第35話 日常と昔語り
新年明けましておめでとうございます。
曲霊から奇妙な呪具が出てきた日から数日が立った。
あの日以来、態々依頼の受注と言う形で請け負わなくても発見し次第、その場で即行う事が出来る澱みのお祓い程度しかやってない。
下手に依頼を受けて、また妙な事態に巻き込まれるのも嫌だし、続けてあの呪具が出てこようものなら、前の呪具の件も和範達の自作自演なのではないのか? などと、疑われかねない。
現在、術者としての活動は事態がある程度はっきりするまで最低限に自粛しているのだ。
そして今朝も…
(和範や、前方3メートルの位置にある左横の路地の奥2メートル程の位置に小さいが澱みがあるようじゃぞ。)
(あ、そうなの?
じゃあ、前回は俺がしたから今回は真理子にやってもらおうかな。)
と、八重香が念話で告げて来た内容にすぐさま判断を下す和範。
そして、間髪おかずに指差しながらそれを真理子に告げる。
「真理子。八重香が、そこの路地奥に小さな澱みがあるってさ。
それ、真理子が浄化してくれない?」
「はい、分りました主様。」
と、少し嬉しそうに返事をした後、すぐにその場へ向う真理子。
そして、件の澱みをすぐに発見する。
「ふむ、どうやら小さいけれど間違いなく澱みのようですね。では、祓わしてもらいましょうか。
諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へ。」
真理子が祓戸大神に対して行う祓詞を唱えて澱みを祓う。
すると、 サァッー と、先程までその場に溜まっていた澱みが瞬時に清められて消滅してゆく。
「これで、この辺りの澱みは完全に浄化、と……。
主様、澱みのお祓いが完了しました。」
「うん、ホント綺麗に清められているね。
ご苦労様、真理子。」
「ふむ、また一歩、術が上達したようじゃの。このままいけば、高級術者になれる日も間近じゃな。」
「お褒めの言葉ありがとうございます、主様方。」
真理子の労働に対する労いと、その術の見事さや上達振りを誉める和範と八重香。
対してそれらの賛辞に照れながらも、嬉しそうに返答をする真理子。小さな澱みを祓った程度の事に対して少々大仰だが、勿論それなりの理由もある。
普通、真理子ほどの術者になれば態々祓詞どころか、そもそも祝詞を用いて術を唱えずとも、無詠唱の術、または単純に霊力を発するだけで殆んどの澱みは祓えてしまう。
だが、態々きちんとした型でお祓いを行うのには、二つの意味がある。
一つは、真理子だけでなく和範にとってもこういった事態は訓練によって成長した術の効果が、どの程度成長したのかを試す事のできる貴重な実践の場だからだ。だからこそ、二人はどれ程簡単な依頼であろうとも基本的には手を抜かない。特に、和範との最初の出会いで油断を突かれた経験がある真理子はその傾向が強い。
やはり、何事も一度は痛い目を見てこそ真剣に取り組んだり成長したり出来るという事だろう。
そしてもう一つは単純に真理子自身の真面目な性格のためだ。普段の生活でならまだしも、こういった術者としての仕事では一切妥協しない。依頼案件に直接取り掛かる時だけ真面目にやる和範と違って、真理子は事前の情報収集から依頼を遂行するための作戦の立案、予定外の事態が生じた場合において最低限するべき事の確認など事細やかな気配りが成されている。
……以前和範が自分の事を命令のままに突っ込むだけの下っ端兵士だと豪語(?)していたが、これでは仕方ないかもしれない。
実際に和範は、相手を陥れたり煙に巻いたりする事は得意だが、こういう真っ当な事前準備などの方面は真理子に遠く及ばない。
無論和範としても、『人間楽をしだすときりが無い』、と言う父の教訓は覚えているのだが、同時に『餅は餅屋』と言う格言もある。和範としてはより優秀な方に任せた方が良いと思っているが、流石に数日前に怒られた時は、いくらなんでもサボりすぎたか、と反省した。それ以降は、最低でも真理子が集めている情報に目を通したり、依頼こそ受けていないのでまだだが、作戦の決定ぐらいには参加しようと態度を改めたのだ。
そして、今のように反省に基づいて真理子に指示を出したりするようにしている。その態度は真理子も従者として満足らしく、指示を出すと嬉しそうにする。
そんなこんなで、まだ若い二人は日々成長して変化していっているのであった。
なんて言った所でその成長はあくまで僅かづつのものでしかなく、数日前と似たようなやり取りが再び繰り返される。
「そう言えば主様。昨日また、光の中に消える失踪者が出たみたいですね?」
「へ~、また出たの?
