第七十二話 結婚会見
「……ヤバイ、どうしようっ!
心臓飛び出しちゃうかも……!!」
そう言ったら、陽流さんに思い切りデコピンされた。
「痛っ!!」
それも結構強め。
鬼だ……。
「何言ってんの!
散々、色々やらかしといて、今更」
陽流さんの一言はグサッと来た。
うん……確かにそうかも。
てか、そうだよね……はい。
「映画の試写会で爆弾発言連発してた、
あの勢いがあれば大丈夫でしょう?」
「あの時と今は違うじゃん……」
こそっと言い返したら、
「何か言った?」
って、陽流さんに睨まれた。
聞こえてるくせに、意地悪だなぁ……
て、心の声も聞こえてたりして!!
「朝日奈さん、そろそろ時間です」
「はい、今行きます!!」
スタッフさんの呼び声には、
陽流さんが代わりに返事をして。
それから、私の背中をぽんっと押してくれて。
「私はここで待ってるから」
とだけ言った。
私は大きく息を吸って、
思い切り吐いて。
「いってきます‼」
私はスタッフさんの案内で、
扉の向こうへと向かった。
沢山のライトで輝きを増した金屏風は、
とても眩しくて。
光に包まれながら、
真ん中に置かれたスタンドマイクまで辿り着いた。
「只今より、朝日奈聖音の会見を始めさせて頂きます。
全てを自分の口で皆様へお伝えしたい、
という、本人たっての希望により、
これより先の司会進行は一切致しません」
その一言目で、会場はざわついた。
司会進行はいらない、
という、異例の事態。
よく許して貰えたなって思う。
だけど、
逃げ道を作りたくなかったから。
私は、私の言葉で。
今のこの気持ちを伝える。
何も後ろめたい気持ちはないから。
「それでは、お願いします」
そう言った後、
司会をしてくれたスタッフさんは、
マイクのスイッチを切って、
静かに部屋の隅へ移動した。
その姿を確認し、
私は大勢の記者やカメラマンへ一礼した。
「本日はお忙しい中、
お集まりいただき、誠にありがとうございます。
早速ではありますが、
私、朝日奈聖音は、結婚します」
その瞬間、一斉にカメラのシャッターが切られ、
フラッシュの更に眩しい光が私を照らした。
記者達のざわめきも、
より大きくなった。
「相手は……朝日奈天也さんです」
その一言を口にした瞬間、
何かが吹っ切れた気がした。
「私と天也さん……彼は、
今回のドラマでの共演が初対面、
ではありません。
初めて会ったのは……私が中学生の時でした。
お互いに一目惚れして、
出会ったその日……
彼は私の初めての恋人になりました。
彼と付き合い始めてから、
私はずっと幸せでした。
色んな事があったけれど、
ただ一緒にいられるだけで、
本当に本当に幸せだった……」
ざわついていた会場は、
いつの間にか静かになっていて、
私の話を真剣に聞いてくれていた。
「だけど……
どうしても彼の傍にいられないようになって……
私達は別れました」
今でもあの日の事は、はっきりと思い出す。
負の記憶。
「その後、
色んな出会いがあり、
こうして芸能界という所で、
お仕事をいただけるようになって、
そこで……初めて侑人さんと出会いました。
初めて会った時は、
侑人さんは……大嫌いな人でした。
でも一緒にお仕事をする内に、
どういう人かを知り、
一途に思ってくれる侑人さんに惹かれました。
そして、プロポーズされて、
それに応えました。
本当なら……去年のクリスマスに、
侑人さんとこの会見をする予定でした。
でも、その前日……
私は彼と再会して、
胸の奥にしまっていたものに気付いてしまった。
まだこんなにも好きだったって。
別れを告げた私に、
もう彼の傍にいる資格はない。
でも……でも……!
それでも私は彼が好きで、
こんな気持ちで侑人さんと結婚する事は出来ない。
そう伝えました。
侑人さんに背中を押してもらって、
私は彼に告白しました。
そして……彼もまた、
私と同じ気持ちでいてくれた事を知り、
これから先の未来を、
一緒に歩いていく決意をしました。
…………未熟な私達ですが、
祝福していただけたら、と思います。
芸能活動については、
今後も続けていきたいと思っています。
……お仕事をいただけるなら、ですが。
ご静聴ありがとうございました」
私は深く一礼して、
しばらく顔を上げられなかった。
カメラのシャッター音どころか、
物音がほとんど聞こえない。
この静寂がとても怖かった。
だから。
……パンパンパン。
拍手が聞こえた瞬間は、
凄く嬉しかった。
「ありがとうございます……!
ありがとうございます!!」
何度も何度も、
ありがとうと言った。
「これが全てです。
以上も以下もありません。
……二股と言われたらそうかもしれないです。
なぜなら……
侑人さんには失礼だけど、
私の心はずっと…………
天也さんにあったと思うから」
『女優』聖音は終わった。
そう思いながらも、口は止まらなかった。
こんな私にもらえる仕事なんてない。
いっそ、引退して、
主婦にでもなろうか。
そんな事を考えてる時だった。
「……では、そんな聖音ちゃんに、
僕の映画の主役をしてもらおうかな」
そう言いながら、
一番前に座っていた記者が立ち上がった。
でもその人は……記者なんかじゃない。
正確には、
記者のふりをしている、超大物監督。
「まさか……出雲守 光世監督!?」
深く被った帽子を脱ぎながら、
「はい、出雲守です」
と、その方は言った。
その瞬間、
会場のざわめきはピークに達した。
「出雲守さんがオファーしてる!?」
「いや、そもそも何故この場に!?」
それは私が一番聞きたい!!
だって……
出雲守監督といえば、
彼の作品に出演すれば一流と言われるほど、
俳優なら誰でも憧れる方。
そんな方が……
何故この会場にいらっしゃるのか、
そして、私に主演オファーをしてくれているのか?
この会場にいる、
出雲守監督以外の、全ての人が。
私と同じく、
混乱していると思う。
「驚かせたね?
でも、冗談で言ってるんじゃないよ」
そう言いながら監督は、
私の目の前まで歩いてきて、
にっこりと微笑んだ。
「では、改めて。
朝日奈聖音さん、
僕の撮る映画に出ていただけませんか?」
そんなの……
答えは決まってる。
「私で……本当にいいのでしょうか?」
「僕は、聖音ちゃんでいい、
……じゃなくて、
聖音ちゃんがいいんだ。
その意味は解ってくれるよね?」
「はい……
出雲守監督、よろしくお願いします‼」
私を撮りたいなんて、
そんな光栄な申し出を、
易々と断るはずがない。
そもそも、断る理由もない。
出雲守監督に差し出された手を握り返した瞬間、
盛大な拍手が巻き起こり、
シャッター音とフラッシュの眩しい光で包まれた。
翌日のワイドショーは、
私の結婚の話よりも、
出雲守監督の新作に出演する話で持ちきりだった。
私の緊張は一体何だったの………。