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魔王軍の雑兵A、地球侵略を阻止します!  作者: 酒田 恵
一章

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次の侵略予定地は地球だった

 「魔王様……変わらず無茶を言いますね」


 転移の光に包まれながら、僕は小さく呟いた。


 それでも、あの人に拾ってもらった恩を返せるなら――


 悪くないかな。


 あの人がいなければ、僕は今ここにいない。

 

 目を開けた瞬間、二度と見られないと思っていた景色が広がっていた。


 夜だというのに、街は昼間のように明るい。


 「あれは……なんだ? 電柱か?」


 僕は二度見して確認した。


 「ででで、電柱!? なんで地球のものがここに……」


 周囲を見渡す。


 「……地球だ」


 幻覚だ。


 ……落ち着け、僕。

 

 電柱。

 コンビニ。

 走っている車。


 どれも、前世では当たり前だった。


 なのに――


 「……懐かしい」


 帰ってきた――そんな実感は、なかった。


 それなのに、胸の奥だけが苦しくなった。


 魔法を使って空へ上がる。


 十数年ぶりに見る街は、記憶の中よりずっと明るかった。


 その瞬間、轟音が響く。


 「……っ!」


 巨大な機体が、轟音を引き連れて僕の真横を駆け抜けた。


 「飛行機……」


 知っている。

 

 何度も見たことがある。


 それなのに、今は得体の知れないものに見えた。


 知っているはずの景色なのに、ひどく遠く感じた。


 十数年ぶりの故郷。


 なのに、胸に浮かんだのは懐かしさではなかった。


 ――地球。


 魔王軍が次に狙う世界だ。


 「魔王様……」


 僕を拾ってくれた人。


 僕に居場所をくれた人。


 その人が今、この世界を侵略しようとしている。


 胸の奥に、別の声がしていた。


 ――あの人を、敵に回せるのか。


 でも、でも!


 一つだけ言えることがある。


 「……魔王様を止めなければ!」


 これから……どうすればいいんだ。


ーーーー


 僕がこの異世界へ転生したのは、高校生の頃だった。


 『素振り1000回だ!!』


 鬼のような角を生やした教官が大声で指揮を出す。


 「1!」


 なぜ訓練をしているのかって?


 雑兵だからだ。


 「478!」


 なぜ魔王軍にいるのかって?


 幼い頃、魔王様に拾われたからだ。


 僕は汗一つかかず、木剣を振り続けていた。


 「857!」


 首元の赤いスカーフに触れた。


 何も持っていなかった僕に、魔王様はこのスカーフをくれた。


 あの日のことは、今でも覚えている。


 あの日、決めた。


 この人についていこう、と。


 「1000!」


 これで、1000回。


 だが、周りの兵たちはまだ100回も超えていなかった。


 「ちくしょうが!人族の分際で!」


 隣にいた魔人が息を荒くしながら言った。


 「なんでお前はそんなにも疲れていないんだ!雑兵か本当に?」


 普通の雑兵だが。


 なんでって……僕にとってこんなのは朝飯前。


 朝飯前って強い人っぽくってかっこいいな今度言ってみよ。


 魔王様直々のご指導があってのことだけど……思い出したくもない。


 毎日、木剣を一万回以上振らされた。


 ここは、魔王軍の中でも下の下。


 「魔王軍って……意外とホワイトなんだな」


 まあ、名前だけ聞けば完全にブラックだけど。


 魔人たちは僕を名前で呼ばない。


 僕の名前は――雑兵A。


 魔王様がつけてくれた『アシュ』という名前もある。


 この魔王軍で、僕がアシュという名前だと知っている者は少ない。


 訓練を終え、食堂へ向かう。


 「今日の昼ご飯は……」


 そして今日の昼飯がこれ。


 豚の餌みたいな見た目をしている。


 でも、さすがに慣れた。


 十数年食べてたら何も感じなくなった。


 育ち盛りなんだからもっと栄養をくれ!


 『チビスケすぐに私の元に来てーー』


 食堂に魔王様の声が響く。


 チビスケというのは、魔王様から呼ばれているあだ名のことだ。


 また、魔王様が呼びつけてきた。


 「けけけ……雑兵Aのやつまた魔王様に呼び出されてやんの」


 「かわいそうに、後で慰めてやろうぜ!ガハハハ」


 魔人たちが騒ぎ立てていたが、気にせず魔王様の玉座へ向かった。


 扉の前には門番が二人いる。


 「また、お前か。チッ……早く入れよ」


 一匹はだるそうに言って、もう一匹は唾をペッと地面に吐いた。


 扉を通ると、広い謁見の間があった。


 「よく来たなーー!チビスケ」


 魔王。


 その名から想像していた姿とは、あまりにも違う。


 玉座にいたのは――少女だった。


 薄紫の長い髪に、青い瞳。


 服はだらしなく、髪もボサボサ。


 ……魔王というより、寝起きの少女にしか見えないな。


 初めて会ったときから、ずっとこの調子だ。


 そして、こちらへと来ようとした時だった。


 ドテンッ


 魔王様は、見事に転んでしまう。 


 「いててて……」


 ぶつけた頭を、手ですりすりと撫でている。


 「大丈夫ですか?」


 僕は慌てて、魔王様に駆け寄った。


 本当に心配させないでほしいな。


 「だ、大丈夫だよ……」


 でも、魔王様がドジなのは昔から変わってないな……


 「魔王様、今日はなんのご用件でしょうか?」

 

 「今日は重要な話だ」


 魔王様は席に座り、手を組んだ。


 ふーん……重要ね。


 「チビスケに、次の侵略予定地になる別界の調査に行ってほしいんだ」


 「えっと……具体的に何をすればいいんですか?」


 「他の指示もあるけど……ここには何かがある気がするの。何かが変わる。そんな気がするんだ」


 何かが変わる?