そりゃ知らなかった。以前出たのって半年くらい前だっけ?」
その返答に数日前の再現の如く、またもや雰囲気が冷たくなる真理子。
「………一週間前です……」
「えっ! ああ、うん。そ、そうだね。一週間前だね。半年前はその前かな?」
この和範の発言で更に真理子の雰囲気が寒いものになっていく。
「……ついでに言うならその前は一ヶ月前です。」
「………………とりあえず、話を続けよう。」
「……はい…。それで、そのニュースの後、高天原の本部から登録している全員に、メールで連絡が入ってましたよ。」
ここで真理子は和範の方に顔を向けた。その顔には『どうせ確認なんてしてないんでしょ?』と、ありありと書かれていた。
だが、和範の表情は特に動かない。軽い笑みを浮かべたままの表情で固定されている。その笑みは余裕と鷹揚さに満ちた王者の貫禄すら感じさせる笑みだ。
ここで普通の者なら、『あれ、確認していたのかな?』、などと、さっきまでの事実に完全に矛盾するような事を信じてしまうかもしれない。
だが、和範という人間が、完全に己と言うものを曝け出して接する二人の内の一人である真理子には、主である和範の内心は手に取るように分ってしまう。何より、自身の主が笑みを浮かべる時はたいていが何かを誤魔化す為だ。それに、以前主が言っていた事も思い出す。
そう、『自分の本心を隠すのに一番適している表情は笑顔だよ。
普通の感覚とかだとポーカーフェイスがそういうのに役立つと思われているけど、現実や、あるいは物語ではよく笑顔で接しながら腹の内では別の事を考えているという状況があったり、または表現が良く使われたりするだろ?
実際ポーカーフェイスのような全くの無表情なんてそれこそ怒りがあまりにも酷すぎるような状況でこそよく出るんだ。
だから、そんなのは本心を隠すのには向いていないね。何より、そんな表情は相手に恐怖を与えるよ。
だから、本心を隠すのに一番都合が良い表情は笑顔さ。
正確に言えば、愛想笑い、と言う奴だね。』、などと言っていたではないか。
それらの記憶も思い出し、主が確認などしていなかった事を確信する。
しかし、同時に疑問にも思う。数日前の説教以来、主が周囲の情報に関心を持つようになった事は確かなはずだ。なのに、何故この情報を知らないのか? メールで全員に送られているはずなのに!
そこから、何か途轍も無く馬鹿馬鹿しい予感を察知しながらも、あえてその部分を自らの主に問いただす真理子。
「主様は、確か最近は情報の確認にも積極的だったはず。なのに全員に送られたはずのメール内容を何故知らないのですか?」
………………………………………。
真理子がそう質問した後、あまりに寒い沈黙が流れた。
その間ずっと自らの主を平坦な顔で見つめる真理子。その表情は暗に、『さっさと理由を吐け』、と語っていた。
そこで、理由を語る八重香。
「黙っていた所で事態が良くなるわけでもあるまいに…。まったく、お主が言わんのなら妾が代わりに言ってやろうぞ。
真理子よ、この馬鹿者は高天原から来るメールをスパム扱いしている上に、自動的に削除されるように設定を弄って居るのじゃ。しかもご丁寧に着信記録まで消えてなくなるように改造までして…。ようもまあ、ここまでやったもんじゃと、感心するぞ。」
そのあまりな理由に真理子がしたのは、
「はぁ………………………………」
長く深い溜息だけだった。
その後、流石にこのままでは体裁が悪いと悟った和範が、名誉挽回の意味も含めた情報提供として、二年と半年ほど昔に自らが体験した中学時代の失踪事件の顛末を真理子に語ることにした。
「まあ、携帯の状態は元の状態に戻しておくとして、実は例の失踪事件について真理子に言ってなかった事があるんだ。」
和範の心配とは裏腹に、その頃には既に普通の状態に戻っていた真理子だったが、その和範の言葉にすぐに雰囲気を緊張したものにして、真剣な顔へと変わる。
そして、その発言に対して質問を行う。
「それはいったいどういう意味なのでしょうか?」
真理子の質問には、様々な意味が含まれていた。
単純に、情報の収集などは真理子に任せっぱなしだった和範が何故真理子も知らないような情報を保持しているのか? と言うような事から、知っていたのに何故真理子に話さなかったのか? あるいは、目新しい情報だと言うのなら何故表に出てきていないのか? など、ホント様々な意味を含んでいた。
当然、それらの事を読み取った和範は、真理子が疑問に思っているであろう事の一つ一つに丁寧に答えてゆく。
「まあ、それを俺が知っているのは、単純に俺の目の前でその現象が起きたからなんだよね。
そして、今まで話さなかったのは、ちょっとした過去の出来事程度の認識だったから。事実、真理子に改めて言われるまで忘れてたからなー。
最後に、それが情報として出てこなかったのは、体験者である俺が情報を流してないからなんだ。実はそれが起こったのは、今から二年半近く昔だったから、当然真理子と出会う前の話だし、その頃の俺は自身の存在を隠していた時期だしね。」
それを聞いた真理子は、ああ、そういう事か、と納得した。
「納得しました。それでは仕方が無いですね…。
とりあえず、主様の話を伺っても良いですか?」
「ああ、いいよ。八重香も、特に問題ないだろ?」
「妾も、覚えている限りの事で良いなら、別に話す事自体は吝かではないぞ?」
「では、お願いします。」
「ふむ、なら和範が主になって話し、妾が足らない所の補足をしようかの。」
「じゃあ、それで説明を始めようか。
さっきも言ったけど、あれは今から二年半近く昔の出来事で………
…… ……… …………… ……………………、と言うわけなんだよ。」
と、二年半前の出来事を八重香の補足も交えながら語り終えた和範。
それを一通り聞いた真理子は、少し考え込んでいるようだ。 今の話にどこか不審な点でも有ったのかな?
