第25話 救われた子ども
事故のあった日の慌ただしさを抱えたまま、祖父に連絡を入れた。
それで、予定を前倒しして金曜日に来ることになった。待ち合わせ場所は、後ほど改めて決めることにした。
祖父は、理乃へ必要な手続きや書類について教えていたようだった。
翌日。理乃は、遺体が健斗本人に間違いがないか確認するため、本土の警察署へ向かうことになった。
警察署から「検視が終わった」と連絡があったのだ。私も理乃と一緒に行くことにして、和義さんが車を出してくれることになった。理久斗くんは潮音で預かってもらった。
警察署の前で理乃と別れ、私は和義さんと一緒に駐車場で待つことにした。和義さんも聞きたいことはたくさんあるはずだが、黙ったままだった。
駐車場の脇には、オレンジ色の百合がたくさん咲いている。
一時間ほど経った頃、理乃から電話がかかってきた。
「歌帆、私たちに会いたいって人がいるの……。ちょっとこっちに来られる?」
不思議に思いながら警察署に入ると、理乃と一緒に男性警察官が立っていた。年の頃は私よりも少し上に見える。
「お話、よろしいでしょうか」
私たちは頷いた。
「実は……私、お父様に命を救われた生徒なんです」
「えっ……」
思わず声が出た。
「二十二年前、海で溺れて。みち先生が助けてくださいました」
彼の目が、遠い日を見つめている。
「私は当時、七歳でした。友達と海で遊んでいて、急に深みにはまって……」
「父が……」
「はい。みち先生は、躊躇なく海に飛び込んでくださった。私を岸まで押し上げて……でも、先生はそのまま……」
彼の声が震えた。
「ずっと、罪悪感を抱えて生きてきました。私のせいで、先生は……」
「違う」
理乃が強い口調で言った。
「あなたのせいじゃありません。父は、あなたを救いたかったんです。それだけです」
警察官は目を伏せた。
「だから、私は警察官になりました。人を守りたい、助けたいって……みち先生のように」
私の胸が、熱くなった。
「先生が海に飛び込む直前、私に言ったんです。『大丈夫、必ず助けるから』って」
彼は静かに続けた。
「あの声を、ずっと忘れません。だから……今も、人を助ける仕事を続けています」
彼は言葉を切って、苦しそうに顔を歪めた。
「でも、篠名谷さんを助けられなかった……」
「いいえ」
理乃は首を振った。
「あなたは、できることをなさっています。それだけで十分です」
「……ありがとうございます」
彼は深々と頭を下げた。
「みち先生のこと、ずっと忘れません。先生が救ってくださった命、大切にします」
彼が去ったあと、理乃がそっと言った。
「父は……こうやって、命を繋いでいったのね」
「うん」
外へ出ると、駐車場の百合が、夏の風に静かに揺れていた。




