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銀河通信  作者: 天水二葉桃
5/13

銀河通信 その5 ALIEN DANCE3

「今日はたまご焼きもあるよ」

 芝生の上にまほうびんや、銀紙に包んだおにぎりを出し、小さなお弁当箱を私が開けると、龍樹たつきは嬉しそうに「これはおいしそうだなあ」と、にっこりした。

 私は簡単なものしか作れなかったけれど、龍樹がどれもよろこんで食べてくれるのでとても嬉しかった。

 龍樹は、珍しい輸入物のお菓子やお茶の葉を私に持ってきてくれた。月明かりの下でふたりでピクニックしているみたいだった。それは、まるでこどもどうしみたいに、無邪気でかわいらしいものだった。

 私は、彼といると不思議にほっとした。へんな駆け引きめいたところもなく、悪意もなく、ただ単に共に過ごす時間を楽しんでいる様子で、安心した。

「みんなが龍樹みたいだったらいいのにな」

「なんかあったの?」

 私の様子からか、龍樹は私にきいてきた。

「私、自分は宇宙人だと思ってるの。みんなと、うまくやりたいと思っていても、ひどく疲れてしまったり、へまばかりしてるから。どこに居ても、なんだか間違ってここに来ちゃったんだな、みたいな気持ちになるんだ。でも、龍樹と居るときは、別。なんでかわからないけど」

 私は、がさがさ銀紙をむいて、おにぎりをぱくりと食べた。もぐもぐしながら、隣の龍樹を見上げた。

「もしかして、龍樹も宇宙人なの?」

 そう訊くと、龍樹は月の明かりに照らされたまじめな顔で

「そうだよ」

 と言った。「おんなじだよ」と。

「ぼくは、普通のひとには見えないものが見えたり、聞こえたりすることがある。でも、それは説明しようがないことだったりするので、時々、ふつうの日常がすごく厄介なことだったり、煩わしく感じることがある。君もそうなんでしょう?」 

 私はあまりにびっくりしたので、ごくん、と音をたてて口の中のご飯粒を飲み下した。

「予想外の答えだったみたいだね」

 龍樹はおかしそうに、笑った。

「なんで(言ってないことまでわかったの)?」

 私が尋ねると、

「はじめから、わかってた。何となく。君は言葉やロジックの世界をいっしょうけんめい使って理解したり説明しようとしているけど、本当は証明すること自体が無理なものだから、しんどいんだろうなあって。ぼくには音楽や別の表現の世界に風の通り道があるから、君よりは楽だけど」

「風の通り道?」

 私はきき返していた。なんとなくその言葉は特別にひかるものだったから。

 なんだろう、なんだか、気になる。どきどきする。

 その響きは、何だか素敵なものだった。

「色んな色の光の風が通っていくみたいな感じだから」

 わあ、なんかいい。それは素敵だ。

「うわあ、そんなふうに考えたことなかったけど、私には思いつきもしない言葉だったけど、なんて的確な言葉なんだろう、素敵……」

 私がうっとりしてそう言うと、

「君は面白い子だね。言語の世界が好きなんだね。数学も君にとっては言語の世界と同じだし」

 龍樹はそう言って、笑って私を見ていた。「それは曲名からもらった言葉だから、ぼくのオリジナルな言葉ってわけじゃないけどね。自分の体自体が導管みたいなもので、その風が細胞や分子を振動させて通り抜けていく。イメージとしてはそんな感じだから、そのまま使っただけなんだけど」

 私は龍樹の話す言葉に恋してしまった。

 数学の美しさに恋したように。

 今までこんなふうに、ちゃんとみずみずしく言葉を使ってやりとりができたことが、私にはなかったから。ノイズがないだけではなく、クリアに響く。言葉がちゃんと、わかるし、伝わる!! 言っていることがわかる!!! 嬉しい──龍樹の心に触れている、それがダイレクトにわかる───どうしよう、嬉しい。こんな気持ちになったのは、初めてだった。

