迂闊な行動
ルカの日課となっている村周辺の巡回。
ある程度慣れてからは、ボロルマと別れて範囲を分担していた。
その日は西方面の担当だった。
森の中を、気配を抑えつつ周囲に気を配り歩いていく。
アンディから盗賊に関して忠告を貰ったが、こちらの巡回範囲は盗賊側も把握している。
そのため、盗賊とは滅多なことでは遭遇しないことから、深刻には受け止めていなかった。
高い位置から蝉、低い位置からは蛙の鳴き声。
生温い風に乗ったそれらを聞き流していると、不意に遠くから乾いた破裂音が響いてきた。
気は進まないが、確認が必要だ。
弓と矢、短剣をチェックし、音のした方向へと走り出す。
現場に近付き、気配を殺して木陰から様子を伺う。
視線の先には一台の馬車。
その車輪の一つを、一組の男女がチェックしている。
ありふれた旅人のような恰好。
先ほどの音は車輪が壊れた音か?
この手のトラブルは、そう珍しいものでもない。
そんな考察をしていると、男がルカの方を向いて声を掛けてきた。
「もしかしてアランダ村の人ですか?
そうだったら、お願いしたいことがあるんですが」
大方、修理に関する物資の融通に関することだろう。
話を聞こうと、木陰から出て馬車の方へと歩いていく。
ふと、嗅ぎなれた臭いが鼻を突いた。
仕留めた獲物の解体中に嗅ぐ、新しい血の臭い。
その原因は、馬車の中から漂っていた。
瞬間、全身が粟立つ。
迂闊。
こともなげに、気配を殺して隠れていたルカを見つけて声を掛けてきた男。
その時点で万全を期して逃げるべきだった。
アンディの忠告が脳裏を過る。
目の前の二人がソレだとしたら、戦闘は絶対に避けるべきだ。
逃げるとしたらどこへ?
距離で言えば、ボロルマの方。
だが、彼は一線を退いて久しく、最悪の事態を招きかねない。
では村の方か?
当然、村へ逃げても被害の可能性は否定できない。
だが、このまま自分が殺されてこの二人が野放しになる方が拙いか。
数秒、そんな考えを巡らせていると、相手から嫌な気配が漂ってくる。
最早猶予はない、反転して全力離脱を試みる。
数歩駆け出したところで、事もあろうか、転んでしまった。
立とうとして、再び転ぶ。
遅れて、左足に焼けるような感覚。
その部分に目をやると、脛から先が……なかった。
「っぐ、ウウゥゥ!!」
遅れてやってくる激痛に、冷や汗が噴き出す。
定まらない視界には、大きくなってくる一つの影。
それが何かを振り上げる仕草を見せた後、ルカの意識は途切れた。
熱に浮かされたような感覚とともに、ルカは目を覚ました。
視界に入ったのは天井。
最後に見た、あの光景を思い出して跳ね起きる。
「ぐあっ!」
「キャアァ!!」
反動で左足に走った痛みに呻き声を上げると同時に、すぐ横から悲鳴が上がる。
「ビックリしたぁ……」
悲鳴の主はロザリーだった。
周りを見ると、そこは村の診療所の一室。
どうやら命は助かったようだ。
見たくないと思いつつも、痛みの原因である左足を見ると──
厚く巻かれた包帯に、両脇に添えられたあて木。
両断された筈の左足が、そこにあった。
幻肢痛ではない、確かに感覚がある。
「調子はどうですか?
まだ横になってた方が良いですよ」
上手く回らない頭でロザリーの方を見る。
そういえば彼女は、例の回復術の使い手だった。
「まさか君が治してくれたの……?」
あの力は、簡単な怪我の治療に留めるよう念押しされていたはず。
こんな大怪我を治してしまったら、言い訳が難しい。
「あ、いえいえ!
安心してください、足は先生がくっ付けてくれました。
今出かけてるんですけど、状態については後で説明してくれますよ」
ルカの心配を察して、勘違いを正す。
村医者のジャック。
腕の良い人だとは聞いていたが、これほどとは。
一安心し、体をベッドに倒す。
振動が足に伝わり、また呻きそうになる。
「状況が全くわからないんだけど、何があったか教えてくれる?」
「ええ、又聞きなので間違ってるところがあるかもしれないですけど。
ルカさんがここに運ばれてきてから一日が経ってます」
そこから続けられた話の流れはこうだ。
ボロルマが巡回中に爆発音を聞き、現場へ移動。
そこにあったのは、地面が削られた跡と倒れている三人。
足を切断されたルカ、気絶した男性、損傷の激しい遺体。
混沌とした状況だが、念のため男を縛った後、すぐにルカとその足を村へと運んだ。
ルカを診療所に預けた後、複数人で現場に戻る。
馬車の中から別の惨殺された遺体を発見。
事情を聴くため、気絶していた男を村へと連れて来た。
「それで、昨日からその人にインタビュー中だそうです。
その道のプロが四人いるとか何とかで、持ち回りで」
随分とオブラートに包んだ表現だ。
だが、襲ってきた二人を逃がしていないようでとりあえず一安心。
そんな話をしていると、ジャックが帰ってきた。
「おや、もう起きてましたか。
足の具合はどうですか?」
「はい、おかげさまでちゃんと感覚があります」
それはよかったと頷くジャック。
その体からは、何故か新しい血の臭いが漂っている。
「切断面が綺麗だったので、比較的楽な施術でしたよ。
ただ、安定するまでしばらくは絶対安静、左足に体重をかけないように。
可能であればここで療養してください。
必要なものがあればロザリー君に言うように」
普段はどこかズレた言動が目立つジャックだが、こういう時は頼りになる。
そうなると、残るルカの心配事はただ一つ。
「あの、治療代の方は……」
「ん?
ああ、お代は不要ですよ。
ここの運営費はお偉いさんから出ていてね。
医療費ゼロがこの村の売りの一つです」
そういってほほ笑み、ピースをした。




