Side:枯れる世界
「そろそろ報告に来ても良さそうなものだけど、遅いわね」
自室で一人紅茶を手にするローズは晴れやかな顔をし、憑き物が取れたような気分でメイドが報告に帰るのを待っていた。
確実にグレイを始末できると確信しているのには訳がある。
というのも、日頃ローズの隣にいたメイドは、彼女が幼少の頃より側に付かせてきた信用のおける存在であったからだ。
スラムで拾い、徹底的な躾を行いローズのために何でもする手駒。それがあのメイドである。
家事、身の回りの世話、はたまた暗殺や諜報のような裏の仕事までこなせるメイドはそうはいない。
「紅茶が不味い。早く帰って来なさいよ」
他のものに作らせた紅茶だがどうもいつもと違う気がして不満が溜まる。
使えない、と愚痴をこぼす。
そんな時、部屋の扉を誰かがノックする。
しかし、いつものノック音とは違うことに気がつき「誰かしら?」と先ほどまでの不満そうな声で扉に向かって話す。
「アルベルトだ。少し話がしたい」
「はい、今すぐにでも!」
(アルから話しかけてくれるなんていつぶりかしら!)
先ほどまでの不満そうな態度はどこへやら。
まるで純情な乙女のような喜び方で扉を開ける。
(あぁ凛々しい顔、まるで獲物を睨むかのような鋭い瞳。いつ見てもかっこいいわ)
自身が先ほどまで座っていた椅子の反対側に嬉しそうに案内するローズとは対極に、感情の読めない鉄仮面のようなアルベルト。
両者が座ると同時にアルベルトは昔話を始めた。
「昔、君と初めて会った時のことを覚えているか?」
「えぇ、忘れもしませんわ。あの庭園での出来事は」
「父に連れられはじめて社交界に出た時、疲れ一人で庭園を見に行った時だ。ドレスが真っ赤に染まって泣いていた君を見た」
昔のことを思い出し、少し照れくさそうに「そうだったわね」と笑うローズにアルベルトは少し顔を曇らせる。
「あの時、派閥の違う貴族の子女にワインを溢されて恥ずかしくなって逃げたのよ。でも、そのお陰でアルベルト、貴方に出会えた。結果的にはよかったわ」
「俺は君を見てすぐに新しいドレスを手配しようとした。でも、君は涙を拭いて気丈に振る舞った。その立ち振る舞いに思わず「綺麗だ」と言葉にしてしまった」
「そうだったの?」
「あぁだからこそ残念だ、君は変わってしまった」
アルベルトがそう言うとローズの部屋に兵士が数名侵入する。そして即座にローズを拘束した。
何が起こっているのかわからずなす術もなく拘束されたローズはアルベルトに助けを求める。
「君がグレイの暗殺を命じたことはライルから聞いた。君の実家、マゼンタ家の反応にもよるが地下牢に拘束させてもらう」
「なんで…… ライルと貴方のためにやったのに」
アルベルトへ弁明するローズであったが魔法を使わせないよう、口を塞がれ連れていかれた。
そうして連れていかれたローズと入れ違いでライルが入って来た。その顔は罪悪感を滲ませている。
「ライル、これで良かったと思うか?俺にはもう自信がない」
「ここまで母上を歪ませてしまったのは僕の責任でもあります。父上だけの責任ではありません。それにあのまま放置していれば姉上をまた殺そうとしたでしょう」
「………そうか」
その後、ローズはアルベルトの兵が外を監視する離れで軟禁状態となった。
それは奇しくもかつてのグレイと同じような生活。
全ての身の回りは自分で行わなくてはならず手はボロボロになっていった。
「私は悪くない!こんな場所いや!ここから出してー!」
綺麗に咲いていた薔薇は時が経ち、愛を注ぎ過ぎたために花は枯れ、棘だけが残り誰も寄り付かなくなってしまった。