 はじめて、ヘレンケラーが「水」を知ったときみたいな、感動だった。

「龍樹の話す言葉は素敵。もっと何か話して。聴きたい」

 私がちょっと興奮してそう言うと、龍樹は、

「コミュニケーションに飢えてたんだなあ」

 と興奮した馬や牛をどうどう、となだめるように(?)苦笑した。

 私はちょっと照れて、少し落ち着こうと思って、お茶をまほうびんから注いでゆっくりと飲んだ。

 龍樹はそんな私の様子をにこにこと楽しそうに見ながらおにぎりをもぐもぐ食べていた。

 満月の光が明るく夜空に輝いていた。

 あ、そういえば、今日は満月だ。

 龍樹と会ってからひと月めの満月だった。

「きれいだね」

 私の視線を追うように龍樹は月を見上げて嬉しそうに言った。

 龍樹の笑顔はちょうど、月の光のように、きれいにやさしく光る。黄金の美しい光だ。

「私はときどき、光のようなものをみるの。それが何か証明はできないけど、私はエネルギーのようなものだと思っていた」

「うん、そうだと思う。証明できないけどね」

 龍樹はそう言って笑った。

「龍樹は? もしかして幽霊とかが見えるの?」

「いろいろ。音や匂いの時もあるし。ヴィジョンのようなものをよくみるけど」

「私には、何か見える?」

「君が伝えたいと思っている映像が見える。幼い紗季さきと、少女たちの姿」

「すごい──」私は目を丸くした。

 それはバスの一件以降、私の中に蘇った記憶の風景だとすぐにぴんときたからだ。

「君がとりたかったコミュニケーションは、ひとを支配したり操作するためのものではなくて、ただ真心を伝え合うためのものだったんだね。そのまま誰かや何かを変えようとはしないで、わかちあう心、それを楽しいと思う、自然な喜びをそのまま大切にすること、そういうものを素敵でいいものだと思う、君の気持はなかなか理解されなかった。特に君の家族は真逆の人たちだったみたいだし。でもそのおかげで、君は何故周りのひとたちがそうなのかは理解することはできた。でも、自分のことを理解してもらうことはできなかったし、それをどう伝えていいのかもわからなかったんだね」

 私は目を丸くした。

「そんなことまでみえるの?」

「うん。でも、みえるっていってもヴィジョンはごく一部で、そのなかの意識を直接ダウンロードしているみたいな感じかな。明晰夢を見ているみたいな感じだよ」

「そうなんだ」

「巧妙に人の心を操ることで何かのはらいせのようなものをしたり八つ当たりしたりする、とか、相手から自分の思い通りの反応を引き出すために感情や価値や美徳を使う、競争心を煽る、とか、そういう大人が子供をコントロールするためにやることをそのまま子供たちが使うなかに君がぽつんといると、それは互いに異質だったのは仕方ないというか。気の毒というか、たいへんだっただろうね。家族もそうだし周りもそうだし、逃げ場がないみたいなものだから」

 なんだかあわれまれてしまった。

 でも、自分では当たり前に思っていたことだからなんだかひとごとのようだった。

「言われてみて、ちゃんと分かった気がするよ」

 ──ああ、もしかして、ここは自分の居場所ではないって感じるのは、逃げ場がない、という状況を避けるためにも必要なことだったのかもしれない? それは悪いことではなく、むしろ、自分にとって大切なシグナルだったのかもしれない??

 なんだか、のどのまわりにいつも感じていたつかえがここにそれがあった、と主張しているみたいで、それはたぶん、本当にそうなんだろうという気がした。証明できないけれど。感覚がたまにこうして、こうだよ、ああだよ、と伝えてくるものをそのまま知るだけだけど。

「ひとりで言い訳せずに黙っているだけの君の姿が幾つも見えるよ。ひとを支配しようとするのは自分の感情や問題に自分で責任をとりたくないからで、その為には責任を肩代わりさせるものが必要になる、そのための犠牲者を常に必要とするから、不和や不満の火種を常に抱えることになる。そういう仕組みをもう、君はだいぶ幼い時に学んでいたから、君自身は自分の問題や感情を誰かや何かのせいにする事は嫌いでそうしてたんだろうけど、それが原因で、誤解を招いたり都合よく利用されたり、一人でそこから去っていかなくてはならなくなったり、自分が居るだけで雰囲気をこわしてしまう気がして遠慮して避けるようになったりしていた。それが今でも、苦手意識とか、自分がだめなような気がするもとになっているみたいだよ」

