図書室の二人
次の日の放課後、悠真は図書室に向かった。悠真が書いた後、本田美恵がどのような話の展開をさせるのかが気になって、思わず聞きに行きたくなってしまったのだ。
こんな事は初めてだった。今までは、リレー小説の続きを書く事など、面倒くさいだけで、ストーリーがどうなろうと、どうでもよかった。早く、このクラスにだけ続く悪習から逃れたかった。しかし、誰かが書き残した文章から、ストーリーの新たな可能性を自分自身で考えて、それをまた誰かの想像力に委ねるのは、単純にワクワクした。自分自身では想像もつかない方向にストーリーが続いていくのだ。そして、そのストーリーの一部は間違いなく悠真が自分の意思で紡いだ物語なのだ。
あと、単純に、本田美恵とおしゃべりをするのは悠真にとって、特別に楽しい時間だった。本田は悠真の事をからかったりしないし、馬鹿にしたりもしない。それどころか、悠真のことを「字がかわいい」「スカートが似合う」と、褒めてくれた。
オレは、本田さんの事が、好きなのかもしれない…。
と、悠真は最近になって意識するようになった。
本田さんはちょっと変わっているけれど、美人で、頭も良いし、自分の意見もはっきりと言える、すごい人だ。きっと、オレみたいに本田さんの事が好きな人は沢山いるんだろうな…。
と、悠真は思って、少しだけ怖気着いた。
勇気をもって、図書室に入ると、受付には、本田美恵が居た。そして、その隣には宍戸隆介が座り、仲良く机に積まれた本の山の仕分けをしている。
すぐに宍戸が悠真に気が付き、「めずらしいね。佐藤君が図書室に来るなんて。」と、悠真に話しかけた。「あ。うん。」と、悠真は短く返した。本田美恵は忙しそうに、本のタイトルに目を通し、ノートパソコンを操作するのに夢中になっている。悠真が入室したことに気が付いていないようだ。
「ねえ、隆介。この本のジャンルって、本当に『哲学』で合っていると思う? 書評や出版社のサイトをみると『心理学』に近いんじゃないかと思うんだけど…。」と、宍戸に向かって本田は問いかけた。
「美恵。お客さんだよ。」と、宍戸は言った。
「あ。ごめん、佐藤君。どうしたの?」と、本田は悠真の存在に今、気が付いたとばかりに悠真に目を向けた。
悠真は、なんだか急に自分自身がこの二人にとって邪魔な存在であるかのような雰囲気を感じてしまい、「いや…。何でもない、です。」と、慌てて言って、図書室から出てしまった。
足早に図書室から離れると、今度は自分のとった行動が意味不明過ぎて、本田や宍戸に不信感を与えているのではないかと不安になった。
オレの、馬鹿!!
と、悠真は自分を罵る。
本田さんは図書委員の仕事をこなしていて、きっと宍戸君はそれを手伝っていただけなんだ。と思い、自分を落ち着かせようとする。
でも…。本田さんは、宍戸君の事を『隆介』と呼んでいたし、宍戸君も本田さんの事を『美恵』と、下の名前で呼んではいなかったか…?
あの二人は、中学生の頃から知り合いで、同じクラスだったし、仲が良いのも当然だし…。と考えたところで、悠真は気が付いた。
オレも、同じ中学だったし! 同じクラスだったんだけど!!??
悠真は、本田美恵から一度も『悠真』と、下の名前で呼ばれたことは無かったし、悠真も本田を『美恵』と呼んだことは無い。
悠真は泣きたくなった。
まあ、そうだよな…。本田さんも、宍戸君も、本を沢山読んでいて、頭が良いし、なにより美男美女だ。とてもお似合いの二人だ。
ちょっと仲良くなれたと思って、特定の女の子を意識し始めると、すぐに思い知らされる。自分はその子にとって、特別な存在ではないと。その子にとっては、沢山いる「知り合い」程度か、ひょっとしたら存在すら認知されておらず、ただの「通行人」くらいの存在なのだと…。
悠真は、自分の頭と心が卑屈な考えに染まっていくような気配を感じた。
ふと、文化祭前に桃木が受け取った、奇妙な手紙の一説が頭をよぎる。
『君が彼女にならないなら、いっそ消えてくれ
この胸の中で君は たおれるべき存在』
わかりたくも無いが、今ならわかる。
誰が書いたのかはわからないが、この手紙を書いた奴は、桃木の事が好きで、桃木にも自分を好きになってくれることを期待していたのだ。そして、桃木が一向に好意を返してくれないから、桃木に対して強い怒りを抱いている。
わかるよ…。オレも…、
いや。わかっては、ダメだ。
オレも同じような気持ちを本田さんにぶつけては、ダメだ。
悠真は、念仏のように、「ダメだ、ダメだ」と、心の中で唱えて、何とか醜い気持ちを追い払おうと努めながら、速足で廊下を歩いた。




