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第16話 四十九日と誕生日(前)

長くなったので、前後編で分けて投稿します。

 生ぬるい風が頬を撫でていく。暑さはまだ続いている。


 今日は母の四十九日、そして父の二十三回忌。こんなふうに重なる日が来るなんて、想像したこともなかった。


 法要は親しい人だけで執り行うことになった。智も参加してもらうことにした。


 道昭さんとやり取りをして、智は白い無地のワイシャツに黒いズボン、夏用の黒いジャケットを身に着けた。和義さんが本土への買い出しのついでに、ショッピングセンターまで連れて行ってくれたそうだ。数珠は澄江さんが和雄さんの使っていたものを貸してくれた。


 私はシンプルな黒のワンピースに黒いカーディガンを羽織り、母が使っていた白珊瑚の数珠を手にした。さっぱりとしたデザインは母を思わせた。


「お姉ちゃんだ」


 振り返ると、リクトくんの手を引いた澄江さんの姿があった。いつもの手ぬぐいは巻いておらず、上品な黒の装いに身を包んでいる。その後ろには、大きな果物かごを手にした省吾さんが立っていた。


「すごい果物かごですね」


 籐のかごに丁寧に盛られた果物たち。艶やかな赤の大玉りんご、光沢のある洋梨、透き通るような黄緑のマスカット。柿やみかんが添えられ、柑橘の爽やかな香りがほんのり漂う。紫の皮を持つ巨峰の房が、かごの隅に重たげに置かれていた。


「歌帆ちゃん。高いんじゃと心配したじゃろ」


 澄江さんが豪快に笑う。


「あそこの寺はお下がりで持たせてくれるけえ、わしが食べたいものを買うたんよ」


 いたずらっぽい顔でそう言った。


 リクトくんは、控えめな紺色の小さな子供用スーツを着ていた。小さな水筒を斜めにかけている。


「実は、俺の子どもの頃の服なんだ。母さんも物持ちが良すぎるよな」


 省吾さんの口元に、珍しく柔らかい笑みが浮かんだ。


 そのとき、慌ただしく駆けてくる姿を見つけた。


「澄江さん、水筒……忘れてました」


 汗で髪が額に張り付いているリサさんが、息を荒くしながら水筒を差し出す。


「大丈夫?けっこう距離あったよね」


「……ええ。でも、以前、澄江さんが軽い熱中症になったことがあって、それが気になって」


「ちょっとぐらい、ええじゃろ」


 澄江さんの言葉に、珍しく怒ったような表情でリサさんが言う。


「ちょっとぐらいじゃありません。道に座り込んでいた澄江さんを見てどれだけ心配したか……」


 踵を返そうとするリサさんに声をかけた。


「今からならお寺に行く方が近いから、そっちで涼ませてもらおうよ」


 道昭さんに連絡すると「かまいませんよ」と、いつものように穏やかな声が返ってきた。


「お邪魔でなければ……ご一緒させてください」


 リサさんは小さく頷いた。


 ---


 道昭和尚が表に出て迎えてくれた。本堂の中はひんやりとして、蝉の声だけが遠くで響いている。


 リサさんは仏壇にそっと手を合わせた。道昭さんが持ってきてくれたお茶を受け取り、リサさんに渡す。


「私ったら慌ててしまって。自分のことを考えてなかったです」


 リサさんは少し恥ずかしそうにした。


「お邪魔しました。今度、歌帆さんのお父様とお母様に改めて挨拶しますね」


 リクトくんに「きちんとするのよ」と言い聞かせて、リサさんは潮音に戻っていった。


 ---


 まずは喪主である私が一礼し、開式の挨拶をした。緊張したが、集まってくれた人々への感謝を短く述べる。


 読経が始まる。木魚の音、小さなおりんの響き、風に乗る線香の香り。


 私は焼香台の前に進み、お香をあげた。短い沈黙のあと、澄江さんと省吾さんが並んで香をあげる。参加者が少ないから焼香はすぐに終わった。


 リクトくんは周りの大人たちの様子を見よう見まねでやっていた。


「リクトくん、ちゃんとできたね」


 彼は得意そうな笑顔を見せた。


 読経の後、道昭和尚は法話に移った。


「今日はお身内だけですから、お寛ぎください……。というのは変ですね。実はいまだに法話が苦手でして。父には内緒ですよ。叱られてしまいます」


 砕けた語りに笑いが起きる。


「実は私、小学校のころ、みち先生に授業していただいたことがあるんです」


「えっ。お父さん、道昭さんの担任だったんですか?」


「いえ。担任が急遽休みまして。ピンチヒッターですね」


「よく覚えているんですね」


「ええ。島の学校は、三クラスしかありませんでしたから」


 私は驚いて聞き返した。


「三クラスって……一学年に三つ、ですか?」


「いえいえ。全学年合わせて三クラス。いわゆる複式学級です。私のころは二学年ごとに一クラスでした。小規模校の常ですね」


 智が私の隣でくすっと笑う。


「今、同じことを思いました。……でも、だからこそ、先生と生徒の距離が近かったんでしょうね」


 ほんの少しだけ、空を見上げるように目を細めた。


 そして、白木の仮位牌を本位牌へ移す儀式が行われた。縦長の優しい木目が浮かんだ位牌を見て、私はそっと息を詰めた。

※この作品は現代日本の物語です。

※ゆるやかな日常の中で、家族や過去と向き合うお話になります。

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