 そんなふうに言われて、自分を客観的に理解する事自体が初めてだったので、私は驚いていた。

「えっと、それ、そんなことまで、みえるの? どんなふうにみえてるの?」

「みえるっていっても、直接知るみたいな感じだから……」

 龍樹はちょっと困ったように言ってから、私に尋ねた。

「ぼくがみえること、もう少し君に伝えてみたいんだけど、いい?」

 私はちょっとどきどきしながら頷いた。

 な、なにが、どんなふうに? 見えている?? のかわからないけれど、でも、それは少し恥ずかしいけれど、いっそのこと何もかも見えていた方が、楽と言えば楽ではないか? 隠し事ができないということは、言い訳も説明も余計なものは何もいらない!! ということで、言い換えればとっても便利!!! ってことで、おお、それは逆に私(のようなだめだめな宇宙人)には、もってこい(?)なのでは??!! 

 と思っていたら、龍樹はちょっと吹き出した。

「ごめん。何考えているのかわかったらおもしろくて。つい。失礼」

 私は今更になって恥かしくなってちょっと赤くなった。

「えっと、今度は真面目に言います。お節介だったらごめんなさい。もういい、って思ったらそこで止めてくれていいから」そう私にことわってから、龍樹は私にこんなことを言った。

「あのね、君は自分のことをだめだめですけど、って言うけれど、それは今日から今この瞬間から、すっぱり切り捨てたほうがいいよ。もっと自分のことをちゃんと信じて大丈夫だよ。

 それから、合わないなーっていう人たちの言うことや気持ちをわかろうとしすぎないこと。それは君の自信を失わせるし、混乱させてしまうし、相手の感情的な問題を自分の中に入れてしまうことになるから。

 自信がないのは、自分の感情や問題を押しつけようとしてくる相手の方で、それは相手の問題。そういうふうにすっぱり切ることだよ。

 優しいっていうのは、相手の気持ちをわかってあげることで、それは大切なことって思わされているけれど、それは違うんだよ。

 相手の問題や感情に感情移入してしまうことは、相手に自分の問題を自分で背負わないで他者に同情してもらうことのほうが楽だってことを教えることになってしまうし、それを助長させてしまうだけなんだから。

 それに、自分がその問題や感情を受けてしまうことだから自分の感覚が混乱するし、心身に相手の病をもらうことになるだけだからね。

 特にサイキックな力がある分、受けやすいんだから気をつけたほうがいいと思う。

 繋がろうとしてくる感情のコードを意識して切り離す、これも大切なことなんだよ。そうしても、ちゃんと必要なコミュニケーションはとれるからだいじょうぶだし、かえってその方が嘘や誤魔化しが必要なくなる分、クリアになるんだよ。お互いに必要なエネルギーを平等にシェアすることもクリアにできる」

 龍樹はそこまで言ってから、一息ついた。

 薄々気づいていたことを、はっきり、言われた。

 自分でこうではないかな、と薄々感じていたことだったので内容にはあまり驚かなかったけれど、それを肯定してくれるヒトの意見に触れるのは、生まれて初めてだったので、新鮮だった。

 ああ、これが〈水〉!!!

 サリバン先生のそばにいるヘレンケラーな気分だった。

 私はどきどきする心臓を落ち着かせようとまほうびんからお茶を注いで「飲む?」と、彼にきいた。

「うん、ありがとう」

 龍樹は、まだ湯気をたてている熱いお茶を、ゆっくりとすすった。

 しばらく二人で黙っていた。

 私は言われたことをじっくり味わっていたかったから、黙っていた。

 お茶を飲み干した龍樹がキャップを返してくれたので、私はそれに自分の分を注いで、熱いお茶をすすった。

 じっくり味わって、お茶も、さっき言われたことも、飲み込んだら、身体がなんだかほかほかしていた。 

 龍樹はそんな私のタイミングもわかっていたのか、続けて言った。

「君はもう大人なんだから、無理して合わない人たちのところにいつまでも居なくてもいいんだよ。自分の足で歩いて出ていける。そうしたければね。それに君は、そういう関係にまつわる損得やなんかに捕われることなく、純粋に自分の感覚を大切にする覚悟もあるし、それができる人だよ。なんでだかわかる?」

