第34話 悪霊退治、その後始末
お待たせしました。
曲霊を見事倒した和範と真理子。まあ、それはいいのだが、曲霊がいた辺りに奇妙な物体が残っている。
物体の形状は、長さ20センチぐらいで、手で握れるぐらいの太さ。その両端には短く丸い剣のような形状の出っ張りが出ている。
だが、それよりもこの奇妙な物体から感じる呪力が、この物体が只の物ではなく、呪具の類である事を明確に示している。
もしかすると、これこそが今回の事件の鍵を握っているのではないかと考えた和範は真理子や八重香と相談する。
「なあ、八重香、真理子。この妙な呪具から漏れてる呪力。これがあの曲霊を強化していたんじゃないのか?
そして、八重香が感じた、って言ってた妙な気配ってこれのせいじゃないのか?」
その和範の質問に軽い注釈を加えながら返答する真理子。
「妙な呪具ではなく、『独鈷杵』型の呪具ですね。これが、曲霊を強化していたのは間違いないと思われます。」
「この呪具、かなり禍禍しい呪力を迸らせておるわ。これのせいで曲霊が更に歪んでいたのじゃろうのう…」
二人の返答を聞いて和範が再度質問をする。
「独鈷杵って、確か坊主系の術者が使う武器の一つだよな?」
ここで、和範が独鈷杵に関して行った、あまりな表現の仕方に少し呆れる真理子。
だが、この事態について話し合う方が先だとすぐに思い直して、軽く訂正した後に然程気にかける事も無く話を続けてゆく。
「坊主系って……。まあ、日本では独鈷杵は仏教系の、特にその中でも密教系の術者が好んで使う呪具ですね。他には、宿曜師も用いていますし、最近では、何の関係も無い呪術系統の術者が用いる事もある、日本では一般的な呪具の一つですよ?
更に、海外にまで目を向ければヒンズー教系の術者も使いますけど…ヒンズー教系の術者は日本にはあまりいませんし…。」
「だよなぁ? それが、何でこんな所にあるんだ?
まあ、二つ程は思いつくけど……」
「たしかにのう。現実的な可能性は二つに絞られるのう。」
「そうですね…。問題は、どちらが正しいかと言う事…。」
そう、ここで思いつく可能性は二つ。
一つは単純に術者が曲霊を祓いに来たが、逆に殺されて所持していた呪具が曲霊に取り込まれた可能性。尤も、呪具が禍禍しい呪力を迸らせている疑問もあるが、これは、曲霊に取り込まれたせいで呪具の力が変質した可能性もあるし、殺された術者が強い憎悪の念や無念の念を残したせいでこのような禍禍しい呪力を帯びた可能性もある。
とりあえず、これなら特に問題は無い。
何故なら、この件は不幸な偶然、と言う事になるからだ。
無論、犠牲になった術者の身元調査などは必要かもしれないが、それは、和範や真理子の関知する事ではない。
だが、もう一つの可能性の場合が厄介だ。
そのもう一つとは、悪意ある何者かによって曲霊へと呪具が埋め込まれていた場合だ。これは、和範や真理子にも確実に厄介事が降りかかってくる事になる。
まず、情報に聡い真理子がこんな事実を知らなかった以上、これが最初の発見となるのは確実で、第一発見者として一々面倒な事情聴取に付きあわされる事になるだろう。
……まあ、それはいい。
だが、こんな事が続けば、これから先は依頼書の記載内容と実際の内容が食い違ってくる事になるだろう。それも、より難しいという方向に。そうなれば、特に未熟な術者の死者が一気に増える事になる。
さらに、それらだけでも面倒だが、第一発見者になどなってしまえば、この事件の解決に和範と真理子が駆り出されるのは目に見えている。特に神格者である和範は、支部からの要請、という名の命令が来るだろう。 神月市にいる神格者は和範と桂高之助の二人だけ。
一方は従属組織の長で色々と忙しい高之助、かたや団体こそ組んでいるものの和範と真理子と春人の三人だけで基本的に自由時間の多い和範。 支部がどちらを使うかなど考えるまでも無い。
一瞬、見なかった事にしようかな?
と、ろくでもない事を考えた和範だった。
真理子と八重香が今回の一件に関して、色々と推論を重ねながら相談し合っている横で、この呪具の事は見なかった事にしようかなどと、ふざけた事を真剣に考えていた和範だったが、後になって余計に大事になれば鬱陶しいだけだ、と思い直す。
その上、八重香は人間社会の事など気にも掛けないから賛同してくれるかもしれないが、基本的に人の良い真理子は確実に反対する(尤も、和範やその家族が危険に晒されるのなら逆に絶対に賛同するだろうが…)。
なら、今ここで出来る限りの事はしておいて、さっさと解決した方がいい。
……それに、特別報酬も出るだろうし…。
そうやって、周りの者達の反応や、その後に被るであろう労苦の程度、そして、利益に関してまで、大まかに計算を済ました和範は八重香と真理子に告げる。
「二人共、今の現時点では、あれこれ考えていても結論は出ないだろう。」
和範は、一端ここで言葉を切って八重香と真理子の反応を待つ。すると、すぐに二人から返答が返る。
「妥当じゃの。想像はいくらでも出来ようが、結論は決して出まい。」
「私も同じ意見でございます。結論を出すには情報があまりに足りぬかと。
せめて、他にも同じような事件が起きていれば、今回の一件が悪意ある者の手によって引き起こされた事件であるとの結論も出せましょうが……」
八重香と真理子から自身の考えを支持する返答が返ったのを確認した和範は、話を続けていく。
「だから、まずは高天原の支部に今回の一件を報告しよう。…多分現場保存の意味も考えて、この場に残るように指示される可能性は高いし、それに万が一、この呪具を仕掛けた者が証拠隠滅の為にこの場に戻ってくる可能性もあるしな。」
この和範の意見に真理子は疑問を呈する。
「証拠隠滅に、ですか?
