだろう。だけどおそらく一般の子も通うこの学校に通っているのなら、話が全く合わない、通じないということはなさそうだ。それなのに嫌そうな反応をしているのはなぜだろう。
「ああ、羽衣は分からないか。有瀬グループの会長の孫だよ。下手な受け答えをすると、平然と見下してくる相手だ。嫌な思いをしたくないなら極力関わらないほうがいい。」
よほど苦手らしい。今朝も彼女の話をしていた。先入観で決めつけるのは良くないけど、あまり近くの席にはなりたくない。最初の席は出席番号順だろうから、花房と有瀬ならそう近い席にはならないだろう。次の席替えまでの間に、距離の取り方を学んでおこう。
周辺は道がなくなっただけで、緑豊かな場所であることに変わりない。人工物もあまり見当たらず、何かが隠されている雰囲気も感じられない。
「何もねえな。」
「そうだね。」
「二人とも満足した?」
「まだ行こうよ。」
時間はある。少し疲れて来た気はするけど、冒険に疲れは付き物だろう。栄先輩がいるから帰り道の心配も要らない。
入寮初日ということもあって少々浮かれていた私は、二人を夜まで思う存分連れ回した。