 ちょっといたずらっ子みたいな表情で、龍樹は私に尋ねた。

「覚悟があるのはわかる気がするけど、それができる、ということや、なんでだかってのはわからない」

 私が素直な感想を述べると、龍樹は笑った。

「君が色々な仕組みを見抜いたり、他の人にはみえないものがみえたりわかったりするのは、幼い頃からあれこれ他者に干渉したり操作することにエネルギーを使わないで、内側に向けるしかないことが多かったからだよ。

 人に言い訳したりしないで、自分の感情や問題に自分で責任をとることを正直にしてきたから。

 幸か不幸か、君にとって合わない人たちの中に幼い頃は居なくてはいけなかったことで、そこから自分で出ていけるだけの自由な力を君は自分の中に育てたんだよ。

 君はちゃんと自分で選んでそうしてきたんだよ。相手を責めたりやり返すゲームに絡めとられることより、それをチャンスとして選択したんだ。だから、これからもそれをできるし、それだけの力はちゃんとあるんだよ。

 たいへんなことはあるかもしれないけれど、でもそれを乗り越えていくだけの力はあるよ。

 君はそれを責めることや果てしない支配のシーソーゲームにエネルギーを洩らさないで、魂のチャンスやチャレンジとして選択することができるし、その覚悟もちゃんと、ここに」

 そう言って、龍樹は私のおなかのまわりを指さした。

「わたしはここにあります!! ってまるでその全てを楽しむみたいに強く光っているから」

 そうして、龍樹は私の頭をなでなで、と子どもを撫でるようになでた。

「君はとっても強い魂の子だよ。みためはかわいらしいけどね」

 わたしはびっくりして龍樹をまじまじと見上げてしまった。

 あたまを撫でられるなんて、いつくらいぶり?

 でも、なんだか、懐かしい感じ。

 あれ、そういえば、こういう感じ、わたし、よく知っている??

 龍樹は私を見てにっこりした。

「君、小さい頃に、こんなふうにして、おじいちゃんやおばあちゃんのところで自由にさせてもらったでしょう? ただそのまま君が居るだけで、嬉しい、かわいい、いい子だね、ってかわいがってもらったことがあるでしょう? ただそのままの存在自体がプレゼントみたいに、喜ばれたり、喜び合ったりしたことがあったでしょう?」

 確かに、私は、亡くなった祖父母の下で一時期育ったことがある。数世帯住宅のように広かった田舎の家で、小学校に上がる直前まで大家族で暮らしていた私は、祖父母の部屋で共に寝起きし、ほとんどずっと祖父母といたのだった。

 私が生まれてすぐに妹が生まれたので母の手や私の負担を軽くするための祖母の配慮だったらしいけど、私は自分の両親からなる核家族だけで都心に引っ越して生活するまでは、田舎の子供として祖父母の下でずいぶんびのびと育ったのだ。可愛がってもらっていたと思う。一緒に暮らしていた自分の母にはあまりなつかなかったし、今でもよそよそしいけれど。

「うん。でも、祖父母の家を出て核家族で暮らすようになってからが、たいへんだったけど。今まで何となく適当に距離をとれてた母や妹たちと、合わない、ってことに気づかざるをえなくなったから」

 いい思い出ではあるけれど、もう帰ることができない懐かしいあたたかい場所を思えば自分を苦しめるだけだったので、いつからか、私はそれを封印して、遠いもの、としてきていたのだろうと思う。そうしないと、その頃の私には耐えられなかったのかもしれないから。

 母や妹は自分の感情的な問題を他者の問題としてすり替え、蜘蛛の巣のような罠に絡め取るように、ひとのもつ自然な善意や好意を自分たちに都合よくコントロールしたり使い物にする事が平気な人たちだった。父はそんな母と少し精神的に距離をとることでバランスをとろうとしていたみたいだったけど、私はまだ子どもだったので、家族の中で必要な犠牲者としてターゲットにいつのまにか自分がされていた、のだと思う。それはありていに言えば、家族内で日常に行われる陰湿ないじめのようなものだった。