 魔王様が、こんな曖昧なことを口にするのは珍しかった。


 「いいですけど……調査だけですよね?」


 「うん、それだけでいいよ」


 「あの、あと僕雑兵なんですけど……」


 「それがどうかしたの?」


 魔王様は、何の疑いもない笑顔を僕に向けた。


 「い、いえ。なんでもないです……」


 魔王様は、何の肉なのかも分からない肉(?)を、もりもり食べていた。


 「あっ!そうだ。危険ならすぐ帰ってきてね」


 「はい……」


 調査か……これで3回目だけど、今回はどんなところかな?


 「さっそく、ここに転移網を設置しておくよ」


 「ありがとうございます。魔王様」


 「チビスケが一番頼りになるんだから頑張ってね」


 いつも通り、魔王とは思えない笑顔でこちらを向いた。


 本当にこの人が魔王なんて信じられないな……


 「あと、私のスーツ着てね!調査だから」


 「スーツ……ですか?」


 「そう!」


 「わかりました……」


 魔王軍から支給された黒いスーツに着替える。


 転移網と呼ばれるブラックホールのようなものに入って別界へと向かった。


 アシュがいなくなった後に魔王は呟いた。


 「君しか頼れないんだよ……アシュ」


 そう月を見ながら言った。


 その月は雲がかかり始めていた。


ーーー

 

 僕は薄暗い夜空から、電柱の明かりを見下ろしていた。


 「もう一生来ないと思った世界だったのに……最悪な形で戻ってきちゃったな」


 ベンチに座りながら呟いた。

 

 街を眺めているうちに、ふと自分の家が気になった。


 「僕の家はどうなっているのかな」


 一応と思い、透明化の魔法をかけておくことにした。


 まあ、宙に浮いてる人なんて見たら普通怖いよな。


 「ちょっくら回ってみますか」


 魔王様はここを確かに侵略すると言っていた。


 直接交渉したところで、魔王様一人の意思だけで止められるとは思えない。


 あの人の背後には、僕にはまだ分からない事情がある。


 「どうやって自分の家に行こう……」


 空から見回してみると、見覚えのある電車が走っているのが見えた。


 あ、あれ!いつも僕が乗ってた電車だ!


 僕は慌てて速度を上げ、電車を追いかけた。


 ……けれど、気づけば電車を追い越していた。


 あの電車に乗って、学校へ行っていた。


 普通の友達と普通に話して登校して帰るだけの日常だった。


 駅を降り、記憶を頼りに家へ向かう。


 十数年経っても、道は覚えていた。


 「そこの角を曲がって……あんまり変わらないもんだな」


 やがて、見慣れた一軒家が見えてくる。


 「……懐かしい」


 今、僕の部屋はどうなってるんだろ。


 部屋を覗いてみると、思いもしない光景があった。


 そこには、妹が一人で泣いていた。


 「三奈がどうして僕の部屋で泣いてるんだ?」


 ど、どうしよう……話しかけるべきか?


 僕を見て、分かるのかな。


 生まれ変わったとはいえ、顔立ちはそこまで変わっていない。


 もしかしたら、気づいてくれるかもしれない。


 いや、落ち着け。


 話せないに決まってる。


 「どうすればいいんだ」


 とりあえず、魔法で部屋の中の声を拾う。


 「お兄ちゃん……なんで私を一人にしたの?」


 三奈は僕の枕を抱きしめ、涙を流していた。


 その声を聞いた瞬間、胸の奥がギュッと締めつけられた。


 『あの頃に戻りたい』


 もう一度だけ、僕の名前を呼んでほしい。


 目の前にいるのに、それを望むことすらできない。


 妹にとって、僕はもう存在しない人間。


 今は『雑兵A』――いや、『アシュ』なのだから。


 「三奈……」


 一体……どうすればいいんだ?


 もう一度部屋を覗き込むと、目に入ったのは8月26日の日めくりカレンダーだった。


 僕の部屋を照らす月を見ていると、雲がかかっていく。


 十数年ぶりに見た月は、あの日と何も変わっていない。


 「もう会えないんだね……」


 思わず僕は窓に手をつけてしまった。


 その瞬間、僕の手にぽたっと雫が落ちた。


 それは、涙。


 「おかしいな……魔王様にあれだけ鍛えられたのに」


 強くなったのは、体だけらしい。


 僕は赤いスカーフを握り締める。


 魔王様を止めなければならない。


 でも、僕にとって魔王様は――


 故郷を奪うかもしれない敵であり、僕を救ってくれた恩人でもある。


 「……僕はどうすればいいんだよ」


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― 新着の感想 ―
こんにちは! 感想失礼します。 魔王から人目置かれてる雑魚兵羨ましいですね笑 こんな形で地球に戻るとは…… 果たして彼はどうするのか楽しみです! 今日は素敵な物語をありがとう!
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