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燃える赤

「今日はちゃんと起きてきたな」

『昨日は眠れたから』


 朝早く起きたグレイは身支度を整え屋敷の前に停めてある馬車へと向かった。既にライルはいたが出発の時間から見れば十分早い時間に到着している。


 今回はリリィは留守番でライルと二人きりだ。前回の街から少し離れた場所に行くためリリィの体調を考えてのことだ。

 早速馬車に乗り込み移動を開始する。

 行者が馬を走らせ街道を駆ける。

 移動中読もうとしていた本を膝に置いたまま、景色が流れていくのをぼんやりと眺めているグレイにライルが話しかける。

 

「最近姉上変だけどどうかしたのか?」

『何でもないよ』

「そうか?なら良いけど」


 ライルは「まぁ本ばっかり見てるよりはマシか」とグレイ同様外を見る。

 だが、グレイの心境はライルの思っているよりも複雑だった。

 今回向かうのは屋敷の裏手方向で森を向ける道なのだがグレイが向かうのは初めてのはずなのだ。初めての道、初めての景色見ればドキドキするかと思ったのに何故かそんな事はない。


(何だろう……それより何だか怖い)


 謎の恐怖感に襲われているグレイは服を握りしめる。勿論馬車の周りには護衛が付いており襲われる心配などない。相当の手だれでもない限り安心して街に着くはずだと自分に言い聞かせる。


「姉上、大丈夫か?」


 そんな様子にライルが気が付き心配する。だが。


「うわっ!?」


 突然馬車が停止した事でライルは体制を崩した。すぐに立ち上がったライルは行者に何があったか尋ねる。


「野盗が出ました……!ライル様達は中にいてください!」

「何だって!?」


 グレイの心配は当たり、森の真ん中で馬車を取り囲むように野盗が襲ってきたのだ。

 次第に外から戦いの声が聞こえてくる。金属のぶつかる音、鈍い声、悲鳴、笑い声。


 野盗と護衛の戦いはしばらく続いたのち、静かになった。


「外はどうなった……?」


 ライルが恐る恐る行者に外の状況を尋ねる。だが、外からは一向に声が聞こえない。それどころかライル達の安否を確認しにくる護衛の一人も現れない。

 そして、ノックすらしないで乱暴に馬車の扉を開けたのは小汚い格好をした男だった。



◇◇◇


「んーーーー!んー!んー!」


(ここ、は?)


 次にグレイが居た馬車の中ではなく冷たい石の上。辺りは薄暗く隣からは声が聞こえる。次第に鮮明になっていく視界には猿轡を付けられているライルが見えた。だが、それは自分も同様だった。


 ライルはグレイが起きたのを見て安堵したように声を出す。


「おっ目ェ覚ましたか。俺を見た瞬間倒れたから驚いたぜ」


 グレイ達の元に歩いてきたのは馬車を覗き込んだ小汚い男。何日身体を洗っていないのか匂いがきつい。だが、そんなことはどうでも良く。グレイはこの状況に恐怖した。

 真っ先に誘拐という言葉が浮かんだがそれはあまり関係ない。

 この状況を過去に味わったかのような記憶が溢れ出し、その時の恐怖心と今の恐怖心が共鳴しているのだ。


「なぁんだよ、貴族のご令嬢様ならもう少し睨むとかしろよぉ〜。初めっから泣きっ面とか楽しくねぇなぁ」


「んーー!」


「あぁ?ガキがウルセェなぁ!」


「うぶっ」


 男がライルの腹を蹴り上げた。うずくまり苦しそうにするライルの頭を掴み上げた男は愉快そうな顔をしてライルに話しかける。


「お坊ちゃんよぉ、助けが来るとか考えてんのか?それとも、魔法が使えればー!、とかか?はっ来るわけねぇ。馬車は魔物の仕業にしておいた。お前らの偽の死体も置いておいた。諦めろ」


 男はライルを黙らせた。状況的にそれでは助けなど来ないと聡いライルは分かってしまう。


「まっ諦めるんだな。あと何日かしたら俺ら以下の扱いにでもなるんだからよ」


 男はそう言い残し仲間のいる方へといってしまった。残されたのは拘束され、魔法も使えない貴族の子供二人。護衛は全滅、助けは来ない。


 外と思われる方向からは雨音が聞こえ、次第に身体が冷えていく。野盗達は焚き火をして温まっており、ライルと身体を近づけて揺らめく焚き火を見ることしかできなかった。


(多分雨で足跡も消えた……誰かが助けに来るなんてあり得ない)


 グレイの心の火が消えかけたその時。


「ゴホッゴホッうぇ〜口の中に砂入った!おーい、レイラ、ライラ繋がったぞ!ん?」


 グレイ達の近くの洞窟の壁が爆発し、中から赤い髪の男が出てきた。その男はグレイ達と驚く野盗を見て少し固まったあと、物凄い勢いで野盗達の元に駆けて行った。


「もう!普通に同じ道を行けばよかったのにーーーー?へ?」


 同様に双子と思われる女性たちも壁の奥から出てきた。男と違いすぐには状況を理解しなかったが、ライルが猿轡越しに叫ぶことでようやく理解した。

 グレイ達の拘束が解ける頃には野盗は全て男により倒されていた。


「いやぁー洞窟で迷ってさ。風を感じた方向に向かったら壁だったから壊したら案の定!良かった良かった」

「良くないわよ!使えない魔法使うな!」


 冒険者と名乗る3人組に助けられたグレイ達は冒険者達の荷馬車で家に送ってもらうことになった。

 そうして領主邸に着いたグレイ達は一向に戻らない二人を捜索していたアルベルト達に抱きしめられ帰宅した。


「ありがとう、君たちが居なければ今頃どうなっていたか……!」

「気にしないでください!俺たちもたまたまだったんで!」


 グレイはアルベルトと話す冒険者達が気になってしかたなかった。胸の中の忘れた何かがざわめきだしたのだ。

 グレイは急ぎメモ帳を取り出し文字を書く。


『私も着いて行っちゃダメ、ですか?』


「んー」


 困ったように考え込む冒険者達。それはそうだ。一介の冒険者と領主令嬢が共に旅をするなどあり得ないのだから。

 考え込んだ冒険者の男はグレイの目線に合わせて言った。


「もし、冒険者になってもう一度会えたら一緒に旅をしよう。その時は英雄と姫じゃなく、仲間として、な?」


 そうして、冒険者達は去って行った。

 その夜、グレイはふと一冊の本を手に取った。


 古めかしいが装飾のされた本だった。グレイの持つ本の中でも年代物と思われるその本に何故か惹かれて開く。


 その瞬間、忘れていたことの全てを思い出した。


(何で忘れてたんだろう)


 ボロ小屋のこともルーンのこともジーク達のことも。

 確かに満ち足りた世界。それは《《グレイがルーンを知らなかった世界線》》。


(楽しかった。けど、これは違う)


 グレイは魔力を指先に固定し、空中に丁寧に魔法文字(ルーン)を描いていく。


 燃えるような赤、いや燃える赤で世界を燃やす。


 異変を察知して駆けつけた家族を見てルーンで『会いにいくから』と書いたグレイは炎によって全てを焼き尽くした。

 

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