「でも、そのなかで、君は自分と合わない人たちと同じようになるよりも、自分の感覚を大切にしてコンパスにすることも学んだんだよ。同じになることで楽になる選択よりも、それは自分には合わない、いやだ、ってことを大切にして、心のエネルギーを自立させていくチャンスにしたんだよ。自分では気づいていないかもしれないけれどね。感情のコードを切り離す、ということで身を守るしかなかったのもあるけど、それを自分の魂の成長の糧にもしてきたんだよ」

「ちょ、ちょっと、タイム!!」

 私は、焦って、龍樹にそう言った。

 続きを聴きたいけど、でも、一旦休憩したかったからだ。

 よく、味わいたかったから。かみしめたかったのかも(するめのように)? かめばかむほど味わい深いのに、龍樹の言葉はまるで水のようにさらさらとよどみなく、あまりにのど越しがさらっとしていて、ずるい!!(?)ちょっと待って!!! と。

「はいはい。いいですよ」

 と龍樹は面白そうに私をみて笑った。

 こころなしか、またもや(?)どうどう、と興奮した牛や馬をなだめるみたいな感じだったけど。

「龍樹の言っていること、わかるけど、でも、まだ何かが追いつけないの。整理する時間をください」

「どうぞ。あ、これもよかったら、どうぞ?」

 そう言って龍樹は自分が持ってきた外国のお菓子を私にくれた。

 シナモンとショウガのスパイスが利いたクッキーだった。

「おいしい。初めて食べる味だけど、これすき」

「よかった」

 かりかり、とりすのように一心にクッキーをかじる私に、龍樹はお茶をいれてくれた。お茶も魔法瓶もキャップも私のだけど、何だか当たり前に。家族の様に同じものを共有しているみたいに。そんなことが妙に嬉しかったりする。黙って静かにしているけれども、いまや心も頭も身体もわたしのすべてが忙しかった。新しい何かを感じとることにフル回転しているみたい。フィルターを外されて、ダイレクトに色々なことが自分に感じられてしまうからだ。まるでプリズムのよう。心地よさ、嬉しさ、ちょっとした困惑、不安、どきどきするようなわくわくするような、新鮮な喜び、それらすべてがわたしの内側で、細胞や分子のレベルで、細かく細かく振動し、虹色に光り輝きながら踊りだす──目覚めさせてしまう──そんな感じだった。

 気づいたらもくもくと龍樹の持ってきてくれたお菓子をすべてたいらげていた。

「あ、ごめん、龍樹の分まで……」

 と言ったときはすでに遅し。

「ぼくはたまごやきとおにぎりを全部食べちゃったよ。ごちそうさまでした。美味しかったです」

 そう言って笑った龍樹にちょっとほっとしつつ、私は彼に尋ねてみた。

「あのね、龍樹に言われたこと、何となく私も思っていたからとてもよくわかるし、言ってくれたこと、話してくれたこと、全部嬉しいの。本当に。でも、考え始めるとわからなくなるの。感情のコードを切り離す、っていうのは、自然に自分でもしていた気がするけれど、でもそれをあまりに自分に許してしまうと自分が何も感じなくなってしまうんじゃないかって怖くなるの。とても残酷で冷たいことも平気になってしてしまうんじゃないかって、良くないことなのではないか、いつもそう考えだすとわからなくなってくるの」

「君が切り離すのは、他者の感情のコードで、自分との感情のコードを切り離すことではないよ」

「え、あれ──?」

 あれ、ちょっとまて?

 私は自分の感情を切り離して、相手の感情を優先させて感じなければいけないと、してきていた? のか?? そうすることが、思いやりや優しさだと思って??? 必要なことだと思って????

 私は途中までは確かにちゃんと自分で正しいと思う道を歩いていたのに、いつの間にかぐるっとまわって間違った道に迷い込んでいた人のように、自分を迷い込ませていたのか?

