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灰被りの令嬢

「姉上、姉上……!」


 声が聞こえる。

 聞き覚えのある声が。


 灰色の髪色をした少女は本に囲まれた自身を発掘するかのように起き上がる。

 ボサボサの髪の毛は深夜まで本を読み漁っていたことを示し、枕代わりにしていた本は読みながら寝てしまったことを誰の目から見ても分かるように表している。


「全く、気になる事があるとすぐ徹夜して本の虫になるのやめろよ?今日はリリィと出掛けるんだから」


 少女は机から白紙のメモ書きを見つけ出し『ごめん、ライル』とだけ書き支度を始めた。


 彼女こそオフィーリア領、領主令嬢グレイ・オフィーリア。声が出せない為に魔法が使えない少し変わった令嬢だ。

 支度は近くにいたメイドが行い、持ち物だけ用意する。


 身体は細く、人形のような可愛らしさを感じさせる彼女は鏡の前で立ち自身の姿を見る。

 今回は視察を兼ねている訳ではなく、領民に紛れてのお忍び。貴族だと分からないような変装を施している。


(なんだが安心……?する)


 いつもは貴族の着る上等な服を着ている筈なので何故安心などという感情が湧いたのか疑問に思うも、弟のライルを待たせているので気のせいと断じて外に出る。


 外には馬車が待機しており、中にはライルとその妹リリィが待っていた。

 異母妹であるリリィだが、趣味が合い仲の良い姉妹である二人は確執もなく普通の姉妹となんら変わらない。


 馬車によるグレイは不意に領主邸の空いたスペースを振り向き何が足りないような感覚に陥る。


(忘れ物は無い、はず?)


 グレイは馬車の行者と話しているライルに『何か忘れている気がする。なんだろう』と質問する。


「父上に出発の挨拶したか?」


 グレイはハッとした表情を浮かべ、領主邸の方に向き替えるが、それをライルが止める。


「僕がもう挨拶しておいたから行くぞ。日が暮れる前に」


 呆れた表情でため息を吐きながらライルは馬車へと乗り込んでいく。

 何か足りない気がしたのも解決したグレイもそれに続いて馬車へと乗り込む。


 中にはクスクスと笑うリリィが待っていた。


「お兄様もお姉様も仲が良いですね。あ、でもいつも喧嘩している気もします?」

「姉上がだらしないからだ。いつも本にまみれて寝るから」


 実の兄妹の会話を微笑ましそうに見るグレイはやはり何か忘れている気がしてならなかった。



 しばらく馬車に揺られ、領地の街へと到着したグレイ達はバレないよう馬車から少し離れた場所で降り、街へと入る。

 街は人で溢れ商売の声や井戸端会議、子ども達の笑い声などがごちゃ混ぜになって耳に届く。


「ぜっっったいに離れるなよ、特に姉上!ふらふらと今度離れたらしばらく外出禁止だから」

『そんな……!』


 ライルの注意を深く胸に刻んでグレイは街道を歩く。

 今回の大目玉は本屋なのだがその前にライルの次期領主として領民の生活、意見などを見る為に色々な場所を出歩く。


 食材や服、消耗品から本などの嗜好品まで色々な店を周り、領主に期待することや不満な点、自分に期待されていることなどを聞いていく。


 そんな中、やはり街に善人しかいないという訳では無い。


「キャッ」

「おっと悪りぃ悪りぃ」


 ほぼ当たりに行っているような動きでリリィとすれ違った男がぶつかる。

 幸い、少しよろめいた程度で怪我はない。


 だが、リリィが自身の財布を盗まれていることに気付いた。

「あれ?あれっ!?」と慌てる声を聞いた男は人混みの中に紛れるようにしながら走り出す。


「待てっ」


 ライルが急ぎ追おうとするも人が多すぎてうまく追えない。

 そんな時、グレイは咄嗟に手を前に出した。


(なんで今、何かを書こうと思ったんだろう?空中に文字なんか書けないのに)


 自身の行動に首を傾げたグレイはリリィとライルが戻ってくるのを待つ。

 しばらくしてライルがしょぼくれた表情で帰ってきた。

 おそらくは捕まえられなかったのだろうと察したグレイは頑張ったね、と頭を撫でる。


 気恥ずかしくなったライルはその手を退ける。


「ごめんなさい、私がもう少しちゃんとしていれば……」

「良いよ、リリィがか悩む事じゃない」

『うん、気にしない』


 妹を慰めるグレイとライルだが、父であるアルベルトから貰った金は全て取られてしまった為、帰ることにした。


 そうして、その夜。


「全く、だからちゃんと護衛をつけたほうがいいと」

「すまない、ライルの勉強の為に仕方なかったんだ」


 夕食の席でローズが今朝の出来事についてアルベルトを責めている。

 無論、金を盗まれた事それ自体には余り言及はしない。だが、もし仮に金ではなく命を狙われた際にはリリィの命は無かっただろうと言うのがローズの言い分だ。


 確かに、正論。ぐうの音も出ないアルベルトはずっと謝り倒しだ。

 そんな中、グレイが食器を鳴らしてしまう。


「グレイ?食事中は音を鳴らさない。ライルを見習いなさい」


 ローズは視線をライルに移すとライルはまさか自分に話題がずれるとは思わず動揺して食器を鳴らす。


「………二人とも明日は覚えてなさい?」

「『ごめんなさい』」


 明日のローズ主導のマナー講座が酷くなるのが決定し、ライルは落ち込む。

 そんな夕食を経て、グレイは自分の部屋へと戻った。

 本棚が壁を覆いベッドなどが無ければ小さな図書室のような有様の部屋で珍しくグレイは本に埋もれずに起きていた。

 未だに何かを忘れている感覚が消えないのだ。


(何を、忘れているんだろう……)

 

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