と首を傾げていると、考えが纏まったのか、真理子が話し出す。
「主様方の話と、昨日のメールの内容はかなり違いますね。」
その感想に素直な疑問を返す和範。
「そんなに違う内容だったのかい?」
「はい、かなり違いますね。
昨日の出来事を要約すると、まず昨日は偶々近くにいた術者が駆けつけたらしいんです。
尤も、その消えた瞬間には立ち会えなかったようですけど。でもどうやら消えてから間もなかったみたいで、その失踪事件を引き起こしていると思われる光を発生させる術を行使している術者らしき者の残留思念がその場に残されていたようです。
その残留思念は、対象者に対する侮蔑と優越感に満ちた吐き気がするような思念だったとか。」
それを聞いた和範と八重香は二人して顔を見合わせる。
それは、あの時に八重香が感じたあの術(?)から受けた感触とまるで違う情報であったからだ。
何故こんなに違うのか?
疑問に思った三人は口々に相談し始める。
「それは、俺達が遭遇した事例と随分と違うなあ。」
「うむ、そうじゃのう。
あの時の術からは全く悪意を感じなんだからのう。」
「術者が複数いる、という事なのでしょうか?」
「まあ、あれから二年半もたっているからなぁ。
術者が心変わりした可能性もあるし…」
「断定は難しいですね…」
と、そこまで話し込んだ所で、八重香が思い出した事を和範と真理子に告げる。
「……っ!
そうじゃ。一つ思い出したぞ。
あの時の現象からは一切感情というものが感じられなんだ。少なくとも二年前のあれに関しては人の手によるもので無いのだけは確かじゃ。」
「ん? じゃあ、何かに刻まれたりしていた召喚の陣が事故で動いたとか?」
「あるいは、自然現象のようなものだったのでしょうか?」
「そうじゃの。真理子の言った自然現象が正しいと妾は考えておる。
あれはあまりにも非人間的じゃった。
それに、あれが発動する寸前まで妾も感知する事が出来なんだからのう。
自然現象と考えるのが一番妥当じゃな。」
ここまで言って、ふと和範は自身の告げた情報が実は何の意味も無かった事に気付く。
「あ~、結論は出たけど、こりゃ失踪事件には何の役にも立たないなぁ~。
ついでに貴秋の奴、ご愁傷様…。」
その自嘲気味な和範の発言に真理子は慰めの言葉を掛ける。
「まあ、主様。情報なんて大半はそんなものですよ。
決定的に事態の打開に結びつく情報なんて中々ありませんよ。
でも、そうした小さな情報を少しづつ積み上げて事件は解決されるんです。
実際今の主様の情報で、自然現象としても似たような事が起きるのがわかった事ですし。
だから主様の情報は、確実に役には立っていますよ。」
「そうじゃぞ。
一足飛びで解決できる事などそれほど無いのじゃからの。
何事も堅実が一番じゃ。」
「ありがと、二人共。
とりあえず、これからもちゃんと情報に目を向けますか。」
そんな感じで学校へと登校してゆくのだった。
今回名前だけ出てきたかつての親友の貴秋。プロローグで消えた彼の事は、別の物語で書く予定です(尤も、あらすじもまだありませんが・・・・・・)。