「自分がどう感じるか、どんな感情を味わっているか、それに振り回されることなく、客観的に認めることができるから、他者の気持ちや感覚も理解できるし、わかるんだよ。それにはそれぞれにそれなりのものがあるとして、存在をありのままに認めることができるんだ。尊重できるようになるんだ。それをどう扱うかも自分しだいだから、他者にもそれを認めることができるようになる。自分の中にあるすべてのものを尊重するからこそ平和や公平さを素敵なものだと味わうことができるようになるんだよ」

 龍樹の言葉はまるで、打てば響くように、私に響いた。私が心で描くことに、そのまま直接に返してくれるので、まるで私だけが言葉を使わないで、あとはそのまま会話をしているみたいだった。

 こんなダイレクトなコミュニケーションをしたことも、ちゃんと“通じる”と実感するコミュニケーション自体もほぼ初体験なのに、一気に通信速度や情報量の質をあげてくるみたいで、ほんとうに私は大忙しだった。

 いままで、わたしは、どうやって生きていたんだろう?

 片目をつぶって? 手足を縛って?? 自分でそうして制限して小さく固くして生きてきたみたいだ。自分ではわりと自由にやっているつもりだったけど、まだまだ(?)だったのだ。

 龍樹は私を縛るあれこれを鏡のように映してみせてくれて、それらを自分で断つための宝の小刀を私がもっていることを教えてくれるだけではなく、私の足下からざっくり掘り返してそこにまだ知らない深い泉があることを教えてくれているみたいだった。もっともっとそれを自分で掘っていくように、と。

 龍樹は私が自分の道をたどりなおすように黙りこむのをじっと見ていた。

 とにかく、なにがきても、このままどんなものがみえてくるのか、みてみたい──初めてのことだらけで今も私の思考は追いつけず、言葉を理解するより、先にどっと押し寄せる、あらゆるダイレクトな感覚にびっくりしているけれど──私は顔を上げて、彼の言葉を受け取る準備ができました、と目で伝えると彼は頷いた。そうして私に言った。

「他者の問題や感情に感情移入していると、自分がどう感じるのかがわからなくなってしまうんだよ。いつのまにか他者を優先して自分の感情のコードを切り離してしまうことが癖になってしまうから。

 犠牲精神を何か崇高なもののようにして美徳にするのは、ひとが本来持っている感覚やそれにつながる魂の自由に制限を課して支配するためのものと同じなんだよ。

 君の魂が望むことをさせないようにするのと、同じことなんだよ。

 君の持っている力は、誰かや何かのために犠牲になるためにあるんじゃない。君の魂の喜びと、それから全ての生命や存在のバランスのためにあるんだよ。

 人間は人間だけを重要視しすぎだし、一部の人間を特別視して何らかの価値基準の支配階層の中に人を取り込むように、人間以外のすべての生命や存在を支配したり都合よく使いものにするけれど、それは地球上のすべての生命や存在や宇宙全体のバランスを崩すことでもあるんだよ。ぼくたちは、それぞれの魂のほんとうの喜びをコンパスに生きることが、そのまま、すべての生命や存在に貢献することにつながるんだから」

 なんてことだ。

 龍樹は、ほんとうに、宇宙人だったのだ。

 故郷を遠く離れて宇宙をさまよう迷子の放浪宇宙人(私)が、遠い彼方の星で思いがけず、宇宙人賢者に出会ってしまったかのように?? 私はそんなことを冗談ではなくおおまじめに思っていた。

 感動していたのだった。

 龍樹は私の顔をまじまじと見つめ、またぷっと吹き出した。

「君みたいな面白い反応をする子、初めてで。つい。ごめん、失礼しました」

 私はまたもや今さら、ちょっと恥ずかしくなった。龍樹はそんな私に優しい瞳で微笑んだ。

「でも、君みたいに、するすると流れる速度でやりとりできる子に会ったのも、初めてなんだ。ぼくは君が思っているようなすごいものではないけれど、ぼくたちはいい友達にはなれると思う」

「うん、うれしい」

「ぼくもだよ」

 トモダチ──

 私はまたもや、想像してしまった。

 空飛ぶ自転車が満月にかかる、昔の映画。

 互いの指と指をくっつけて、ト・モ・ダ・チ──と指先が光る、E・Tの姿を。

 私はいま、あのE・Tな気分だった。

「指をつけても光らないけど、その気持ちはよくわかるよ」

 言って、龍樹はほんとうに楽しそうに笑った。




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