でも、その呪具を私達が保持している以上、この場ではなく私達の方へ来ると思うのですが…?」
当然の疑問。それに和範が答えようとしたが、その前に八重香が先に解答を言ってしまう。
「いや、妾達は周囲を探索しとらんから、周囲に別の証拠品がある可能性も捨てきれんじゃろう。と、そう言う事じゃろ?」
「うん、その通りだよ。まあ、話はこの辺にして連絡を入れようか。そろそろ日も暮れるだろうしな。」
「はい、分りました。では、私が連絡を入れますね。」
それで話を打ち切り、真理子が高天原の神月支部へと連絡を入れたのだった。
その後は和範の予想通り、現場で待機する事を要請されたのでその場で待機していた。
そして、連絡を入れて20分もしないうちに神月支部から調査担当の術者が来て現場を調査しだす。本来はもうここで和範や真理子は帰っても良いはずなのだが、調査人員の護衛も兼ねた事情聴取へとなだれ込む事になってしまう。
こんな所で護衛も兼ねた事情聴取などに納得できない和範が、
「護衛ぐらい自前で用意しないのですか?」
と、表面上は丁寧さを装いながら、暗に"事情聴取は後日に回せ"、と要請した。
だが、担当官には、
「この地区で貴方以上に頼りになる護衛は桂家当主殿ぐらいしかいないですからね。
それに、貴方の我が侭を受け入れて便宜を図っているんですからこれぐらい良いでしょ?」
と、特に動揺も見せる事無くにこやかに返されてしまった。
それに対して和範は相変わらず表面上はにこやかに接していながらも、八重香や真理子、または家族のように親しい者には分る不機嫌さで、内心思った事を愚痴として八重香に念話で吐き出す。それに対して、呆れつつも八重香が宥め、また、自らの主の内心を感じ取った真理子も苦笑する。
(このおっさん。いつまであの事を持ち出すんだよ?
いい加減にしろよな。)
(これ、落ち着かんか愚か者。借りは借りである以上仕方なかろうが。)
(でもなぁ~。対外的には神格者でなく下級二位下の異能者兼中級中位の術者として通せるようにしてもらっただけだぜ?)
(それはそうじゃがの。この小僧はそれを最大限利用しようとしとるの。小僧の方が一枚上手じゃ。諦めい。)
(うううぅ~。…あんまり注目浴びたくないから仕方ないか……)
そう、ここで説明しよう。実は和範は、ほんの一部の者達を除いて神格者だとは知られていない。和範の登録内容は表向きは下級二位下の異能者兼、中級中位の術者だ(しかも名前は偽名で、八重香の力無しでの和範本来の実力にいたっても、高天原内部ですら限られた人間しか知らない。ちなみに、受付の人間は上級上位の術者である事のみ知っていた。これは、仕事の受注関係もあり、知らされていた。)。
ここで一つ疑問に思うだろう。桂家の者達は全員知っているじゃないか、そこから大々的に漏れるんじゃないか、と。
無論此方にも対処はしてある。桂家当主の許可を取って、誓約を交わしている。誓約内容は"相馬和範が神格者だと漏らさない事"だ。これは、相手が、術者の言霊に対して了承する事で交わす事が出来る制限だ。この誓約のおかげで情報は完全に止める事が出来ている。流石に真理子に近しい者達にまでは掛けていないが、それらの人達が漏らす事は無いだろう。
そして、高天原でも知っているのは、高之助と親しい神月支部の支部長と目の前の初老の担当官ぐらいだ。
だが、この担当官こそが曲者だった。
どうやら、高之助とも親しいらしく、幹部達ですら持っている神格者への畏怖がまるで無い。その上、話術も巧みで和範ですら煙に巻かれる事がある。ゆえに、事情聴取兼護衛を務める事になるのだった。
そして、それから一時間ほど調査人員が周囲を探索していたが、あの呪具以外に特に問題となる物は出てこなかった。
それで、調査はもうここまでと判断したのか、とっくに事情聴取らしいやり取りなど終えて、その後は調査人員の護衛時間を稼ぐ事だけを目的としていた事情聴取もどきにも、ようやく終了の声があがる。
「では、ここで聴取を終ろうと思います。…それと彼等の護衛、ご苦労様です。(ほんと、貴方は便利です)」
後半部だけ声を落としてにこやかに告げてくる担当官。 対して和範も表面上はにこやかに返答する。
「いえいえ、どういたしまして。高天原に属する術者として当然の事ですから。(だから、他の術者にもやらせなさいな)」
「そうですか。では、今後ともよろしく。(いえいえ、貴方ほどの使い手はいませんから、またこき使いましょう)」
「此方こそよろしく願いますよ。(それでは、今度から特別報酬を要求しましょう)」
……そんな、副音声と実際の言葉がまるでつりあっていない会話に、何となく副音声が分る真理子は表情を引き攣らせながら思う。
狸と狐の化かし合いって多分こんな感じなんだろうな~、と。
そんなこんなで言葉の押収を終えた後、実務的な話へと移る。例の呪具は当然神月支部の者達が持って帰る事となり、調査結果はまた後日に公表すると言う事で二人共話を切り上げて、支部の者達は撤収に入る。
そして、真理子や和範も共に、相馬家への帰路にようやくついたのだった。