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紫陽花に宿る影

 高校生になってから、どうも上手くいかないことが増えた。

 僕――蒼太は、雨がパタパタと音を立てて、教室の窓を叩くのをぼんやり見つめていた。


 ある日、僕は学校で何気なく妹の話をした。

 

「この前、加奈と買い物に行ったんだ。その後、話題の映画も観に行って……」


 するとクラスの空気が妙にざわついた。

ざわめきが、ひりひりと肌を刺す。

 

「……え?」

 

 視線が一斉に集まり、しかしすぐに逸らされる。

 何だろ、変なこと言ったかな……?


 それから周囲の態度がよそよそしくなった。冗談を言っても、笑い声が遅れて届く。視線を向ければ、ひそひそと誰かが何かを話している。

 ……僕がおかしいのか?


 今日も帰ろうとして、親友の方を見る。

一瞬目が合うが、親友は気まずそうに目を伏せ、立ち去っていった。

 数カ月前まではあんなに気兼ねなく話せたのに。胸の奥が重くなる。


 ため息混じりに正門を出ると、そこにはいつも通り妹の加奈が待っている。

 彼女はいつもと変わらない笑顔を向けてきた。

 その笑顔だけが、世界の中で変わらないように見えた。


「兄さん、今日も寄り道してから帰らない?」

「……そうだね、どこに行こうか?」

少し考えてから、加奈が小さく笑った。

「この前のゲーセン、また行きたいな」


 繁華街のビルの一角、ネオンが瞬くゲームセンター。

 二人で並んでUFOキャッチャーをのぞき込む。

 

「兄さん、あれ! あのぬいぐるみ、取って!」

 

 加奈が指差したのは、雨粒を模したような水色のマスコットだった。


「よし、任せて……っと!」

 

 僕は真剣な顔でレバーを操るが、クレーンの爪はするりとぬいぐるみを逃す。

 

「うわー、今の惜しい!」

「うーん、もう一回!」


 気付けば二人は笑い合いながら何度も挑戦していた。

 やっとのことでぬいぐるみをゲットしたとき、加奈は嬉しそうにそれを胸に抱きしめる。

 

「ありがと、兄さん……すごく、嬉しい」

「……僕も、久しぶりに楽しかったよ」


 そのあとも音ゲーで競い合ったり、プリントシールを撮ったりして、

 帰り道の夕風が少しだけ軽やかに感じられた。


 ビルを抜け、住宅街へ入ると、道端の植え込みに紫陽花が群れ咲いていた。

 ちょうど夕暮れの光が淡く差し込み、青や紫の花がしっとりと輝いている。


「わぁ……きれいだね」

 

 加奈が立ち止まり、指先でそっと一房をなでる。

 雨粒を宿した花びらが、僕には不思議と心に沁みた。


「紫陽花……好きなんだな」

「うん、紫陽花って雨の日のにこそ美しく咲くでしょ。強く生きようとしているみたいだから」


 加奈は無邪気に笑ったけれど、

 その声の端に、夕暮れの影みたいな寂しさが滲んでいる。


 その紫陽花の色を見て前にテレビで聞いた雑学を思い出し、少し自慢げに話す。

 

「知ってる? 紫陽花は土の中の酸度によって色が変わる花でね、別名『変わっていくことを恐れない花』とも言われてるんだって」


 なんてね、とおどけて見せる。


「変わっていくことを恐れない……か」


 そう、つぶやく寂しげな加奈の瞳の奥に、雨の向こうを見据えるような、ひそやかな決意が灯っている気がした。


 気付けば、二人はまた歩き出す。

 夕焼けに染まる道の先で、そよ風が吹き抜け、紫陽花の花弁がかすかに揺れた。

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